君は、裸の王子さま—イタズラ御曹司は気弱な幼馴染みが欲しくてたまらない!

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
13 / 33
4

13

 
 ひと月後、久しぶりに心平しんぺい悠里ゆうりの部屋を訪れた。
「こんにちは、悠里くん」
「こんにちは、心平先生」
 何事も無かったように挨拶を交わし、悠里は席につき心平も用意された椅子に掛ける。
「今日はこれ、うちの過去問を持って来たよ」
心平はバッグからプリントを取り出し、悠里の机に置いてやる。
 どうせほぼ満点だろうにと思っているが、「頑張ってみて」とエールを贈った。
「…うん」
「好きな科目にして、数日に分けても良いし」
「国語からしようかな」
「分かった…じゃあ、始め、」
 心平は時計を確認して、後ろに下がる。案外何も無いものだな、と安心してもいた。
「(悠里くんを完全に断ち切るのは、難しいんだよね)」
 悠里と最後に話したあの日、彼は「父に家庭教師を頼んでもらった」と言っていた。ということは父・幸司こうじもおそらく息子の想いと趣向を理解しているということだ。ならばいきなり「辞めます」と告げれば、イコール「悠里がフラれた」ことになってしまう。多感な時期に父親にそれを知られるのは酷だろうと、心平は気を回したつもりだった。
 もっとも、悠里は当日のうちにフラれたことを幸司に伝えているのだが、心平からすればそんなことを知る由もなかった。なので優しい心平は、とりあえず自己都合で回数を減らすという形で身を引くことにしたのだ。

「(されたことを考えると、とても同室に居られないんだけど…反省してたしなぁ)」
 忙しくなるからと言ったものの、実際には心平も長い夏休みで暇なのである。新しいバイトを始めても良いが、割の良い家庭教師の報酬は正直惜しくもあった。ゆるゆる続けていく分には問題無かろうと、心平もちょっぴり打算的に考えているのだった。
「心平先生、」
「っ…うん?」
 名前を呼ばれて心平は顔を上げるも、悠里は振り向かない。問題用紙から目を離さず、しかし手だけ止めて顔を僅かに傾けた。
「これ終わったら、聞いて欲しいことがあるんだ。良いかな」
「あ、うん…分かった」
「ありがとう」
 途切れていた鉛筆の音が再び聞こえ始め、背筋を伸ばした心平はゆっくり背もたれに背中を付ける。謝罪ならもう聞きたくないが、きっと関連事項なのだと思えた。
「(悠里くんが気まずさに耐えかねて、家庭教師を辞めて欲しいって言い出すのかもしれないな)」
 下手に温情をかけたのが逆に辛いのかもしれない。悠里からすれば心平はフラれた相手な訳だし、あんな暴走をするくらいには欲情できる相手なのだし。
 改めて告白されるとしたらどう応えれば良いのだろう、取らぬ狸の皮算用で心平は胸を痛める。だって心平は同性愛への踏み込みを躊躇ためらっている。ドキドキしたことに間違いは無いが、相手が誰であれエッチな事柄に興奮しただけかもしれない。悠里じゃなくても良いんじゃないの、ただそれを解明しようにも比較対象が無い。
 うーんうーんと密かに考えているうちに、悠里は解答を終えて鉛筆を置いた。
「出来た。心平先生、採点お願い」
「うん、お疲れさま」
 心平は用紙を受け取って、解答と照らし合わせて丸を付ける。

