アリスと魔法の薬箱~何もかも奪われ国を追われた薬師の令嬢ですが、ここからが始まりです!~

有沢真尋

文字の大きさ
10 / 24
第二章 街道にて

二人の目的と、国境超え

しおりを挟む
 少しだけ馬の足を急がせている。
 アリスの乗馬技術ではぎりぎりの速度で、これ以上は上げられない。

 軍が差し向けられるというヘンリーの言葉ははったりではないはず、というラファエロの判断で「追いつかれたら仕方がないが、国境まで抜けてしまえるならその方が安全だ」と先を急ぐことになった。
 宿泊予定の街でも宿を取らず、馬をかえるだけで場合によっては夜通し走り続けると。

(手の内をぺらぺら話してしまうのはさすがヘンリー……! それとも、言わざるを得ないくらい、ラファエロやエイルを警戒し、怯えていた?)

 会話もない中、アリスは先頭を行くエイルの背を見つめた。
 木々の葉擦れによりまだらに落ちてくる光に、黒髪が艷やかに靡いている。

(エキスシェルの有力な薬師一族といえば、ラスティン家……。父の代までは交流があったはず。叔父上に代替わりをしてからはどうなんだろう。魔法薬草の詐欺が浮上しているこの時期に、アンブローズのお膝元まで出向いてきていた理由は何?)

 叔父一家の不正は、実に手際よく進められていたようにアリスには感じられた。裏になんらかの組織がついたとまでは言わずとも、入れ知恵した人物はいるのではと勘ぐりたくなるほどに。
 エイルは、魔法薬草について知識が豊富な人物とみて間違いない。
 だが、それならばヘンリーと敵対するとは思えない。

 そのとき、ラファエロが心持ち馬を寄せてきた気配があった。
 アリスが目を向けると、アイスブルーの瞳に真摯な光を湛えて「落ち着いて話せれば良かったんだが」と切り出した。

「魔法薬草の販売事業に関して、我が国でも最近とある詐欺行為があった。稀少な薬草に、特殊な魔法を付与して作る特効薬のが出回ったんだ。詐欺師の言い分は『薬草の品種改良に成功し、大量生産が可能になった。魔法もさほど高度な技術を必要としない。そのため、特効薬と同程度の効果が得られるものを、安価に販売できる』という」

 聞き漏らすまいと真剣に耳を傾けていたアリスは、馬上であることを忘れて身を乗り出しそうになった。

「同じです。叔父上の手口もまさにそれです」

 わかっている、というようにラファエロはしっかりと頷いて続けた。

「同じ人間が関わっているんだ。俺とエイルはその詐欺師を追っている。アンブローズ子爵家に出入りしているのは、エイルが確認した。これからあの街を中心に、大規模な詐欺行為が行われる恐れがある。俺はあの街に滞在している王弟殿下が、それを見逃すつもりなのかどうか探りを入れていた。結論から言うと、限りなく黒と考えている。不正を告発するなら、直接中央に訴えでなければこの件、握りつぶされる」

(エイルは詐欺師と面識があり、ラファエロは王弟殿下にお目通りがかなう身分、もしくは探りを入れる手法に長けているということ?)

 かなり踏み込んだ話をしてくれたのを感じ、アリスも前を向いて手綱を気にしつつ、打ち明けた。

「安価な特効薬、本当なら素晴らしいことだと思いましたが、事実はまったく違います。稀少薬草サトリカの代用品と叔父がみせてくれた薬草は、よく似た従来品で効力は高くありません。そこに、一族の名を持ちながら、実際はあまり魔法を扱えない現子爵家の面々で効果を付与しても、特効薬には遠く及びません。使用しても体に害はありませんが、『同程度の効力』として売るのは詐欺に等しいです。しかも、『安価に』とは言いますが、庶民にとっては月収三ヶ月分程度、かなり高値で売りつける算段で。アンブローズの特効薬はもともと生産量が多くないので、実物を手にしたことがあるひとは少ないです。庶民層であればなおさら。求めるひとに一時的に売ることはできるでしょうが、あの新薬が出回れば、あまりの役の立たなさぶりに、築き上げた信用は失墜します。一体、叔父上は何を考えてあのようなことを……」

