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しおりを挟む遡って昨年の11月、とある夜のこと。
自宅近くの公園にて、マリは太獅の弟・龍と密会していた。
「龍ちゃん、ごめんな…遅くに…」
「ええよ、僕らいつも遅いから……どしたん?」
「あのな、私…隣町に来月できる新店の、責任者に選ばれてん。まぁ店長的なやつ、」
「わ、おめでとう!したら…あ、引っ越し?家電やったら見積もり出すよ…」
「それもやねんけどな、あのー……太ちゃんには、黙って行こう思ってんねん」
「え、わ、別れたん?」
「ううん、でもなんや…疲れてん。レジャー感覚で浮気するやんか、それどころか浮気とも思うてへん…好きなんやけどな、うん…」
「うん、あの…兄さんは…クズやと思う、うん…」
「んでな、私がおらへんようになって、どんだけ太ちゃんが困るんか…見てみたいねんな…私も根性曲がってんねん」
「試し…か、」
「もし探しもせず諦めりゃそれまで、でも…どんな手を使ってでも会いに来てくれたら…ふふ、」
「それでも…住むところ離れてもうたらもっと好き勝手浮気しよるよ、アイツ…」
「せやろねー…それなら終わり。したらもっと遠くに転勤願い出して…物理的に離れて…そうでもせんと別れられへん……私が」
「マリちゃん…」
「ついてはな、たぶん一番に相談されんのは龍ちゃんやと思うねん、使いパシリにされる」
「せやろね、平日に動けるし…」
「もし頼まれたら調べるフリして、1ヶ月くらい泳がして欲しいねん。今のスタッフにはバラさへんように話つけとくから…」
かくして、マリの雲隠れ作戦は翌月実行に移される。
つまりは、追いかけてきてくれる分には、マリは最初から別れるつもりが無かったということだ。
・
12月中旬、マリのアパート前にて。
「マリちゃん、」
「あ、龍ちゃん…わざわざ来てくれたん?』
「周りの環境とか道の入り方とか、聞かれたら答えなあかんから一応ね。んで報告やけど、予想通りマリちゃんがおらんのに気付いて慌て出して、僕に依頼が来たよ…ここからは情報を小出しにしていく。1月中旬くらいに店の位置を教えるから…準備しとってな、」
「ありがとう……あの、太ちゃん……元気?」
「んー……落ち込んでるよ、メシまともに食うてへん。浮気もシてへんよ…たぶん」
「そう…」
「あの…最初は自分で動いててん。アイツ…聞き込みしすぎて市内の店舗に情報統制かけられてもうて…んで僕がって…アイツも、ちゃんと自分で探そうとしてたから…それだけは分かってやってな、」
「うん…ふふっ…アホやなぁ」
「あと僕のスマホを開けようとした形跡があった…僕がマリちゃんの連絡先知ってへんか探ったっぽいわ。なりふり構ってられへんって感じかな…我が兄ながら下衆で敵わんよ…電話番号の交換はせんで正解やったわ…」
「ごめんなぁ…」
「ええよ、開かんかったしね……これからも休みに動いてるふりはするけど、僕の引っ越しもあるし…」
「うん、充分や…あ、あの…お義父さんとかは…何か…」
「気にはしてるけど…もう大人やし、好きにしろって感じかな…兄さんに対してはね。2人とも、恐らくだけどマリちゃんのお母さんと通じてるっぽい。マリちゃんが本気で逃げたとは思ってないかもね…推測やけど」
「そうかぁ…悪いな…」
「みんな、マリちゃんの味方やから…よほど気になることあったらまた…ほなね、」
「ありがとう…気を付けて…」
探してくれている、求められている…マリは早く来月になれと願った。
・
太獅が迎えに来てくれることを待ち望んでいたマリだったが、時折彼の悪行と土下座のフラッシュバックに襲われ、忙しさと欲求不満も募り、当て付けの気持ちで投げやりに他の男性とセックスをしてしまう。抱かれた直後は「こんなもんか」と冷静だったが、太獅の突撃予定が近づいてくると次第に「なんてことをしてしまったのか」と後悔と罪悪感にのまれた。
最初は隠し通すつもりだったが何度も何度も考えた結果、やはり当て付け材料にしたかったし禊の気持ちもあって、太獅と同じ「浮気者」の土俵に立つことを選ぶ。
しかし浮気を彼へ告げた翌週も翌々週も…ついには丸ひと月も太獅は現れず、いよいよマリは「終わった」と思った。
彼は浮気ばかりする癖にマリには清廉潔白を求めていた。それが汚れた女…太獅が抱いてきた一夜限りの女性たちと同じ括りに入ったのだ。
これなら諦めもつく…楽しい思い出で過去を美化して、前向きに生きていこうと決めた矢先に再び太獅が現れる。
どこまでも人を振り回す、忘れさせてもくれない、酷い野郎だと思うと同時に嬉しかった。
もう離さない…そこからはマリの思い通りに事が進むこととなる。
・
「マリちゃん、管理会社に聞いたらさ、ここ2人暮らしOKやって、」
「あ、そう?ほな…ええ時に引っ越して来たらええよ。あ、美味しい♡…ん、出勤は?」
「チャリンコで駅まで出て、通勤快速で乗り換え無しの1本やな。これまでより楽かも…雪とかで止まらんならな、」
「ん、良かったやん…」
プロポーズの翌週の土曜日、太獅はマリ宅で帰宅した彼女を手料理でもてなして同棲の話を進めていた。
役所勤務といえども市外に住むのは問題ないらしく、ゆくゆくは実家に戻る予定での期間限定同棲である。
「嬉し…ん、マリちゃん…それ、その服は新作やな?可愛い」
「おおきに、素材に拘ってんねん。肌触りがええのよ……太ちゃん、肌に艶が戻ったね」
マリが生理中の腹を撫でて新色のカットソーの手触りを確かめれば、
「そらぁ…先週あんだけ燃えたから…」
クリームパスタのソースをスプーンで啜り、太獅はニヤァといやらしく笑った。
「調子が戻ったからって…う、浮気してへんやろね」
「してへん、マリちゃんしか抱かへんよぉ…信じて」
「うん…信じる…」
「しや、今日な…アレ持って来てん…ん、」
太獅は床に置いていたカバンから小箱を取り出して食卓へ乗せる。
そして外箱の蓋を外せば中からひと回り小さな箱が出てきて…彼はぱかと開いてマリへ中を見せ、
「結婚して」
と自信満々にニパっと笑った。
「うん、ええよ」
マリはパスタをもぐもぐと噛みながら応え、そんな塩対応の様子をニコニコと眺めている太獅の顔も好きで…彼女も口元を綻ばせる。
「マリちゃんのそういうあっさりしてるとこも好きや♡」
「そう?私も、結構…嫉妬深いし独占欲強いねんで」
「そうか?きしし…いや、上手くいって良かった」
「ほんま、上手くいったわ」
マリはそう言って左手を差し出し、サイズぴったりのエンゲージリングと対面の婚約者へ交互に熱い眼差しを贈った。
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