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2006…家無し少女
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しおりを挟む5分も走れば俺の実家だ。
当然ひと足早く着いていたタクシーだが、まだ前に停まっていた。
彼女は俺の原付のライトを確認すると、暗がりの中で俺に手を振って何やら叫んでいた。
「おい、おい。近所迷惑だ、静かにしろよ」
「あ、ごめんなさい…あの、ごめんなさい、お金足りなくて」
「え、そうなのか」
ヘルメットを外して車内を覗き、俺は「釣りは良いです」と千円札を渡してタクシーにはお引き取りいただいた。
もしさっきコーヒー代も出させていたら、すっからかんになっていたのだろう。
「とりあえず入ろう…こっち、」
築20年の一軒家はコンパクトな近代住宅、彼女はとことこ俺の後をついて来る。
「ただいま」
「お、お邪魔します」
「良いよ、上がりな」
「はい」
彼女は小上がりで振り返ると膝を折りパンプスを揃える。
こういうところは躾られているのだなと興味深い。
「ただいま……親父、服着てくれ」
玄関を入ればすぐに居間があって、そこでは俺の親父が風呂上がりの熱を肌着で冷ましていた。
「おうおかえり…あんだよ、暑ちぃんだよ」
「分かるけど。客がいるんだ」
「はぁ?こんな時間に?」
親父はしぶしぶパジャマを着てダイニングテーブルに掛け直す。
しかし俺の後ろから覗いた港さんを見るなり、俺を蔑みの目で睨んできた。
「…おいおい、親が居てもお姉ちゃん呼ぶほど溜まってんのか?行き着くとこまで行っちまったな!」
「うるせぇ、失礼なこと言うな。親父、お袋も呼んでくれ」
「デリヘルじゃねぇの?その子」
「違う、港さん、良いから入って」
「はい」とおずおず入室する港さんは肉食獣の檻に落とされた草食動物のよう。
奥の部屋からお袋が出て来たら余計にびくびく震えた。
「おかえり、なに、浩史…彼女?」
パジャマ姿のお袋は、港さんの様相を上から下までジロジロ観察して値踏みする。
もし恋人なら「こんな時間に非常識な」とでも言いたいのだろう。
俺もその感覚は分かるから早めに否定することにした。
「違う、人助けだ。こちら港美晴さん。この子、彼氏に家を追い出されたらしいんだよ。それで金も無いし未成年だしで…とりあえず連れて来た。ムラタの客なんだ」
「はぁ。学生さん?」
「いや、働いてる」
「じゃあコンビニでお金下ろして来たら?それくらいなら車で連れてってあげるわよ」
得体の知れない子を簡単に家に泊める訳にはいかない、お袋はもっともな提案をする。
そして俺も「そうか、口座から下ろせば良いんだ」とそこでやっと気が付いた。
冷静だと思っていたが俺もそこそこ動転しているみたいだ。
しかし港さんは困り眉になって、
「あの、お給料は現金支給でお小遣いだけ貰って残りは全部彼氏に渡して管理してもらってて。銀行のカードも持たせてもらってないんです」
と絶望的な答えを返す。
親父がキョトンとしながらも渋い顔付きに変わる。
「…お姉ちゃんの働いた金だろ?」
「はい」
「行くアテも金おろす手段も無い、自分の稼ぎを盗る男を彼氏にして…お姉ちゃん、ちょっと頭弱いのか?」
「…親父‼︎やめろ‼︎」
それはうすうす俺も勘付いていたことだ。
天然とかおっとりと言えば聞こえが良いが…失礼だが何というか「足りない」のかなと思う節があったのだ。
しかし港さんは落ち込んだ様子も無く、
「あの、一応高校は出てます」
と困り顔のまま笑った。
この質問には慣れているのか、可愛らしいが切ない笑みだった。
「この辺のとこ?」
「オケ大附属です」
「…賢いとこじゃん」
それはここ甕倉市の隣の桶葉市の私立大附属高校のこと。
内部進学よりも東京の有名大学を狙う学生がほとんどという県下随一の進学校だ。
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