跳ね馬の恩返し—元ヤン娘は商店街の華になる

5

100

　そして夕刻、疲れた真綾が萩原家へ立ち寄ったので、物件情報を共有する。

「どう？これ」

「…この設備でこの家賃？相場が分かんないけど…安いんだよね？」

「うん。建物が古いから。でも壁も収納の中も綺麗だったよ」

「今のお給料なら、余裕は出来ると思う…ここから近い？」

「あっちの路地の、北側だな。ここからだと200メートルも離れてない」

　真綾は和樹のエア地図を目で辿り、なんとなくの場所を想像して二パッと笑う。

　そして

「そこにする！ありがとう、和樹くん！」

と親の前で大胆に抱き付いた。

「…真綾、はしたないぞ」

「あ、ごめんなさい…」

「明日、本契約して来るわ。年末まで営業してるらしいから」

「分かった…あ、もうこんな時間…今日は私が夕ご飯作る約束なの…じゃ、お父さんお母さん、ディナーショーのお話、また今度聞かせてね！和樹くん、これ、洗濯物ね、おやすみなさい！」

真綾は明るい流れ星のように、萩原家を飛び出して行った。

　自転車は勢いよく走り、アーケード街から姿を消す。


「（暴走真綾、元気でよろしい）」

　晩飯は何を作るのだろう、果たして成功するのだろうか。

　人見知りでヒーヒー言っていた小娘が、萩原家には上手に馴染んだものだ。

　新年の営業が始まれば、真綾はまた店先に立つ。

　変に営業トークをせずとも肉はコンスタントに売れて行くし、掃除の腕は確かなので衛生面も心配は無い。

「（たまに俺のキッチンカーに乗せて、二人で営業して…帰ったらまた店番して、アパートに戻って晩飯食って、か…）」

　大きな達成感は無いものの、じわじわと積み上げて来たものが完成する喜びはある。

　これからも喧嘩はあるだろう、でも違う人間なのだから仕方ない。


「（あ、指輪はどうしよう）」

　借金している身で指輪は畏れ多いと真綾は断るだろうが、ネックレスでも髪飾りでも何か形に残るものを贈りたい。

　そのための説得会をまた開かねばな、和樹はふふんと笑い、真綾から戻って来たシーツを大事にマットレスへ被せるのだった。