 予想通り満点、心平は「やるね」と赤丸だらけの用紙を悠里へと返した。
「…良かった」
「さすがだね、家庭教師なんて…やっぱり要らないんじゃないの」
「ううん、要るんだよ…あのさ、聞いて欲しい話のことなんだけど」
「うん、」
辞めさせたい訳ではないらしい、心平は不安と安堵の板挟みになりつつ椅子に座り直す。
 悠里はチェアを回して心平に向き直り、
「心平先生、辞めないでくれてありがとう。僕、これからも家庭教師して欲しいんだ」
と真っ赤な顔でゆっくり伝える。
「え、あー、うん、頻度は下がるけど」
「ううん、夏休み前みたいに、週1で来て欲しいんだ」
「えーっと……あのさ、」
 この子は性加害やそれに準ずる行為の重大さを分かっていないのだろうか、被害者でありながら同室している矛盾はさておき、心平はどう説教しようかと眉をしかめる。
 相手の気持ちを軽んじて一方的な行為をしてしまった事実、そして謝罪はしたもののあれからまだひと月しか経っていない。
 反省の意は感じられたが早過ぎる、やはり舐められているのかと心平のモヤモヤが膨れ始める。
「僕、いけなかったって反省はしてる。あれから今日まで、ずっと…何度も泣いたし、心平先生に限らず友達とかも無意識に舐めてることを自覚して恥ずかしい気持ちでいっぱいなんだ。人に優しくしようって、生き方を考え直してるんだ」
「…うん、」
「あれからね、休みの日に父さんの手伝いをすることにしたんだ」
「手伝い?」
心平はキョトンとなり、ベタに首を傾げた。
ごくジムの…父さんのジムの、清掃とか受付とかの雑務。器具に油差したり、指導できるように空いた時間にはトレーニングもしてる」
 そういえばどことなくたくましくなったような、細さの中にも筋肉が浮いているような気がする。
 ちなみに極ジムとは、幸司が経営する『極楽寺ごくらくじフィットネスジム』の通称である。
「それが、人に優しくすること…なのかな?」
「これは親孝行と人助けかな。それで、働くことで社会を知って、世間を知って、っていう…あと、バイト代を貰って、お金の有り難みも知ったよ」
「そう…それは良い経験だね」
 ゆくゆくは親の後を継ぐのだろうし、家業への知識を深めるのは良いことだと思える。しかしそれと自分に何の関係があるのだろう、心平は斜めの首を徐々に元に戻した。
「その、バイト代で、心平先生にお給料を払いたいんだ」
「うん?」
「自分のお金で、心平先生をここに呼びたい、来てもらいたいんだ」
「へ、いや、でもさ」
若い覚悟に、心平はおののく。
 そんなデリバリーヘルスじゃあるまいし、なんて未成年に言えるはずもなく頬をポリポリ掻く。
「それとね、大学も…志望校、ランク上げることにしたんだ。もっと上を狙ってみたい。だから、教えに来て欲しい」
「いやいや、なおさら僕じゃなくてプロに」
「居てくれるるだけで良いんだ。心平先生の時間を買いたい。決まった時間に、ここに来て、そばに居て欲しいんだ。それで、僕は勉強を頑張れる。心平先生と同じ大学に行こうって思ってた。大人になって、振り向かせてやろうって…でもそれじゃ、間に合わないかもしれない。心平くん、彼女作っちゃうかもしれない。僕、そんなの耐えられないから!」
「…予定も見込みも無いけど…」
 キャンパスに女子生徒は当然いるが、関わりを持つほど接する機会も無い。積極的に出逢いを求めてもないから、悠里の心配は杞憂に思える。
 しかし大人は意図せずとも異性と「なんだか良い感じ」になるものだという気はしており、順当に運べば社会人数年で結婚などしてしまうかもしれない。
 心平はここで「あぁ、悠里くんは告白をしてくれているんだ」と気付く。自分なりに考えたアプローチ、情熱的なプロモーション。必死さと強引さと、一方的な傲慢さも匂う。
「その代わり、大学に合格したらすっぱり諦めるから。その頃には心平くんも4年生になって就活とかするでしょ?僕はここを離れてひとり暮らしでもして……だから、それまで一緒に過ごしたい。お願い、心平くん…いや、心平先生!」
「…それまでで良いの?」
「ほ、本当はそれ以降だって一緒に居たいよ!でも、心平くんはズルい僕とは付き合ってくれない。それ以前に、男と恋愛できないでしょ?だから、契約で、心平くんを縛りたいんだ。あわよくば、ほだされてカップルになれたらって思ってるよ、でも多くは望まない…もう、エッチなことも仕掛けない。ここに来て、勉強を教えて、お話してくれるだけで良いんだ」
「期待させて、弄ぶようなこと」
「じゃあ倍額払うから‼︎」
悠里は柄にもなく、髪を振り乱して怒鳴り上げる。
 あがる息で肩を上下させて、瞳はうるうると濡れていた。
「お、お金の問題じゃなくて」
「ならこれまでの僕とのこと、心平くんの親に話しちゃうから」
「ばっ…何言ってんの⁉︎そういうとこだよ!悠里くんはそういう卑怯なところが」
「卑怯で結構だよ‼︎なりふり構っていられるか!僕は金に物を言わせて脅迫してでも心平くんを囲いたいんだ!ガキだから良いだろ!」
 子供は「囲う」なんて使わない、呆気に取られた心平はふと昔の情景を思い出す。テレビゲームで負けてわんわん泣いたり、「僕が勝つまでやる!」と食い下がる幼い悠里の姿だ。悟って物分かりの良さげなフリをしても、根っこの部分は変わっていない。
「(まぁ悠里くんも17歳の高校生だものな、人格形成だって途中か)」
 心平も昔から気弱ではあったが、今ほどお人好しではなかった。物心が付いて周囲を見るようになり、次第に気遣いを覚えて立ち回り方を学んだのだ。
 自分が少々の損をしてもその場が穏便に進めば良いと考えるようにしてきた。初めての大損は悠里からの性的トラップな訳だが、それも今となっては完全に損とも言えない。
 心平の心根の優しさは持って生まれたものであり、喉元過ぎれば…を地で行くような愚かさももはや彼のアイデンティティなのである。再びこうして密室でまみえる危うさは理解しながらも、悠里への信頼も捨て切ってはいない。哀しいほどの性善説思想、もとい思考。

