こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

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第七章 国難は些事です(中編)

秘密と節度

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 夢の中で誰かと話をした。

「どうして君の好きな相手は君を見ないんだ」
「自分でももう千回以上考えたけど。他に好きな人がいるから、かなぁ」

 一応ね、そう答えたけど。

(そんな単純な話でもないのよね。ステファノは、好きな人が死んだら、他に目を向けるどころか迷わず後を追うような人なんだもの。生まれ変わってまでそばにいるほど、思いは強い)

 ステファノとルミナスの間には友情以外の感情があったのは間違いない。
 とはいえ、ルミナスに婚約者がいるのは誰でも知っていたこと。
 どれほど側にいて、惹かれ合っていたとしても、あの二人が仲間以上に踏み込んだ関係だったはずがない。いつも、自分にはそう言い聞かせている。

 一度だけ見たことがある。
 
 ルミナスが魔物の群れに突撃かまして大怪我をして、ステファノがぶっちキレたとき。
 二人で話す、と連れ立って出て行ったとき、どうしても気になって追いかけてしまった。
 建物の裏で、ステファノはルミナスを壁際に追い詰めていた。広い背中が見えた。いつもみたいに、へらへら笑っているルミナスに小言を言ってるのかな、と思った。だけど、そんな雰囲気ではなかった。

「いらない無茶をして、私に心配させてばかり。お仕置きでもされたいのか、ルーは」

 聞いた瞬間、まずい、と思った。
 背筋がぞくりとするような、普段の彼とは全然違う声。

「うん。そうだよ。ステファノになら何をされてもいい。全部あげる。だからね、わたしから目を離しちゃだめだよ。よそ見なんか許さない。自分が誰のものかもっと自覚持ってよ」

 ルミナスの返答も、いつもと違っていた。
 へらへら笑って言ってそうなのに、何か、格段にやばさがグレードアップしている感があった。

(まずい。やばい。これ以上見たり聞いたりしたら命がないかも)

 これは自分の知っている二人じゃない。
 そう思って、逃げ出してきた。
 実際、二人は戦闘に長けた生き物だし、何かのきっかけで聞き耳を立てている存在を察知するなんてわけがないはずだ。もしかして、気づいていたかも。怖くて、確認はできなかった。

(あの二人って、本当に何もなかったのかな。あの時の雰囲気とか、絶対変だった……)

 男と女であそこまで接近してあんな会話をするだなんて、自分では経験したことがない空気だから、全部憶測でしかないけれど。

(ステファノの性格上、「お仕置きをする」と言って、「して」って言われたら絶対するよねー。みんなの前でできないお仕置きってそれはなんですかー? なんて、あの頃は深く考えなかったけどさー。これ誰かに話したら悩む間もなく答え出ちゃいそうな気はするんだよねー。二十年以上たった今でも、胸にしまいこんだままですが)

 夢とうつつのはざま。
 長いようで短い時間、ずっとそんなことを考えていた。
 誰かと話していたような気もするが、初めての深酒が効いたのか、何もかも曖昧だ。
 ただ、気付いたら寂しい、寂しい、と言っていたような気がする。

(魔族のくせに仲間を裏切って人間について、友達もいなくて。好きな人には手が届かなくて、見てももらえなくて。適当に言い寄ってくる人はいたけど、「大切」にしてくれそうな人なんか出会ったこともない)

 全部自分のせい。
 仕方ないろ、わかっていたはずなのに。

 眠りが浅いのだろうか、鼻がつんときてすすりあげたら、誰かの手が頬に触れた。
 自分が泣いていることに気付いたけれど、涙の止め方はよくわからなかった。

 * * *

「変化の魔法、連続使用しすぎなんじゃない? どこか具合悪くなったりしていない?」

 円卓のある会議室で隣に座った灰色の魔導士に対して、クライスは小声で尋ねた。
 クロノスによる簡単な事情説明の後。
 ほとんどの者は王宮内の警備や、無用な混乱を避けるための役割が振られて出て行った。
 イカロスの暴挙に関しては、少数で対応にあたるということになり、選ばれた数人がこの円卓の間に順次集うことになっている。
 なお、ただの灰色魔導士であれば除外されたであろうが、中身が「得体の知れないハイレベル魔導士」だと知れたリュートことルーク・シルヴァが選抜組にいることに、異議を唱える者はいなかった。

 円卓の間には、まだ他の者は顔を出していない。
 実は「あいつらは少し話をさせて落ち着かせた方がいい」とロイドが提案し、クロノスに無理やり飲ませて時間を作った結果なのだが、クライスはその辺の事情には気付いていない。ただ、二人きりだなぁ、という事実にほんのり浮かれていた。

「問題ない」

 前を向いたまま、ルーク・シルヴァがややそっけなく答える。
 眼鏡をかけたその横顔を、クライスはぼんやりと見つめていた。
 ちら、と視線を流される。
 目が合っただけで、頬がカッと熱くなるような感覚があった。

(職場で会うって恥ずかしい……)

