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第2章
9 重課金……いや、これは廃課金だ! 面構えが違う!
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第二回配信から三日後の反省会、会議の場は大変重苦しい空気に包まれていた。
いつもは陽気なアイザックが、顔色を失って頭を抱えているせいである。「これは絶対に何かまずいことがあった」と誰もが深刻な表情で身構える中、アイザックは手元の資料に目を落とし、話し始めた。
「第一回、第二回の配信を終えて、登録チャンネル数で現在……ランキング五位に浮上しました。これより上は国立音楽団や劇団の配信など、初期からの人気チャンネルばかりです。開始早々ここまで上がれたのは、快挙と言って良い成果だと思います。チャンネル登録した上での視聴一回ごとに料金が発生していますが、三ヶ月続ければ十分に目標金額を達成できるでしょう」
特に悪い報告ではない。それどころか「快挙」である。
(それなのに、この空気はなんだ……?)
訝しみつつ、ニコラスは末席にちょこんと座っているルイスの様子をそっと窺った。前回の会議では席を外していたが、今日は出席だ。「新人はそこ」と案内をしていたヴィンセントがその隣に当然のように着席している。年下組として、早くも二人セットの空気が出来上がりつつあるのがニコラスとしては面白くない。
ルイスが、視線を感じたように顔を上げた。目が合う前に、ニコラスはさっとアイザックの方へと向き直った。アイザックは強張った表情で話を続けていた。
「実は課金システムで問題が発生しています」
口ぶりが、一気に重くなる。言うだけ言うと沈黙してしまい、なかなか本題に入らない。ニコラスはちらっとあたりを見回してから「発言します」と前置きをして尋ねた。
「機器の故障やトラブルで受付できていない、といったような問題でしょうか?」
「それなら、たいした問題ではなかったんですけどね。受付はできているんです……ただその、個人からの課金として考えると、額が大きすぎる申し出が」
ん? と眼鏡の奥で目を細めて、ニコラスは重ねて質問をした。
「予算不足を補うため、業務に差し障りのない範囲で有料配信するにあたり、どうしてもかかる経費は視聴料でまかないつつ課金で利益を見込むというのが当初からの方針ですよね。ただし、あらかじめ上限金額を設けて『過度な寄付金』対策をしていたはずです」
視聴者が貴族や富裕層である以上、制限を設けない限りここぞとばかりに騎士団にお金を出して恩を売ろうと考える者がいるかもしれない。そうなると、実質騎士たちが各自実家から援助を取り付けてくるのと変わらない事態となり、本末転倒である。その点、配信前にしっかりと対策をとって臨んでいた。
アイザックも「そうなんですよね」と頷いてから、話を進めた。
「配信前の事前調査として、ランキング上位の『青の蝋燭劇団』に協力を依頼して参考意見を頂きました。あのチャンネルでは劇団宛の課金と俳優宛の課金があって……パトロンになりたい金満家がご贔屓の俳優に重課金していて、配役や画面映りに意見するなど対応が難しいことになっているとは聞いていましたからね。騎士団はあくまで『騎士団宛』の課金のみ、しかも上限を設けた。蓋を開けてみれば、課金している視聴者の方はほぼ全員上限までつっこんできていたみたいだけど、それだけなら……」
言いながら、またもや表情が暗くなってしまう。
口を挟まず見守っていたランドルフが、さくっと尋ねた。
「上限以上払いたいというお申し出がありましたか? 断ることのできない相手から?」
「うん……」
苦笑いで、アイザックは認めた。その横で腕を組んで聞いていたクライヴが「俺から言おうか?」と助け舟を出したが、アイザックは「大丈夫」と断ってから騎士団員たちの方へ向き直る。
「金額としては国内主要公爵家当主の一年の収入の半分くらい……かな。個人資産を全部つぎこみたいと会計監査室を訪れて直接言ってきた方が」
「どなたですか?」
「イヴリン姫です」
王女の名を口にして、アイザックは小さくため息をついた。小声でぶつぶつと「本当に、どれだけだめだと言っても聞かないんですよ姫様は……」と愚痴っている。
金額が大きすぎたこともあり、現実感がなく聞き流しかけていたニコラスは、冗談ではないらしいと気づくと断固とした口調で発言をした。
「王族の個人資産は、毎年国家予算から出ていますよね。そんなに騎士団に貢ぎたいなら、イヴリン姫の予算を騎士団の予算にしてしまえばすべて解決では? 目標金額達成で配信も終了。ありがとうございましたです。悩むところではないですよ」
言い終える前に、ガチャッとドアが開いて話題の人物イヴリン姫が姿を見せた。
見事な金髪に、気の強そうな桃薄色の瞳が印象的な美貌の持ち主である。スタイルの良さを強調する派手なドレスを身につけており、外見から年齢を推し量るのは難しい雰囲気がある。
