こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

文字の大きさ
79 / 122
第八章 国難は些事です(後編)

長い一日でした(前)

しおりを挟む
 事情が飲み込めないなりに。
 アゼルは、それほど多くない選択肢の中で、その時点で最も手に取りやすいものを手にした。
 即ち。
 一晩ともに過ごして朝からそのときまでずっと一緒にいたアレクスを選択した。

(わたしが寂しい思いをしないように、ルミナスに求婚するっていうミラクルダイブをかますような王子様! 最終目標のはずのステファノが、横やり入れてきた美女にかっさらわれそうになっていたりしたら、またとんでもないこと言い出しかねない!)

 余計なことを言い出す前に、戦線離脱。
 今にも何か言いそうなアレクスの手を掴んで「行こう」と声をかける。

「いやしかし」
「しかしもへちもない! 行くって言ったら行くの!! 退散!!」

 これ以上の面倒事は嫌!! という強い意志をこめて言ってはみたものの、アレクスはあまり納得のいってない真面目くさった表情で「へちま」と言い返してきた。アゼルは完全に黙殺を決め込んだ。
 ぐいぐいと大の男を引きずりながら部屋を後にしようとしたそのとき、銀髪の少女を抱きかかえたままぼさっとしている赤毛の剣士と目が合う。

「あなたも! とりあえずこの場はひいておきなさいよ!」
「ええっ」

 顔に困惑が浮かんでいる。
 ルミナス感抜群のくせに、記憶は欠落しているこの赤毛にとって、自分は他人。自分だけが一方的に前世を知っているのだと遅れて思い出した。

(忘れている方が悪い!!)

 前世も今生もアゼルの思い人の心をがっつり射止めておきながら、どっちの人生でもふわっふわと浮ついて違う人と恋愛している。そのくせ、なおもステファノを縛ろうとする極悪人。
 アゼルには、クライスを全力で張り倒す権利があるように思えてならない。
 口答えされてやる気なんか、さらさらない。

「あの二人の邪魔したいの!? だったらその腕の中のこっちに寄越しなさいよ!!」
「それはだめ」

 ぎゅっと力を入れて少女を抱え直す。
 アゼルに向けられた凛としたまなざしには、少年のような涼やかさが漂っていて、

(ああ~~そういうところがルミナスなんだってば~~)

 地団太踏みたい気持ちでアゼルは歯を食いしばった。

「わかってるじゃない。両方はだめなの。今この時この場で、どちらかを選ぶしかないの!! あなたはその銀髪を選ぶんでしょ!? わたしはこっちの王子様にしたの!! もう変更はできません!! 取り返しがつかない選択肢なの!! 後はあっちの二人に任せてわたしたちは解散!!」

 やけに肺活量を使うターンだと思いながら、アゼルは辺りを見回す。
 全員ぼんやりしている。
 ひくっと口の端が痙攣した。
 呼吸を整える間もなく、再び声を張り上げて言った。

「ここに解散を宣言する!! 各自撤退!! 異議の在るひとにはわたしが相手になるから!! 殺されても文句言わないでよね!?」

 肩で息をするほどに。
 叫んで叫び倒したところで、アレクスが「わかった」と頷いてアゼルの腰に腕を回した。

「なぜ驚いた? 行こう」
「はい……!?」

 返事はしたものの、突然のやる気に、いまひとつ納得がいかない。
 アゼルに触れたアレクスの手は、優美な見た目に似合わぬ、無骨な硬さ。
 女性と一晩過ごして手も出さない男のくせに、やや強引なエスコートには有無を言わさぬ力強さと甘やかさがあって、そのバランスに胸がツキンと痛んだ。

(このひと、実は結構女性の扱いが上手い。そういえばさっきは普通にクライスに求婚していたし。照れもなく)

