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おまけ・遠距離中の二人
玄関ファイト
悠里がまだ、大学生だった頃。
心平は秋の連休を利用して、悠里の部屋へ泊まりに来ていた。
悠里は仕事なのでいつものように留守番をして、スーパーに買い物に出て帰って来たところだった。
「(やっぱ、物価の差を感じるなぁー……お、悠里くんだ)」
予定が変わったのか、事前に聞いていた時間よりも早く悠里がジムから出て来ていた。
この店舗は裏口が作られてないため、従業員も表の扉から出入りする。そこを出たところをちょうど目撃、声を掛けようとしたが視界にスッと女性が入って来た。
女性が悠里に話し掛けたために、心平は咄嗟にアパートの階段の陰に隠れる。
「……、……、」
「………、…、…、」
「(お客さんかな、可愛い子…)」
若い女性はおそらく悠里と同い年くらいで、大学の同級生という線も考えられた。いずれにしてもえらく親しげな様子、心平は自分の知らないコミュニティの悠里に触れて勝手に疎外感を覚える。
「(こっちには悠里くんの生活があって、人間関係があって、当たり前だよ、当たり前なんだけど)」
陰からピョコと頭を出して窺うも、まだ2人は立ち話を続けていた。ジムに関することなのか、学校に関することなのか、どちらでもなくナンパだったりして。
悶々と嫌なことを考え出した心平の表情が曇っていく。遠目に見る2人は、普通のカップルとして成立していた。若い恋人同士、そう思い込んで不思議ないくらいに自然で美しい。
「(僕には浮気するなとか愚痴愚痴言うくせに)」
ジッと見ている心平の目が、睨みに変わる。
どうにかしてやりたい、邪魔してやりたい。でも私用ではなく業務に関わることだったらどうしよう、同僚や別店舗のスタッフなのかもしれない。
自分が飛び出て「うちの悠里に何か?」なんて言って顰蹙を買えば、悠里の立場が危うくなってしまう。大学の友人ならば更にヤバい、自分の嫉妬が悠里の学生生活を脅かすなんてあってはならない。
悶々と黒いことを考えては棄てて、そうしている間にも悠里と女性の会話は終わらない。
心平は買い物袋を携え、静かに外階段を上がった。
そして静かに玄関の鍵を開けて、抜き足差し足で中へと入る。
「(ヤキモチ、みっともない。でも、でも)」
買った食材を冷蔵庫に収め、炊飯器を確認してフタを閉める。
広がる想像が妄想に変わり、止められない。
「(仕事終わりの時間、僕には遅く伝えてたとか…?本当はさっきみたいに早く終わる予定だけど、あの触れ合いの時間を持つために僕には嘘を教えてた、とか…)」
根拠の無い被害妄想に腸が煮える。懲らしめてやらねば、なんて嗜虐思考が脳を占拠する。
普段ならこんな考えにはならないはず、なのにこうなってしまうのは久々のデートだからなのか。先月は互いに予定が合わず、体の接触が無かった。昨晩は前戯中に悠里が疲れから寝てしまい、気まずいまま今朝出勤して行った。
持ち越した興奮が抜けもせず溜まっている状態で、昼食を摂ったら心平はすぐに悠里を抱くつもりだったのだ。
「……」
心平は私物入れからローションのボトルを取り、玄関の靴箱の下に隠した。
そうして小上がりに腰を下ろし5分ほど待つと、外階段を鳴らして悠里が上がって来る。
「(やっと、お帰りだ)」
「…あ、開けてくれたの、ありがと…う…」
「おかえり」
悠里が鍵を挿す前に、心平は開錠して扉を開けてやった。
待ち構えていた心平に悠里はもちろん驚いて、その形相にもビクッと慄く。
「ただいま…」
「悠里、今まで何してた?」
「え、仕事終わって、戻って来たところだけど」
「嘘、女の子と話してた」
