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第二話
第三十六節 古城内部
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エイリーク達が正門で戦闘を開始した同時刻、古城裏の城壁が崩れた部分でレイたちは侵入に成功していた。周りに機械人形や魔物の類、カーサの一味のような敵がいないことが幸いしたのだろう。
正直、機械人形を相手することは避けたかった。最早人間ではないとわかっていても、まだ割り切ることが出来ずにいたのだ。だからこの状況はラッキーと言えた。
螺旋階段を登っていく。不思議なくらいに敵と一回たりとも遭遇しない。恐らくエイリークやヤクが、一体残らず倒してくれているのだろう。
しかしその状況をただ一人、スグリだけが楽観視していなかったらしい。表情は固いままだ。疑問に思って訊ねれば、彼からはこんな質問を投げかけられた。
「野営地でのこと、覚えているか?」
「野営地……あのルビィって奴が侵入した時のこと?」
「それが、何かおかしいんですか?」
機械人形に囲まれたあの夜。実のところトラウマになりかけている。
そんな自分のトラウマなぞいざ知らず、スグリが指摘したのはそのことだ。
「恐らくだが、ここにいるカーサの一員は自己顕示欲が強い。自分の作品の出来の良さを、俺たちにひけらかしたいんだろうな。でなきゃあの夜、あれ程の数の機械人形をただ見せびらかせる為だけに、わざわざ持ち込むなんてことはしないはずだ」
彼の説明にソワンが同調する。
自己顕示欲の強い人間は、自分に注目を置かれることに快感を得たり、しつこいまでの向上心からくる努力を惜しまないらしい。実際にルビィはお披露目と称して機械人形を見せびらかせたり、それらを意のままに操るために何度も失敗し、しかし何度も改良を重ねていたと説明した。それは他人から評価されたいという、隠れた心理の表れだとソワンが解説する。
それ程までに自分の作った作品を、ほぼ妄執のように愛するような人物。そんな人物が、自分の城であるこの古城に機械人形や魔物を配置しない。その違和感が拭えないと。
確かにそうかもしれないが……。
「単なる数不足とかは?マシーネに送ったり、それに今だってエイリーク達の方に機械人形たちを差し向けているだけかもしれないし……」
単なる戦力不足。そうも考えられるはずだ。しかしスグリは、あくまで否定する。
「マシーネがほぼ廃都市になるまで、奴らは素体となる人間を集めた。数不足になる方がおかしい状況だ」
「でも、ここまで何もなかったことは素直にラッキーって思ってても……。無駄な魔力とか使わないで済んでいるんだから」
「……だと、いいがな」
所々から重油のような、重く濁った臭いが漂う螺旋階段を駆け上がる。思考を巡らす。この古城は、元からこんなに気色の悪い構造だったのだろうか。それとも、ここにいるカーサの一員の仕業か。
やがて一つの大きい扉を開けると、目の前には礼拝堂らしき場所が広がる。全体的に薄暗くてよく見えないが、壁でゆらゆらと燃えている蝋燭の火で、所々目視はできる。
掲げられていた十字架は無残に砕かれ、その残骸が部屋の隅に追いやられている。礼拝のための長椅子はなく、部屋を支えている柱や梁があるだけ。しかし長椅子の代わりと言うべきだろうか。機械人形や魔物が綺麗に整列している。こんな歓迎は嬉しくない。今は身動き一つしていないが、その目は確実に自分達を捉えている。殺気を感じた。
静寂が包んでいた空間に、下卑た笑い声が響く。咄嗟に武器を構え、警戒を強めた。嫌に耳障りな笑い声だ。忘れたくても、一度覚えた声が蘇る。
「そこか」
スグリが睨んだ視線の先。そこには見覚えのあるカーサの一員、ルビィが笑みを浮かべて立っていた。
「やぁやぁ、侵入者諸君!ようこそこの「幻惑の間」へ!歓迎するよ?」
「何が歓迎だ!こんな機械人形や魔物を並べておいて!」
「やだなぁ俺らは敵同士だよ?歓迎って言ったら、こういうものでしょ」
ルビィは相変わらず余裕の表情を浮かべながら、こちらを品定めするように見つめる。指をピアノを弾くように小刻みに動かしていることから、彼が戦闘態勢に入っていくことがわかった。
「というか俺ってカーサの一員だけど、所謂雑魚。単なる下っ端なんだわ。そんな俺が普通に戦ったところで勝てるわけなんてないんだからさ、まぁハンデだと思ってよ」
