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第14話:山奥の微熱、あるいは最も美しい罠
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第14話:山奥の微熱、あるいは最も美しい罠
「久我さん。悪霊に取り憑かれた少女の除霊依頼です。彼女の母親から依頼されました。右手、お願いします」
「だから言い方!! せめて“神聖な儀式”感を出してよ!!」
霧が立ち込める山奥の洋館が、彼らを待ち受けていた――深い霧に包まれた山奥。
ポツンと佇む古びた洋館に、久我たちはいた。 目の前には、一人の美少女「愛鈴(あいりーん)」。しかし、青白い肌に落ち窪んだ目、歪んだ口元。整った顔立ちなのに、思わず一歩引いてしまうほどの“不気味な表情”。そして、その喉から漏れるのは、地獄の底を這いずるようなガラガラの濁声だった。
「……遠くから来たんだろう? 疲れているはずだ……。奥で休んでいけ。温かいコーヒーでも淹れてやろう……」
「フン、その手には乗らないぞ。悪霊め。コーヒーに何を混ぜる気だ? 丁重に断らせてもらう!」
久我は珍しく、除霊師らしい毅然とした態度で言い放った。
「……さあ、久我さん、除霊を」
「言い方!! もう少しこう、神聖さとか――」
ぶつぶつ言いながらも、久我は覚悟を決めて彼女の胸元へと右手を伸ばした。
もにゅ。
「え……?」
指先から伝わってきたのは、邪悪さの欠片もない、拍子抜けするほど穏やかで、あたたかい感触だった。
(……あれ?祓えない。霊の反応が……ない?)
その代わりに、じんわりと胸に広がってくる感覚がある。
(……優しい。怖がりで、気を遣いすぎて……ああ、なんだこの子……めちゃくちゃいい子じゃないか……)
と、同時に――少女の周囲にどす黒い霊気が渦巻き、彼女の不気味だったはずの表情が魔法のように一変したのだ。 険しい瞳は潤んだ大きな瞳へ。歪んでいた口元は、愛らしい微笑へ。声は鈴を転がすような、甘く澄んだ声に変わった。
「きゃっ! この変態、いきなり何すんのよ! 胸触ったわね!」
「エッチ! 死んじゃえ! 今すぐ取って食ってやるわよ、このド変態!」
頬を赤らめて怒鳴る彼女の姿は、あまりにも……あまりにも可愛すぎた。
「……食われたい」
久我は呆然と呟いた。
「この子になら、もういっそ食われて本望だよユウキ! こんなに可愛い子を、どうして除霊なんてできるんだ!」
「久我さん。惑わされないでください。再度サイコメトリーを。今、彼女の深層で力が動きました」
ユウキの言葉に促され、久我は震える手でもう一度、彼女の深層意識へとダイブした。 今度は指先から、突き刺さるような鋭い痛みが伝わってくる。
『……やめて。痛いの。……苦しいのよ……助けて……っ!!』
少女の可愛い皮を被った内側で、邪悪な霊的エネルギーが、彼女の魂をギリギリと締め上げている。久我が力を込めれば、悪霊は消滅するだろう。
(……痛い?待て……今のは……反応がある。効いてる……? どういうことだ……)
だが――
久我は、その顔を見つめて、喉を鳴らした。
「……」
頬を赤らめ、涙を浮かべて、必死に耐えているその表情が――
ただどうしようもなく、可愛かった。
「……やっぱり、無理だ」
「ごめん……できない。こんな可愛い子を、僕には傷つけるなんて……」
久我は、指先を離した。
久我が手を引くと、少女の顔から生気が消え、再びあのガラガラ声が戻ってきた。
「……終わったのか?」
「また出たな悪霊め! 引っ込んでいろ!」
