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第3章
14 クズ男の正しい使い所
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「た、たしかに善は急げですけど、今日はやめておいた方が良いと思います!」
ランドルフの中ではゲリラ配信で女装するのが決定事項になっていることに気づき、ルイスは素早く言い返した。
「今日は予定外の配信ですし、あまり視聴は見込めないと思うんですよ! ここで女装をしてしまうと見逃した視聴者の方、特にイヴリン姫にはすごく恨まれそうです! ひとまず『次回やるかも!』くらいの予告にとどめておきませんか?」
立て板に水のごとく、思いつきで組み立てた理屈をまくしたてる。
ルイスのとっさの力説に、ランドルフは「それもそうだな」とあっさり頷いた。
「イヴリン姫は今日公式行事参加中で配信を見るどころではないはずだから、ゲリラ配信で女装を披露したなんて知ったら怒りそうだ。そもそも予定外の配信があったというだけで怒髪天かも」
「そうですよ! 今日の配信はあくまでも次回への期待を高める目的なので、見せすぎてはいけないと思います! それに、宿舎で着替えてから連れ立って外へ行くとなると……事情を知らない第三者が目撃したときにランドルフ様が女性を連れ込んでいたのかと思われかねないですし! 宿舎内からの配信でちょーっと着るならともかく女装で出かけて帰ってくるのはだめです!!」
よし、ここまで言えば大丈夫! と言うだけ言ったルイスはほっとして表情を緩める。
(焦りました……!! 宿舎で暮らすことに関してはクライヴ副団長の許可は得ているけど、実際に私は女性なので、誰かに見咎められたときに「男ですよ」と言い逃れもできないですし。大騒ぎになりかねない……)
やっぱり「三ヶ月で配信から離脱して、レインは遠くへ留学してもう二度と帰って来ないことにする」の一線は死守しなければと自分に言い聞かせる。
その様子を見ていたランドルフが、ふむ、と考える様子で顎に手をあてた。
「そういえば、ヴィンセントがレインによく似た女性を見かけたと言っていた。姉か妹が王宮に出入りしているんだろうか」
「え……?」
心臓がぎゅーっと痛くなる。またもや顔から血の気が引くのを感じながら、ルイスは無理やりに笑ってみた。
「見間違えではないでしょうか?」
もう絶対に誤魔化しきれないと思いながらも往生際悪く言い逃れをすると、ランドルフは「そっか。残念」と苦笑した。
「残念?」
どういう意味で? と何気なく問い返すと、ランドルフは正面からまっすぐにルイスの瞳を覗き込んできた。ほんの少し目を細めた切なげな表情となり、甘く囁いてくる。
「俺は、頑張っているレインの姿を見るのが好きみたいなんだ。配信のときは目で追ってしまうし、今日の引っ越しもすごく楽しみに待ってた。いまこうして二人で話していて気づいたんだけど、どうも容姿そのものもすごく好みみたいなんだ。姉か妹がいるなら紹介してもらいたいなって思ってしまって」
義兄ならいます、血の繋がりはありませんが! あなたそのすぐそばに! と言いたいところであったが言えるわけがない。
(私は社交界にも出ずに出仕の道を選び、婚活もせず男女の色恋にも疎く生きてきたので色々鈍いとは思うのですが、それでもわかります……! ランドルフ様のこの途轍もない色気は女性にとって凶器……!)