イヴリン姫は扇子を取り出すなり、びしっとニコラスを差す。
「さっきからドアに耳をおしつけて聞いていれば、眼鏡お兄様ではありませんか。参謀気取りで会議を主導しようとなさるのはおよしになって? あなたなんてお呼びではないわ。わたくしのタイプではないんですもの、ごめんなさいませ。おほほほほほほほほ」
唐突に響き渡る高笑い。ニコラスはイヴリンを見つめて、恐ろしく気のない声で「光栄です」と呟いた。
途端、ぴしっと自分の平手に扇子を打ち付けながら、イヴリン姫は「負け惜しみかしら? 『悲しいなぁ』の間違いでしょう? 選ばれたのはあなたではございませんもの」と言い放った。
「わかりました。悲しいですイヴリン姫。ドアに耳を押し付けて盗聴なさるような方が我が国の王族で。言わないで済ますこともできましたよいまの場面。なんで言いました? アホ」
隣に座っていたランドルフがニコラスの口を大きな手のひらで覆いつつ、「どうどう、ニコラスどうどう」と暴れ馬をなだめるように声をかけた。
「ほほほほほ。さすが騎士だけあって、馬の扱いは慣れたものね。しっかり手綱を握っておくのですよ。どうも眼鏡お兄様は血の気が多すぎて『騎士団の日常』の絵面にふさわくないと思いますの。ついでにそこの赤毛のあなたも、顔が強すぎていけないわ。ヴィンセント様がかすむから、なるべく映らないでいただきたいのよ。美形は画面に二人いるとうるさいの。倶に天を戴かずの精神を遵守よ、よろしくて?」
とても楽しげに言うイヴリンに対し、表情筋の死んだニコラスが淡々と意見をする。
「不倶戴天は『同じ空の下では生きられない、出会ったら最後殺し合うしかない』くらいの意味だと思いますけど、姫様はヴィンセントとランドルフの殺し合いをご所望ですか? いいですね。第三回はそれで」
「曲解するにもほどがあるでしょう」
「いいえ、今日の私は完璧に姫様の意を汲みました。なんだったら額に入れて騎士団の修練場に掲げておきますよ、不倶戴天。いいですよね、副団長」
相手が王族であろうとお構い無しに言い返しつつ、ニコラスはクライヴに話を振った。「よくない」とクライヴはまっとうな返事をしたものの、その横では実況のアイザックが「わかった」としきりと頷いていた。
「第三回では、開始早々私が言えばいいんだよね? 『今日は君たちに殺し合いをしてもらいます』って」
「どんな日常だよ。騎士団の異常だろそれ」
律儀にボケを拾ったのはクライヴであるが、アイザックの目が笑ってないことに気づき「マジなやつ?」と小声で尋ねる。
二人に構わずイヴリン姫はニコラスを忌々しげに見てから、末席で並んでいるレインとヴィンセントにとろけるような笑みを向けた。
「総資産を貢ぐからお願いを聞いてほしいの。場合によっては国庫にも手を付けるわ」
「そんな重い告白聞いたことねえよ。完全に犯罪予告だろそれ」
耐えきれなかったようにニコラスが口を挟み「しょっぴくぞ」と警備側の人間として当然のことを言い放つ。イヴリンは「お!だ!ま!り!」と牽制してから、何事もなかったようにうふふふとしなを作って年下組に向かって笑いかけた。
「わたくし、どーしても、デート回を見たいんです」
「デート???????」
一瞬にして顔を紅潮させるヴィンセント。「おいやめろなんだそのまんざらでもないですみたいな反応は殺すぞ。同じ空の下で生かしておけねえわ」ニコラスが口を挟むものの、気合で無視をしたイヴリン姫は、今度はルイスに向かって言う。
「君に決めた!」
「僕!? ど、どうすればいいですか!?」
動揺したルイスが聞き返すと、イヴリンは笑顔のまま言い放った。
「今度は修練場以外の場所からも配信するって言ってましたよね? 私が見たいのは、ずばり『なんらかの任務で城下町に出て、任務がてらお忍びデートをする推し二人』です」
「そんな美味しい任務は無いなぁ……」
ランドルフまで思わずのように呟いていたが、イヴリンはこれもまた完全に無視である。ずんずんと進んでルイスの手を取り、まじまじと顔をのぞきこんで言った。
「お肌綺麗ですわねえ。これで男ですって? 信じられない! という視聴者の気持ちがいまひとつになっていることでしょう。レインくんにはぜひ、ヴィンセント様の恋人役として『女装』デートでお願いしたいんです!」
いつもは陽気なアイザックが、顔色を失って頭を抱えているせいである。「これは絶対に何かまずいことがあった」と誰もが深刻な表情で身構える中、アイザックは手元の資料に目を落とし、話し始めた。
「第一回、第二回の配信を終えて、登録チャンネル数で現在……ランキング五位に浮上しました。これより上は国立音楽団や劇団の配信など、初期からの人気チャンネルばかりです。開始早々ここまで上がれたのは、快挙と言って良い成果だと思います。チャンネル登録した上での視聴一回ごとに料金が発生していますが、三ヶ月続ければ十分に目標金額を達成できるでしょう」
特に悪い報告ではない。それどころか「快挙」である。
(それなのに、この空気はなんだ……?)