手を大きく広げ、横に腕を伸ばす。それが合図だったのか、呼応した機械人形や魔物たちが一斉にこちらに刃を向けてきた。一斉攻撃、と言わんばかりの勢い。だがこれくらいならば、見極められる。まずは大きく後ろに飛び退いて、一撃目をひらりと容易く躱す。
それでも襲い掛かってくる機械人形の腹から飛び出る銃弾や、魔物の凶暴な爪。見た所、それ程威力のあるような物には見受けられない。レイは杖に氷のマナを貯めてから放った。
「"氷のつぶて"!!」
師匠のヤクから受け継いだ技。久しく魔術の修行はしていなかったが、感覚は鈍っていないようだ。舞い落ちる雹の如く、無限に生成された氷のつぶてが音を立てて機械人形や魔物達に風穴を開けていく。魔物に風穴を開けることには慣れているが、やはり人間味の強い機械人形は相手にしづらい。一瞬怯むが、そこは目を逸らしてはいけない、と言い聞かせる。
「レイ、大丈夫。あまり無理はしないで、魔物の方に集中して」
隣からソワンに声をかけられる。彼は両手にリボルバーを構えていた。
彼の言葉に、でも、と反論をしようとして、にっこり笑ってこう返される。
「ノブレスオブリージュ、だよ。大丈夫、ボクだって下っ端だけど軍人だから。レイにばっかり負担をかける様な事、するわけないじゃん」
言うが早いか、ソワンはこちらに向かってくる機械人形の群れに対峙する。一発、二発、合計で四発の弾を、それらを囲うように地面に向かって放った。直後に詠唱を唱える。
「戒めしもの、言の葉の依代にて御身を捕らえん。"捕縛する網"!」
ソワンの言葉に反応して、弾が撃たれた地面から光の帯が出現した。それらはぐるりと機械人形を取り囲み、罪人を縄で縛るようにひとまとめにした。捕らえられた機械人形たちはお互いがお互いを押しつぶしているようで、身動きが取れない状態。そこに追い打ちをかけるように、彼はリボルバーの先にマナの弾を充填させていく。
「"風の銃弾"セット完了。シュート!」
瞬間、リボルバーに充填された魔力弾が機械人形に一直線に放たれた。ぶわっと強い風が駆け抜けていく。後で聞いたが、これは空気を魔力で圧縮した銃弾を相手に撃ち込む技だという。
さらにただの魔力弾ではなく、撃ち込まれた相手を中心に半径5kmの範囲まで拡散する。まるで剣を纏ったつむじ風が、相手を切り刻む。人命救助が主な任務である軍の救護部隊。その一員であるソワンが使う、攻撃技の一つだ。
実際ひとまとめにされていた機械人形たちは、ものの無残に砕け散る。さらに奥の方では、ルビィの周りに群がっている機械人形や魔物がスグリによって倒されていく。
注意深く周りが見えたから、気付いてしまった。何やら機械のアームが、ソワンを背後から捕らえようとしていたことを。勝手に身体が動いていた。
「ソワン!」
彼を前方へ突き飛ばす。突然で受け身は取れなく、倒れたソワンを見届けることは出来た。この空間で最後に分かったことは、自分が捕らえられ何処かに無理矢理連れ去られたこと。ソワンの自分の呼ぶ声が聞こえたことだけだった。
******
すぐに脱出しようと、そのアームを攻撃する。しかし簡素な攻撃でも強めの攻撃でも、アームは緩むことはなかった。しばらくアームに苦戦していたが、やがてそのまま何処か、開けた空間に放り出される。
まるでゴミ箱にゴミを放るように投げ出され、まともに受け身が取れずにベシャ、と地面に身体を打つ。痛い。確かに修行はサボっていた時もあったが、そんなに運動神経は悪くないはずなのに。打ち付けた部分をさすりながら起き上がり、辺りを見回す。
目の前に広がっていた光景は、今までの何処よりも異質だった。確かにこの中は古城のはずなのに、まるで実験室のような空間。マッサージ機のような椅子に、巨大なモニター、多くのキーボード。周りの柱代わりの巨大な水槽には、何かの生物らしき物体が浮かんでいる。
「なんだ、ここ……」
それくらいの陳腐な感想しか思い浮かばなかった。そもそも理解が追いつかない。
「ようやく来たな、女神の巫女疑惑の少年」
突如聞こえてきた声。咄嗟に杖を構えて警戒する。
空間の奥からコツコツと、こちらに向かってくる靴音が聞こえる。出てきたのは男性だ。カーサの制服の上から白衣を着ている。先程出会ったルビィよりも、おどろおどろしい雰囲気を感じた。ぐちゃぐちゃに混ぜたヘドロのような、雨上がりの土砂と川の水がごったまぜになったような、不快なもの。一度自分にこびり付いたら暫くは洗っても落とせないような、そんな感覚。