久我は嫌悪感を露わにして怒鳴りつけた。しかし、少女は困惑したように顔を歪める。
「……何言ってるんだ」
「とぼけるな! 貴様が本体を乗っ取っている悪霊だろう!」
「私を……悪霊だと? だからか、どうにもさっきから会話が噛み合わなかったわけだ。……私が、愛鈴(あいりん)だぞ」
久我は嘲笑した。
「お前みたいな不気味な顔と、そのガラガラの声が悪霊でないはずがないだろう!」
「……だから、私はこういう顔の人なの。生まれつき、こういう声の人なの……っ!」
少女の悲痛な叫びに、久我の心臓がドクリと跳ねた。
(……待て。だからか。だから、サイコメトリーをした時、この『ガラガラ声』の時の質感はあんなに純粋で良い子だったのか? ……だとすれば、あの可愛い声の、愛くるしい反応をしていたあいつの方が、邪悪の塊だったのか……!?衝撃的(インパルス)だ)
久我が己の過ちに気づき、顔を血の気が引いたように青ざめさせた。 しかし、時すでに遅い。少女――愛鈴は、もはや久我に期待することをやめた。
「……悪霊と対峙してくれたようだが、どうやら無理だったようだな」
少女は力なく笑い、自嘲気味に呟いた。
「……難しいものだ。だがな、悪霊に取り憑かれて、から……なぜかお父さんは優しくなったし、男たちは、以前よりもずっと私に優しく、モテるようになったんだよ」
彼女は久我の目を見据え、氷のように冷たい微笑を浮かべた。
「放っておいてくれ。もう、このままでもいいのかもしれない。……私の中にいる化け物よりも、私を『食い物』として見るお前たち男の方が、よっぽど恐ろしい悪魔なんだから」
静寂が部屋を支配した。 久我は何も言い返せず、ただ立ち尽くした。
霧の向こうで、愛鈴はもうこちらを見ていない。
最初から期待などしていなかったかのように、静かに踵を返す。
その背中に、久我は一歩も踏み出せなかった。
拳を握りしめ、歯を食いしばり、それでも何も言えずに。
――その時。
ユウキが、ほとんど独り言のように、低く呟いた。
「……救えないのは、霊だけじゃないですね」
久我の胸に、その言葉が冷たい刃のように突き刺さる。
(……ああ、そうか)
救えなかったのは、悪霊だけじゃない。
少女も。
そして――自分自身も。
霧が、すべてを飲み込んでいった。
「久我さん。悪霊に取り憑かれた少女の除霊依頼です。彼女の母親から依頼されました。右手、お願いします」
「だから言い方!! せめて“神聖な儀式”感を出してよ!!」
霧が立ち込める山奥の洋館が、彼らを待ち受けていた――深い霧に包まれた山奥。
ポツンと佇む古びた洋館に、久我たちはいた。 目の前には、一人の美少女「愛鈴(あいりーん)」。しかし、青白い肌に落ち窪んだ目、歪んだ口元。整った顔立ちなのに、思わず一歩引いてしまうほどの“不気味な表情”。そして、その喉から漏れるのは、地獄の底を這いずるようなガラガラの濁声だった。
「……遠くから来たんだろう? 疲れているはずだ……。奥で休んでいけ。温かいコーヒーでも淹れてやろう……」
「フン、その手には乗らないぞ。悪霊め。コーヒーに何を混ぜる気だ? 丁重に断らせてもらう!」
久我は珍しく、除霊師らしい毅然とした態度で言い放った。
「……さあ、久我さん、除霊を」
「言い方!! もう少しこう、神聖さとか――」
ぶつぶつ言いながらも、久我は覚悟を決めて彼女の胸元へと右手を伸ばした。
もにゅ。
「え……?」
指先から伝わってきたのは、邪悪さの欠片もない、拍子抜けするほど穏やかで、あたたかい感触だった。
(……あれ?祓えない。霊の反応が……ない?)