訝しみつつ、ニコラスは末席にちょこんと座っているルイスの様子をそっと窺った。前回の会議では席を外していたが、今日は出席だ。「新人はそこ」と案内をしていたヴィンセントがその隣に当然のように着席している。年下組として、早くも二人セットの空気が出来上がりつつあるのがニコラスとしては面白くない。
ルイスが、視線を感じたように顔を上げた。目が合う前に、ニコラスはさっとアイザックの方へと向き直った。アイザックは強張った表情で話を続けていた。
「実は課金システムで問題が発生しています」
口ぶりが、一気に重くなる。言うだけ言うと沈黙してしまい、なかなか本題に入らない。ニコラスはちらっとあたりを見回してから「発言します」と前置きをして尋ねた。
「機器の故障やトラブルで受付できていない、といったような問題でしょうか?」
「それなら、たいした問題ではなかったんですけどね。受付はできているんです……ただその、個人からの課金として考えると、額が大きすぎる申し出が」
ん? と眼鏡の奥で目を細めて、ニコラスは重ねて質問をした。
「予算不足を補うため、業務に差し障りのない範囲で有料配信するにあたり、どうしてもかかる経費は視聴料でまかないつつ課金で利益を見込むというのが当初からの方針ですよね。ただし、あらかじめ上限金額を設けて『過度な寄付金』対策をしていたはずです」
視聴者が貴族や富裕層である以上、制限を設けない限りここぞとばかりに騎士団にお金を出して恩を売ろうと考える者がいるかもしれない。そうなると、実質騎士たちが各自実家から援助を取り付けてくるのと変わらない事態となり、本末転倒である。その点、配信前にしっかりと対策をとって臨んでいた。
アイザックも「そうなんですよね」と頷いてから、話を進めた。
「配信前の事前調査として、ランキング上位の『青の蝋燭劇団』に協力を依頼して参考意見を頂きました。あのチャンネルでは劇団宛の課金と俳優宛の課金があって……パトロンになりたい金満家がご贔屓の俳優に重課金していて、配役や画面映りに意見するなど対応が難しいことになっているとは聞いていましたからね。騎士団はあくまで『騎士団宛』の課金のみ、しかも上限を設けた。蓋を開けてみれば、課金している視聴者の方はほぼ全員上限までつっこんできていたみたいだけど、それだけなら……」
言いながら、またもや表情が暗くなってしまう。
口を挟まず見守っていたランドルフが、さくっと尋ねた。
「上限以上払いたいというお申し出がありましたか? 断ることのできない相手から?」
「うん……」
苦笑いで、アイザックは認めた。その横で腕を組んで聞いていたクライヴが「俺から言おうか?」と助け舟を出したが、アイザックは「大丈夫」と断ってから騎士団員たちの方へ向き直る。
「金額としては国内主要公爵家当主の一年の収入の半分くらい……かな。個人資産を全部つぎこみたいと会計監査室を訪れて直接言ってきた方が」
「どなたですか?」
「イヴリン姫です」
王女の名を口にして、アイザックは小さくため息をついた。小声でぶつぶつと「本当に、どれだけだめだと言っても聞かないんですよ姫様は……」と愚痴っている。
金額が大きすぎたこともあり、現実感がなく聞き流しかけていたニコラスは、冗談ではないらしいと気づくと断固とした口調で発言をした。
「王族の個人資産は、毎年国家予算から出ていますよね。そんなに騎士団に貢ぎたいなら、イヴリン姫の予算を騎士団の予算にしてしまえばすべて解決では? 目標金額達成で配信も終了。ありがとうございましたです。悩むところではないですよ」
言い終える前に、ガチャッとドアが開いて話題の人物イヴリン姫が姿を見せた。
見事な金髪に、気の強そうな桃薄色の瞳が印象的な美貌の持ち主である。スタイルの良さを強調する派手なドレスを身につけており、外見から年齢を推し量るのは難しい雰囲気がある。
イヴリン姫は扇子を取り出すなり、びしっとニコラスを差す。
