愛の議論は長々と—あなたには理屈じゃ敵わない—

茜琉ぴーたん

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7・思う仲に口さすな

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 もう白旗を揚げるべきだ、しかし茂木は自身のスマートフォンを取り出し、印籠のように画面を掲げる。
「わ、私の方が可愛いってぇ、熊倉さんが認めてくれたらそれで良いっていうかぁ、写真だったらぁ、ほらぁ、私こんなに華やかなんですよぉ♡絶対私との方がお似合い、超盛れてぇ♡イイネいっぱい貰えてぇ~」
 そこには今日撮ったばかりだろう茂木の自撮り写真、流行りの写真アプリを使ったのかキラキラとしたフィルターが輝いていた。そして茂木の顔は確かに綺麗に撮れているが…私からすれば不自然な加工顔になっていた。
 しかし事前にSNSに投稿し手応えを感じているから自信満々な様子だ。
「…これが?」
翔は眼鏡を持ち上げ、レンズの度の高い部分で画面を睨む。
「キレイでしょぉ?」
 修正に慣れると感覚が鈍るのか、茂木本人は写真に違和感は抱かないようだ。
 その写真しか知らないならまだしも、私たちは本物の茂木の顔を知っているからこの差異が気持ち悪くて仕方ない。本人が満足しているなら良いのだ、けれど自信満々に見せつけられても感想に困る。化粧でバージョンアップするのとは違う、分裂した別の人が画面の中に住んでいるような気持ち悪さなのだ。
「失礼、これが、ですか?」
 私はなんとなく、翔の考えというか思考が読めていた。
「(翔くん、本人が満足してる加工写真に正論はぶつけちゃダメ…)」
 翔は良くも悪くも素直なので、悪意無しにストレートな物言いをすることがある。実に端的で分かりやすくはあるのだが、日常のコミュニケーションにおいては悪手になることが多い。
 特に美醜や価値観など個人の感じ方に関わることは柔らかく伝えなければ駄目だ、場の空気を壊さぬよう翔の肩に手を添えて下がるように促した。
「翔くん、あっちで飲み物をさ」
「今はこうした加工が美しいとされているんですか?すみませんが、私には理解し難いセンスです」
「翔くん、」
 写真を真っ向から否定された茂木はワナワナと震えており、私としては翔がパワハラで訴えられては困るなどと考えが巡った。
「実物より目が大きくなってますね、技術は優れていますがバランスが悪いですよ。拡大してるので前髪にズレが出来て…フェイスラインもシャープ過ぎやしませんか?あ、勘違いして頂きたくないので申し上げておきますが、私は感想を求められたので答えているんですよ。私の基準ではこの写真は美しくありません」
「翔くん、言い過ぎ」
「単純な評価ならまだそんなものですよ、けれど茂木さんは多香子さんを引き合いに出しました。今日この日が何の日かを理解していればそんな戯言は言えないはずですが?今日は私と愛する多香子さんの結婚式の日、多香子さんの日々の美しさに優劣はありませんが、今日は殊更ことさらに美しさに磨きを掛けた日なんですよ。その多香子さんを差し置いて、私が茂木さんの写真に美しいですと答えるとお思いですか。いいですか、美しさの価値観は人それぞれです。けれど今日この場において私が貴女を褒めるはずが無い。貴女の振る舞いと質問、この場に適してないにも程があります。この場の主役は多香子さんです。主役を張りたいなら他所でおやりなさい、私の妻を貶める言動は許しません」
「翔ぅー、ハウスハウスぅー」
 言うだけ言ってスッキリしたのか、翔は
「はい♡」
と私の後ろに立ち肩に手を置く。
 まるで番犬だ、翔の手から熱さが伝わり力強く守られている感じがする。
「あー?」
茂木はプルプルと震えており、しかし恐怖ではなく怒りでだった。
 自称可愛い顔が台無しだ、見開いた目は皮肉にも加工顔に少し近付いている。まつ毛は自前なのだろうか、目蓋がヒクヒクするのに合わせてバサバサ揺れて優雅とさえ思った。
 この子も変に私と比較するから怒られたのであって、時と場をわきまえればそれなりの感想が貰えただろうに。
 私は老婆心というか姉心というか、茂木の純粋な乙女心には配慮してあげたいと思ってしまった。
「あ、あのさ、翔くんは加工した顔について言及しただけで、茂木さんの素の顔について貶した訳じゃないからね?」
これだけ証人がいれば翔に不利になることもあるまい、しかし翔の立場が危うくなるのも困るのでフォローしておく。
 実際、翔は思ったそのままを言ったに過ぎず、きっと茂木の実物の顔に評定を下したつもりは無いのだ。
「だよね、翔くん、加工した不自然な顔つきが好みじゃなかったんだよね、しかも私と比較したから逆鱗に触れたんだよね、好みって難しいからさ、それこそ個人差だし、ね、」
 私の肩を腕置きにする翔を見上げて誘導するも、彼は憮然として私の視線から逃げる。
 男ウケする顔という言葉もあるくらいだし、男性が感知するポイントもあるのだろう。私は女性の美醜に関心は薄いが、美的感覚は世間のそれと大きく外れてはないとは思う。その上で私は茂木は普通に可愛らしい顔だと感じる、性格は抜きにすれば。
 翔の評価がどうなのかは聞かなくても良い、放てば茂木の傷が広がるだけだ。彼は本心がどうであろうと茂木の容姿を褒めやしない、素行の悪い人に良い顔をしない。そして恐らく、本当は茂木の素の顔も美しいとは思っていない…それを吐かせないために、ハラスメント防止のために、せめて加工顔への評価で話を止めておきたい。

 私ばかりアタフタしていると、翔は「はぁ」とため息を吐いて
「私は加工しない顔が好みなだけですよ、多香子さんみたいな」
と私を話の論点に引っ張り出す。
「(分かったって…いや、私だって薄いけどいつもメイクしてる)」
「何度も言いますが今夜の主役は多香子さんです。彼女を差し置いて他の女性の評価など出来ませんよ。意味が無いですから。ここがもし茂木さんの結婚式会場ならば、私は貴女を褒めましょう。けれど違う、だから私は貴女を褒めません。不毛な話をさせないで頂きたいです。あと、私は結婚してから犬伏に改姓しています。いつまでも旧姓で呼ばないで下さい。ついでに日頃の勤務態度も改めて頂きたいです」
「(それ関係ないのでは)」
「…あぁ、あと、人間は年齢だけで価値は変わりませんよ。私が多香子さんを見初めた時、多香子さんは今の茂木さんくらいの年齢でした。私は多香子さんが若いから一目惚れした訳ではありません。話し方や所作に知性が感じられて惹かれたんです。多香子さんが年上だろうが、私の感性に差は無かったと思いますけどね…言いたいこと分かりますか?多香子さんと茂木さんが同い年でも、私は多香子さんを選ぶと言っているんです…私の人生に彩りを添えて下さった、大切な初恋の方ですからね、さぁ多香子さん、」
茂木を芯まで刺しはせず、翔は心中で突っ込む私の腰を抱いて群衆から離れる。
 「茂木が何歳だろうと私は貴女を選ばない」、この要旨を若干でもまろやかに言えたのが偉い。
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