牽制に一発攻撃をお見舞いしてやろうか。そうは思うが、あまりの不気味さに近寄りたくないという感情の方が先に出てくる。下手に動いたら底なし沼に引き込まれそうだ。
「誰だお前」
「ああ、会うのは初めてだったか。僕はキゴニス・マキナ。カーサ四天王の一人」
「四天王……?」
初めて聞く言葉だ。この間のヴァダースは確か、自分のことをカーサの幹部と言っていた。となると、目の前の男は彼の手下ということだろうか。四天王ということは、文字通りの意味で考えるならばこのキゴニス以外にも、残り三人いることになる。残りの人物は、一体誰なのだろうか。
「僕のことは構わないだろう。それより、どうだねこの機械。人体実験のために作り上げたが、中々の出来なのだよ」
「人体実験?」
「彼から聞かされなかったか?アウスガールズ国、現国王のケルス・クォーツの第一楽章……」
楽しそうに語るキゴニスの面影に、嫌な予感が掠めて冷汗が一筋流れる。
先日聞いた、ケルスの悲鳴。まさかそれは、この場所で録られたのだろうか。いやそもそも、本来ここにいるはずのケルスは、何処にいるのか。
「ケルスは何処にいるんだ!?」
「そう吠えられてもねぇ。彼がまだ、ここにいるわけないだろう?」
「ふざけやがって……!」
「彼のことはどうでもいいじゃないか!僕が興味があるのは、お前なのだからねぇ!」
怒りのままに叫ぶが、キゴニスには届いていないようだった。彼の目が、新しい玩具を見つけた子供のようにキラキラと輝いている。そのことから、自分は目を逸らしたかったのかもしれない。
正直、機械人形を相手することは避けたかった。最早人間ではないとわかっていても、まだ割り切ることが出来ずにいたのだ。だからこの状況はラッキーと言えた。
螺旋階段を登っていく。不思議なくらいに敵と一回たりとも遭遇しない。恐らくエイリークやヤクが、一体残らず倒してくれているのだろう。
しかしその状況をただ一人、スグリだけが楽観視していなかったらしい。表情は固いままだ。疑問に思って訊ねれば、彼からはこんな質問を投げかけられた。
「野営地でのこと、覚えているか?」
「野営地……あのルビィって奴が侵入した時のこと?」
「それが、何かおかしいんですか?」
機械人形に囲まれたあの夜。実のところトラウマになりかけている。
そんな自分のトラウマなぞいざ知らず、スグリが指摘したのはそのことだ。
「恐らくだが、ここにいるカーサの一員は自己顕示欲が強い。自分の作品の出来の良さを、俺たちにひけらかしたいんだろうな。でなきゃあの夜、あれ程の数の機械人形をただ見せびらかせる為だけに、わざわざ持ち込むなんてことはしないはずだ」
彼の説明にソワンが同調する。
自己顕示欲の強い人間は、自分に注目を置かれることに快感を得たり、しつこいまでの向上心からくる努力を惜しまないらしい。実際にルビィはお披露目と称して機械人形を見せびらかせたり、それらを意のままに操るために何度も失敗し、しかし何度も改良を重ねていたと説明した。それは他人から評価されたいという、隠れた心理の表れだとソワンが解説する。
それ程までに自分の作った作品を、ほぼ妄執のように愛するような人物。そんな人物が、自分の城であるこの古城に機械人形や魔物を配置しない。その違和感が拭えないと。
確かにそうかもしれないが……。
「単なる数不足とかは?マシーネに送ったり、それに今だってエイリーク達の方に機械人形たちを差し向けているだけかもしれないし……」
単なる戦力不足。そうも考えられるはずだ。しかしスグリは、あくまで否定する。
「マシーネがほぼ廃都市になるまで、奴らは素体となる人間を集めた。数不足になる方がおかしい状況だ」
「でも、ここまで何もなかったことは素直にラッキーって思ってても……。無駄な魔力とか使わないで済んでいるんだから」
「……だと、いいがな」
所々から重油のような、重く濁った臭いが漂う螺旋階段を駆け上がる。思考を巡らす。この古城は、元からこんなに気色の悪い構造だったのだろうか。それとも、ここにいるカーサの一員の仕業か。
やがて一つの大きい扉を開けると、目の前には礼拝堂らしき場所が広がる。全体的に薄暗くてよく見えないが、壁でゆらゆらと燃えている蝋燭の火で、所々目視はできる。
