Fragment-memory of future-

黒乃

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第一話

第一節 半人前の魔法使いが見た夢

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 緑と青が美しい惑星、カウニス。滅びと再生の歴史があるこの惑星は、今は穏やかな時を刻んでいる。惑星の内側、地上より遥か天上には世界樹と謳われている樹がそびえ立ち、そこに住む住人に平和と安らぎを与えている。
 世界樹は世界中に、マナというエネルギーをもたらしている。それは酸素と同じで生物の中に巡るものであり、作物に宿ると豊富な栄養を含むことが出来る。マナはこのカウニスで生きていく上で、必要不可欠なものだ。
 加えて一定より多くマナを持つ者は魔術の類が使え、暮らしを大きく変化させることが出来る。その特性を活かし、剣士や魔術師になる道を選ぶ者もいる。

 そんなカウニスの南西方角──アスウトリ地方にある大陸内部。そこに世界の指導者と呼ばれている大国、ミズガルーズがある。世界の中心国であり、各国の社会情勢を管理している。
 さらに国を守るための軍隊が存在し、各国の危機が発覚した際には軍を派遣して、世の平和を守っている。世界の守護者、と言い換えてもいいだろう。

 そんなミズガルーズの住宅地にある、程よい大きさの一軒家。彼はそこに住んでいる。現在の時刻は、朝の7時を過ぎたころ。まだ朝の静かな空気に包まれていたが、それを壊さんと騒音を立てる。
 ドタドタと転びそうになりながらも階段を駆け下り、遠慮もなしにバン、と壊れそうになる勢いで扉を開く。騒音の犯人のご到着だ。そして自身の目的を見つけるや否や、突進。犯人の目的である家主の男性は、突然の攻撃に対抗する手段がなかったらしい。いつもなら飛ばすだろう小言を言える暇もないらしく、状況を理解するのに必死なようだ。

「全くうるさいぞ、朝から騒々し──」
「生きてる!?」
「ぐっ、おい!?」

 男性には犯人の心当たりはあるらしいが、諫める声は犯人の耳には入らない。とにかく何かを確かめるように、男性の体をまさぐり始める。これには男性も予想外だったらしく、声を上げた。

「おい待て、何処を触っている!?」
「死んでない?生きてる!?」

 男性に引きはがされないようにとしがみつく。まずは存在を確かめなければ気が済まないのだ。しかし男性の我慢も限界に近かったのか──。

「ええい、いい加減にしないかこの馬鹿弟子が!!」

 男性が振り下ろした熱々のなにかが、犯人の頭にクリーンヒットした。

「いっっでぇえええ!!」

 鉄製の、しかも火から離したばかりであろう熱いそれで殴られれば、当然ひとたまりもなく。直接攻撃を受けた犯人は殴られた場所を両手で抑え、その場に蹲る。あまりの痛みに暫く動けないままでいたが、ふと何かに気付いたように顔を上げて男性を見やる。一方の殴った男性は片手にフライパンを持った状態で、ぜいぜいと肩で息をしていた。

「あれ? 痛い……?」
「とうとう壊れたか?」

 それとももう一発殴ろうか。そう恨み節を吐いた男性を今度はまじまじと見て、犯人──彼は大きく安堵の息を吐く。

「なんだぁあ夢かー! よかったー!」
「何が良かっただこの馬鹿弟子」

 突然笑って大の字に寝転がった犯人に、男性は怪訝そうに呟く。その呟きは無視して、勢い良く起き上がりながら話し始める。

「だって変な夢見たんだから! なんでか街は燃えてたし、でも暑くなくて木の焼ける臭いもしなくて、人が倒れてたのに血生臭くないしそれに……」
「わかった。わかったからさっさと顔を洗ってこい」
「なんで! 聞かなくていいのかよ!?」
「どうせいつもの夢の話だろう。そんなものを聞くほど私は暇ではない。それに早く朝食を済ませて学園に行け、遅刻したいのか?」

