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2013…鬼は外、福は内
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しおりを挟む「ただいまー……おい、おいおい…なんだこりゃ…ってぇっ⁉︎」
30年以上ローンの残るマイホームに入って大黒柱・津久井浩史(34歳)の土踏まずを襲ったのは床に転がった銃弾…もといベージュの豆だ。
これは伝統行事である節分の豆撒きをしたのだろう。
それは分かるがばら撒き過ぎではないか。
リビングの床一面に広がる豆、豆。
近年では食糧を大切にとの観点から個装されたものを投げる程度に文化は改変されているのがポピュラーだと思っていたが…我が家は古き良き方式で執り行ったらしい。
「もったいね……いち、に、」
ひょいぱくひょいぱくと綺麗そうなものから数を数えつつ拾い食していると、寝かしつけを終えた嫁・美晴(25歳)が忍び足でリビングへと入って来た。
「ふぅー…きゃっ⁉︎浩史くん⁉︎」
「ただいま…派手に撒いたな」
「あ、の、ごめんなさい!ここまでする気は無かったんだけど、良くないものを祓うにはやっぱり全力の方が良いのかなって」
「家の中だけか?外に撒いてねぇだろうな…鳩が来ちまうぞ」
「あ…それは大丈夫、ちゃんと拾ったから」
「(撒いたんかい)」
いくつまで数えたかもう忘れた、カーペットの上の豆を適当にポリポリ食ってお終いにする。
美晴は掃除が得意なので隅々まで抜かりはないはず、手で拾い集めればフローリングの豆も洗って食えないことはない。
「浩史くんのは別で用意してたんだけど」
「ん、明日にでも貰うわ」
「うん…ご飯温めるね」
うちの美晴は察しが悪く人の気持ちを読むのが苦手な天然さんだが、意外や子供の世話はすこぶる上手だ。
乳児が泣けば新米ママは普通オロオロして「どうして泣くんだろう、何がいけないんだろう」と慌てるものだが、美晴はどうしてか子供の調子を読む能力に長けていた。
俺も横で見ていて不思議だったのだが、ふえぇと泣き声があがれば美晴はシュタッと駆け付けて、「あ、少し漏れたのかぁ、気持ち悪いね、お腹はいっぱいなのね」とさくさく着替えだけさせて子供はすぐニカッと笑う。
幼児になってからも「お気に入りのおもちゃが行方不明?探そうね」「こっちのマグは嫌いかぁ、入れ替えるね」などと機嫌を取るのが上手かった。
「子供の言葉が分かるのか」と問えば「え、浩史くん分からないの?」とそれこそ不思議そうな顔で問い返され、「なんか通じるものがあるんだよねー」とドヤ顔を見せてくるのは可愛かった。
息子たちが3歳と2歳の今は遊びも全力投球で、季節ごとの行事・イベントなんかも積極的に取り組んでくれている。
俺ができないことをしてくれるのは大いに結構。
しかしながらもう少し考えてはくれまいかと…明らかに俺の顔を模した鬼の面がボコボコになって捨てられているのを見ればイラッとした。
「おい美晴ちゃんよ、これは何だ」
「使い終わった鬼のお面……あ、違うの、別に浩史くんをモデルにした訳じゃないの」
もっさりした頭、ゲジゲジ眉毛、伸びた髭に細い目に眼鏡、これはどう見ても寝起きの俺だ。
「最近の鬼はメガネ掛けてんのか?随分と都会的だな」
「あの、子供たちとね、ここはこうしよう、もっと怖くしよう、って描き足してたら…最終的に浩史くんに似ちゃったの…でも子供たちも喜んでたし」
「思いっきり豆ぶつけられてるじゃんか」
「だって鬼は外だし」
「はぁ~、一家の主に対してその態度かぁ…哀しいねぇ、鬼はお外に行っちまおうかな」
脱ぎ掛けた上着を着直して足先をドアへと向ければ、美晴は拾い途中の豆を再度ぶち撒けて
「やだ!ごめんなさい」
と俺の脚に縋り付いた。
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