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数分前。
そもそも、心平は今日も通常通りの授業をしていたはずだった。正確には悠里が解く英語のワークの、監督をしていた。
「じゃあ、ここからリスニングだね」
「はーい」
「流すよ」
イヤホンをスマートフォンに繋ぎ、ボタンを押せば教材のリスニング問題文が流れ始める。
心平は横に立つのも集中しづらかろうと後方に下がったのだが、その時メモを取っている悠里の右手が消しゴムに当たった。その瞬間を目撃はしていないのだが、状況から心平はそうなのだろうと思った。
そうすると角の取れた消しゴムはコロコロ転がって、床に落ちた。
「(あ、)」
心平は一歩前に出て、消しゴムを拾ってあげようと屈む。リスニング問題を聴いているのだからと声は掛けず、静かに動いたつもりだった。
しかし
「(えっ⁉︎)」
心平の手が消しゴムに届く直前、悠里の足先が消しゴムを払い除ける。
丸い消しゴムはコロコロと机の下に転がって…心平は慌てた。
「(中断させるほどじゃないよね、僕が拾ってあげれば済む…)」
些細なことで勉強の邪魔をしてはいけない。リスニングが終われば悠里はすぐに設問に取り掛かるだろう。
そこで介入すれば聴いた内容を忘れてしまうかも、今のうちに拾って持っていてあげようと心平は机の下に手を伸ばす。
悠里が腰掛けているPCチェアの脚の隙間から、腕を入れた。
「(邪魔しないように…)」
例えば大学の授業中に隣の席の子が消しゴムを落としたとする、本人が気付いていなければ拾って「はい」と声を掛ける。しかし隣の子が真剣にノートを取るなどしていたら、黙ってそっと返しておくだろう。
心平は優しいので、例に漏れずそっと返すと決めた。だって家庭教師である彼の本分は悠里に学習をさせること、そして見守り導くことなのだから。
「……」
悠里は心平の動きに気付き、キャスター付きのイスごと机から離れる。
「あ、ごめんね、すぐ拾うから…」
足元にしゃがんだ心平はそう悠里に断って、机の下に転がったであろう小さな塊を手で探った。
悠里はイヤホンに左手を当てて、考える時特有の動きで目線を天井に逸らす。
「(無い、おかしいな…)」
もうこんなにしてまで消しゴムを拾う必要は無かろう。悠里の自宅なのだから消しゴムのストックくらいあるだろうし、正式な試験でもないのだから書き間違いをしてもバツ印を付けておけば心平に伝わる。
けれど少し要領の悪い心平は、「あれ?あれ?」と体を机の下に潜り込ませて行った。
さて心平はピュアなので、このとき消しゴムを不自然に落としたのも蹴ったのも悠里だということを失念していた。消しゴムは最初ペンケースの中に入っており、机上には出していなかったのだが…心平は態とだなんて思いもしない。
全ては少年の悪戯、もといトラップであったのに心平は気づく由もなかった。
机の下に入ってしまった心平は壁際まで行き着いた消しゴムを拾い、後退しようとするも尻が詰まっていた。
「(うん?)」
足先と尻に当たるのは、悠里が座っているキャスター付きのイスの脚だ。
自分がスムーズに出るためには悠里に動いてもらわねばならない、しかしそうすると勉学の妨げになる。
そんな少しの邪魔でさえ、してしまうのが申し訳ないと考えるのが心平の良さであり悪さでもあった。
半端にはみ出ていた足腰をすっぽり、心平は自ら机の下に格納する。四つん這いの状態では、膝と手の平が痛くもあったのだ。
頭上からは、カリカリと悠里の筆音が聞こえる。メモか、もう解答に入っているのか、いよいよ心平は声を掛けることが出来ない。
「先生、ごめん、リスニングに集中してて…押しちゃった」
悠里はまだ耳に意識をやっているようで、言葉に心がこもっていない。
「あ、良いよ、終わるまで待つから、じっくり解いて、」
普通ならこの隙に出るだろうに、人の良い心平は檻に残ってしまう。