 決して、不器用な男ではない。
 そのギャップに、少し困る。

「歩けるから、離してよ。あ、だけど先導してね。この王宮の中でどこへ行けばいいかわからないから。行先はあなたに任せる」

 さりげなく腕から逃れてそう言うと、歩調をゆるめたアレクスが視線を流してきた。

「では私の部屋へ」

 事務的とも思えるさりげない声で、囁かれる。
 アゼルは、表情を殺して「わかった」と頷いてみせた。


 * * *

「そういうわけだから。いなくなって。二人にさせて?」

 腕を組んで、厳しい声で言ってくるロイドに対し、クライスは狼狽してあわあわと口を開いたり閉じたりした。

「そのロイドさんは、はつじょうきで……ええと」

 自分で言いながら顔を赤らめてしまったクライスに対し、ロイドは真面目な顔で頷く。

「そう。殿下と子作りするからおとなしく帰って。それとも、見てく?」

 固まったクライスだが、ロイドの表情がこゆるぎもしないのを見ると、そのまま一歩、二歩と後退した。
 それから、思い出したようにクロノスへ視線を向ける。
 曰く言い難い表情で、クロノスは掌で額をおさえていた。

「あの……、大丈夫? 平気?」

 何が大丈夫で、何が平気か、よくよく考えると誰かに思いっきり失礼になりかねないことを口にしたクライスに対し、クロノスは伏し目がちに視線を向けた。

「差し当たり」

 曖昧無難な返事だった。

「そっか。なら、いいんだ。うん……。困っていないなら、僕ができることってないし」
「なんだよそれ。オレが困っているって言ったら、何かしてくれるつもりあったのか」
「どうだろう」

 戸惑いを隠さぬ返答に、クロノスはひっそりと笑った。

「だと思った。それならそれで、口を出すな。オレに期待を持たせてどうするんだよ」
「期待、した?」

 思わずのように返しながら、クライスは顔を上げる。
 潤んだ水色の瞳。
 クロノスは柔和な笑みを湛え、きわめて優しい声で言う。

「するに決まってるだろ。ばか。あんまりオレを弄ぶな。これでもそれ相応に傷ついて、枕を涙で濡らしているんだぞ」
「ごめん」

 表情から感情を読み取られるのも恐れるかのように、クライスは慌てて横を向いた。

「そういうわけだから。お前と俺は少し距離を置いた方がいいかもしれない。こっちはこっちで話があるから今日のところは帰れ」
「……うん。ごめんね、邪魔して。ロイドさんも……体調悪くないなら、良かったです」

 もぞもぞと言い残して、踵を返す。
 細身ながらも鍛え抜かれた身体を持つクライスは、腕に少女を抱えてもまったく動作にブレがない。
 その凛々しさすら漂う背中に向かって、クロノスは堪えきれずに声をかけた。

「遅かったけど。お前が来て良かった、礼を言う。オレはお前中心に戦略を組み立てるから。姿が見えないと普段より弱くなる。思い知ったよ」
「そんなの……。何もできなくて。待たせてごめん。次は」

 言いながら、クライスは振り返る。
 二人の視線が絡む。

(次は)

 次の戦いがあるなら、二人で戦場に立とう。
 言葉にできなかった思いが互いのまなざしに溢れて、どちらからともなく目を逸らす。

 そのまま、クライスは去った。
 完全に廊下の角を横切って姿が見えなくなってから、クロノスは深く息を吐き出す。
 静観していたロイドの存在を、そのときはじめて思い出したように目を向けて、苦笑した。

「呪いみたいな恋です。幻滅してください。あなたにはもっとふさわしい人がいる」

 組んでいた腕をといて、ロイドは頭を軽く振って長い髪を揺らし、クロノスのすぐそばまで歩を進めた。

「誰を好きでも構わない」

 ほんの少し背伸びをして、クロノスの頬に唇を寄せる。拒否することもなく、クロノスは目を閉ざした。
 ロイドは、そのまま腕を伸ばして無抵抗なクロノスの身体を抱きしめた。

「代わりでもいいし、はけ口でもいい。なんでもいい。どうせ永遠に一緒にはいられないんだ。ほんのひととき肌を合わせて隣にいたいだけ」
「今結構やばいんです。そういう誘惑には負けそう」
「負けなよ」
「悪魔」

 片目を開いたクロノスはすねた表情をしており、柔らかな身体を押し付けてくるロイドを言葉で責める。

「悪魔でいいよ。全部受け止める」

 囁きながら、ロイドはクロノスの首の後ろに腕を回して背伸びをし、唇に唇を合わせる。
 再び目を閉ざしてその口づけを受けていたクロノスであったが。
 不意に、ぱっと目を見開いた。
 ロイドの両肩に両手を置き、軽く掴んで唇を離し、顔をのぞきこむ。

「そういえば、ロイドさん。人間じゃないって言ってましたけど。もしかして、魔族ですか?」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...