目が合っただけで体が硬直してしまう。ランドルフは、顔面が強いだけではなく、おそろしく声が良い。「姉妹を紹介してほしい」はおそらく日常会話の範疇で、ルイス自身が口説かれているわけでもないのに、これまで顔から引いてきた血の気が全部いっぺんに戻ってきたみたいに赤くなってしまうのがわかった。
頬が熱くなるのを感じ、見られているのが恥ずかしくなってしまってルイスは目を逸らしながら尋ねる。
「あの……ランドルフ様は……その、やっぱりクズ男なんですか?」
「気になる?」
からかうように聞き返されて、ルイスは返答に迷った。配信のときのように修練場で腹筋しながらといった落ち着かない状態での会話ではなく、密室で二人きりだ。
空気が凄まじく甘ったるい。息を吸うだけで肺まで砂糖が入り込んできて、全身綿菓子にされそうだ。
思わず「これが配信だったら」と、甘すぎる空気を噛み締める。
「気になるかどうかと聞かれましたら、個人的興味で立ち入ったことは聞けないですとお答えすることになります……が! いまのランドルフ様はもうすごく……すごく良かったです! 尊くて!」
「良かった? 尊い? え、何が?」
不思議そうに首を傾げられたが、ルイスは夢中になってまくしたててしまった。
「さきほどセオドア様に正面切って『可愛い』って言われたときも、これが配信だったら画面の前でご令嬢の皆さんがクッションを抱きしめて叫んでしまうって思ったんですけど! ランドルフ様の場合は少し危険な感じもあって、叫ぶより無言になってしまう感じです! まさにクズ男に追い詰められている感がすごいです。いけないけどよろめいちゃう、みたいな……」
ランドルフはぴんとこない様子で、ぼーっとルイスを見てくる。もどかしい思いのままルイスは「つまりですね!」と早口で続けた。
「セオドア様は素敵なお兄様のイメージと言いますか! あの『可愛い』もぜひ配信で再現して欲しいんですが、ランドルフ様の場合はなんでしょうね。お兄様というよりも、もう少し罪作りな感じがするんですよ。危険な男と言うのでしょうか?」
「セオドア様に可愛いって言われたの?」
なんの確認だろうと思いながら「はい」とルイスが答えると、ランドルフはルイスの肩に手を置いた。
「えっ?」
大きな手のひらで細い肩をしっかりと掴みながら、体を折るようにしてルイスの耳元に唇を近づけてきて囁いてくる。
「君は本当に可愛いよ。セオドア様に抜け駆けされたなんて聞くと、焦るな。このまま食べてしまおうか。君の唇や肌はきっと、どこもかしこも甘い……」
息が耳をかすめて、髪を軽く揺らす。肩に置かれた手の力は決して痛いほどではないのに、指の長さや手の平の大きさを布越しにまざまざと感じ、身動きができない。圧倒的な体格差や力の差があるとわからせられてしまう。
(食べてしまうって……)
ルイスは、かすれ声でなんとか言い返す。
「僕は甘くないですよ……」
「そう? 試してみようか」
耳を食べられるかと思ったが、ランドルフは少し顔の位置をずらしてルイスと目を合わせてきた。
透明度の高い琥珀色の瞳が、ゆっくりと視線を下げていきルイスの唇を見る。
「キスしてもいい?」
「…………」
顔が熱くなりすぎて、煙が出るかと思った。
膝から力が抜けて、ふらついてしまう。「おっと」と言いながら、ランドルフが腰を支えてきた。ルイスは焦って腕を突っ張ると、抱き寄せられないように距離をとり、そのまま腕から逃れた。
「僕に対してではなく、そういうのは配信でお願いします! もったいないですから!」
「あははははは。まあ、予行練習ということで。さすがに、配信でいきなり本番はできないからな。どう? クズ男に追い詰められている感じでドキドキした?」
明るく笑い飛ばされて、ルイスは真っ赤になった両頬を両手でぱんぱんと打った。
「ドキドキどころじゃないですよ。押し倒されてキスされて脱がされるんじゃないかって思いました! クズ男危険すぎます! 僕は配信で上着を脱いだだけで後からすごく怒られたんですから! 健全を逸脱するようなことはだめです!」
「今は配信中じゃないけど……」
「もっとだめですよ! 色気の無駄遣いです! いまのランドルフ様は、ヴィンセント推しのイヴリン姫だって陥落するレベルでしたよ!? クズ男の使い所を間違えないでください!」
