19 / 27
3・めぐはめぐに勝てない
19
しおりを挟む「周、まだ萌に手加減してるのか。剣道への冒涜だぞい」
他の門下生が帰り、私たちもそろそろと支度した時に師匠が周を嗜める。
久々に叱られた周はバツが悪そうに、
「だって、好きな子に本気の剣は向けられませんって」
と誤魔化した。
「昔からお前は…萌にだけは弱いんだから。そのくせ、試合の申し出は断らない」
「二人だけの不可侵な時間ですからね、試合中は」
「好き嫌いはさておき、萌も剣士だ。忖度されても、嬉しくないだろう?」
水を向けられ、私も
「そうですね。私は本気で戦ってるつもりでした…今日も、今までも」
と情けなく笑う。
「僕は萌に殺気を向けられないので、すみません」
「殺すな、バカタレが…破門するぞい」
「あはは、その他の相手には、僕は本気なので許して下さい」
承服しかねるといった顔の師匠と若先生に手を振り、道場を後にする。
夕焼けもあの頃の景色と変わらない、今日は近いのでこのまま私の実家へ寄る予定だ。シャワーを貸してもらい、夕飯もお世話になる。
「本気で、戦うって言ったじゃん」
ジト目で睨めば、周は汗に濡れた前髪をクシャクシャ掻き上げる。
「萌に本気を出して欲しいから言ったんだよ。子供たちに萌のカッコいいところ見てもらいたかったし…ごめんね、僕はやっぱり萌に本気の攻撃は出来ないよ」
「それは優しさじゃないよ?舐められて不愉快…試合中に喋ったし」
「それはごめん、僕もそれなりに負けず嫌いだからさ、すんなり負けられなくて。んー…じゃあこれ、」
周は大きな手で手刀を作り、竹刀さながらに構える。
「…大きさが違う、フェアじゃない」
「体格が違うからね…階級が違うんだよ」
「私が背伸びしてるってこと?」
「そもそもがね……えいっ!」
「ぎゃっ」
周のチョップは私の脳天に直撃、避けられずまともに食らった。
竹刀だと無理で手刀なら平気なんておかしい、痛くはないが不覚を取ったのが悔し過ぎる。子供が大人におちょくられる感じ、相手にされてないのが不快だった。
「一本、勝負ありだよ」
「待ってよ、荷物で不安定だった。手ぶらならもっと動けるし」
「一緒だよ、土台が違うんだ…体格の関係ないテレビゲームとかなら勝たせてあげるよ」
「…周、ゲームも強いじゃん…何も勝てないなぁ…」
夕陽の空はオレンジから紫に変わり、段々と暗くなってくる。すっきりしない勝負の結末に、私の心もしんみりしてくる。
「全てにおいて、僕に勝とうとしてる?勝ったら嬉しい?」
「う、れしい…何か秀でた方が良いじゃん」
「ふーん…考え方ひとつだと思うけどね」
そう言って、周は立ち止まった。
怒ってるでもない真顔で、じっと見下ろされる。
「周?」
「強い萌のパートナーが、弱い男に務まるのかな?」
「……」
「学歴も剣道も体格も、全てにおいて萌に敵わない男を、萌は好きになる?」
「全てじゃない、強い弱いは半々くらいで」
ごもっともだなぁと思うところを突かれて、ぐぬぬとなる。
でも私が思う対等を伝えたく反論するも、食い気味に阻まれた。
「僕が女なら、強い男と結婚したい。少なくとも自分より優れてる人と。綺麗事じゃない、自分の人生を任せるのに情けない男は嫌だから」
「依存する訳じゃないもん、料理は私の方が上手だし」
「適性は別、僕はスペックの話をしてる。料理が上手だと思うなら、そこでバランスを取れば良いでしょ。どうしても優位に立ちたいならそこを誇りなよ。一緒に住む意味は何なの、結婚する意味は。自分より弱い男を従えて暮らすのが望みなの?」
「…虐げたい訳じゃないもん…全部、敵わないのが悔しかっただけ……実際、周は料理も出来ちゃうし…」
そう、周は家事もある程度できる。独り暮らしだから当然だけど、マメで綺麗好きなのだ。
「男だからとか女だからとか、難しい話は置いといて…萌が僕に劣等感を抱くのは勝手にして。僕も必要以上に優位性を誇ったりしない…理屈じゃなくてさ、僕のことが好きかどうかなんじゃないの?」
「それは好き、大好き」
「…素直だね…そういうとこ、僕も好きだよ、大好き。負けず嫌いで気が強くて、サラッとしてるけどたまにこうしてネチネチしてるのも面白い」
面白いは若干不服だが、特に嫌な気持ちは抱いてないらしい。
ちょうど実家に着いたので玄関に竹刀を立て掛けて、インターホンの呼び出しボタンに指を置いた。
1
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。
まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。
今日は同期飲み会だった。
後輩のミスで行けたのは本当に最後。
飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。
彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。
きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。
けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。
でも、あれから変わった私なら……。
******
2021/05/29 公開
******
表紙 いもこは妹pixivID:11163077
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる