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2月
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しおりを挟むここの商品管理室も本店ほどではないがやはり物に溢れていて、知佳は真新しいレターケースにラベルシールで項目付けをするところから始めた。
「おつかれ、あ、久しぶりだねェ、宗近さん…どう?本店は」
期間限定トレードで北店へ出張しているかつての上司・嘉島が缶コーヒーを持って入室する。
「お疲れ様です…お馴染みの新生活シーズンに入ってワチャワチャしとりますよ。チーフは…なんだか顔付きが違いますね、」
「わかる?ふふ…ちょっと張り切ってんだよ。新店オープンセールってわくわくするわ、みんな…変わらず元気?」
「そうですね、なんとか平和にやってますよ」
「良かった…うん…笠置が西店に行って…静かになったろ、月末から俺も合流するよ」
それは急な決定だった、黒物のコーナー長・笠置唯は西店の同職に突然抜擢されてお別れ会も出来ないまま転勤していったのだ。
「あ、そうなんですか、そりゃ良かったです、葉山くんも元気ですよ」
彼女と部下の葉山が交際していると公になった矢先の異動で、転勤前の数日の彼の憔悴ぶりときたら目も当てられぬほどであった。
「うん、そうか…うん、………よし、ここ任せたよ。じゃあねェ」
「はい、」
嘉島はコーヒーを飲みきって、室内のゴミ箱に缶を捨てて出て行く。
「なんか…漲ってたな…」
物腰の柔らかい人だが今は少し険しいくらいの顔をしていた。
忙しさと責任感であのようにギラギラとするものなのか…知佳は人格まで変わらなければいいけど、などと心配しながら黙々と作業を進めた。
初日は結局土台作りと伝票入力で終わり、定時が来たのでタイムカードを押して松井の終業を待つことにする。
・
一方の千早はというと、適当に昼を済ませた後で自宅へ帰り洗濯物の湿り具合を確認、
「あ…こらアカンわ…乾かへん」
作業着を物干し竿から回収してコインランドリーへ走っていた。
大体は2着を着回しているのだが現在新しいものを注文中で、代えが無いのでこんなことになっている。
着潰す前に発注しておけば良かった、これは何着買っても毎回思っていることで、きっとまた同じ轍を踏んでしまう自身へ「へへ」と笑ってしまった。
千早は乾燥中の作業着を放って自社の事務所に向かい、1時間ほど待機して戻ってきた軽トラを借り、また自宅へ戻る。
壊れた洗濯機を退かせて運び出しトラックの荷台へ載せ、埃などを掃除して…思いの外時間がかかったがコインランドリーを経由して新店へと向かった。
知佳の定時間際の18時30分、千早はレジを訪れて洗濯機を持ち帰る旨を伝えリサイクル券を発行してもらい、受け取り所のシャッター前にトラックを回す。
スムーズな動きでシャッターが上がり、向こう側では松井が新しい洗濯機に軍手をはめた手を置いて待機していた。
「千早さん!あ…壊れた方も積んできたんですね」
「配送員やからね、これくらいは…はい、回収票」
松井と協力して荷台から古い方を下ろし、同様に新しい方を載せる。
「おおきにね、助かったわ」
「いえ、また本店で。剥いた段ボール、本店に捨ててもらって大丈夫ですから!」
「うん、あ、ええよ、売り場戻り、もうちょい固めて帰るから」
「恐れ入ります、ここ閉めちゃいますけど大丈夫ですか?」
「明かりついてるからかめへんよ」
「では、何かあれば言ってくださいね、ありがとうございました!」
松井は洗濯機へ紐をもうひと回しして固定する千早へキチンと挨拶をして、シャッターの「降ろす」ボタンを軽く押した。
モーター音の向こうで松井が数歩下がり、こちらに背を向ける。
「……」