 心平は「どうどう」とジェスチャーを繰り返し、ワガママな少年の息が落ち着くのを待った。
 数分後、悠里はやっと喋れるようになった。
「…心平くんはさ、身の危険とか、感じないの?僕は、心平くんが好きだって、襲っちゃうかもしれないんだよ?危機感は無いの?」
 まだ言うかと心平は面食らって、しかし
「しない、と思っちゃってる。今日はご両親も1階に居るし、そこまで子供じゃないかなって」
と苦笑する。
「…意識、できない?」
「ごめんね、まだ…分からない。悠里くんのことは嫌いじゃないけど、それを恋愛の方に転換するのは難しいよ」
「…なら、家庭教師は受けてくれるよね?意識しないならオッケーじゃん」
「あ、そっちで来るか」
意識してもしなくても両勝ちか、困った心平は頭を悩ませる。
 好きになるか分からないのに気を持たせるのもどうなのか、しかも本来の家庭教師の業務さえ心平では力不足だ。
「(悠里くん、僕の何がそんなに良いんだろう)」
 心平はこれまで良い人だったからそれなりに友人はいて、過不足の無い人生を送って来れた。ただ、特別に秀でていたり優れているところなど持っていない。本人の自己評価はそんなところ、悠里が手に入れたいほどの至宝ではないと思っている。
「あのさ、悠里くんは…僕の何がそんなに…す、好きでいてくれるのかな」
自分で聞くのも恥ずかしいが、単刀直入に心平は斬り込んだ。
 落ち着いた悠里は、
「幼馴染みだから、じゃダメなのかな。心平くんの優しくて、気弱で、面倒見が良くて、僕のワガママに付き合ってくれて…見た目だって好きだよ、困った顔も好き。泣きそうになってたり、呆れてる顔も…僕がそんな表情ばっかりさせて来たんだってことは分かってる、反省もしてる。え、笑顔だって好きだよ、もっと見たい」
ともじもじ答える。
 我ながらガキ臭いと羞恥に頬を染め、しかし開き直ってキリッと眉は吊り上がる。
「…悠里くんにとって、僕って都合良過ぎない?」
「悪いと思ってるよ。好きだから困らせたいってのもあったし…別に、僕はサディストじゃない。自己中なボンボンなんだから、こうもなるよ!」
「自覚してるのか…いや、そこまでは思わないけど」
 このひと月、悠里は自己分析も行った。人に対して間違ったことをしてないか、人に与える印象はどうなっているか。親しい友人に尋ねもしたし、辛辣な意見も貰い参考にした。
「学校の友達に、言われたんだ…『悠里は自分の意見が必ず通ると思ってるよな』って。『その強気なところ、万人が好みではないと思うよ』って」
「随分と、柔らかい言い方をしてくれる友達だね」
「…大切にしようと思ってるよ…それで、同時に考えたんだ。僕を大事にしてくれる友達と、心平くんの違い。なんで心平くんが良いのかなって」
「…それが、さっきの答えかな?」
「うん。大切な人は沢山いても、心平くんは別格なんだ。これ以上の説明が出来ないよ…それはもう野暮ってもんだよ」
悠里は江戸っ子みたいな口ぶりで、チェアに踏ん反り返る。
 実際、カップルにインタビューしたって同じような答えが返って来るだろう。好きだから好き、それの何が悪いことがあろうか。恋愛経験が無い心平でも、なんとなくその理屈は理解できた。
「…なら、僕の嫌いなとこは?」
あるなら聞いてみたい、心平は少しかしこまって尋ねる。
 都合良く振り回すだけならそういう趣向の人を探せば良い。何も秀でたところの無い心平は、身分不相応にも悠里を試す。
 予測外の質問に悠里は「えっ」と固まって、難しい表情になった。
「…僕の、いや…」
 「僕の言うことを聞いてくれないところ」なんて言えば即刻お終いになることは分かっている。悠里は言葉を選び、推敲しながらノーミスゴールを狙う。
「し、芯を持ってるのか、簡単には流されないところ、とか」
「そうかな。僕は気弱だから悠里くんの言いなりになっちゃったよ」
「最初だけじゃん、えっと…その気弱なところ、危ないから直した方が良いと思う」
「気弱なの、好きなところって言ってなかった?」
「あう」
 何を言っても藪蛇になりそう、いつの間にか主導権を握られているのが悠里にとってはストレスだった。内心「心平くんのくせに」と憤るものの、ここまで強気に向き合ってくれたことが無いから嬉しくもある。
 少しだけ対等に戻った感じ、歳上らしい頼もしさに踊らされる自分も心地悪くない。そしてこのイチャイチャ未満の雑談が楽しい。一定の距離を保ちつつ踏み込んで来る感じ、ディープな内容をさらりと話すこなれ感も大人っぽくて良い。
 モヤモヤとニマニマのせめぎ合いに悠里はうつむいて、感情を悟られまいと内頬を噛んだ。
「…嫌いなとこなんて無い、って言わないのが正直で良いね」
「…思い通りにいかないの、ストレスなんだ…そういう点では、心平くんの抵抗とか、イラつくことがある…ごめん…」
