右見ても左見てもクズ男とチャラ男!愛され迷惑!

有沢真尋

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第3章

17 別腹とシスコン

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「配信を見ながら、場所を特定して窓越しに指示をくれ。俺は最初にバルトロメオ殿下を迎えに出た文官や、捜索にあたっている第一騎士団の騎士を見つけたら『王子様チャンネル★』のことを伝えて、物陰に潜む人間まで見るように徹底させる」

 ニコラスは、自分が機動力のある馬で移動し、馬車にはヴィンセントが乗るものとごく自然に考えて指示を出す。
 これに対して、ヴィンセントが真っ向から逆らった。

「俺が行きますよ。ニコラス様は馬車に乗っていてください。イヴリン姫の護衛も兼ねて」
「そちらをお前に任せると言っている」

 指示に従わないヴィンセントに対し、ニコラスはかすかに眉をしかめる。しかし、なおもヴィンセントは食い下がった。

「姫様の護衛はニコラス様『が』良いと俺は思います」

 馬車の用意の間に自身も厩舎へ向かうつもりだったニコラスは、思わぬ足止めをくらってまじまじとヴィンセントの顔を見た。

「時間がない。逆らうな」
「魔道具を積む関係で、馬車には二人しか乗れません。密室で男女が二人という状況には問題があります」
「外にいる俺と話す必要があるのだから、窓を全開にしておけばいい。時間との勝負という時に、何をぐずぐず言っている」

 話にならないと背を向けたニコラスの肩にがしっと掴みかかり、ヴィンセントは耳元に唇を寄せて囁く。

「苦手なんです。武芸の苦手は稽古で克服できますが、女性の苦手克服チャレンジを王女様でするのはいろいろと間違えていると思います」

 切実過ぎる訴えに、ニコラスはとっさにうまく返すことができず足を止めた。

「……苦手と言われても、これは仕事の一環であって」

 肩を掴む手に力がこめられて、指がめりっと布越しに食い込んだ。

「俺が言っているのは、絶対無理という意味です。相手が俺に対して微塵も興味が無いとわかっていても、二人きりにはなりたくありません。たとえ仕事でも! 可能な限り女性の護衛は引き受けたくない!!」

 これ以上ないほどきっぱりはっきり宣言されて、ニコラスは思わず「わがまま……」と口にしかけたが、ギリギリのところで言い控えた。
 ヴィンセントの端麗な容姿を前にすれば「自意識過剰」とは言えない。これまで何かと苦労してきたがゆえの「女性と二人きりは嫌」なのであれば、ゴリ押しをするのも酷であろう。

(命がけの場面なら別だが、今日はそういう出動でもなく……。これが男性要人の警護を嫌がる女性騎士からの訴えであれば、無理強いしようとは考えない。逆もまたしかりか)

 ニコラスとしては、騎士団の上下関係を徹底させるべく「命令遵守」させたいところであるが、何しろ護衛対象として話題の女性は王国の王女だ。護衛役に「どんなに嫌でも仕事だろ」と言うのは、不敬の意味ですれすれの事案である。

「向かってくる敵は応戦すればいいだけだが、向かってくる女性とは剣と剣でぶつかるわけにはいかない分、騎士として難易度が段違いに高い……という意味だな?」

 確認の意味でニコラスが問いかけると、我が意を得たとばかりにヴィンセントは勢い込んで同意した。

「そうなんですよ!! 剣でわかりあえたら全然違うんですけどね!!」

 勢いに押されながらも、ニコラスはさらに踏み込んだ問いをする。

「そこまで女性が苦手なら、レインくんも無理じゃないか。あいつはなんというか、見ていると不安になるだろ。華奢だし、剣も満足に使えず、ドレスでも着ていたほうがよほど似合う。一緒の宿舎で暮らすなんて冗談ではない――」

 みしっとニコラスの骨が軋むほど、さらに指に力を加えてヴィンセントは強い口ぶりで言った。

「レインくんは別腹です」
「えっ、別腹? どういう意味だ?」

 二人の歩く後に続き、遠慮のない会話を耳にしていたイヴリンがそこで大喝を轟かせた。

「いい加減にして! 二人揃って堂々とわたくしの押し付け合いをして良いと思っているの!?」

 良くはない。
 さすがにそのくらいの常識を兼ね備えているニコラスは、素早く振り返るとイヴリンと目を合わせて答える。

「馬車には私が同乗します」

 そして、ヴィンセントには「行け」と指示を出す。馬の準備のため、ヴィンセントはイヴリンに軽く挨拶をして颯爽と立ち去った。
 それまでの言い合いが嘘のように、言い訳のひとつもなく一瞬で話が終わった。目を瞬かせたイヴリンに対し、ニコラスは視線を逸らさぬまま続けて言う。

