Fragment-memory of future-

黒乃

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第一話

第二十節 角笛は高らかに始まりを告げる

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 レイ達が教会へ足を運んでいる同時刻、ヤクとスグリは軍艦内で警戒態勢を敷いていた。
 昼間にユグドラシル教団騎士とも打ち合わせをした通り、ミズガルーズ軍は魔物の襲撃に備えて部下を配置した。市長の声明もあってか、静かな夜が街を包んでいる。バーやレストランなどといった飲食店も、営業せずに自重してくれているようだ。街灯が街を照らしているだけの、静かな、静かすぎる空間。
 一般市民なら、穏やかな夜だと思うのだろう。だが軍人としての勘というのか、経験とでもいうのだろうか。今晩は何か一波乱起きそうな気配を感じる。警戒態勢のまま巡回し、港に停めてある軍艦の甲板でスグリと落ち合う。そこから街を監視していると、彼から声をかけられた。

「どう思う?」
「……嫌な空気が漂っているな。静かすぎるのも、嵐の前の静けさのようで安心はできん」
「全くだな。こういった夜は、何か起きそうだ。……一応、部下達にも改めて警戒するよう伝えておくか」

 その意見に賛成して再び巡回に戻ろうとしたが、スグリに呼び止められる。まだ何かあるのだろうか。

「ところでヤク。お前、レイとは仲直りしたのか?」
「仲直り……?」

 突然何を言うのだろうか。皆目見当がつかない。そんな己にその様子だとまだみたいだな、と何処か納得したような表情でスグリが苦笑する。何が言いたいのかと尋ねれば、返ってきた答えはこうだ。

 エイリークに約束したのだろう、レイとは仲直りすると。明日にはきっと元通りだと。彼が話した内容は、エイリークと交わした約束のことだ。確かにエイリークにそのように伝えたが、その時部屋にいなかったスグリが何故その話を知っているの。

「お前に見てもらいたい資料を届けようとしたら、偶然聞こえてしまってな。悪いと思ったが、最後の約束の部分だけ聞いてしまったんだ」

 悪かった、と。
 確かにあの日、エイリークが自分の部屋から出てすぐあとにスグリが入ってきたことを覚えている。まさか聞かれているとは思わなかったが、知られてしまったのならば仕方ない。

「それで?いつ仲直りするんだ?約束の明日っていう日は昨日のことだったろう」
「それは……」
「まぁ、お前がレイについて心配する気持ちもわかるがな」

 だがレイが自分で考えて大きな行動をしたことは、素直に褒めるべきだ。彼が旅に出た理由をお前は認めたくはないだろうが、頭ごなしに否定することはないだろう。
 そう諭され思案する。確かに一人旅をすると自分で決めたことは、決して悪いことではなかったのだろう。ただあの時は、レイが自分で決めたはずの魔術の修行を投げ出したと考え、怒りがそこに向いていた。だがこの世界巡礼に赴く前にレイ伝えた言葉を思い出す。
 ──修行だってやり方はそれぞれある。勉強して、練習することだって修行の一つだし誰かに教えを乞うのは確かに良いことだが、それだけでは可能性は広がらんこともある。

 自分は勉強を通して魔術の力を高め、修行することでここまで上り詰めた。それが他の人物にも出来るはずだと、無意識の中で思っていたのかもしれない。反省しなければならんな、そう呟いて天を仰ぐ。
 その様子を見たらしいスグリに、あまり考えが堅すぎると早く老けるぞ、とからかわれる。ふざけている場合ではないだろう。軽く叱責するが、いつもの調子に戻ったな、なんて言われる。聞けば、肩の力が入りすぎていたと指摘された。

「レイとその仲間がいるから、万が一の場合は必ず助けなければならないって考え込んでただろう?一人で何もかも背負い込もうとするその癖、いい加減直せ」

 何のために俺がいる、少しは甘えることも覚えろ。そう小言を投げかけられ、どこか安心した自分がいる。はやり自分はスグリには敵わない。そうだな、と返事をして息を吐く。

 ざわり、と風が変わる。嫌な風だ。振り返ることなく武器を構える。

 ──ギャォオオ!!

