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後日談・2
薬を飲んだのは私なのに
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アリスは王宮の一角に、一室を与えられている。
狭くは無いが、広くもない。必要最小限の家具や調度品しか揃っておらず、王子であるラファエロを招き入れるのは気がひけた。
このとき、アリス自身は「極めて正常な、いつも通りの判断」をしているつもりであった。普段なら「そもそも夜を一緒に過ごすなどありえない」となるはずであったが、今は薬師として惚れ薬の効能検証中の認識だったので「離れて過ごすなどありえない」からである。
間違えていない。
何一つ、間違えていない。
「ラファエロ様、今晩の過ごし方ですが。私が自室以外に夜間出入りできるところですと、温室の休憩室くらいしか思い浮かびません。どこか二人きりになれるところはご存知ですか?」
ドアに施錠して詰め所を出て、手を繋いで廊下を歩き出したところで。
並んで立つラファエロを見上げて、アリスから尋ねる。
途端に「うっ」と呻き声を上げて、ラファエロはアリスとは反対側へ、顔を背けた。
「どうなさいました?」
「刺激が強くて」
「刺激? 昼間扱った薬の匂いが、私の体に染み付いていたのでしょうか」
薬に慣れていないひとには苦手な匂いかもしれない、とアリスは肩に顔を寄せて匂いをたしかめる仕草をする。
少し鈍った歩調に合わせながら、ラファエロが気乗りしない様子で言った。
「街へ出て宿を取っても良いんだが……、アリスが薬の影響で判断力が低下しているときに、そこにつけこむようなことをすべきではないわけで」
「判断力はべつに低下していません」
王宮の外れにある薬師の詰め所周りの廊下に、人影は無い。
強い口調で言い返しながら、アリスは繋いだ手に力を込める。
見下ろしてきたラファエロは、苦笑を浮かべて「いいや」と否定を口にした。
「すでに、言動が普段とはかけ離れている。その薬の効力が切れたときに、後悔するようなことを、俺はアリスにしたくない。そもそも一晩一緒に過ごして、何もしないでいられる自信が……。部屋の柱に俺を縛り付けておいてもらいたいくらいだよ」
「縛られたいんですか?」
「もののたとえ。たとえだから、そんな不審な目で見ないでほしい。縛られるのが趣味なわけではない。断じて」
話の流れが見えなかったばかりに聞き返したら、盛大に言い返された。
(薬を飲んだのは私のはずなのに、ラファエロ様の言動がいつもとは違います……。気の所為かしら)
「ずいぶん私のことを警戒しているみたいですけど、この薬、あまり効果は無いですよ。本当に何も変わった感覚が無いんです。記憶も連続していますし、変に浮ついた気持ちにもなっていません。媚薬の類とも違うように思います。体が火照って、慰めてほしいなんて症状も……」
薬師として思いつく限りのことを話していたアリスだが、そこで言葉を区切った。
このままだと、検証結果として「効果が無いですよ」と報告することになりそうだが、本当にそれで良いのか。
(薬を飲ませてまでどうにかしたいと思ってらっしゃる方なら……。飲ませた後、何かと働きかけますよね? ということは、ラファエロ様にその体で動いて頂いた方が良いのでしょうか。私の判断力が低下していると仰っていますけど、もしそれが本当なら、私は……ラファエロ様から仕掛けられたときに普段とは違う反応をする?)