「さっきからドアに耳をおしつけて聞いていれば、眼鏡お兄様ではありませんか。参謀気取りで会議を主導しようとなさるのはおよしになって? あなたなんてお呼びではないわ。わたくしのタイプではないんですもの、ごめんなさいませ。おほほほほほほほほ」
唐突に響き渡る高笑い。ニコラスはイヴリンを見つめて、恐ろしく気のない声で「光栄です」と呟いた。
途端、ぴしっと自分の平手に扇子を打ち付けながら、イヴリン姫は「負け惜しみかしら? 『悲しいなぁ』の間違いでしょう? 選ばれたのはあなたではございませんもの」と言い放った。
「わかりました。悲しいですイヴリン姫。ドアに耳を押し付けて盗聴なさるような方が我が国の王族で。言わないで済ますこともできましたよいまの場面。なんで言いました? アホ」
隣に座っていたランドルフがニコラスの口を大きな手のひらで覆いつつ、「どうどう、ニコラスどうどう」と暴れ馬をなだめるように声をかけた。
「ほほほほほ。さすが騎士だけあって、馬の扱いは慣れたものね。しっかり手綱を握っておくのですよ。どうも眼鏡お兄様は血の気が多すぎて『騎士団の日常』の絵面にふさわくないと思いますの。ついでにそこの赤毛のあなたも、顔が強すぎていけないわ。ヴィンセント様がかすむから、なるべく映らないでいただきたいのよ。美形は画面に二人いるとうるさいの。倶に天を戴かずの精神を遵守よ、よろしくて?」
とても楽しげに言うイヴリンに対し、表情筋の死んだニコラスが淡々と意見をする。
「不倶戴天は『同じ空の下では生きられない、出会ったら最後殺し合うしかない』くらいの意味だと思いますけど、姫様はヴィンセントとランドルフの殺し合いをご所望ですか? いいですね。第三回はそれで」
「曲解するにもほどがあるでしょう」
「いいえ、今日の私は完璧に姫様の意を汲みました。なんだったら額に入れて騎士団の修練場に掲げておきますよ、不倶戴天。いいですよね、副団長」
相手が王族であろうとお構い無しに言い返しつつ、ニコラスはクライヴに話を振った。「よくない」とクライヴはまっとうな返事をしたものの、その横では実況のアイザックが「わかった」としきりと頷いていた。
「第三回では、開始早々私が言えばいいんだよね? 『今日は君たちに殺し合いをしてもらいます』って」
「どんな日常だよ。騎士団の異常だろそれ」
律儀にボケを拾ったのはクライヴであるが、アイザックの目が笑ってないことに気づき「マジなやつ?」と小声で尋ねる。
二人に構わずイヴリン姫はニコラスを忌々しげに見てから、末席で並んでいるレインとヴィンセントにとろけるような笑みを向けた。
「総資産を貢ぐからお願いを聞いてほしいの。場合によっては国庫にも手を付けるわ」
「そんな重い告白聞いたことねえよ。完全に犯罪予告だろそれ」
耐えきれなかったようにニコラスが口を挟み「しょっぴくぞ」と警備側の人間として当然のことを言い放つ。イヴリンは「お!だ!ま!り!」と牽制してから、何事もなかったようにうふふふとしなを作って年下組に向かって笑いかけた。
「わたくし、どーしても、デート回を見たいんです」
「デート???????」
一瞬にして顔を紅潮させるヴィンセント。「おいやめろなんだそのまんざらでもないですみたいな反応は殺すぞ。同じ空の下で生かしておけねえわ」ニコラスが口を挟むものの、気合で無視をしたイヴリン姫は、今度はルイスに向かって言う。
「君に決めた!」
「僕!? ど、どうすればいいですか!?」
動揺したルイスが聞き返すと、イヴリンは笑顔のまま言い放った。
「今度は修練場以外の場所からも配信するって言ってましたよね? 私が見たいのは、ずばり『なんらかの任務で城下町に出て、任務がてらお忍びデートをする推し二人』です」
「そんな美味しい任務は無いなぁ……」
ランドルフまで思わずのように呟いていたが、イヴリンはこれもまた完全に無視である。ずんずんと進んでルイスの手を取り、まじまじと顔をのぞきこんで言った。
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