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8・縁は異なもの味なもの
52(最終話)
しおりを挟む「翔くん、マジで優秀じゃん」
心拍が確認されたので母子手帳を交付してもらい、夜のダイニングでそれを眺める。
「エリートですから!……いえ、冗談ですけど」
「…私たちの子供って、どんななんだろ」
「好奇心は旺盛でしょうね。勉強は好きになるかもしれません、本も沢山ありますし興味を持ちやすいでしょう」
「もし勉強嫌いでも、のびのび過ごせる家庭にしようね」
「はい…多香子さん、私の遺伝子を受け取って下さってありがとうございます」
翔は私の手を取り、そう言い涙を流す。
うっとりとして、慈愛に満ちた顔は美しい。
私は
「キモい言い方しないでよ…相変わらず変態だね」
と返して涙を指で拭う。
彼はきっと、立派な父親になってくれる。自分を犠牲にしてでも、私と子を守ってくれるだろう。
「すみません」
「…頑張るね」
「支えさせて下さい、多香子さんたちは私の生き甲斐ですので」
「うん、いつか翔くんを教授の夫にしてあげる。名誉教授の夫でも良いかな。それで私はいつか…」
前に提案した時は「私はサポート役が適している」と断られた。挙式後にも冗談めかして口にしたが、張り切った承諾は受けたことが無い。
けれど私からの本気のお願いならどうだろう、翔の眉がピクと疼いて目は伏してしまう。
私が押すか、それとも翔が決めるか。私としてはどちらでも良いのだが、一家を引っ張って行く気概を見せて欲しかった。虚勢でも欺瞞でも、実質私がリーダーなのだとしても頼れるところを示して欲しかった。野望を私だけに見出すのではなく、自分のことにも執着して大切にして欲しいのだ。
呼び捨てで命令してやろうか、「学長になりなさい、翔」と。不可能ではない、今も理事を兼任しているし実績も人望もある。学生と教員との間を取り持ち各所への配慮を欠かさない、このまま順調にいけば兄弟の中でなら翔が一番の適任なのだ。
世襲制とは限らないけど適切な人事をするならば彼しかいない、ただのポストだから関心は薄いかもしれないが…翔に地位と名誉を与えてあげたい。自信を持ってそれを受けて欲しい、堂々と権威を携えて欲しい。
「…多香子さん」
「うん」
翔は私の手を取り、グーに丸めさせてお団子のようにコロコロと撫で回す。
言いあぐねる唇はパクパクするだけで何も吐かず、しかしやがて毅然たる声がついて出た。
「いつか、多香子さんを…理事長の妻にして差し上げます」
言い切った翔は肩の力を抜いて、余分に流れる涙を肘の内側で擦る。
「理事長?大学の学長じゃなくて?」
「はい、大学でも附属校でもなく学校法人熊学園の、理事会の長に…トップに、」
「野心家じゃん」
「多香子さんに釣り合うには、それくらいしませんと…どんな景色なのか見てみたい好奇心もありますし」
言っておいて照れる夫は愛らしく、直後は少し迷いも見られたが次第に眉が真っ直ぐになった。大きな野望と重い責任を覚悟した夫はきりりと凛々しくて、心から頼れる男性だなと私は惚れ直す。
「翔くん、素敵♡」
「多香子さんこそ…体を大事にしましょうね」
「うん、俄然やる気になって来たよ…今日はもう休もうかな、翔くんはお仕事ある?」
「…いえ」
立ち上がってぐぐっと背伸びをする私の前に、大きな影が立ちはだかる。
それは背を曲げて私の目線まで降りて来て、
「お供します、多香子さん」
と再度私の手を取った。
もう"お手"じゃない、私の手を丸めたり捏ねたり包んでくれる逞しい力だ。
「うん、一緒に」
「はい、一緒に」
私たちは並んで天井を向いて、重要なことから他愛無いことまでをダラダラと話し続け…いつしか向かい合い、眠りに落ちた。そして翌朝になれば見た夢の話を聞かせ合い、考察分析なんかをするのだ。
高尚だけど低俗な話もしばしば、私たちにしか分からない価値観と哲学と理念。互いが互いの良き理解者であることへの誇りと優越感に浸り、自分たちの世界を回す。
孤高のエリートにはなれそうにない、だから翔を道連れにのほほんと我が道を行く。
「おはようございます、多香子さん…何やら寝言を言ってましたよ」
寝起きに最愛の夫の微笑みを浴びる幸福、それだけで私の寿命は伸びている気がする。
「…新しい細胞研究、始めてみようかな」
「え、何ですか?教えて下さい」
「えっとね……」
新たな視点は新たな好奇心を生んでくれる、私たちはそれに喜びを感じる性分だ。
共に歩めるって素晴らしいなぁ、満たされる心にうっとり浸る夫婦は、今日も沢山の会話から1日を始めるのだった。
おわり
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