(家名を地に落としてまで荒稼ぎをしても、その先は)

 言い淀んで、言葉が途切れる。
 ラファエロの落ち着いた声が引き継いだ。
 
「能力が無いからだろう。アリスがいなければ作れない特効薬など、アリスが『もう作りません』と言い出したらそれまで。わかっているからこそ、アリス無しでも稼げる方法をと考えたときに、そこに行き着いてしまった。そもそも、能力による貢献によって付与された爵位であるのに、能力を持たぬ人間が継いでしまうのは、法の形骸化としか言いようがない」

「……であれば、遠からず爵位の返上をする日がくることを視野に、その前に荒稼ぎを」 

(その稼ぎから王弟殿下に賄賂を渡すことで、話がついている、と。詐欺の薬草は、健康被害自体はなく、ただ庶民からお金がしぼりとられるだけ。騙された人間が悪いとすれば、税金を上げるよりよほど効率が良い……、悪党!)

 もともと叔父一家がろくに魔法を使いこなせないと知ったときから、爵位返上もあるのではと、アリスも考えないではなかった。それを切り抜ける唯一の方法として、アリスとヘンリーとの婚約が画策されていたのは知っていたが、何度もはねつけてきている。
 一度、屋敷を追われた身なのだ。家名を守るために事業には協力してきたが、アリス自身はすでに子爵家の人間として扱われていない以上、虚しい尽力であることに気づいていた。
 それなのに、さらに都合よくまた呼び戻され、子を成すために結婚せよと言われても。

 爽風が頬を撫で、アリスは顔を上げた。

「風が気持ち良いですね。生まれ育った街に愛着はありましたけど、飛び出してきて、すっきりしました。自分ひとりでは、エキスシェルに行こうなんて考えなかったと思います。きっかけがあって、良かった」

 手綱を繰りながら、前を行くエイルの群青色の外套を見つめて、目を細める。
 その横で馬を進めながら、ラファエロが軽く咳払いをした。

「俺は、アリスと知り合ったのは偶然ではなく必然だと考えている。保護するのは当然だが、迷いなく国を出られると聞いて、安心した」

 心なしか、早口。
 アリスはふふっと笑みをこぼしてから、すぐに頬を引き締めてラファエロを見つめる。

「ですが、この件はどうにかして王宮へ伝えるべきです。そのために力を貸して頂けるのでしょうか」
「もちろん。そのためにも、まずは我が国に戻り、然るべきところと話す必要がある。強行軍になるが、急ごう」

 この言葉通り、その後は不眠不休でひたすら国境を目指すことになった。
 やがて予定よりも早く到達することができたことで、王弟の軍の追跡から逃れることに成功する。
 なお、国境を越えたところにはエキスシェルの軍が待機しており、三人を出迎えてくれた。
 疲れ切った状態で現れるのを見越していたかのように、手厚いもてなしを受けながら、アリスはラファエロの正体を知る。
 半ば予想し、覚悟していた敬称によって呼ばれていた。殿下、と。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
ファンタジー
※『私を襲ったのは、人ならざるものでした。〜溺れるほどの愛に、身を任せようと思います〜』連載中です!🌱モフモフ出てきます🌱 ※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。 ――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。 「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」 破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。 重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!? 騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。 これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、 推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。

平民令嬢、異世界で追放されたけど、妖精契約で元貴族を見返します

タマ マコト
ファンタジー
平民令嬢セリア・アルノートは、聖女召喚の儀式に巻き込まれ異世界へと呼ばれる。 しかし魔力ゼロと判定された彼女は、元婚約者にも見捨てられ、理由も告げられぬまま夜の森へ追放された。 行き場を失った境界の森で、セリアは妖精ルゥシェと出会い、「生きたいか」という問いに答えた瞬間、対等な妖精契約を結ぶ。 人間に捨てられた少女は、妖精に選ばれたことで、世界の均衡を揺るがす存在となっていく。

処理中です...