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11月・恋育つ編
16・旅行の準備
しおりを挟む鍋を囲んだ翌日の夕方、毎度お馴染みの足音がして、千早が商品管理室へ入ってきた。
「おつかれぃ」
「おつかれさまですー」
知佳はちらと千早の顔色を窺うが、仕事終わりにしては元気そうだし、なんなら機嫌が良さそうだった。
「淡路島、レンタカーでええ?」
彼はスマートフォンをいじり、画面を見せながら話しかける。
淡路島観光、昨夜勢いで決まったこの二人の小旅行の計画を立てねばならないのだ。
正確には美月と高石も入れての4人なのだが、現地までの移動は2組に分かれて、ということになっている。典型的なダブルデートである。
「俺は車持ってへんから」
「あ、なら私の車では?」
「いや、俺運転したいし…なんかあったときに保険とか…ややこしいやろ」
「はぁ、いいですよ。……淡路島、詳しいですか?」
「いや、玉ねぎしか知らへん」
「……」
「……」
「…やめま、しょうか」
「ちょい、待ってよ。俺も知らんから…一緒に行こうや…」
こっそり犬を拾って咎められた子供のように、千早は辛そうな顔をして食い下がった。
「……じゃあ、なんとなく行きたいところお互いピックアップしときましょうね」
「チカちゃん、俺、楽しみにしてるから」
窓の下枠に肘をつき、ぐにゃりと頬を歪ませて千早は真っ直ぐに知佳の目を見る。
「……はい…ふふっ」
これは愛想笑いではなく母親が「しょうがないなぁ」とでもいう時の笑顔、その口元から覗いた八重歯を得物として、千早は仕事へ戻った。
・
その日の夜。
自社事務所に戻った千早は業務報告を書き、パソコンで淡路島について調べ始める。同時刻に戻った高石はその様子を後ろから眺めていた。
「高石、淡路島は何かあんのか?」
「んー、玉ねぎやろ」
「玉ねぎ以外や…冬の名産…あかん、ふぐとレタスや、食った気になれへん」
「待って、スマホで調べる……なに、11月の見所…紅葉。これ行き先変えた方がええんちゃうか?しっとり紅葉狩りできるか?なんやイベントとか、体験とかやないと間が持たんやろ、」
「いや…静かな方が好きかもわからんし…あー、淡路島か…明石で降りたろかな、明石焼き食うて…」
「おぉ、それええやん、帰りに明石観光したったら。んで大橋の夜景よ…」
「んなもんデートやん、まだそんなんちゃうねん…いきなり遠出は…姉さん…」
「とりあえず距離を詰めな、タメ口で話すくらいにはな」
「せやな…」
・
さらに翌々日の夕方。
知佳が伝票の事で配送工事センター事務室にて相談をしているところへ、本日の業務を終えたスタッフがわらわらと室前のホールへ帰還してきた。
その中には気怠げな千早もおり、センターの社員が彼を見つけてチョイチョイと手招きして呼び寄せる。
「千早くんおかえり、明日行ってもらうお宅、難しい方みたいでさ、事前の金額提示しっかり噛ませてね」
「へぇ、そら毎度してるけど…そんなにかいな」
怪訝そうな千早へ、知佳も補足説明に入る。
「千早さん、その方前にエアコン工事頼んだ時に、相当ふっかけられたってご立腹で。必要な作業代なんですけどね、すみません」
「はぁ、はいはい」
とりあえず「なんでチカちゃんが謝んの?」と聞きたいところだったが千早は飲み込み、ホールへ引き返してトイレへ入っていく。
その後を追うように知佳は商品管理室へ戻り、発注の確認作業をするのだった。
トイレから出てきた千早はいつものように窓から身を乗り出し、「しかし寒いね」と落語の入りのように細い体を震わせた。
「千早さん、さっきの…工事の件、前のエアコンもムラタで買われたらしいんですけど、販売担当がその…なんていうかだらしない人で、ろくに工事代金の説明もしてなかったみたいで炎上しちゃって。現場に嫌な思いさせてしまうかもしれないです…すみません」
「はぁ、ええよ。俺らは接客業ちゃうし。必要な金額弾いて『出せん』言われたら帰るだけやしな。なんか有りゃ売り場にポイよ。チカちゃんが謝ることちゃうよ」
「いや、その売り場と配工を繋ぐのが我々の仕事ですんで…何卒穏便に…お願いします」
「うん、チカちゃん、頼みごとやったら納めるもん納めてもらわんと」
千早は左手を前に出して恐らくだが食料を乞う。
カクカクと手首から先だけ動く様は、小学校の保健室で見た骨格標本に似ているなと知佳は思ってしまった。
しかし今更怯む事なく私物入れから手の平大の缶を持ち出し、千早の正面で蓋を
「じゃーん、どれでもどうぞ!」
と開いて見せた。
缶の中には色とりどりの飴、そして自信満々に披露する知佳の表情が千早の目に眩しく映る。
「限定もありますし…オススメは普通のコーラ味…あ、溶けてる!コレ以外でどうぞ、」
「いや、なんで溶けんの?」
その形状を大きく崩して個装フィルムにくっ付いたソフトキャンディー、知佳はそれをバツが悪そうにポケットにしまう。
「車に缶ごと置き忘れた日があって、割に暖かい日だったんで溶けちゃって…味は変わらないんでね、責任持って食べます。ハイ」
「チカちゃんさ、ドジっ子なん?」
「いや…あのー、入社してすぐから、先輩に不思議ちゃんとか天然とか言われてますね…パニック…というほどでもないんですけど、周りが見えない感じで…不本意です」
「ふぅん、おもろいね。その溶けたやつでええよ。コーラ味ちょうだい」
顎を少し上向にして、伏した目の睫毛の長さが知佳の気を引いた。
「えぇ、限定でもないのにー……ハイドウゾ」
「おおきに、またね」
ホールへ戻る千早の背中に、はて貴方も大概不思議さんなんだけど、と知佳はテレパシーを送る。
それが届いたかどうかは定かでないが、途中で彼は小さく振り返り、口の中を見せながらくちゃくちゃと崩れきったキャンディーを噛むのだった。
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