こちらの異世界、私には合わないから帰りたいんですが。

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
4 / 10

4


「……さん、お嬢さん、」
 デジャヴだ、数時間前にも味わった感覚である。ぼんやり明るくなる視界には、馬車の内装とお役人の姿がある。
「……はい…」
「着きましたぞ、ロレーヌ侯爵領ですぞ」
「……へ……いや、3日掛かるんでしょう…?」
 お屋敷が国境ギリギリに建っているとして領内に突入しただけで起こされたのだろうか、まだ眠たいので不機嫌を隠せない。
 しかしお役人はヤレヤレといった表情で
「だから、到着ですぞ。身支度を整えて、挨拶の準備を」
と馬車の外を指差す。
 その指の先には大きな洋館があり、空が曇っているからか建物も暗い印象を受けた。
 ツタが張っているとかコウモリが飛び交っているとかではないが、前評判もあるので悪魔屋敷のように感じる。
「…3日、は?」
「走りましたぞ、不浄や食事で数回停まりましたが、お嬢さんは一才起きなかったんですぞ」
「…そう、ですか…」

 起こされた記憶は無く、それが例え一晩だとしても短過ぎる。少なくともふた晩は越えているだろうに、今も便意は催していない。
 動きに時間が連動するにしてもワープしたとしか考えられない、それとも私が本当に意識を失い昏睡していたのだろうか。
 いや、そもそも時間の進み方が不自然なのだ、作為的にご都合主義的に場面が飛ばされた感覚だ。変わり映えしないページを一気に読み飛ばしたような、読み手の意思で早送りされたような。
「(人に操作されてる感じ…?)」
 これはもしかして転生ではなく夢なのだろうか、夢から覚めたのではなく夢に入り込んでいるのでは。とすれば明晰夢というやつか、夢だと分かった上でこの世界を生きられるなら…少しはやりやすくなるのか。
 夢だから時間の経過が速い、夢だから時代や考え方が合ってない、夢だから過去のことが思い出せない。
「(…過去?)」
 あれ、私はこの世界で生まれ、この時間感覚で当たり前に過ごし、大人になったのではなかったか。常識、モラル、それはこの世界で身に付けて…そもそも「この世界」という表現もおかしいのか、私は今の人生しか知らない訳だし。
 まるで戻る場所があるような感覚に、そんな訳ないと自分をたしなめる。
「(あれ?でも夢って…私、私は…どこから…いや、日本人だよ、日本って国、の…だからこれは夢、私はこの世界の人間じゃない…)」

「お嬢さん…失礼、後手後手になるが紹介状を認めよう。今更だがお名前は?」
お役人はバツが悪そうに白紙の書状を開く。
「な、まえ……何でしたっけ…?」
「おや、記憶喪失だったのか?」
「……思い出せなくて…名前、戸籍とか…分かりませんか?」
「王都に戻れば調べられるが…手掛かりが無ければなぁ…行方不明者リストなどから当てはまりそうなものを絞っていくか…いずれにしても時間は掛かるぞ」
「また3日か…」
 王都がいまだどこかは知らないが、また馬車に揺られるのも身体が辛い。お役人も気まずそうにしており、車内の空気がどんよりと重苦しくなる。
「…私が王都に戻り探っている間に、先に屋敷で働かせて頂いてはどうだろうか」
お役人は効率的なプランを提案してくれる。
「偽名で、ですか?」
「いや、もしやお嬢さんは私生児なのかもしれぬぞ、無戸籍の…戸籍が見つからぬ場合、いっそ新しく作ってしまうのも手だと思うのだが…」
「それは正当なやり方なんですか?」
 夢にしてはキッチリと規則を守りたいものだ、後でめちゃくちゃな理屈で打首などされては困る。夢であろうと恐いものは恐い。
 けれどお役人は
「問題無い。戦で親を亡くした子は出生の証が取れねばそうするし…国を渡り歩く旅団の子も定住の際に新たに取ったりする」
と柔軟な用例を教えてくれた。
 ならばその制度に頼ろう、うーんうーんと頭を捻って
「セレナ、セレナにします」
と…昔読んだ漫画の主人公の名を拝借することにした。
 当時としては先進的で煌びやかで、少女だった私は憧れてしまったものだ。
「(…昔?むかし…)」
 断片的な記憶、漫画雑誌を開き膝に置いた時の景色。やはり私には過去がある、けれどその意識を保持できない。数分後にはまた忘れてしまうだろう、ずっとこれを繰り返すのかもしれない。
「姓はどうする?」
「んー…ぶ、ブライト、セレナ・ブライトで」
 西洋風の名を作ったが、私の自認はギリギリ日本人である。でもこちらに来てから鏡を見ていないし、もしかしたら私の外見も西洋風に変わっている可能性がある。
 変わってなくとも移民ということで言いくるめよう、お役人がサラサラと私の新ネームを紹介状に書いてくれた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた

来栖 蘭
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。 高校生くらいから何十回も告白した。 全て「好きなの」 「ごめん、断る」 その繰り返しだった。 だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。 紛らわしいと思う。 彼に好きな人がいるわけではない。 まだそれなら諦めがつく。 彼はカイル=クレシア23歳 イケメンでモテる。 私はアリア=ナターシャ20歳 普通で人には可愛い方だと言われた。 そんなある日 私が20歳になった時だった。 両親が見合い話を持ってきた。 最後の告白をしようと思った。 ダメなら見合いをすると言った。 その見合い相手に溺愛される。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど
恋愛
 アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。  文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。  彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。  貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。  メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。