焦りすぎたせいで、言葉がきつくなってしまう。
しかし、ランドルフは特に気を害した様子もなく笑っていた。その爽やかな笑みを見たらいたたまれなくなり、ルイスはすぐにがばっと頭を下げた。
「すみません、言い過ぎました」
「大丈夫。レインが配信を成功させるために色々考えてくれているのは、よくわかっているから。ここで話しているよりも、機材借りてゲリラ配信に出かけようか」
「はい! 他の皆さんは出払っているということで、二人だけではありますがよろしくお願いします!」
ランドルフの優しさに感謝しつつ、ルイスはトランクを閉じて早速ドアへと向かう。
「街へ行くならどこが良いでしょうね。話題の場所をお見せするのが良いかと思うのですが、そういうところは混んでいそうですから配信にご協力いただくのは難しそう……」
一瞬、母フィリスの商会傘下の店なら融通がきくかな? という考えがかすめるものの顔見知りに「ルイスさん」と言われる危険性が高いと気づいて却下する。
ああでもこうでもない、と忙しく考えるルイスの背後で、ランドルフがぼそりと呟いた。「使い所を間違えた覚えはないんだけどな」と。
その目は、ルイスの華奢な後ろ姿を切なげに見つめていた。
ランドルフの中ではゲリラ配信で女装するのが決定事項になっていることに気づき、ルイスは素早く言い返した。
「今日は予定外の配信ですし、あまり視聴は見込めないと思うんですよ! ここで女装をしてしまうと見逃した視聴者の方、特にイヴリン姫にはすごく恨まれそうです! ひとまず『次回やるかも!』くらいの予告にとどめておきませんか?」
立て板に水のごとく、思いつきで組み立てた理屈をまくしたてる。
ルイスのとっさの力説に、ランドルフは「それもそうだな」とあっさり頷いた。
「イヴリン姫は今日公式行事参加中で配信を見るどころではないはずだから、ゲリラ配信で女装を披露したなんて知ったら怒りそうだ。そもそも予定外の配信があったというだけで怒髪天かも」
「そうですよ! 今日の配信はあくまでも次回への期待を高める目的なので、見せすぎてはいけないと思います! それに、宿舎で着替えてから連れ立って外へ行くとなると……事情を知らない第三者が目撃したときにランドルフ様が女性を連れ込んでいたのかと思われかねないですし! 宿舎内からの配信でちょーっと着るならともかく女装で出かけて帰ってくるのはだめです!!」
よし、ここまで言えば大丈夫! と言うだけ言ったルイスはほっとして表情を緩める。
(焦りました……!! 宿舎で暮らすことに関してはクライヴ副団長の許可は得ているけど、実際に私は女性なので、誰かに見咎められたときに「男ですよ」と言い逃れもできないですし。大騒ぎになりかねない……)
やっぱり「三ヶ月で配信から離脱して、レインは遠くへ留学してもう二度と帰って来ないことにする」の一線は死守しなければと自分に言い聞かせる。
その様子を見ていたランドルフが、ふむ、と考える様子で顎に手をあてた。
「そういえば、ヴィンセントがレインによく似た女性を見かけたと言っていた。姉か妹が王宮に出入りしているんだろうか」
「え……?」
心臓がぎゅーっと痛くなる。またもや顔から血の気が引くのを感じながら、ルイスは無理やりに笑ってみた。
「見間違えではないでしょうか?」
もう絶対に誤魔化しきれないと思いながらも往生際悪く言い逃れをすると、ランドルフは「そっか。残念」と苦笑した。
「残念?」
どういう意味で? と何気なく問い返すと、ランドルフは正面からまっすぐにルイスの瞳を覗き込んできた。ほんの少し目を細めた切なげな表情となり、甘く囁いてくる。
「俺は、頑張っているレインの姿を見るのが好きみたいなんだ。配信のときは目で追ってしまうし、今日の引っ越しもすごく楽しみに待ってた。いまこうして二人で話していて気づいたんだけど、どうも容姿そのものもすごく好みみたいなんだ。姉か妹がいるなら紹介してもらいたいなって思ってしまって」
義兄ならいます、血の繋がりはありませんが! あなたそのすぐそばに! と言いたいところであったが言えるわけがない。
(私は社交界にも出ずに出仕の道を選び、婚活もせず男女の色恋にも疎く生きてきたので色々鈍いとは思うのですが、それでもわかります……! ランドルフ様のこの途轍もない色気は女性にとって凶器……!)