「エスコートが必要であれば、お手を」

 ヴィンセントのように、女性への苦手意識などおくびにも出さない。
 眼鏡越しの視線に囚われて目を逸らせなくなったイヴリンは、ニコラスを見上げたまま「べ、べつに」と口にする。

「わざわざ何かをしてもうらう必要はないわ。普段から、ひとりで歩き回っていますもの」

 跳ね除けるような態度であったが、ニコラスは表情を変えぬまま淡々と受け止めた。

「それはいけないですね。高い身分にある女性が、自分でなんでもできるからと一人で行動するのは、決して手放しで褒められたことではありません。姫様は無事でいること、誰にも傷つけられないように立ち回ることの方が、自己満足の自立よりもよほど大切なんです」

「自己満足ですって……!?」

「それ以外に何か? どこへ行くにも誰かがついてくるという日常は、窮屈でしょう。先日騎士団の詰め所にひとりでお越しになったときのように、護衛を出し抜きたくなるかもしれません。ですが、世のご令嬢方が一人で歩き回るのは常に危険と隣り合わせなんです。私の義妹いもうとがそんなことをしようものなら、義兄あにとして叱り飛ばします。絶対に許しません」

 ニコラスは思わず、声に感情を滲ませてしまう。

(ルイスは向こう見ずなところがあるから……。あの義母上を見て育ったせいか、自分も同じようにうまくやれると過信している節がある。義母上より能力が劣るとは思わないが、ルイスは絶対的に若い。まだまだ修行が必要な時期だ。それなのに、会計監査室を飛び出してまさか第一騎士団に顔を出すようになるとは……!)

 ひとりで出歩く云々どころか、今日から男しかいない宿舎で共同生活を始めるという。あまりの無謀さに、迎えるニコラスとしては気が気ではなかった。バレたらどうするつもりだとか、バレなくても普通に危ないぞと叱り飛ばせるものなら叱りたい。第一騎士団が滅多に問題を起こすことのない品行方正で行儀の良い集団とはいえ、女性や華奢な美少年が紛れ込んで大丈夫な保証はないのだ。
 あの女性嫌いのヴィンセントでさえ「レインくん」には骨抜きだというのに……。
 しかも今日は今日で、なぜかお目付け役兼護衛を頼んでいたはずのランドルフと配信機器を持って街へ繰り出している。
 それはもはやデートでは? と思うと、心配でならない。

 イヴリンはニコラスをまじまじと見つめて、感心したように呟いた。

「妹さんのこと、ものすごく大切にしているのね。たしか、血の繋がりはないと聞いたのだけれど」

 ニコラスはイヴリンに水を向けられると「それは些細なことです」と素早く言い切った。

「家族として迎え、兄妹として歩んできました。大切な存在です」
「シスコン」

 瞬きもせず、ニコラスはイヴリンを見る。

「なぜいまあえてその言葉を選びましたか」

「深い意味はないわ。でも、二十五歳にもなってまったく女っ気がなく、さらに向こう五年、三十歳までそのつもりでいるという血の繋がらない兄が、妹には執着しているだなんて。妹さん、逃げたほうがいいと思う」

「逃げる? 誰から?」

「どうして妹のことになると、そんなに頭が鈍くなるの? あなたからに決まっているでしょう。普通に考えて、未婚で血の繋がらない兄が妹の行動に口出ししてくるなんて怖いわ。家族は所有物ではなくてよ」

 ニコラスの顔から、音を立てて血の気が引いた。

「お、おおお、俺はべつに、口出しなんかしていない。行動の制限もしていない。言いたいことの、実に半分も言っていない。いいところ一割程度か? もっと言ってないかもしれません。本当に何も言えない、とにかく静か~なお兄様をしているだけですよ……」

 イヴリンは、ニコラスの頭のてっぺんから爪先まで二往復してから、動揺しきった顔に視線を止める。気の毒なものを見る目だった。

「わたくし、近い内に妹さんと話してみますわ。ひとまず今日はそれどころではないわね。時間が惜しいので行きましょう」

 急ぎであるのは間違いない。並んで歩きながら数歩進み、ニコラスは我に返ったようにハッと目を瞠るとイヴリンに視線を落とした。

義妹ルイスに興味を持たれたのはまずい)

 レインくんと直に話したことのあるイヴリンが「ニコラスの義妹」と会うのは何かとまずい。少なくとも、配信に参加している期間は二人の鉢合わせは阻止せねばならない。

「姫様は妹には会わないでください」

「あらどうして? いままで夜会やお茶会でお見かけしたことはないと思うけれど、ヴェルナー侯爵家の息女であれば、わたくしと面会するのに複雑な理由は必要ないわ」

「呼びつけるおつもりですか」

「お屋敷訪問がご迷惑でなければ、それでもいいわよ。あなたの実家なのよね? 護衛を頼んでもいいかしら」

 どんどん話がまずい方向へ行っている。ニコラスは阻止の決め手になる言い訳も思いつかず、寡黙に歩き続けた。時間が押していることには気づいているので、イヴリンもそこからは黙って早歩きになった。

