嬉野エリア長の調査報告書…娘と会社の治安は僕が守る。

茜琉ぴーたん

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いざ復讐・横浜

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「……帰ります?嬉野うれしのさん」
「うん…エリア長に報告だけしておこうかな」
僕はその場で浜田はまだの所業をこの地区の人事担当に電話で伝えた。
 フロア長は目撃していたし、マリアさん本人から証言を得るだろうから改めて説明も要らないと思う。
 僕が電話している間に浜田はバックヤードに連行されていき、残ったスタッフはわたわたと通常業務に戻っていく。マリアさんのお父さまはまだプンプン怒っていたが、奥さまに手を引かれてフロアから離れたようだった。
「…情けないな」
 自分もあんな風に、「うちの娘に何てことを!」と叱り飛ばせれば良いのに。立場上とか世間的にとかだけではなく、度胸が足りない。
「嬉野さん、僕らは今、客としてここに来ています。客としてなら、何を言っても良いんじゃないですかね」
宮前みやまえくんは、店長にあるまじき発言で僕を驚かせる。
「…クレーマーにでもなれって?」
「いいえ、もちろん常識の範囲内で。でも、僕は公私いずれにしても嬉野さんが立場は上だと思いますけどね」
「……そうだねぇ」
 本社採用の僕だって、新入社員の頃は売り場に研修に行った。僅かな期間の中でも数々の苦情に遭ったし、プライドを酷くえぐられた覚えもある。
 自分がその嫌なタイプに成り下がろうか、首をコキコキ鳴らしてショーケースへと向かう。

「すみません、先ほどの浜田さんに、僕も話があるのですが」
 ブランド品担当のマリアさんは「えっ」という顔をして、トランシーバーの襟元マイクに指を置く。
 そして僕は浜田が連れて行かれたバックヤードに繋がる扉へと歩く。
 背後では宮前くんがマリアさんに「本社人事部の嬉野さんです」と追加で無線を飛ばさせたようだ。そして彼も僕を追って、壁際の観音開きのドアの前に陣取った。

「嬉野さん、どうされましたか」
フロア長は、管轄外の僕に呼び戻されたことを不思議に問う。
 おずおず付いて来た浜田は、顔を見て僕を思い出したようだった。
「フロア長、僕は今日、客として…一般人としてここに来てる。だからバックヤードには防犯上入らないよ、ルールだからね」
都合良く公私を混交させて、自分でもおかしいとは思うが言わない。
「はぁ、とりあえず端に」
「うん」
 バックヤードの扉は、当然だがスタッフの出入りがある。行き交うスタッフが「浜田さん、何かしたのか」と好奇の目で見てくる。まぁそれは浜田には効いてないみたいだ。
「…浜田くん、僕が誰か知ってるかな」
「近畿のエリア長でしょう、嬉野さん」
「うん、面談したよね…兵庫のさ、皇路オウジってとこに君は居たよね、街の記憶はあるかな」
「はい、つい最近なので」
「うん、ならさ、そこで恋人関係にあった女の子の名前は憶えてるかい?」
 何人でも良い、うちのあおいの名前が何番目に出たって構わない。でももし忘れていたら、記憶から抜け落ちていたら。ばくばくと心拍数が上がって行く。
「は?何でそんなことを」
「客の疑問には答えるものだ。嘘でも適当でも良い、誤魔化してでも無返答は許さない」
我ながら滅茶苦茶なことを言っている。
 でも馬鹿なのか正直なのか、
「…コンビニのカナコ、大学生のトモカ、…ガソスタのミキ、」
浜田は記憶の糸を辿って女性遍歴を披露していく。
「ふむ」
「えーと…ラーメン屋の…何だっけな…ユキ、」
「ムラタ内では?社内では無いか?」
「あの、社内恋愛に罰則とか無かったと思いますけど」
生意気に浜田は規則を持ち出す。
 しかし君にだけはこの理不尽さを責められたくはない。
「無いよ、でも僕はそんなムラタのルールは知らないよ。客だからね…さぁ、社内で…店内で。手を付けた子はいなかったか?」
「えーと…雑貨の…ヒロミ、」
 それは「自分も交際していた」と吹聴して葵に「自分の方が本命だ」と直接攻撃して辞めた子だ。
「ケータイのサナ、」
 それは初耳、さてそろそろ出てくるか。
 浜田は「うーん」と頭をひねって捻って、
「レジの……葵、」
とうちの愛娘の名前をり出した。
「…その子は、どんな子だった?」
僕は相槌をやめて、葵について掘り下げる。
 「良い子だった」とか「可愛かった」とか、ポジティブなワードが出て来ればまだマシかと思えた。もっとも、名前が出た番手を考えれば、そこまで思い出深い相手でもなさそうだが。
 浜田はまた「うーん」と眉をしかめて、
「特に…何の特徴も無い子です」
と苦笑しやがった、その瞬間。
 これまでの家族の時間や触れ合いや、娘が生まれた日の朝食のことなんかがフラッシュみたいにパパパッと脳裏をよぎり。
「てめぇコラ、」
僕は浜田の胸倉を掴んでいた。
 マリアさんのお父さまがしたのと同じように、力は足りないがショーケースが無い分体と顔を目一杯近付けて。そしてお国なまりを添えて。
「えっ」
「うちの葵が、なんも無い?えらいいちびってくれとんな。そもそもが人んのムスメを何呼び捨てにしてくれとんねん、敬称付けんかい、アホンダラァ!」
「ヒッ」
浜田は雰囲気の変わった僕にひるむ。
 宮前くんも僕の関西弁は聞いたことが無かったから、僕を止めながらも物珍しそうに見つめて来ている。