 その言葉に驚いて時計を見る。時間は既に長針が6を回ろうとしていた。途端に血の気が引いたというもので、顔が青ざめるのがわかった。このまま呆けていては、遅刻確定だ。

「やべぇ! なんで起こしてくれないんだよー!!」
「私は何回も起こしたぞ。なのにお前ときたら、まだだのなんだのと……」
「チクショー師匠の鬼!」
「煩いぞさっさとしろ」

 そう返され、降りてきた時と同じ勢いで階段を駆け上がり身支度を始めることにした。
 この犯人が物語の主人公、レイ・アルマである。

 ******

「ええっとカバンよし魔法具よし。あとは……ああこれこれ!」

 机の上に無造作に置かれていた黄色のガラス玉のペンダント。それはお守り代わりとして、肌身離さず持っているものだ。それを身につけて支度完了と自分に向けて言うなり、再び階段を駆け下りる。

 ダイニングではレイが師匠と仰ぐ男性──ヤク・ノーチェが既に朝食を済ませ、皿洗いをしていた。その様子を横目に椅子に座るや否や、目の前の朝食をかきこむように食べ始める。そこにヤクの小言が飛んできた。

「なんでお前はそう、だらしないんだ。これで遅刻しそうになるのは何回目だ?」
「仕方ないじゃん朝苦手なんだから!」
「言い訳をするな。そんな様子では一人前の魔術師には到底なれんぞ」
「ああもうわかったよ、俺が悪かったです!ごちそうさま!」

 慌ただしく動き回る様子にため息をつきながらも、ヤクはレイを見送る。急げ急げと焦るレイだったが、不意にヤクから声をかけられた。

「レイ、今日は寄り道はするのか?」
「んぇ!? 多分!」
「そうか。寄り道も構わんが、今日は夜の8時までには戻るように。お前に大事な話がある」
「いつも頑張ってる俺にご褒美!?」

 キラキラと目を輝かせるレイに、ヤクからそんなわけがあるかと叱責を受けてしまう。普段から厳しい師に限って、そんな甘いことはなかったか。

「話はお前が帰ってきてからだ。ほらさっさと行け」
「なんだよ焦らしなんて卑怯だぞ!いってきます!」
「ああ、気をつけてな」

 ヤクの声を背に受けて、レイは乾いた唇を舐めてから駆け出す。


 ミズガルーズ国立魔法学園。
 元々ミズガルーズに住む人々はマナの許容量が一定より多い人が多い。そのため住民のほとんどが、剣士か魔術師である。力の差はあれど、魔法を学ぶための差があってはならないとのことで、その学園は作られた。ミズガルーズ国が出来たほぼ同じ年に建設されたので、その歴史は長い。
 学園は年代別に初等科、中等科、高等科と分かれている。様々なジャンルがあり、多種多様な魔法を学べるとあって、評判は良い。また、初代ミズガルーズ国王の働きかけで、学費はなんと卒業するまで無料。家計にも優しいとのことで、毎年多くの入学希望者がいる。
 いわばマンモス校であり、その噂は各国にまで広がっているのだ。今や他の国からわざわざ引っ越しまでして、学園に入る子供もいるのだとか。

 レイはその学園の高等科に所属している。長い階段を駆け上がり、チャイムが鳴ると同時に教室に入った。

「はぁ、良かったギリギリセーフ……」

 まだ授業も始まってないというのに、今朝の出来事もあいまって既にヘロヘロだ。体力には自信があるが、家の階段の二往復に加えて学園までの全力疾走。加えて教室までの長い階段をこれまた全速力で駆け上がれば、流石に堪えられないというもの。
 着席するなり崩れるように机に突っ伏す。少々、体力回復を図ることにしよう。おはようと気軽に声をかけてくれる同級生に対して、疲労に塗れていた彼は軽く手を上げて返答するしか出来なかった。るしかなかった。
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