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2019・梅雨
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しおりを挟む「あ、届いてる…」
ネットのドラッグストアで購入した商品の包みを開け、潤は取り出したソレをトイレへ持ち込んだ。
知りたい、知りたくない…様々な思いが過ぎる中で開封し、取扱説明書をしっかりと読み込む。
「予定日の1週間後から……99パーセント……はぁ…」
概要は確認した、これを行わずして本体に触ることは出来ない。家電屋の性のようなものであるが、いざ実行への心の準備、遅延行為でもあるのだ。
悩める潤は本体の袋を開けてキャップを外し、排泄の準備にかかった。
彼女が手にしているのは妊娠検査薬、悩みの原因は今この胎に居るかもしれない小さな生命のことである。
・
生理の予定日から2週間、自身の体に無頓着な潤はナプキンの補充をしようと戸棚を開けたところでやっと月のものが遅れていることに気が付いた。
年度替わりの繁忙期もようやく下火、あまりに多忙で「そろそろ予定を確認しなきゃ」とは思いながらも日が経っていた。
いつも「そろそろだよ」「準備してね」などと連絡をくれる飛鳥も最近仕事の出張が続きデートらしいデートは無し。最後のセックス…授かったとすればその命が宿った日、からひと月半もゆっくり会えていないのだ。
起業して飛鳥の肩書きは社長だが他の会社のヘルプにも加わるらしく、今はシステムエンジニアの一員として大阪へ泊まり込んで絶賛デスマーチ中だった。しかし忙しいが今後の仕事に繋がるかも、と割に楽しく過ごしているらしかった。
「いつ…シたっけ…?あれ…生理前だからって…あれ…?」
潤は何度もカレンダーの日付のマスを数えてはあわあわと口を震わせる。
「妊娠…しちゃった…?」
そしてショッピングアプリで検査薬を購入、それが2日前の話で、本日仕事終わりにポストから包みを拾ったのだった。
・
『容器などに溜めて浸けるか、直接かけて』と書いてあるがこの選択すらも潤は悩み、紙コップ等の準備も無いので直に掛けることにした。こんなことをするのは年1回の会社での健康診断の検尿くらい…深くため息をついてから先端へ小水を掛ける。
『水平な場所に置いて待つ』、トイレットペーパーのホルダー上の台へそっと検査薬を置いて下を拭きショーツを上げ待つこと数秒。じわじわと水分が中の紙へ染みて判定線がゆっくりとピンクに変わっていく。
そして水気は終了線の枠へ侵食し…窓に縦の線が炙り出しのようにじんわりと浮かび上がって濃い赤色に、判定線も同様の色に変わっていて検査は完了した。
「あ、でき…ちゃった……、アスカ……あ…」
検査薬はそのままによろよろとトイレを出て、しかし引き返してそれを掴んでリビングの座卓の上へ置いて見つめる。間違いなく陽性、今自分の胎内には生命が居るのだ。
目を泳がせてソファーに座り直し、少し思案した後に仰向けに寝そべった。
思い当たる節は大いにある、言わずもがな、前回の逢瀬でのセックスである。生理直前だからと自分から未装着の彼を受け入れた、排卵日がズレていたのか子種の生命力が強かったのか見事に受精してしまったようだ。
「どうしよ……産んでいいのかな…」
完全に喜べないのは自分が未婚であること、そして相手がまだ結婚と子供を望んでいないかもしれないという懸念からである。
昨年の秋に潤が飛鳥の結婚願望を尋ねれば、
「仕事次第かな、得意先は出来たし、メンテナンスの仕事で年間の仕事は予定できてるけど…もう少し安定するまでは難しいかも…」
と彼は答えた。
更に潤が「『私じゃなきゃ駄目だ』って考えに変わってくれなきゃ嫌だ」と詰めると
「うん、分かった…しばらくは無さそうだね」
とも答えたのだ。
もっとも、その後でしっかりと婚約したい旨を伝えてはくれたが、基本的な考え方に変わりはないらしい。
仕事が安定してくるのは具体的にいつなのか。今仕事を頑張っているがそれは潤の為ではない、それどころか自分はまだ彼の「ナンバーワン」であって「オンリーワン 」ではない。飛鳥の気持ちに沿えなければどうなってしまうのか。
潤はぐるぐると渦巻いて歪んだ天井に酔って目を閉じると、そのまますぅっと寝入ってしまった。
目を覚ましたのは飛鳥からの着信音に驚いたからで、慌ててスマートフォンの受話ボタンをタップすると疲れた様子の聞き慣れた声が自分の名を呼ぶ。
『ジュンちゃん、もう寝てた?』
「うん?んー…少し、ね。元気?」
ボーッとした頭を起こして壁の掛け時計を見れば、うたた寝は実に1時間を超えていた。
『元気だよ、今ホテルに戻ったところ。いやぁ、大きい病院ってシステムも膨大なのな…電子化しとけば後々楽だけどさ……ジュンちゃんは?少し元気無いかな?』
「んん⁉︎そんなことない、よ?あの…うん」
『ちゃんと食べてる?冷蔵庫のお豆腐は使い切った?置いて行っちゃったから心配してたんだ』
「豆腐…」
それは私ではなくて豆腐の心配ね?自分はこんなにヤキモキしているというのに、原因を作った当事者が関係無い事を話すことに著しく不快感を覚える。
「あの…アスカ、いつ頃帰ってくる?」
『んー…立ち上げが来月だから…あとひと月くらいかな…休みが出来れば戻って来ようとは思うんだけど…なに、寂しい?』
「寂しいとかじゃなくて…」
『欲求不満?』
潤はそれを聞いた瞬間頭に血が上り、
「違う。おやすみ」
と電話を静かに切った。
「伝えたいことがあるから時間を取って欲しい」と言えれば真面目に聞いてくれたはず。潤は激昂するような性分ではないが、飄々とした飛鳥の声に無性にイライラムカムカして、自分でもコントロールが出来なかったのだ。
「やばい…情緒不安定…あー…」
仕事着を脱ぎ散らしてパジャマに着替え、ベッドへ突っ伏したらそのまま朝まで起きなかった。
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