1 / 27
1・負けず嫌いのめぐとめぐ
1
しおりを挟む静かに立ち上がった時のスラっとした姿が印象的だった。それはまるで一本の杉の木のような凛々しさだった、と彼は回想する。
「生えてる杉って、見たことあるの?」
私がそう問えば、彼は言葉に詰まる。
そして
「雰囲気ね、それくらい綺麗だと思った」
と私の後ろ頭を撫でた。
26歳の彼が思い出していたのは、私との初対面の際の記憶だ。もう10年以上も昔のことである。
私たちは小学校は違うが同級生で、互いを認識したのは高学年になってからだった。私が所属する剣道道場に、彼が見学に来たのが最初だった。
「小学生にしては長身でやたら強い剣士がいて、面を取ったら女子だったから驚いた。道場を出るまではずっと真顔で、それも印象的で目立ってた」
これも、彼の私への感想である。
その後、彼は私と同じ道場に入り、数年を共に過ごすこととなる。
道場では兄弟子である私の方が少し立場が上だった。強さに関しても同様で、道場内で行われる男女混合の試合稽古では私は彼に負けたことが無かった。
そもそも彼は別の道場で学んだ後、うちへ移って来たらしい。その時点でキャリアは同じくらい、所持級も同等だった。
そして彼は小学生の時点で私より身長が高かった。当時の私は160センチ、彼は170センチはあったのだ。
その彼が私のことをやたら高身長とかスラっとしてるなんて形容するので、当時反抗期な私が聞けば「嫌味か」と怒っていたことだろう。
身長が高ければ歩幅も大きい、一歩の踏み込みで懐に入られ劣勢になってしまう。そんな体格差をもってしても、性差をもってしても、私は彼に負け無しだった。瞬発力が優っていたのだろう、素早く踏み込んで胴を突くのが得意な手だった。
面金の向こうの表情は読めず、手を抜いているようには思えなかった。面を外せば疲れは見えるものの、悔しそうな顔はしない。剣道において喜怒哀楽を振る舞いに表さないのは暗黙かつ絶対的なルールだが、多感な少年時代においても彼は試合結果について何の感情も表さなかった。
当時の私は、それを痩せ我慢だと疎ましくさえ感じていた。もしくは勝負に執着が無いのだと思い、男性らしくないなんて嘲っていた。
そんなこんなで私は彼のことを道場では侮り…少し舐めているところがあった。
中学生になり、私は県大会に出場したりと順調に好成績を収めていた。しかし歳を重ねると百戦錬磨とはいかず、自分より強い選手がわらわらと台頭してくる。
彼も同じく県代表に選ばれたり、その頃から私は彼のことを剣士として認めるようになっていた。彼は負ければ相応に不機嫌さを表すようになっていたし、凹んだり拗ねたりもしていたのだ。
相変わらず私は彼との道場内試合稽古では常勝していたが、時折ヒヤリとすることも増えていた。単なる上達とは別に、勝負へのこだわりが生まれたのかなと…同じ剣士として喜ばしいことだと感じた。
1
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。
まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。
今日は同期飲み会だった。
後輩のミスで行けたのは本当に最後。
飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。
彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。
きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。
けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。
でも、あれから変わった私なら……。
******
2021/05/29 公開
******
表紙 いもこは妹pixivID:11163077
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
