猫だって……恋、するよ。

あかね

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「………まず財布返せ、話はそれからだ」

入ってしまったからには風呂でも借りて帰ろうか、体を起こして彼女から財布を受け取り離れた。

 室内は涼しいが、運動をやめた途端に汗が噴き出して肌着もワイシャツも濡らして気持ちが悪い。


「あの、ごめんなさい」

「良いわ…もうふざけたマネすんな」

「お財布盗ったのはごめんなさい、でも玲二くんのこと好きで…仲良くなりたかったのは本当なの」

「はぁ」


 まだ息が整わない。

 尻が痛いのでよたよたベッドへと移動してシャツのボタンをひとつまたひとつ外す。

 30前でこんなにダッシュする機会はそうそう無いから明日は筋肉痛かもしれない。


 そして隣で若い女が嬉しいことを言ってくれているみたいだが、耳のフィルターが上手く言葉を通してくれない。

 好きだって、仲良くなりたいって、それで即ホテルなんて馬鹿だろう。

 つい勢いでエレベーターでは壁ドンしてしまったがあれはノーカンでお願いしたい。

 ギリ犯罪にはならないんじゃないか。


 ぐるぐる色んなことが頭をぎって呼吸が落ち着いて行く。

 視界の隅にいた彼女はゆっくり立ち上がり、ベッド脇に来て俺を覗き込んだ。

「…玲二くん」

「あんだよ…猫は抱かねぇぞ」

「ダメ?」

「…あのなぁ、俺はカシャを可愛がってたけど女として見…おい!」

俺が腕で目線を切ってひと息ついている間に、彼女はTシャツの袖から腕を抜いて脱ぐ体勢に入っていた。


 見たくない、そんな雰囲気じゃない。

「やめろって、馬鹿!」

とうつ伏せになり目からの情報を遮断する。

 今後何か取り沙汰されたとして俺は勝てる要素があるだろうか。

 監視カメラには先導する彼女が映っているだろうが「この人に追われて逃げ込んだんですぅ」と主張されればそう見えなくもないだろう。

 だって合流したエレベーターの中では壁ドンをしてしまった。

 俺は脳内で取調べ室のシミュレーションをして弁解方法を咄嗟に探る。

 「この女が誘ったから」なんて男の言い分が通るだろうか。

 財布を取り返そうとしたにしてもそれとセックスに関連など無い。
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