 耳をつんざくような咆哮が聞こえた瞬間、動く。

 襲いかかってきた魔物は2体。魔物は背後から迫って自分たちに凶刃を突き立てようとして、すんでの所で目標を見失ったようだ。基本的に魔物は知能指数が低い。ま目標であるはずのヤクとスグリが今、自分達の背後にいることなんて気付きもしなかったらしい。

「薙ぎ払え……"抜刀  科戸《しなと》の風"!」
「塵と化せ、"牙よ御身を氷結せん"アイスシュトースツァン!」

 スグリの抜刀術によって生み出された風。それは一体目の魔物を下から上に向かうように切り刻む。罰や穢れを祓うと呼ばれる風は、穢れの象徴である魔物にとっては有害そのものだろう。
 次にヤクが杖から生み出した鋭い氷の牙が、容赦無く二体目の魔物に突き刺さっていく。その牙は意のままに操られることで、魔物の急所へと休む暇なく刃を突き立てた。超低温の牙は、当たれば凍傷だけでは済まされない。
 2体の魔物は、なす術なく甲板に巨体を預け、そのまま絶命する。その騒ぎで、軍艦で警備にあたっていた部下たちが駆けつける。ご無事ですか等々、自分たちの身を案じる姿は、嬉しくもあるがこの場においては場違いだと制する。警戒を解かないようにと指示していると、一人の部下が慌てた様子で甲板に駆けつける。

「ノーチェ魔術長、ベンダバル騎士団長、ご報告に上がります!」
「何事だ」
「街の至る所で火災が発生し、市民に混乱が見られた所に魔物の敵襲が!」
「なんだと……!?」

 つい数分前まで静かだったというのに何故。聞けば火事の最初は、ある倉庫に付けられた不審火だったらしい。その火に気付いた倉庫の持ち主だという人物が、不安だからとユグドラシル教団騎士と共に倉庫に出戻った時には、既に倉庫の中では炎の渦が巻いていたとのこと。そのことに慌てた倉庫の持ち主が、騎士たちの制止を振り切って倉庫の扉を開けてしまい、炎は一気に倉庫外にも広がった。
 それをきっかけに、街の至る所で似たようなケースが広がり、街は一気に炎に包まれた。混乱しつつも、ユグドラシル教団騎士が市民の誘導をしていた。そんな時に、狼型の魔物の集団の強襲を受けたらしい。街のどこかに隠して飼われていたのか、街の巡回時は姿形が見えなかった。それが仇となり、対応に遅れが出てしまった。今は街に配備していたミズガルーズ軍の軍人たちで魔物討伐にあたりつつ、ユグドラシル教団騎士と市民を護衛しているとのことだ。
 それを聞いて、謀られたことに気付く。あまりにも偶然が重なりすぎている。火事と魔物の襲撃が、こんなにもタイミング良く重なるわけがない。倉庫の持ち主だという人物こそ、今回の混乱の原因。つまりカーサの内通者だったのだ。

 しかも街は今、自分たちミズガルーズ軍とユグドラシル教団騎士の警備のせいで、籠の中の鳥そのもの。市長の呼びかけもあり、建物内にいる市民がほとんどだ。成程これは、以前報告を受けていたカーサのやり方そのもの。対応が後手に回ってしまったことについては後で反省するとして、今は市民やユグドラシル教団騎士の安全を最優先にしなければ。その任務の中で魔物討伐にあたるようと、甲板にいた部下に指示を出す。海からの襲撃も考え、部下の一部には軍艦に残るように伝えた。

「俺は魔物討伐の指示に出る。火事の鎮静化は、頼めるか?」
「ああ、物理的な炎であるならば、私の術で消すことが出来る。引き受けよう」

 それぞれの対応を決め、自分の部下を引き連れて街へと出た。

 ******

 街の中は魔物の襲撃と火事とで、大混乱だった。逃げ遅れた市民をユグドラシル教団騎士に託し、火事になっている建物内や周辺に市民がいないことを部下に確認してもらう。その間に、ヤクは陣を敷いて魔術の詠唱を唱えている。