本当に何でもそつなくこなす男だ、知佳の言う通りコイツが率いるなら旅行も楽しかろう。
千早は先日頭ごなしに松井会を貶したことを知佳へ詫びたい気持ちになった。
本当に純粋に、男女の垣根を超えてレクリエーションに取り組んでいるだけなのだろう。
同僚とここまで仲良くできるのは会社側としても良い事に違いないし、人見知りな知佳が交流を持つということはそれだけで信頼に値する人間とも言える。
しかしシャッターの向こうから聞こえた
「あ、チカ!何か食べて帰らない?」
の発言は聞き捨てならず、千早は思わずギョロ目で閉じ切ったシャッターを透視する勢いで凝視した。
そして紐を固定し終われば従業員駐車場の松井の車の横へトラックを横付けし、
「アイツ…松井…」
ガジガジと親指の爪を噛んで、19時までの僅かな時間を暗い車内で潰した。
・
「お、終わったな」
19時を少し過ぎた頃に裏口の金属扉が開いて光が漏れ、複数人がゾロゾロと駐車場へ向けて出て来る。
知佳を伴って車へ歩いて来た松井は見覚えのある軽トラに気付くと「おや」という顔をして、何か不具合でもあったのかと咄嗟に店員モードへ戻った。
そして運転席から降りた千早へ
「千早さん、何かありましたか⁉︎」
と声を掛けるも、男はニィと笑って
「ええのええの、ツレを迎えに来ただけやから」
と知佳へ目線を遣る。
「え…チカ?ん?」
「チカちゃん、松井くんとメシ行くの?」
「え、」
驚く松井をよそに千早は知佳の手を取り尋ね、ふるふると首を横に振った彼女を助手席へ誘導して乗るように促した。
「松井くん、洗濯機おおきにね、この子は俺が連れて帰るから。明日の送迎も俺がするから…気にせんとってな。メシはまた松井会で皆でしてやってよ、ほなね!」
運転席からそう言われた松井はキョトンとして
「あぁ、はーい…」
と返し、しかしだんだんと事情が分かったのか目を泳がせ、トラックが発車するまでそのまま立ち尽くしていた。
・
「あの、千早さん…なんでご飯のこと」
「洗濯機受け取った時にちょうど聞こえてんなぁー…アイツが…松井くんが誘ってるのがなぁー…」
千早は松井の仕事ぶりに敬意を評して「くん」付けをするようになったが、あのやりとりは許諾する訳にはいかなかった。
「待ってるなんて思わないから…ビックリしましたよ」
「黙あてメシ行かれたら困るからやぁ……チカちゃんは先約を優先するからなぁ…ほんまに、行く気はなかってんな?」
「ないですよ…疲れたし…人付き合いに割くHPが残ってないんです」
流れる夜の景色を目で追いながら、知佳はため息混じりに話す。
座席に投げてあった千早の作業着を畳み直して膝の上に抱き、どの辺りを走っているんだろうと標識などにも注意を払った。
「チカちゃん、寒ないか?これ、あんまりエアコン効かへんねん」
「あ、大丈夫ですよ…」
今年は暖冬、とはいえ2月の夜はそれなりである。
ほぼドアtoドアで外歩きを想定していなかったので、知佳の厚手のニットカーディガンだけでは車内でもなかなかに寒かった。
「あの、千早さん…もしかして、千早さんのお家に向かってます?」
知佳は作業着の下でこっそり手をすり合わせ、貧乏揺すりで暖をとる。
「しやで…メシは何か買お…悪いけど、洗濯機の設置手伝ってもらうよ」
「え、繋ぎ方しか覚えてませんよ…」
「充分よ、あ、弁当屋」
千早は途中の店で弁当を買い、もう少し走って自宅アパートの玄関へ軽トラの後ろを着けた。
「先入って、これ上がったとこに敷いといて」
玄関を開錠した千早は、荷台に載せていた毛布やキルティングのパッドを知佳へ渡す。
床に敷いて傷を防止するための布、用途を知っているので知佳も「ハイ」とすんなり受け取って部屋へ入って行った。
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