 屋外の車寄せまで出ると、すでに馬車が待機しており機器を積み込んでいるところであった。
 座席の片側に機器を置いた後、ニコラスはイヴリンの乗車に手を貸した。続けて乗り込むと、先に乗っていたイヴリンが席を詰め、魔力を開放して機器を起動した。

「さ~て、レインくん、レインくん。配信日以外にも見られるなんて、嬉しいわ」
「レイン? 『王子様チャンネル★』でお願いします」

 ニコラスが、イヴリンの言葉を聞きとがめて強い口ぶりで言う。

「嫌よ。なんでバルトロメオ様を見なければいけないの? レインくんの追跡をしている殿下の位置を割り出すなら、レインくんの配信で良いじゃない!」

 そこは譲らない、とばかりにイヴリンもまた主張した。一瞬納得しかけたニコラスであるが、チャンネル争いで負けている場合ではないと思い直す。

「なんでと言われましても、素直に追跡対象を見たほうがいいです。だいたい、バルトロメオ殿下は姫様の婚約者候補ですよ? 姿を見るのを嫌がっている場合ですか」

「あくまでまだ候補であって、婚約者でもまして伴侶でもないのに、不用意に肌を見せないでほしいのよね! 夢に出てきそうですごく嫌なの!」

 バルトロメオの独特の衣装を思い出し、ニコラスは口をつぐむ。割れた腹筋。見慣れたものであるが、嫌がる女性に見せて良いものではないというのは、ニコラスとしても同意である。

「……婚約者でも伴侶でもない相手の裸は、見たくないですよね。俺も服は着ていて欲しいと思います」
「あら、そうなの? 男性は婚約者でも伴侶でなくても、女性の裸には興味があるのではなくて?」
「いいえ? 目のやり場に困る服装をなさっている女性がいると、普通に困りますが」

 素で言い返したニコラスをじーっと見てから、イヴリンは不意に自分のスカートを掴み、すすすっとまくりあげた。足首からふくらはぎまでチラ見えしたところで、ニコラスはびくっと肩を震わせて反射的にイヴリンの手首を掴んで動きを止める。
 
「何をしようとしました!?」
「えーと、実験?」
「なんのですか。姫様はバルトロメオ様になりたいんですか!!」
「そう言われるとすごく抵抗があるわね……」

 至近距離でイヴリンを捕まえた状態で向かい合うニコラス。

「ニコラス様! 配信見れていますか!?」

 馬を横付けして、窓から車内を覗き込んできたヴィンセントは、二人の様子を見てさっとドン引きした表情になった。

「待て、ヴィンセント。何を考えた」
「……破廉恥だなと」
「誤解だ!!」

 叫んだものの、なぜその状況になっているかと聞かれれば、イヴリンがニコラスに唐突に足を見せようとした流れに触れることになる。とても言えない。

(言えば、ヴィンセントの女性嫌いが加速する……! だが、何も言わないと誤解が誤解のままになるな!?)

 イヴリンは、涼しい顔をして扇子で顔を仰ぎ始めた。ヴィンセントは冷ややかな顔で距離を置いており、焦るニコラスは何も言えない。

「なんだこの空気……」

 耐えかねたヴィンセントが呟いたところで、受信機が配信を流し始めた。

“はい、それでは皆さん見えていますか?”
“こんにちは! レインです!”
“「第一騎士団の日常」の番外編として、本日は街からのゲリラ配信をランドルフ様とお送りします!”

 画面には仲良く寄り添う「レインくん」とランドルフの姿。二人以外にも騎士団の誰かが同行しているのか、魔道具は任せて配信に集中しているらしい。

 器用な手綱さばきでスピードを安定させつつヴィンセントが窓から画面をのぞきこみ、ニコラスとイヴリンも息を止めて見守る。
 笑顔で話す「レインくん」の横で、蕩けるような甘い笑みを浮かべてレインくんだけを見つめるランドルフ。

「おいこら、視聴者はこっちだぞ。お前は画面を見ろ……配信だってことを忘れているのか?」

 ニコラスは低い声で呟き、イヴリンは「これはこれで良き組み合わせ……」と指を組み合わせて言っていた。
 窓の外では、ヴィンセントが先程までとは比べ物にならないほどの冷気を漂わせており、前を見据えて宣言した。

「背景でどこかわかりました。先行します。ランドルフ様を止めなければ」
「おう、止めろ」

 二つ返事でニコラスが応じると、ヴィンセントは馬を駆けさせる。
 あっさりと置いていかれてから、二人の会話に口を挟んでいなかったイヴリンが冷静に言い放った。

「ランドルフ様を止めるって、目的変わってない? バルトロメオ殿下はどうするつもり?」

 あっ、とニコラスが間の抜けた声を上げた。
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