「だろうね、悠里くんは昔から…優遇されてたから」
「甘やかされてたと思う。でも、心平くんは、忖度そんたくとかしなかった。僕が勝つまでゲームに付き合わせても、手を抜いた接待プレイはしなかった。そういうところも、好きだよ」
「悠里くんが気付かないだけで、勝ち易くはしてたんだよ」
「そうなの?」
「僕はそんなに出来た人間じゃないよ」
 悠里は勝手に重ねていた大人フィルターの存在に気付き、それもガキっぽいと顔を歪ませる。
 子供からすれば幼少であるほど歳の差は大きく感じるものだ。心平は昔から落ち着いていたし、実年齢以上に頼れたのは本当なのだろう。
 けれど心平の小細工にも気付けず心酔していたのが恥ずかしい。恥ずかしい、恥ずかしい…悠里はポロポロと涙をこぼし、嗚咽をあげ始める。
「うゔっ…ゔわぁ…」
「ゆ、悠里くん…大丈夫だよ、おかしなことじゃないから…僕の気遣いが不自然じゃなかったんなら、それは僕は嬉しいよ」
「でも、ぼく、ぼくっ…」
「仕方ないよ、みんなこれから大人になるんだ。僕だって、成人したとはいえまだまだ子供だよ。恋愛だってしたことない、ひよっこだよ」
「…僕、その初めてになりたいんだ、心平くんの初めてに、」
悠里はチェアから崩れ落ちて、心平の脚にすがる。
 未練とか情念とかを表すモニュメントみたい、心平はそんなことを思い浮かべて少年の背中を摩った。これも期待を持たせてしまうかもしれないが、心平は目の前で泣きじゃくる幼馴染みを放っておける人間ではない。なでなで、とんとん、触れる部分は最小面積に留めながらも慰める。
「…すぐのすぐ、どうかっていうのは分からない。でも、今日の悠里くんの想いは心に響くものがあったよ」
「…ぼくのこと、好きに、なれる?」
「断言は出来ない。でも、僕を虐めて楽しむことを目的としてないっていうのは、良く分かった。僕は自分で決めた通り、月1ペースで家庭教師をしに来るよ。お給料の出所がどこかは僕が関知するところじゃないから…頑張って働いて、仕事相応の報酬を下さい」
「…週1は、ダメ?」
「勉強以外が目的なら来ない」
「…分かった」
悠里は鼻をすすり、しかしため息を吐いて立ち上がれない。
「(僕の気持ちは伝わったけど…世の中って、思い通りにはならないもんだな)」
 泣き落としで押し通せる可能性もあったが、心平はなびかなかった。タイミングとやり方次第では落とせたかも、しかしこの数ヶ月で心平も成長している。トラップに掛からない、妄言に屈しない。
 けれど100パーセントの拒否はされなかったから、悠里の心はぽかぽかとしていた。
「大丈夫?」
拗ねているのかと、心平は悠里を覗き込む。
「(こういう不用意な隙を見せるから、僕が増長しちゃうんだ)」
 膝に掛かる心平の影、このまま自分のものに出来たらどんなに楽だろう。奪って、痛め付けて、泣かせて、誓わせる。強権で縛れたらそんな手っ取り早いことは無い。
「(どこまで許してくれる?)」
 優しさも相手の失態に仕立てて、悠里は攻勢に転じる。前傾して爪先を反らせ、手を置いた心平の脚にグッと力を入れて、片膝を立てた。
「ぅわっ⁉︎」
「(こんなに近付けるんだ)」
 その姿はフェンシングの突きのよう、ずいと身を乗り出して心平の唇を狙う。さながら欧米風のプロポーズ、悠里はあくまで下から心平を捕まえて口付けた。
「っ…!」
「(逃げないで)」
 目と目が合って、僅かにだが心平は首を引いた。けれど…悠里の押す力が勝っていたので、しっかりと唇の柔らかさが分かるスタンプのようなキスになった。
「……えっ」
心平は背もたれいっぱいに体を倒して、悠里から離れる。
 その仕草に傷付くものの、悠里は再度心平の太ももにしなだれかかり「ふぅ」と息をついた。その反応を見るに、驚いてはいるものの嫌悪感は薄いようだ。これくらいのアプローチから始めれば良かったのか、それにしても尚早か、悠里は膝を畳みへなっと脱力した。
「…心平くん、ごめん、また暴走しちゃった」
「あ…だ、ダメだよ、相手の合意が無いのにこんなことしちゃ」
「家庭教師、辞めないってことはこういうチャンスを僕に与えるってことだからね」
「そういう目的なら辞めるよ…」
「そしたら淫行で警察に言っちゃうから」
「冤罪だ」
 ばくばくと高鳴る心臓、ファーストキスが男の子で良いのかという葛藤もある。目下には同じくドキドキした様子の悠里が真っ赤になっていて、心平は「免疫が無いのに無理しなくても」などと思ったりした。
「…早まっちゃった、でも若気の至りだって許して」
「許すけどさ…あの、本当に許可制にしようよ。不意打ちは困るし勉強の妨げになったら悠里くんも困るでしょ」
「聞けば許してくれるんだ?やったね」
「断ることもあるよ」
「ふーん…まぁ良いや。僕、本気だからね。外堀から埋めてでも、カップルになりたいんだ」