悠里としては取り立てるほどのトピックでもなかったために省いただけだったが、それが心平は気に食わなかった。
「…マエノさんのこと?…見てたの?ただのナンパだよ、ジムのお客さんなんだ」
「名前まで憶えてるんだ?仲良さげだったもんね」
「いや、そりゃ顧客には愛想良くするって…なに、心平くん、妬いてるの?」
こちらを揶揄うその表情、心平は悠里のその顔は見慣れていた。けれど安い嫉妬に駆られた心身が、それを許容しきれなかった。
「そうだよ」
心平は靴を脱ぐ悠里の肩を押して、よろけた隙に玄関扉へと押し付ける。
「わっ…痛った、なに…」
「早く終わってたのに、あの子とお喋りしてたから遅くなったんだよね?」
「は?予定より早く上がることになったけど、ここに着いたのは予告してた時間通りじゃん、何が不都合なの」
「お喋りしてなきゃ、もっと早く帰って来れたじゃん。それとも、お喋り込みで嘘の時間を僕に教えてた?」
「んなこと出来るわけ」
さらなる反論を、唇が塞ぐ。ちゅっちゅと、強くじゅいっと、吸引音が鳴る。
「んッ…あんまり、こんな気持ちになること無いんだけどな」
「…ちょ、心平くん!」
心平は悠里のラフなスウェットの腰紐を解く。重めのコットンのそれは、緩めればストンと足元に落ちた。
「ムカつくんだ、僕以外の子と仲良くしてるの見ちゃって」
「そんなの気にすることじゃないから、あの、恐いんだけど」
「そっち向いて、ドアの方」
「あの」
「悠里、遅かれ早かれだよ」
セックス中しか、心平は悠里を呼び捨てにしない。つまりは随分前からもうセックスに入っている、それが分かり悠里の体が硬くなる。
「……」
「はい、パンツも…お尻、突き出して。大丈夫だよ」
「何が大丈夫……ッあっ⁉︎」
場所にそぐわないローションの冷たい感触に、悠里は飛び上がる。
そもそも、玄関で下半身を剥き出しにすることがそぐわないのだが。
「悠里、モテ過ぎ」
びたびたと、心平はモノで悠里の尻頬を叩く。
準備万端な硬さを誇示して、お仕置きも匂わせる。
今回の件は悠里に非は無い。巻き込まれというか、話を上手に切り上げるスキルが足りなかっただけだ。
「か、顔は仕方ないじゃんか、」
「社会性まで身に付けちゃって、お客さんを虜にしちゃって…オジサンからお金とか貰ってないよね?」
「す、する訳ないじゃんか、なんなの、心平くッ」
ぬるっとした温もりが穴に当たり、悠里はびたと動けなくなる。
男同士だから避妊なんて必要無いが、エチケットとして着けていたスキンが今日は着いていない。
お互い病気なんて持ってないことは知っている、でも衛生面を考えて着けている。だって最後に果てる時に、それが無いと胎がぐしょぐしょになってしまうから。
「…なに?悠里」
「あ…ゴム、心平くん、つ、着けないの?」
「んー、マーキング、したいなぁって…ね、」
ぐに、ぐに、と先端が擦れて穴にハマろうとする。
びく、びくと悠里の肩が揺れる。
「あの、不可抗力なんだよ、人当たり良くしとかなきゃ、分かるでしょ、」
「分かるよ、でも嫉妬するんだ…悠里、お尻、入れやすいようにして、」
「ここじゃヤだって」
「ならベランダにする?」
「…なんなんだよ、心平くんのくせに…」
その舐めてる男に向けて脚を尻を拡げる矛盾。腰を低く、長い脚を折り責めに合わせる不条理。
いまだに根にある蔑みの心、しかし心平はフフンと鼻で笑い、
「その僕が好きなくせに」
と突入した。
「あッ…あ、あ‼︎」
「おー…ふふ、悠里、ぐちょぐちょじゃん」
「塗った、からッ…あ、おフっ…お、お…♡」
「あんまり、他の人に、色目使わないでよ」
「づがっで、な、いッ…いッ♡ハ…心平くんッ♡あ、あー」
金属製の扉がガコガコと音を立てる。ドアポストから僅かに外の光が差し込んで、悠里の膝を照らしていた。