「ふふ」と笑う声がしたようなしてないような、心平がサカサカと体を旋回させて体勢を整えていると、先程よりも机の下に入る光が減っているように感じた。
正確には、入口を塞ぐ悠里が、イスごと机の下に迫って来ていた。
机の下にはイスと脚が入る、それは当たり前のことだ。その当たり前に干渉しないよう、優しいを通り越し愚かな心平は奥へ追いやられる。
そこで
「(どうしてこうなったのか…)」
になった訳である。
さらに間の悪いことに、廊下に悠里の父・幸司の足音が聞こえ始めた。
パタパタと独特なスリッパが床を打つ音、そしてその音はこの部屋の扉の前で止まる。
「(おじさん…!)」
コンコンとノックが聞こえて、「はい」とどうしてかイヤホンをしている悠里が応える。
「開けるよー、悠里、夕飯を先生も一緒に……あれ?心平先生は?」
扉を開けた幸司は、そこに居ない心平について尋ねる。
「(どうしよ、家庭教師がこんなとこに居るの、おかしいよ…)」
すぐに「ここに居ます」とイスを押し出せば良かろうに、気の小さい心平は言い出すタイミングが測れない。
扉が開いて数秒経てば、もう明かせない。だって、家庭教師が生徒の足元にしゃがみ込んでいるなんて…おかしいことしかない。
どうしよう、どうしよう、と考えているうちに、ずいずいと悠里の脚が迫って来る。
「先生は今、トイレだよ。戻ったら伝えておくよ」
口ではそう父親に返し、まるで足癖みたいにキコキコとイスを動かす。
迫っては去る少年の股間に、心平の頭はパンクしそうになっていた。
若い男子とはいえ、至近距離まで近付けば股間特有の匂いがする。体液のすえたような、いわゆるイカ臭いみたいな匂いだ。
心平は男の子が好きという訳でもないが、二十歳を過ぎても女の子に縁が無い。恋愛に関心はあるも、踏み込むバイタリティーは足りずというところだ。大学を卒業して働くうちにご縁があるのではないかと…何となく想像するくらいの熱量だった。
なので、同性とはいえここまで下半身が間近にあれば、緊張はしてしまう。
そもそもが家庭教師だから、生徒に手を出すなんてもってのほかだ。しかも未成年、しかも交際もしていない同性なのだから性的いたずら、犯罪性が高い。
心平は早く時間が過ぎろと、幸司が去るのを待った。
「よろしくね、頑張ってー」
「はーい」
父が去り、悠里はふぅと息をつく。
そしてやっとイスを引いて、
「先生、いけないんだ♡生徒の足元で何してんのさ」
と真っ赤な心平を見下ろした。
「…悠里くん、あの、何するの…り、リスニングは?」
「とっくに終わってるよ…先生、消しゴム拾うために机の下に閉じ込められるっておかしいでしょ」
「…わ、わざとなの⁉︎なんで⁉︎」
「何でだろうね?」
ニコニコと笑う悠里は再度イスの脚を心平の方に走らせ、ぐいぐいと股間を押し付ける。
「あの、やめて、」
「先生、少年にイタズラとかいけないんだ♡」
「だから、離れて…よ…」
燻したようなフェロモンの香り、いやらしい気持ちになる熱い感覚。
まさか年下の少年にこんなに欲情するなんて、心平は恥ずかしさに頬を染める。
「やだ、ピュアな先生、可愛いー」
「ちょっと、だめ…あ、」
『カシャッ』
悠里はスマートフォンを構えて、股座に埋もれた心平を画面に収める。
卑猥な絶景は、スウェットの悠里のソコを盛り上げた。
「…心平先生の息が当たるから」
「あの、本当、どけて…」
「無理にでもどかせばいいじゃん」
「出来ないって、大切な生徒さんに…」
ハラスメント対策で触れないならイスの脚を持てば良いのに、悠里少年は思っていても口に出さない。純で愚鈍な心平を、もっと困らせたかったからだ。
「それより先生、こんな写真撮られて、良いのかな?」
「あ、」
「えっろ…高校生の股間に顔埋めてさ、照れちゃって」
「ごめん、ここから出してくれたらやめるから…んぷ」