 どういう風の吹き回しか、同僚であることを明らかにしたルーク・シルヴァ。正体不明の魔導士どころか、ここまで身近にいるとあらば、クライスが女だと周知された後も何かと牽制になるのではないだろうか。
 牽制が必要なほどモテている実感はないのだが。
 カインはともかく、クロノス、イカロス等面倒な相手に好かれている自覚はある。

(アレクス王子の求婚は理由があったにせよ……。僕ごときが王子三人とぞれぞれ何かあったなんて、悪夢だよ。頭痛い)

「クライス」

 名前を呼ばれて、「ん、なになに?」と腰を浮かせて身を乗り出す。
 ルーク・シルヴァがにこりと微笑んだ瞬間、(んん!?)とクライスは息を呑んだ。
 テーブルの下で、腿のあたりに置いていた手が大きな掌にそっと包み込まれた。

「同僚のあいつ。大丈夫なのか? 何かされた?」

(う……わー……。手、繋がれてるんですけど……)

 少しでも身じろぎしたら手を離されてしまうかもと心配になり、固まってしまう。それでいて顔は熱いし心臓はばくばくしているし、自分で自分を持て余すことこの上なく。
 緊張しすぎて、上の空になりながら答える。

「カイン? うん、僕のことが好き、みたいなことは言われたけど」
「二番めでいいってなんだ? 一番も二番も髪の毛一筋まで俺は他の男に譲る気はないんだが」

 もはや。
 身じろぎどころか、呼吸もできずに、クライスは微笑を顔に張り付かせたまま凝固した。

「クライス」
「はい」

 かしこまって返答したところで、握られていた手がひかれて、わずかにバランスを崩した。
 ルーク・シルヴァは、空いている手で眼鏡を外す。
 あらわになった強い眼光にひるみそうになる。なんとか目を逸らさないで見返していると、優しく微笑みかけられた。

「キス」
「はい……?」
「ここ。お前から」

 指で自分の唇を軽くつついて示したルーク・シルヴァに、クライスは笑みを浮かべたまま顔を強張らせた。

(会議室でキスですか!? 嫌なわけじゃないんだけど、いつ人がくるかわからないのに!? 同僚だって明らかにしてくれて、一緒に仕事するぞーってなったのは嬉しいんだけど!! その流れでいきなり職場でキスってただれてない!? ありなの!?)

 ぴくりとも動かないまま、頭の中は大パニックになっていた。

「無理なら俺からするけど」

 悩みの方向を理解していないルーク・シルヴァが、気を悪くした様子もなくおっとりと言ってくる。

「ひとが来たらどうしようって」
「俺が間男だとか二番めならまずいかもしれないが、後ろ指さされるような間柄じゃない以上、問題ないんじゃないか」
「それはそうなんだけど1 じゃなくて……、ふつう、勤務時間中に職場でイチャイチャはね!? 周りの目が痛いよ!」
「今はお前と俺しかいないぞ」
「話が堂々巡った!!」

 嫌なわけじゃない、という一点を誤解されたくないばかりに、説得の糸口を見いだせず、クライスは言葉を詰まらせる。しまいに、少しだけなら、と気持ちがぐらついて、流されそうになった。

「僕はさ、ルーク・シルヴァが女の子といたりするとすぐ落ち込むんだけど。もしかして、ルーク・シルヴァも、少しはそう思ってくれてる? 僕の仕事仲間とか、交友関係で不安になったり」

 なるわけないよね……と言っているうちに沈みそうになってきてしまったが、真剣な表情で聞いていたルーク・シルヴァは低い声で答えた。

「そんなの当たり前だ。気にしている。バカバカしいくらいにな」
「うそ」
「嘘言ってどうするんだよ」

 クライスはまじまじとルーク・シルヴァの美貌を見つめてしまった。
 見つめすぎて目が潤んできてしまい、慌てて上を向く。せわしなく瞼を瞬かせてから、向き直った。

「慣れて無くて恥ずかしいから、目を瞑ってね」

 お願いされたルーク・シルヴァは何も言い返すことなく目を閉ざす。
 クライスは中腰の姿勢から、立ち上がって片手を卓につくと、おとなしく待っているルーク・シルヴァの顔を見つめた。唇を寄せて目を閉ざした。
 柔らかく触れあった瞬間、捕まっていた手が容赦なく強い力で引かれて、倒れこみそうになる。
 叫び声は合わせた唇におさえられて、気付いたときには広い胸に抱きしめられていた。

(強引だなっ。僕からキスした意味って何!?)

 息もつけない口づけの合間に、痺れた頭でそんなことを考えていたとき。
 重い扉が開く音がして、靴音が聞こえた。
 はっと顔を上げてルーク・シルヴァから離れ、そちらに顔を向ける。

「……冷静に話していたようには見えないんだが?」

 クロノスが横に立っていた麗しい女性に、押し殺した声で尋ねる。
 尋ねられたロイドは、大きなため息とともに頬に落ちて来た髪を後ろに払って言った。

「もう少し節度があると思っていたんだけど……なかった」

 見限るような響きに、言い逃れしようもないくらい目撃されたことを悟ったクライス。
 一方のルーク・シルヴァはといえば、そもそも言い逃れの必要すら感じていない悠然とした態度で背もたれに体を預けて、クロノスに不敵な視線を投げていた。 
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