目が合っただけで体が硬直してしまう。ランドルフは、顔面が強いだけではなく、おそろしく声が良い。「姉妹を紹介してほしい」はおそらく日常会話の範疇で、ルイス自身が口説かれているわけでもないのに、これまで顔から引いてきた血の気が全部いっぺんに戻ってきたみたいに赤くなってしまうのがわかった。
頬が熱くなるのを感じ、見られているのが恥ずかしくなってしまってルイスは目を逸らしながら尋ねる。
「あの……ランドルフ様は……その、やっぱりクズ男なんですか?」
「気になる?」
からかうように聞き返されて、ルイスは返答に迷った。配信のときのように修練場で腹筋しながらといった落ち着かない状態での会話ではなく、密室で二人きりだ。
空気が凄まじく甘ったるい。息を吸うだけで肺まで砂糖が入り込んできて、全身綿菓子にされそうだ。
思わず「これが配信だったら」と、甘すぎる空気を噛み締める。
「気になるかどうかと聞かれましたら、個人的興味で立ち入ったことは聞けないですとお答えすることになります……が! いまのランドルフ様はもうすごく……すごく良かったです! 尊くて!」
「良かった? 尊い? え、何が?」
不思議そうに首を傾げられたが、ルイスは夢中になってまくしたててしまった。
「さきほどセオドア様に正面切って『可愛い』って言われたときも、これが配信だったら画面の前でご令嬢の皆さんがクッションを抱きしめて叫んでしまうって思ったんですけど! ランドルフ様の場合は少し危険な感じもあって、叫ぶより無言になってしまう感じです! まさにクズ男に追い詰められている感がすごいです。いけないけどよろめいちゃう、みたいな……」
ランドルフはぴんとこない様子で、ぼーっとルイスを見てくる。もどかしい思いのままルイスは「つまりですね!」と早口で続けた。
「セオドア様は素敵なお兄様のイメージと言いますか! あの『可愛い』もぜひ配信で再現して欲しいんですが、ランドルフ様の場合はなんでしょうね。お兄様というよりも、もう少し罪作りな感じがするんですよ。危険な男と言うのでしょうか?」
「セオドア様に可愛いって言われたの?」
なんの確認だろうと思いながら「はい」とルイスが答えると、ランドルフはルイスの肩に手を置いた。
「えっ?」
大きな手のひらで細い肩をしっかりと掴みながら、体を折るようにしてルイスの耳元に唇を近づけてきて囁いてくる。
「君は本当に可愛いよ。セオドア様に抜け駆けされたなんて聞くと、焦るな。このまま食べてしまおうか。君の唇や肌はきっと、どこもかしこも甘い……」
息が耳をかすめて、髪を軽く揺らす。肩に置かれた手の力は決して痛いほどではないのに、指の長さや手の平の大きさを布越しにまざまざと感じ、身動きができない。圧倒的な体格差や力の差があるとわからせられてしまう。
(食べてしまうって……)
ルイスは、かすれ声でなんとか言い返す。
「僕は甘くないですよ……」
「そう? 試してみようか」
耳を食べられるかと思ったが、ランドルフは少し顔の位置をずらしてルイスと目を合わせてきた。
透明度の高い琥珀色の瞳が、ゆっくりと視線を下げていきルイスの唇を見る。
「キスしてもいい?」
「…………」
顔が熱くなりすぎて、煙が出るかと思った。
膝から力が抜けて、ふらついてしまう。「おっと」と言いながら、ランドルフが腰を支えてきた。ルイスは焦って腕を突っ張ると、抱き寄せられないように距離をとり、そのまま腕から逃れた。
「僕に対してではなく、そういうのは配信でお願いします! もったいないですから!」
「あははははは。まあ、予行練習ということで。さすがに、配信でいきなり本番はできないからな。どう? クズ男に追い詰められている感じでドキドキした?」
明るく笑い飛ばされて、ルイスは真っ赤になった両頬を両手でぱんぱんと打った。
「ドキドキどころじゃないですよ。押し倒されてキスされて脱がされるんじゃないかって思いました! クズ男危険すぎます! 僕は配信で上着を脱いだだけで後からすごく怒られたんですから! 健全を逸脱するようなことはだめです!」
「今は配信中じゃないけど……」
「もっとだめですよ! 色気の無駄遣いです! いまのランドルフ様は、ヴィンセント推しのイヴリン姫だって陥落するレベルでしたよ!? クズ男の使い所を間違えないでください!」
焦りすぎたせいで、言葉がきつくなってしまう。
しかし、ランドルフは特に気を害した様子もなく笑っていた。その爽やかな笑みを見たらいたたまれなくなり、ルイスはすぐにがばっと頭を下げた。
「すみません、言い過ぎました」
「大丈夫。レインが配信を成功させるために色々考えてくれているのは、よくわかっているから。ここで話しているよりも、機材借りてゲリラ配信に出かけようか」
「はい! 他の皆さんは出払っているということで、二人だけではありますがよろしくお願いします!」
ランドルフの優しさに感謝しつつ、ルイスはトランクを閉じて早速ドアへと向かう。
「街へ行くならどこが良いでしょうね。話題の場所をお見せするのが良いかと思うのですが、そういうところは混んでいそうですから配信にご協力いただくのは難しそう……」
一瞬、母フィリスの商会傘下の店なら融通がきくかな? という考えがかすめるものの顔見知りに「ルイスさん」と言われる危険性が高いと気づいて却下する。
ああでもこうでもない、と忙しく考えるルイスの背後で、ランドルフがぼそりと呟いた。「使い所を間違えた覚えはないんだけどな」と。
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