息絶える瞬間の詩のように

有沢真尋

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プロローグ(1)

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 海の町に二人が現れたのは、七月二十四日のこと。

 痩せているくせに肩幅が広く、高い背がさらに高く見えている有島隆弘ありしまたかひろは、しきりと煙草を吸っていた。右手でシルバーのジッポをかちりとあけ、肩に頬を寄せるように顔を少し傾けて、火をつけている。その動作を短時間に何度か繰り返していた。

 不思議なことに、吸い終わった煙草を片付ける姿は一度も見せなかった。
 ポイ捨てしている気配もない。
 いつ見ても火をつけているか煙を吐き出しているかで、携帯灰皿を持っている様子すらなかった。

 もしかしたら。
 鷺沢香雅里さぎさわかがりは思う。
 同行人がもれなく後始末をしているのではないか、と。

「有島―、煙がくるんですけどー」
 同行人である勅使河原凪人てしがわらなぎとは、控えめながらも果敢に有島のヘビーな喫煙に文句をつけていた。それは彼自身の苦情というより、「お願いだから、もう少し皆様に愛される努力しよ?」というポーズでもあるようだった。

 凪人は金髪長髪、白地に赤い花柄のシャツ。その派手なセレクトが、色白で少しタレ目がちな甘い顔立ちに似合っている。
(チンピラっぽいけど、人当たりは悪くない……?)
 問題は有島だ。

 見た目だけで決めつけてはいけないと思っている香雅里の目から見ても、有島はガラが悪かった。

 うなじにかかる、少しだけ長めの黒髪。上唇の上と顎に生やしたヒゲ。洗いざらしのシャツにダメージジーンズ。煙草。
 あまり堅気っぽくはない。印象としては海賊。
(少なくとも、勤め人ではない)
 何をしている人なんだろう? と思わされる。
 何をしているのか、香雅里は知っていたけれど。

 粗削りながらも、くっきりと鮮やかに整った精悍な容貌。
 誠に遺憾ながら、有島は華やかさや天真爛漫さには無縁ながらも、人目をひく出で立ちをしている。
 ひどく澄んだ瞳は、一度見てしまえば逸らせなくなりそうなほど、静かに凪いでいた。

 ――『音無しの底』

 それでも、全体としてすこぶるつきの危険な印象を受ける。
 性格の悪さも、口を開けばすぐに知れた。

「煙? 風上に立て、風上に」
 煙草だめだよと暗に進言した凪人をあしらう態度など、横柄そのもの。
 その横柄さは、身内にだけ適用されるわけではないらしい。

「あー、それで、何サンだっけ。そこの高校生女子」
 最低。
 かなり最低。
 しかもくわえ煙草の合い間から。
 面倒くさそうに顔に手をつき、前髪をかきあげ、校庭まで出てきた歓迎の高校生たちをろくに見もせずに、一歩前に出た香雅里に向かって煙と言葉を同時に吐き出した。

「まずはその煙草、やめてくれませんか」
 乾いた砂埃の中、香雅里は目の前まで流れてきた髪を片手でおさえてそう言った。
 一方の有島は、前髪を一かたまり掴んだ状態で、ぴたりと動きを止める。
 すぅっと切れ長の目を細めて香雅里を見た。
 風が止んだ。
 煙草から煙が一筋、揺らめかずゆっくりと立ち上った。

「煙草?」

 横にいた凪人が有島を肘でつつく。
「当たり前だって。ていうかなんで吸ってんの、この対面の場で」
 有島はほとんど身長の違わない凪人に視線を流した。違わないはずなのに、見下していると思わせる冷徹なまなざし。
 やけにきっぱりと言い切った。

「死ぬから」
 見事にゴーイング・マイ・ウェイなヘビースモーカーの言い分だった。

「死なないよ……吸いすぎた方が死ぬよ」
 凪人は大きく息を吐きだし、目元に疲労を滲ませる。
「どうせ死ぬなら吸って死ぬ」
 有島は悪びれなく続けた。
 こめかみに青筋なんてものが立ち上がるのを感じながら、香雅里は意を決して言った。

「ここは学校ですけど」

 ふいーっと有島は煙を実に気持ち良さそうに吐き出し、香雅里をちらりと一瞬だけ見た。
 すぐに煙を目で追いかけて頭上に広がる青空を見上げ、言った。

「なに、君。制服着てるけど教師なの」
「香雅里っ!」
 香雅里の後ろに控えていた数名の美術部員たちから悲鳴が上がった。
 そのときにはもう香雅里は、二、三歩大きく踏み込み、有島の目の前まで走りこんでいた。

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