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「(…ここは寝ても良いのかな)」
噴水の横に寝そべってもルール上構わないのだろうか、森よりはマシな気がする。
時間の経過が早いから、きっとすぐに翌朝になるはずだ。日々が光の速さで過ぎて空腹を感じる暇も無く季節が巡るのでは。
そうすれば無理に働かなくてもあっという間に歳を重ねて寿命が来てくれる…自分のことも思い出せないし、これが続くならば結構辛いかもしれない。さっさと死んでしまっても良いのでは、昼に立てたばかりの決意がもう揺らいでしまう。
ファンタジーぽい世界観だけどリアルな部分があって、夢の中にいるみたいな感覚が続いている。投げやりな気持ちがどんどんと大きくなっていて、諦めも感じてしまっている。狼に喰われても良いや、なんなら私が浮浪者になったって良いや。
悲観的でどうでも良くなって来た、誰も居ないしルールも知らないし、と腰を下ろした時…街の端からパッパカパッパカと馬の蹄の音が聞こえて来た。
効果音みたいな、典型的な馬の足音だった。薄暗い中に、石畳を叩く音。
いわゆる馬と、それに跨る人の姿が近付いて来る。賊とかギャングだろうか、にしては単独、単騎であった。
「そこ、誰か居るのか?」
高い位置から呼び掛けられて驚く。威厳のありそうな男性の声だ。
心臓がバクバクと高鳴って、呼吸が荒くなる。
「は、はい、旅の者で」
「路銀が尽きたか?街中で寝るのは景観保護の観点から禁止されているが」
「そ、そうなんですね、そんなルールがあったとは知らず…すみません、でも宿屋に泊まろうにもお金が無くてですね。しかも女だと稼ぎようも無くてですね、ひと晩何とかお目溢し頂く訳には」
「ならん」
「堅苦しいな…」
電灯も無いから辺りは真っ暗、この人は警備か近衛兵みたいなものだろうか。
お役人は融通が利かなくて嫌だなぁ、
「じゃあ、女でも働ける所を探して下さいよぉ…」
と泣きついてみると、聞いた答えが返って来る。
「旅の者なのだろう?客引きを公に斡旋する訳にいかぬが、街外れには女が稼げる場所があるようだぞ」
「パチンコの景品交換所の言い回しするじゃん…いやそれ、娼婦になるってことですよね?違うんです、生きるために働きたいんですよぉ、なーんでみんな女を娼婦にしたがるの」
「ふむ…女は配偶者を見つけて養ってもらうのが一般的なのでな」
この人が公務員とかならば、働けない村民に対して何らかの補助を受けさせるとか支援制度の案内をするとか、それが責務であろうに。
この村は終わってるなぁ、もういっそ森へ出て他の村を探してみようか。領主が違えば管理体制も違うのかも、ここよりマシな村があるかもしれない。
よっこらせと立ち上がって退散しようとすると、馬のお役人が
「ならば、」
と新たな提案を繰り出そうとする。
「はい?」
「働き口があれば良いのだな?」
「はい、あ、でももうこの村は良いので、近くに他の村とかありませんか?出来れば先進的で女性の就業率が高くてそれなりの人口がいて温暖な気候で」
「そんなに働きたいなら、ツテが無いことも無い」
暫定お役人は、私の要望をぶった斬ってフムフム頷いている。
「あ、あるんですか?」
「あぁ、ここからもっと北の方角に、隣国∴∴∴に接する国境があってな、その土地一帯を治めるロレーヌ侯爵家のジョージさまの邸宅で侍女を募集しているのだ」
「…それ、侍女という名のハーレム要員じゃないですよね?」
「とんでもない。王都の職業案内所で紹介された正規の依頼だ。だがある程度の身分でないと派遣できぬし、北方は気候も悪いしで人が集まらんのだ…あぁ、私は王都からそのジョージさまへの定期連絡を仰せつかっている者だ。ここが通り道なので立ち寄るのが慣例でな…若い女が彷徨いていると耳にしたので警備も兼ねて街の中央を通ってみたのだ」
はて、私がここに来たのが今朝、今は夜。
王都とやらの場所は不明だが、そんな光の速さでいち不審者の噂が流れたのだろうか。にしては警察などには声を掛けられていないが。
「…若い女性であることは条件なんですか?」
「いや、寒冷地だからか弱い年寄りには向かんのだ。長期雇用したいし、若者が適しているだろう」
「それなら若い男性で募集すれば?」
「若い男は村なり街なりで仕事を持てるからな。女は職に就くのが困難だろう?大概どこも同じだ。あと家事は女が得意だろう?出迎えだって女がする方が気分が良いだろうし」
「ジェンダーバイアスえぐい…そ、その感覚を王都から変えていってはどうですかね」
「なにぶん頭の固い古株が多くてな…どうする、辺境で働いてみるか?」
働かなくてもご飯が食べられるならそれが良いのだが、まともな仕事で給金を頂けるならそちらが好ましい。
しかし頭が固いという国の中枢、貴族だって同様なのでは。わざわざ若い女に限って求人を出すのも怪しい…でも住み込みで働けるなら安心できる。悩ましいところだ。
「は、はい…ちなみに、侯爵さまはどんな方なんですか?」
「そうだな…『冷徹鬼人』、と異名を持ってらっしゃるぞ」
「ヤバい人やん」
「しかし領地の民は離れないし、あくまで異名なのでな…さて、夜が明ける、出発しよう」
「へ、早っ」
気が付けば月は山の端に沈み反対から太陽が覗く。例によって時間の進みが速い、このままでは私はすぐにお婆ちゃんになってしまいそうだ。
「荷物などはあるか?」
「いえ、身ひとつです」
「そうか」
お役人は昨日の青果店にて食料を買い、運搬屋で馬車一式を借りて準備をしてくれた。私は荷物と共に馬車に乗せられ、隣をお役人が馬で併走する形だ。
「では出掛けよう」
「展開早ぁ…あの、何キロくらいですか?」
「その長さは解らぬ、強いて言うなら3日ほどだ」
「みっ…」
「荷物と車があるのでな、馬を御せるなら荷物を背負い私について走れば良いが」
「さすがに…ですね…」
馬車を返して馬だけ借りれば速く着くが、慣れない乗馬で体が保つか分からない。
布製の窓を閉めて、ふぅと息をつく。実質の稼働時間が短いとはいえ、こちらに着いてから気が休まらずじわじわと疲れを感じてきた。
フカフカでもない座面だが石畳よりは寝心地は良さそうだ、椅子に横になると全身で激しい揺れを受け止めた。
「酔う…」
いきなり知らない世界に来て、知らない人たちに囲まれて。価値観も考え方も社会通念も異なる中で生きて行くことを求められて。
森で客を取るよりは良い選択だったと信じたい、冷徹鬼人ジョージさまとやらが少しでも良い人だと有り難い。
ハンサムなら良いな、イケおじでも良い。冷徹でもビジュアルが良ければ我慢できることが多いかも。
「(ねむ、たい…)」
揺れに慣れてくるとそれが心地よくなって、うとうとと瞼が下りてくる。
途中でトイレ休憩などはお役人に頼めば良いだろう、背中を丸めて脚を抱き…スヤァと眠りに落ちた。
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