 悲しいな、葵は、うちの娘は本当に使い捨てみたいに遊ばれたのだ。記憶にも残ってない、刀のサビにもされてない。
 そして浜田は女性を肩書きと下の名前で管理しているのだろう、苗字ははなから憶えないらしい。
「ほんなら、その葵ちゃんの苗字は憶えてるか?どないや?」
「お、憶えてないです」
「しやろなぁ…うん…教えたろ、あの子なぁ、『嬉野うれしの葵』、ワシと同じ苗字や…分かるか?」
「は、い……あ、」
ここで浜田も僕と葵の関係が予想できたらしい。
 だから何だという話だが、傷物にした女の父親が出て来れば、こんな軽薄な浜田でも気まずさは感じるみたいだ。たぶん、慰謝料とか賠償とか、事態を大きく捉え始めたのかもしれない。
「葵なぁ、うちの娘や。別に、お前に何もせぇへんよ、婚約しとったわけとちゃうし。でもなぁ、店ん中とっ散らかして消えて、葵は二股三股されとった言うてえらい落ち込んどってなぁ…初恋がお前みたいなん、可哀想でしゃーないやんかぁ、せめて、誠意見して欲しいねんなぁ」
「…!」
フロア長も宮前くんも、これを聞いてピクリと動いて固まる。
 サービス業に従事する者は、少なからず遭遇する言葉だ。『誠意』とは何ぞや、それは物か気持ちか。悪質クレーマーは時折口走るのだ、「誠意を見せろ」と。
 当然だが、強請ゆすたかりは犯罪だし、何なら現在進行形の胸倉掴みも罪に問われる可能性がある。僕も頭に血が昇っているし、浜田の顔を見ているといつしか職を辞しても構わないという気持ちになっていた。
「え、あ、あの、」
浜田は青ざめて、よろよろと膝を折ろうとする。
 なので止めた。
「おい、勘違いすな。土下座強要したら罪になるわ…あのなぁ、葵はお前が初めての彼氏やってんな、ほんで本気やってん。せやのに仰山ぎょうさんおる中のひとりやって知って…不誠実はアカンやろ、何でも……この裏でもええわ、葵へ詫びのひと言書いて、それで手打ちにしたるわ」
僕は浜田の制服のポケットから名刺入れを拝借し、一枚貰って裏返す。
 そしてそこに『いい加減な付き合いをしてすみませんでした』と一筆書かせ印鑑を押させた。

「ど、どうぞ」
「ん、ありがとう…すまないね、恐い思いをさせてしまって」
「い、いえ…」
 ドン引きしている浜田の襟元を直してやり、僕の口調も平常に戻る。
 身に染み付いたなまりというものはなかなか消えないもので、あまりに感情が昂るとこうして出てしまう。今回は浜田を威嚇しようという意図があったので、分かりやすくアウトローな関西人を演出してしまった。
「そうだ、浜田くんは地元に本命の彼女がいるそうだね?」
「は、はい、一応…」
委縮しきりの浜田はこれも馬鹿正直に答える。
「あのね、僕は君の入社面接時の履歴書も緊急連絡先も閲覧できる権限を持ってる。つまりはご実家の住所と学歴・来歴も分かる。君は不誠実に遊ぶ割に、それを隠そうとしない。情報は素人でも集まったよ。本命彼女さんは中・高校の同級生らしいじゃないか…これでだいぶん絞れるね。興信所に頼めばすぐに身元も割れるだろう」
「…あの…?」
「君が転勤する度に各地で派手に遊んでいることを、彼女さんに教えてあげることも出来ると言ってるんだよ。もうご存知なら痛手は無いかもしれないが…両家ご両親はどうだろうね?例えばこの先、結婚とか良い話になった時に…君の女性遍歴を暴露して差し上げたら…ご両親は何をお感じになるだろうね?」
 安い脅迫だが、浜田には効果覿面てきめんだったようだ。プルプル震えて、その目に涙を浮かべる。
「す、すみません、それだけは」
「そんなに本命彼女さんが大切なら、どうして女遊びするかな…しかも堂々と」
「特に、理由は無くて」
「まぁ分かるよ、異性が好きなんだもんな、分かるよ…罪ではないよ…でもなぁ、僕は僕で、娘で遊ばれて腹が立ったんだよ…こうやって、個人的に神奈川まで来ちゃうくらいにはね。今後の遊び方は考えた方が良い。君は遊びでも、本気な子だっているんだから。君の遊ぶ子にだって、親がいるんだから」
「はい…」
「…すまないね、恫喝どうかつ恐喝きょうかつ脅迫したことと胸倉を掴んだことは不問にして欲しい。マリアさんのお父さまの分も。自らの尊厳のために警察に言うならそれでも良いが…僕は君の地元店舗の管理職に君が地方でしていることを洗いざらい話すよ。転勤者はいずれ、ふるさと人事で地元に帰らされる。その時に困るのは君だ」
「……」
「もちろん、ムラタを辞めちゃえば関係無いけどね…君はここでは営業力を発揮してるみたいだから、それは頑張って欲しいと思ってる。職務上はそう思ってるよ、素行は直した方が良いがね」
「はい…」
「遊びはほどほどにね…脅してすまなかった。君もいつか、僕やマリアさんのお父さまの気持ちが理解できるように…なって欲しいと心から願ってるよ」
 僕は名刺をポケットに収めて、浜田から離れる。
 フロア長にも頭を下げて、宮前くんを連れ店を後にした。
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