 もうしてるだろ、机に戻る悠里の背中を心平は睨む。
 そういえば幸司はこの時間のことをどう思っているのだろう。息子が狙う歳上男と密室に二人きり、やましいことが行われていると心配にならないのだろうか。
「テストに戻ったとこごめん、悠里くんのお父さんって、色々知ってるんだよね?」
「色々?あー、僕が心平先生を好きだってことは知ってるよ」
「ならさ、その…勉強せずにいかがわしいことしてるとか、心配されてないかな?」
「どうだろ…父さんは愛があれば何でも許してくれるし…あ、僕がフラれたことも知ってるよ」
「そうなんだ…」
 思春期の男心に配慮したつもりだったが、周知されてるならスッパリ辞めれば良かったのか。他所よその親子の気まずさなんて気にかける必要は無かったんだよな、とことん人の良い自分に嫌気が差す。
「心平先生は、僕がフラれたことを父さんに悟られないようにしてくれたんだよね?きっと…だから、家庭教師は辞めずに頻度を減らした。違う?」
「合ってるよ…」
「ありがとう、結果的にその気遣いは空回った訳だけど、辞めずにいてくれたおかげで僕はもう一度チャンスを貰えた。僕、やっぱり気ぃ遣いな心平先生が好きだよ」
「うぐ」
 随分とストレートに好意を漏らすようになってしまった、心平は動揺を隠してお茶を頂く。
「(最初からこうなら…僕は簡単にほだされちゃったんだろうな)」
 あからさまに気持ちを吐露してぶつけて押し付けて、そうすれば心平はノックアウトされるのも早かっただろう。そうしてキスをしたり、体の関係を持ったりも夏の間にしていたかもしれない。めくるめく官能の日々、なんて童貞の心平は想像も付かずに脳内再生を止めた。
 OKはしてないのに、なんだかカップル成立したような感覚が不思議である。落ちるのは時間の問題、押しに弱い心平はそんなことも分かっている。
「(せめて、受験までは清い仲でいないと…)」
 そんな心平の決意をよそに、悠里も新たな野望を抱いていた。
「(意識、してくれたら良いなぁ…とりあえず受験、それで、カッコいい大人になって……ふふふ)」