真剣に考えた上で、アリスはラファエロを見上げて告げた。
「もしラファエロ様が私に薬を飲ませたとしたら、効果を期待して何かと仕掛けて既成事実などを作ろうとしますよね? 薬の効き目が続いている間に」
「それは……、薬の制作を依頼した人物がいて、誰かに使うつもりなら、当然そういう意図はあるだろう」
持って回った重々しい口調で、ラファエロも同意する。
アリスは「わかりました」と深く頷いて言った。
「では、試しにそのように行動なさってみてください。薬を飲ませた人間が抱くであろう欲望を思い浮かべて、私に行使してください」
「無理だ。そんなことはできない。そもそも俺はこの実験に同意したわけではない」
「巻き込まれただけだと言い逃れをするつもりですか? でもあのとき私に触れてしまったのはラファエロ様ですよ? 責任を感じたなら協力すべきだと思うんです。覚悟なさってください」
繋いでいた手をはなし、両手でラファエロの両腕に掴みかかって言い募る。
大きく目を見開いたラファエロは、アリスにされるがままになりながら、掠れた声で言った。
「俺に、どうしろと」
「惚れ薬を意中の相手に飲ませた人間になりきって、考えられることを全て試してください。すみやかに」
「薬が切れたあと、君はそれをどう思う」
「どうも思いません。これは仕事の一環であり、私情は関係ありません」
「私情も関係して欲しいが、わかった。そこまで言うなら、俺も腹をくくる」
売り言葉に買い言葉のまま。
ラファエロはアリスの手を腕からはがして、片腕をアリスの背にまわす。もう一方の手でアリスの顎をとらえて、囁いた。
「キス。目を閉じて」
狭くは無いが、広くもない。必要最小限の家具や調度品しか揃っておらず、王子であるラファエロを招き入れるのは気がひけた。
このとき、アリス自身は「極めて正常な、いつも通りの判断」をしているつもりであった。普段なら「そもそも夜を一緒に過ごすなどありえない」となるはずであったが、今は薬師として惚れ薬の効能検証中の認識だったので「離れて過ごすなどありえない」からである。
間違えていない。
何一つ、間違えていない。
「ラファエロ様、今晩の過ごし方ですが。私が自室以外に夜間出入りできるところですと、温室の休憩室くらいしか思い浮かびません。どこか二人きりになれるところはご存知ですか?」
ドアに施錠して詰め所を出て、手を繋いで廊下を歩き出したところで。
並んで立つラファエロを見上げて、アリスから尋ねる。
途端に「うっ」と呻き声を上げて、ラファエロはアリスとは反対側へ、顔を背けた。
「どうなさいました?」
「刺激が強くて」
「刺激? 昼間扱った薬の匂いが、私の体に染み付いていたのでしょうか」
薬に慣れていないひとには苦手な匂いかもしれない、とアリスは肩に顔を寄せて匂いをたしかめる仕草をする。
少し鈍った歩調に合わせながら、ラファエロが気乗りしない様子で言った。
「街へ出て宿を取っても良いんだが……、アリスが薬の影響で判断力が低下しているときに、そこにつけこむようなことをすべきではないわけで」
「判断力はべつに低下していません」
王宮の外れにある薬師の詰め所周りの廊下に、人影は無い。
強い口調で言い返しながら、アリスは繋いだ手に力を込める。
見下ろしてきたラファエロは、苦笑を浮かべて「いいや」と否定を口にした。
「すでに、言動が普段とはかけ離れている。その薬の効力が切れたときに、後悔するようなことを、俺はアリスにしたくない。そもそも一晩一緒に過ごして、何もしないでいられる自信が……。部屋の柱に俺を縛り付けておいてもらいたいくらいだよ」
「縛られたいんですか?」
「もののたとえ。たとえだから、そんな不審な目で見ないでほしい。縛られるのが趣味なわけではない。断じて」
話の流れが見えなかったばかりに聞き返したら、盛大に言い返された。
(薬を飲んだのは私のはずなのに、ラファエロ様の言動がいつもとは違います……。気の所為かしら)
「ずいぶん私のことを警戒しているみたいですけど、この薬、あまり効果は無いですよ。本当に何も変わった感覚が無いんです。記憶も連続していますし、変に浮ついた気持ちにもなっていません。媚薬の類とも違うように思います。体が火照って、慰めてほしいなんて症状も……」
薬師として思いつく限りのことを話していたアリスだが、そこで言葉を区切った。
このままだと、検証結果として「効果が無いですよ」と報告することになりそうだが、本当にそれで良いのか。
(薬を飲ませてまでどうにかしたいと思ってらっしゃる方なら……。飲ませた後、何かと働きかけますよね? ということは、ラファエロ様にその体で動いて頂いた方が良いのでしょうか。私の判断力が低下していると仰っていますけど、もしそれが本当なら、私は……ラファエロ様から仕掛けられたときに普段とは違う反応をする?)
真剣に考えた上で、アリスはラファエロを見上げて告げた。
「もしラファエロ様が私に薬を飲ませたとしたら、効果を期待して何かと仕掛けて既成事実などを作ろうとしますよね? 薬の効き目が続いている間に」
「それは……、薬の制作を依頼した人物がいて、誰かに使うつもりなら、当然そういう意図はあるだろう」
持って回った重々しい口調で、ラファエロも同意する。
アリスは「わかりました」と深く頷いて言った。
「では、試しにそのように行動なさってみてください。薬を飲ませた人間が抱くであろう欲望を思い浮かべて、私に行使してください」
「無理だ。そんなことはできない。そもそも俺はこの実験に同意したわけではない」
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繋いでいた手をはなし、両手でラファエロの両腕に掴みかかって言い募る。
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「俺に、どうしろと」
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売り言葉に買い言葉のまま。
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「キス。目を閉じて」
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