ぐいぐいと、押し付ければ温もりが心平の頬を押す。硬い、それなりに大きい、持っていても初めて味わうこの感覚。
「やだ。もっと先生を困らせたい」
「何でだよ…」
「誰にも言わない。僕とこういう遊びしてくれるだけで良いから…ね?OKしてくれなきゃ、今撮った写真を親に見せちゃうから」
「やめて、で、でも、その、は、犯罪になっちゃうから」
「互いに同意してれば良いじゃん…あと、僕は裸になる気も無い。警察に訴える気も無いよ、バレなきゃ良いじゃん」
なんて腹黒い御曹司だろう、心平は悠里のモノに押されながら頭がぼんやりとして来た。
温かい、鼻先で押せばぴくんと疼く。熱い息を掛けて、温かい空気に包まれる。数枚の布で隔たれた向こう側に、魅力的な肉の塊がある。
これは悠里のだからとかではなく、誰のモノでも同じことが起こっただろう。もっとも、相手が悠里でなければこのようなおかしな状況にはなっていないだろうが。
「(やばい…男の子なのに…あったかくて…興奮してる…)」
「先生、そんなに…擦り付けないでよ…はち切れちゃう」
「してない…ご、ごめん…こういうの、初めてだから…ごめんね、男の子にドキドキしちゃって…」
「…ドキドキ、してくれてるんだぁ♡嬉しいな」
ぐりぐり、押し当ててももう心平は抵抗しない。恐ろしいほどに体が順応して、本能に従順になっていた。
「…悠里くん…熱い…」
「そう…?触っても、良いんだよ…?」
「それは、出来ない…ごめん、恥ずかしいんだけど、ひどく興奮してて…おかしいね、男の子相手に、こんな…」
「ううん、変じゃないよ…目の前にあれば、気になっちゃうよ…」
悠里が少しイスを引けば、太ももに寄り添った心平の頭もずるっと一緒に引き出される。
影から明るみに出されて、心平は辛そうに恥じた。
「変態みたいだよね、ごめん…」
「しばらく、そこに居て?先生…残りの問題、やっちゃうから」
「出来るのかな…」
「余裕だよ、僕の方が変態なんだ」
またまたどうしてか、家庭教師であるはずの心平は、生徒の股座にてテストを見守った。
カリカリと鉛筆の走る音を聴きつつ、頬に悠里の温もりを感じる。
心平は脅されたのを抜きにしても、正直、心底嫌という訳でもなかった。性に関心はあるし、悠里は男性だが魅力的な人間だと思っている。
さらに年下だし子供だし、こんな悪戯を仕掛けてトロい自分を揶揄いたくなったのかなと、イジられ慣れた性格はストンと納得してしまった。
「(本当、大きく…なったなぁ…)」
心平と悠里は、ざっくり言えば幼馴染みである。
家が近くて、子供会や地域別運動会などでは顔を合わせたし共に遊んだりもしていた。
中学生になるとコミュニティも別になり関わることが減ったが、親同士の交流もあることから互いの動向は耳に入っていた。
心平は現在大学生で、自宅から電車を使い通っている。
そんな心平に、悠里の家庭教師をしないかという誘いが入ったのが先月のことだ。悠里は有名私立高校に在籍しており、学力は申し分ないはずなのに、と心平は怪しがった。
悠里は心平が知る限り賢い子だったし、科目によっては心平よりも知識がある。学力の底上げをしたいにしても、至極優秀でもない大学生を雇うよりも、専門家にお願いするべきである。
なのでお断りしたのだが、幸司が言葉巧みに誘導し、気弱な心平は「はい、分かりました…」を引き出されてしまった。
そこで約ひと月の間、家庭教師をしている訳だが…悠里の学力は問題なかった。心平は週1回、「今回も丸を付けるだけの作業かぁ」と複雑な気持ちで通っている。
しかしここに来てこのセクシートラップ、もしやこれが目的だったのかと鈍い心平も勘付いた。
とはいえ反抗できるくらいなら、とっとと机の下から出て「大人を舐めるなよ」と張り倒しているだろう。
心平は悶々としながら、悠里少年が問題を解き切るのを待った。
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