「ノーチェ魔術長!周辺市民の避難、確認いたしました!人っ子一人、おりません!」
「よし……次は東方角の確認を頼んだ!途中で魔物と遭遇した場合は、そちらの対応を優先すること。いいな!」
「承りました!」

 指示を受けた部下たちは、街の東へと駆け抜けていく。ちょうど詠唱も終わった。市民の避難の確認がとれたならば、全力で魔術を放っても大丈夫だろう。

「来よ……其は汝を留める永久凍土の使い……"永久に眠れ白銀の彼方"シュネーザルク!!」

 "永久に眠れ白銀の彼方"シュネーザルクとは、ヤクの使う威力の高い範囲攻撃魔法である。放出された魔力は氷の塊であり、それらは弧を描きながら、火事で燃えている建物内に入る。そして、そこで力を拡散させた。
 拡散させた氷の塊は砕け散るが、それら一粒一粒は超低温の氷のつぶてだ。魔力で作られてあるために、物理的な炎が相手ならば解けることもない。それらが一気に散りばめられたことによって建物内の気温は一気に下がり、必然的に炎も掻き消えた。
 ただし、この攻撃魔法は発動後は超低温の空間が出来てしまう。そのため、訓練を受けていない人物はあっという間に凍傷してしまうのだ。ヤクが自分の部下に、市民の避難を確認させたのはそのためである。市民を守るための軍人が、強力すぎる術で市民を傷付けるとあっては元も子もない。万が一ミズガルーズ軍の部下たちが被害に遭っても彼らはそれなりに鍛えてあるため、問題はない。

 今の攻撃で、街の南側で起きていた火事は粗方鎮静させることが出来た。同じように指示を出した街の東側へ赴き、先程と同じように"永久に眠れ白銀の彼方"シュネーザルクを発動させる。さて次は北方角へ向かおうとした、その時。

 一際大きな輝きが、街のシンボルでもあるユグドラシル教会から発せられる。あまりの輝きに一瞬目が眩む。何事かと教会の方角を見ても、そこからは光が漏れ出ているだけ。何が起こっているのかは、行ってみなければわからない。妙な胸騒ぎを感じ、部下に後を任せて急いで教会へ向かう。
 ……何故、こんな時に限って、

 (レイのことが頭に浮かんだのだ……!)

 無事であってほしい、そう願いながら駆け抜けた。

 ******

 教会の前に辿り着き、詠唱を唱える。そこにたむろしていた黒い服を着た──カーサに対し、魔術で攻撃する。少し遅れて、スグリも来たようだ。ある程度カーサの一員を蹴散らし、共に教会内へ入る。
 そこにいたのは、狼狽えるカーサの残りの一員と魔物。そして奥にはレイに呼びかけるエイリークと──。

「レイ……?」

 何処か威厳を漂わせながら淡い光に包まれている自分の弟子、レイがいた。生気のない目をしているが、そこには確かな強い光があった。

 ……なんだ、あれは。本当にあれは、自分の弟子のレイなのか……?

 (それにしてもあの光は……。まさか……いや、そんな事有り得る筈がない。そうだとしても、レイにそんな資格が……)

 混乱している己の心情なぞ露知らず、レイは杖を掲げ、ぶつぶつと何かを呟く。

「……ブランク、ウンジョー、エイワズ……裁きの光、ここにありて……」

 途端に、強い光が杖の核から迸る。衝撃波に似たそれは教会を中心に街の外まで広がる。あまりの眩しさに、何が起こったのかが把握できない。唯一わかったことは光が放たれた瞬間に聞こえた、魔物の断末魔。教会にいた魔物だけではなく、外からもそれは聞こえたように思えた。
 しばらくして、衝撃も光も収まる。ゆっくりと目を開いて、教会を見渡す。傍らには、衝撃に負けたのかカーサの一員たちが倒れ伏している。彼らの近くにいた魔物は、まるで蒸発したかのように白骨化している。エイリークは無事だったようで、ゆっくりと立ち上がっているところだ。そして──。

「あれ……?俺、どうして……?」

 光の発生源となっていたそこには、いつもの、自分の知っているレイの姿があった。
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