こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

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第九章 襲撃と出立

不倶戴天

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 市街地急襲より、時間は少しさかのぼる。


「俺の部屋に眼鏡があるはずなんだけど、貸そうか」

 首筋に噛みつくとみせかけて、唇に口づけを落としたクロノスに対し、ルーナは実に真面目な調子でそう言った。

「度が入ってないやつだろ。お・そ・ろ・い♥ 持ってるから知ってる。あと俺今、別に目測誤ったわけじゃないから。そういう『見えてるのか』みたいな調子で言ってくるのやめてくれる?」
「さすがに狙いからズレ過ぎじゃないかと思って」

 完全に噛み殺されると思っていたルーナだったので、「予想外」の事態にしみじみとした感想を述べてしまった。
 よいしょ、と掛け声とともに身体を起こしたクロノスにつられるように、ルーナもベッドの上で半身を起こす。そして、どかっと床に両足を下ろしたクロノスをぼさっとした表情で見つめた。
 どこか遠くを眺めるような目をしながら、クロノスが口を開く。

「魔王なんだよなお前。昨日ロイドさん問い詰めたから」
「言ったのか。まあ、致し方ない」

 ルーナの神妙な物言いに対し、クロノスはひくりと唇の端をひくつかせて視線を流した。

「何が致し方ないんだよ。もう少し何か言いようがないのか。魔王だってばれて気分はいかがですか」
「ばれるときはばれると思っていたからなぁ」

 緊迫感のない物言いに対し、クロノスは深い溜息をついた。

「魔王がさ、こんな近くにいたのってどうかと思うんだよね。お前殺したよな、ルミナスのこと。それでなんで……はああああ。意味わかんね。ほんっと何してんだよ。なんで前世勇者のクライスと恋人付き合いしているんだよっ」

 自分で言っているうちに何か強い感情に襲われたらしく、クロノスは両手で顔を覆って溜息をついた。

「信じるかどうかはお前次第だが……、最初は『気になった』だけだ。強いて言えば『あのとき殺して申し訳なかったと思って』という理由でもあるが」
「そんな理由は無し。何言ってんだよ、だめに決まってるって。そんな悪いこと言う口は引き裂いちゃうぞ~」

 クロノスが身を乗り出し、両手でルーナの唇の端と端に指をひっかける。
 本気で口を引き裂かれるのではないかと、ルーナはクロノスの足に蹴りを入れながら飛び退った。
 すかさず、クロノスが立ち上がる。

「世界を滅ぼそうとした魔王が、そんな理由で不倶戴天の勇者のそばに」
「クロノス。俺の話を聞く気はあるのか」
「積年の恨みを晴らさせてもらおうかな」
「お前、俺のこと嫌い過ぎるだろ」
「なんだよそれ。好きって言えばいいの? 好き好き大好き魔王だけど好きだ。だから困ってるんだ」
「落ち着け」
「好きだと思いたくないんだよ。なんで魔王を好きになんか」

 ぐずぐずと言い返されて、ルーナは両手で自分の髪の毛をわしゃわしゃとかきむしった。

「好きの大安売りはやめろよ!」
「うるせえな! 魔王が大安売りとか言うなよ!! どこで覚えたんだよそんな言葉!!」

 一言返せば、三倍になって返ってくる。
 ほとほと呆れた様子でルーナは寝台に戻ると、そのままごそごそと布団にもぐりこんで身を隠した。

「なんなのそれ。寝直す気?」
「放って置いてくれ。手も出すなよ」
「ならさっさとおっかないお兄さんに戻れよ。というか昨日はなんでレティシアに体乗っ取られていたんだよ。どれだけ隙だらけなんだ、魔王」

 もぞっと毛布をはねのけて、ルーナが顔を出す。

「その件に関しては、完全にレティに隙をつかれた。さっさとレティを追うためにも、早急にあっちの姿に戻りたい」

 何とも言えぬ実感のこもった響きに、クロノスは噴出した。

「戻れないのか」
「言うなよ。魔力がごっそりやられてんだ」
「それこそ俺に言うなよ。気兼ねなく襲いたくなるじゃん」

 そうは言いながらも、立ち上がったクロノスはそれ以上距離を詰めて来ることはない。
 じぃっと見つめながら、ルーナは明確な意思をもって呟いた。

「魔力欲しいな。魔力があればレティを追えるのに」
「そういう目で見ないように。『そこに魔力があるんだよなぁ』って目が言ってる。俺に手を出したらお前、張っ倒すぞ」

 絶対だめだからねー、お兄さんの言うこときこうねー、とでも言いたげな半笑いのクロノス。ルーナは、きらりと目を光らせながら見て今一度呟いた。

「魔力が欲しいなぁ……」
「魔王……ッ。魔王が美少女で弱くてよちよちしていて不倶戴天の敵に『助けてよぅ』ってみーみー泣きついてくるってなんなんだよっ……。俺捨て猫とかに弱いんだってのっ」

 額を手でおさえながら肺活量を使っていそうな嘆きをもらすクロノス。
 無言で見守っていたルーナはぼそっと言った。

「結論だけくれ。捨て猫だと思って魔力を提供するか?」
「そんな口きく捨て猫いないし、魔王だろ自分でどうにか」
「『みーみー』」

 申し訳程度に鳴いてみせたルーナに対し、クロノスは凄絶な笑みを浮かべて「殺したい」と口の中で呟いた。
 しかし、埒が明かないと諦めたのか、歩み寄って寝台に腰かける。

「どうやってするのか知らないけど。必要なだけ持っていけよ。必要以上はやめろよ。いくら人類最強の魔導士とはいえ限度があるんだ。足腰立たなくなるのは勘弁――」

 ルーナがするりとクロノスの首に腕を回した。
 整い過ぎた少女の容貌で、間近な位置からまばゆいまでの笑みを浮かべられ、クロノスはうんざりした顔をしつつ目を閉じた。
 クロノスの膝の上に身を乗り上げたルーナは、掌で頬を撫ぜてから首筋に指を滑らせる。
 狙いを定めるように柔らかな首から肩の肌をなぞって、口を近づけた。

 少女の真珠のような歯が肌に食い込み、血が滲む。
 クロノスが、食いしばった歯の間から堪えきれなかったように「くっ」と呻きを漏らした。

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