愛しけりゃこそ、しとと叩け。—私、あなたを断捨離します—

茜琉ぴーたん

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 その翌週・月を跨いで翌々週と、太獅は本格的に体調を崩して家で寝込み、マリの店には行けなかった。
「くそ…風邪なんか引いたことあれへんのに…」
 幼い頃から大病どころか風邪も引いたことがない太獅は初めての38度の発熱におののき、治りかけたところにインフルエンザをもらってしまい土日以外に7日分の初病欠を記録する。
「こうしとる間にもマリちゃんが…他の男と……オエぇ…」

 食べては吐く、薬を飲んで寝るを繰り返して週明けの仕事はどうにか間に合ったが、マリが姿を消してふた月、太獅の体に異変が起きていた。
「えー……嘘やん…え、え?…勃たへん…」
寝る前に励もうと思っても寝起きでもAVを観てもマリとのセックスを想像しても、勃起しない。
 射精まで達せずともそこまでの過程も楽しんでいたのに、ついに自慰行為すらできなくなってしまった。治療か、サプリメントか、いざ女性を目の前にすれば勃つか、太獅は初めての事態に動揺する。
「若いのにインポかい…このまま…枯れるんか…」
 髪や肌に艶が無くなり、気力や仕事へのやる気が失せ…見かねた上司が聞き取りを行うも、「浮気で恋人に捨てられて勃たなくなりました」なんてことは言えるはずもない。

 勃たなくなり半月が経ち、その間の休日はじっと家に引きこもり悩み抜いた。
 もちろんその間は自慰行為もできず楽しみなど皆無、自分の人生そのものを見直す良い機会となる。
「もう…これで最後や…」
 そして往生際が悪い太獅は荷物をまとめ、月末の3連休を利用してマリの元へひと月ぶりに突撃を仕掛けることにした。



 金曜日17時に退勤して車で東へ、もはや通い慣れた道から店の駐車場へ入りマリの隣へ着ける。
 車内で仕事着から私服へ着替え、エンジンを付けっ放しにしておくのもいけないので降りて敷地内をぐるぐると歩いたり走ったり。体を温めながら数時間待ち、店の明かりが消えるのを見てから太獅は出てきたマリを待ち構えた。
「ぁ………げ、またあんた…通報すんで、帰って」
「久しぶり…風邪ひいたりインフルかかったりしててん…最後に…ちょっと相談というか…きっちりしときたい話があって、」
「…もうええて、帰って……職まで失うで」
 毎度毎度のやりとりにマリが辟易へきえきしていると、カランと側溝の蓋が鳴る。
 そして1台のバイクがこちらへ近付いて来たので、二人は反射的に目で追った。

「こんばんはー、ちょっとあなたね、見慣れない人がずっと居るって通報があってね…歩いたり走ったりしてた?長時間。ちょっと怪しいよー…あなたは、ここの人?」
濃紺のジャンパーに「POLICE」の文字を背負った中年男性がバイクから降りて、声を掛ける。
 警官も痴話喧嘩以上の事態と見たのだろう、マリに不審な男との関係を尋ねた。
「あ、はい…ここの責任者の船丘と申します。あ、あの、この人…悪い人やないんです」
「うん?んー…困ってない?」
「あの、あ…免許証…これ、この前までの住所なんですけど…太ちゃんも免許証出して、ほら……これ、近所でしょ?幼なじみなんです、……あの…付き合ってるんです…こう見えてもこの人役所勤めの公務員です、ほんと…お騒がせしてすみません…恋人なんです、」
さすがに本物の警察官に会うと痩せこけた太獅が不憫でならなくなり、マリは必死に彼を庇って関係性を強調する。
 外灯の真下に移動して身分証明をして、太獅の腕をマリから掴んでその肩に頭をちょんとつけて見せた。
「そう?口裏合わせさせられてない?」
「大丈夫です、ほんと…くだらないことでケンカしちゃって…待ち合わせが退屈だからって動き回っちゃったみたいで…ご近所の方にも申し訳ないです、何かあれば容赦なく通報しますから…すみません!」
「したら、パトロールはしてるからね、何かあってからじゃ遅いんだよ、すぐ助けを求めなさいよ。……あなたも、怪しまれるようなことしちゃ彼女さんが可哀想でしょうが、キチンとしなさいよ、ほなね、おやすみ、」

 バルバルと軽快な音でバイクは走り去りホッとしたのも束の間、マリは眉を吊り上げて太獅を睨んだ。
「…太ちゃん!」
「すまん…」
「ほんまに連行されるとこやったよ!なんやの歩き回ってたって、不審者やんか!」
「運動…ごめん…」
「もう……ほんまに最後や、……乗って」
 無視しても無駄かも、警官の介入でなんだか荒ぶる気が削がれたマリは太獅を乗せて近くのカラオケ屋へ入る。
 ここなら食事も摂れるし多少なら大声を張り上げても問題ない。
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