 この日は残り2科目を片付けて、何事もなく心平は帰宅することが出来た。

あなたにおすすめの小説

愛を感じないのに絶対に別れたくないイケメン俳優VS釣り合わないので絶対に別れたい平凡な俺

スノウマン(ユッキー)
BL
 平凡顔・ヒモ・家事能力無しの黒は、恋人であるイケメン俳優の九条迅と別れたがっている。それは周りから釣り合ってないと言われたり、お前の事を愛してない人間なんて止めておけと忠告されたからだ。だが何度黒が別れようとしても、迅は首を縦に振らない。  迅の弟である疾風は、兄は黒の事を特別扱いしてると言うが――。黒は果たして迅と別れることが出来るのか!?

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

一度も話したことないイケメンのクラスメイトと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた

BL
「はい、じゃあ二人組作って」──あまり人付き合いが得意ではない夏稀(なつき)にとってそれは地獄の言葉。 けれど高校ではちがう。なぜなら新しくできた友達と『二人組』協定を結んだから。 もう二人組なんて怖くないと思っていた矢先、その友達が風邪で欠席。 ほかに組む相手が見つからず、先生と組むことも覚悟する夏稀だったが、そこで声をかけてきたのは美形の転校生──緒川聖夜(おがわ・きよや)だった。 「俺と二人組にならない?」 その一言をきっかけに聖夜は夏稀との距離を急速に縮めてきて──。 執着美形攻め×平凡受けのちょっと不穏な学園BL。 約九万字、全三十話+αの物語です。

【完結】逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。