その代わりに、じんわりと胸に広がってくる感覚がある。
(……優しい。怖がりで、気を遣いすぎて……ああ、なんだこの子……めちゃくちゃいい子じゃないか……)
と、同時に――少女の周囲にどす黒い霊気が渦巻き、彼女の不気味だったはずの表情が魔法のように一変したのだ。 険しい瞳は潤んだ大きな瞳へ。歪んでいた口元は、愛らしい微笑へ。声は鈴を転がすような、甘く澄んだ声に変わった。
「きゃっ! この変態、いきなり何すんのよ! 胸触ったわね!」
「エッチ! 死んじゃえ! 今すぐ取って食ってやるわよ、このド変態!」
頬を赤らめて怒鳴る彼女の姿は、あまりにも……あまりにも可愛すぎた。
「……食われたい」
久我は呆然と呟いた。
「この子になら、もういっそ食われて本望だよユウキ! こんなに可愛い子を、どうして除霊なんてできるんだ!」
「久我さん。惑わされないでください。再度サイコメトリーを。今、彼女の深層で力が動きました」
ユウキの言葉に促され、久我は震える手でもう一度、彼女の深層意識へとダイブした。 今度は指先から、突き刺さるような鋭い痛みが伝わってくる。
『……やめて。痛いの。……苦しいのよ……助けて……っ!!』
少女の可愛い皮を被った内側で、邪悪な霊的エネルギーが、彼女の魂をギリギリと締め上げている。久我が力を込めれば、悪霊は消滅するだろう。
(……痛い?待て……今のは……反応がある。効いてる……? どういうことだ……)
だが――
久我は、その顔を見つめて、喉を鳴らした。
「……」
頬を赤らめ、涙を浮かべて、必死に耐えているその表情が――
ただどうしようもなく、可愛かった。
「……やっぱり、無理だ」
「ごめん……できない。こんな可愛い子を、僕には傷つけるなんて……」
久我は、指先を離した。
久我が手を引くと、少女の顔から生気が消え、再びあのガラガラ声が戻ってきた。
「……終わったのか?」
「また出たな悪霊め! 引っ込んでいろ!」
久我は嫌悪感を露わにして怒鳴りつけた。しかし、少女は困惑したように顔を歪める。
「……何言ってるんだ」
「とぼけるな! 貴様が本体を乗っ取っている悪霊だろう!」
「私を……悪霊だと? だからか、どうにもさっきから会話が噛み合わなかったわけだ。……私が、愛鈴(あいりん)だぞ」
久我は嘲笑した。
「お前みたいな不気味な顔と、そのガラガラの声が悪霊でないはずがないだろう!」
「……だから、私はこういう顔の人なの。生まれつき、こういう声の人なの……っ!」
少女の悲痛な叫びに、久我の心臓がドクリと跳ねた。
(……待て。だからか。だから、サイコメトリーをした時、この『ガラガラ声』の時の質感はあんなに純粋で良い子だったのか? ……だとすれば、あの可愛い声の、愛くるしい反応をしていたあいつの方が、邪悪の塊だったのか……!?衝撃的(インパルス)だ)
久我が己の過ちに気づき、顔を血の気が引いたように青ざめさせた。 しかし、時すでに遅い。少女――愛鈴は、もはや久我に期待することをやめた。
「……悪霊と対峙してくれたようだが、どうやら無理だったようだな」
少女は力なく笑い、自嘲気味に呟いた。
「……難しいものだ。だがな、悪霊に取り憑かれて、から……なぜかお父さんは優しくなったし、男たちは、以前よりもずっと私に優しく、モテるようになったんだよ」
彼女は久我の目を見据え、氷のように冷たい微笑を浮かべた。
「放っておいてくれ。もう、このままでもいいのかもしれない。……私の中にいる化け物よりも、私を『食い物』として見るお前たち男の方が、よっぽど恐ろしい悪魔なんだから」
静寂が部屋を支配した。 久我は何も言い返せず、ただ立ち尽くした。
霧の向こうで、愛鈴はもうこちらを見ていない。
最初から期待などしていなかったかのように、静かに踵を返す。
その背中に、久我は一歩も踏み出せなかった。
拳を握りしめ、歯を食いしばり、それでも何も言えずに。
――その時。
ユウキが、ほとんど独り言のように、低く呟いた。
「……救えないのは、霊だけじゃないですね」
久我の胸に、その言葉が冷たい刃のように突き刺さる。
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救えなかったのは、悪霊だけじゃない。
少女も。
そして――自分自身も。
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