「悠里、嫉妬しちゃうんだ、好き、だからッ」
「僕らって、好き、らもんッ♡こんな、こと、されれも、好き、あ、きもちい、やばあ、」
「外に聞こえるよ」
「じゃあ、やめてよぉ、ヒん…すごい、きもちい、」
心平は手を回し、悠里のソコを握ってやった。
前と後ろを好き勝手されて、快感と羞恥に悠里の口は回らなくなる。
「どっちが先だと思う?僕と、悠里」
「(心平くんに、決まってんじゃんか、僕は早漏なんだからッ)」
「このまま出すとドアに掛かっちゃうね、後で拭こうね」
「(臭くなっちゃう、もう、心平くんは何のスイッチ入っちゃったの)」
ボヤける視界、働いて疲れて帰ったのに更に運動させられるなんて思いもしなかった。射精するにもエネルギーは使うし、心拍数が上がって疲労も溜まる。
ならば気持ち良くなるかスッキリしないと割に合わない、でもラブラブな雰囲気ではない。
悠里は虐げられるシチュエーションに慣れていないので、Mの役割であまり興奮しない。責められて感じるとすれば、それは「心平にされている」時のみだ。その心平にでさえ、反抗されるとイライラしてしまうのだから生粋のお坊ちゃんなのである。
「悠里、悠里…」
「(心平くん、すごい硬くなってる…僕より優位に立って、嬉しいのかな…んー…気持ち良いけど、イチャイチャする方が萌えるのに…展開的には、僕が先にイっちゃって、ヤレヤレで罵倒される感じ?僕は普通にシたいよ~)」
心平の気持ちも意図も分かる、でもこの先でおそらく詰むだろうことを悠里は察する。
気丈に振る舞う心平だが、人の困り顔には弱い。ノリでも「やめてぇ」などと言えば、一旦は萎えてしまうだろう。そうすればこのセックスはグダグダになって気まずくなって終わり、誰もスッキリせず変な空気が続いてしまう。
ならば終始"わからせる"セックスをするよりも、"仲直り"セックスに早めに切り替えた方が双方楽なのである。
「(僕が涙声で謝ったら心平くんはきっとショボンってなるんだ、誰も得しない)」
悠里は玄関扉に頬を付けて左手を離し、腰を掴む心平の手の上に重ねた。
「……?」
「ごめんね、心平くん、もう、心配させないから、」
「あ、」
悠里が潤んだ瞳で誓いを立てると、心平の険しかった眉間が穏やかになる。それどころか申し訳なさがそこに溜まって、眉が八の字に傾こうとする。
「心平くん、お仕置きはもう充分だよ、お願い、後はベッドで、僕、頑張るから」
「…あの、頭に血が上っちゃって、ごめんね」
「ううん、嫉妬してくれて嬉しい、お仕置きも新鮮で気持ち良かった…だから、僕、もっとイチャイチャしたいよ…」
「…うん、じゃあ、このまま、ベッドに」
「(良かった…)」
悠里と心平は運動会のムカデ競争のように、ひょこひょこと繋がったままベッドへと移動した。
そしてそこからはいつも通り、に少し劣情をプラスした、ねっとりとしたセックスを行った。
悠里は心平の雄みを頼もしくカッコいいと慕うが、理不尽に罪を着せられるのはプライドが許さないのである。罪があれば罰は受け入れる、しかし今回は心平の勝手なジェラシーからの暴挙だった。
「(あんな女、何とも思ってないっての…なまじ記憶力があるから顔と名前は憶えちゃうけどさ……あんな高圧的な心平くんは、柄じゃないよ。僕よりちょっと、上に居てくれるのがちょうど良いんだ)」
「悠里?他のこと考えてるでしょ」
「…心平くんのことだけだよ、妬かせてごめんね、僕はいつだって、心平くんのことしか考えてないよ」
「ありがとう」
4年の遠距離恋愛の中に、こんな出来事があった。
どれもこれも、後で思い返せばくすぐったい思い出なのであった。
おわり
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