掲げられていた十字架は無残に砕かれ、その残骸が部屋の隅に追いやられている。礼拝のための長椅子はなく、部屋を支えている柱や梁があるだけ。しかし長椅子の代わりと言うべきだろうか。機械人形や魔物が綺麗に整列している。こんな歓迎は嬉しくない。今は身動き一つしていないが、その目は確実に自分達を捉えている。殺気を感じた。
静寂が包んでいた空間に、下卑た笑い声が響く。咄嗟に武器を構え、警戒を強めた。嫌に耳障りな笑い声だ。忘れたくても、一度覚えた声が蘇る。
「そこか」
スグリが睨んだ視線の先。そこには見覚えのあるカーサの一員、ルビィが笑みを浮かべて立っていた。
「やぁやぁ、侵入者諸君!ようこそこの「幻惑の間」へ!歓迎するよ?」
「何が歓迎だ!こんな機械人形や魔物を並べておいて!」
「やだなぁ俺らは敵同士だよ?歓迎って言ったら、こういうものでしょ」
ルビィは相変わらず余裕の表情を浮かべながら、こちらを品定めするように見つめる。指をピアノを弾くように小刻みに動かしていることから、彼が戦闘態勢に入っていくことがわかった。
「というか俺ってカーサの一員だけど、所謂雑魚。単なる下っ端なんだわ。そんな俺が普通に戦ったところで勝てるわけなんてないんだからさ、まぁハンデだと思ってよ」
手を大きく広げ、横に腕を伸ばす。それが合図だったのか、呼応した機械人形や魔物たちが一斉にこちらに刃を向けてきた。一斉攻撃、と言わんばかりの勢い。だがこれくらいならば、見極められる。まずは大きく後ろに飛び退いて、一撃目をひらりと容易く躱す。
それでも襲い掛かってくる機械人形の腹から飛び出る銃弾や、魔物の凶暴な爪。見た所、それ程威力のあるような物には見受けられない。レイは杖に氷のマナを貯めてから放った。
「"氷のつぶて"!!」
師匠のヤクから受け継いだ技。久しく魔術の修行はしていなかったが、感覚は鈍っていないようだ。舞い落ちる雹の如く、無限に生成された氷のつぶてが音を立てて機械人形や魔物達に風穴を開けていく。魔物に風穴を開けることには慣れているが、やはり人間味の強い機械人形は相手にしづらい。一瞬怯むが、そこは目を逸らしてはいけない、と言い聞かせる。
「レイ、大丈夫。あまり無理はしないで、魔物の方に集中して」
隣からソワンに声をかけられる。彼は両手にリボルバーを構えていた。
彼の言葉に、でも、と反論をしようとして、にっこり笑ってこう返される。
「ノブレスオブリージュ、だよ。大丈夫、ボクだって下っ端だけど軍人だから。レイにばっかり負担をかける様な事、するわけないじゃん」
言うが早いか、ソワンはこちらに向かってくる機械人形の群れに対峙する。一発、二発、合計で四発の弾を、それらを囲うように地面に向かって放った。直後に詠唱を唱える。
「戒めしもの、言の葉の依代にて御身を捕らえん。"捕縛する網"!」
ソワンの言葉に反応して、弾が撃たれた地面から光の帯が出現した。それらはぐるりと機械人形を取り囲み、罪人を縄で縛るようにひとまとめにした。捕らえられた機械人形たちはお互いがお互いを押しつぶしているようで、身動きが取れない状態。そこに追い打ちをかけるように、彼はリボルバーの先にマナの弾を充填させていく。
「"風の銃弾"セット完了。シュート!」
瞬間、リボルバーに充填された魔力弾が機械人形に一直線に放たれた。ぶわっと強い風が駆け抜けていく。後で聞いたが、これは空気を魔力で圧縮した銃弾を相手に撃ち込む技だという。
さらにただの魔力弾ではなく、撃ち込まれた相手を中心に半径5kmの範囲まで拡散する。まるで剣を纏ったつむじ風が、相手を切り刻む。人命救助が主な任務である軍の救護部隊。その一員であるソワンが使う、攻撃技の一つだ。
実際ひとまとめにされていた機械人形たちは、ものの無残に砕け散る。さらに奥の方では、ルビィの周りに群がっている機械人形や魔物がスグリによって倒されていく。
注意深く周りが見えたから、気付いてしまった。何やら機械のアームが、ソワンを背後から捕らえようとしていたことを。勝手に身体が動いていた。
「ソワン!」
彼を前方へ突き飛ばす。突然で受け身は取れなく、倒れたソワンを見届けることは出来た。この空間で最後に分かったことは、自分が捕らえられ何処かに無理矢理連れ去られたこと。ソワンの自分の呼ぶ声が聞こえたことだけだった。
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すぐに脱出しようと、そのアームを攻撃する。しかし簡素な攻撃でも強めの攻撃でも、アームは緩むことはなかった。しばらくアームに苦戦していたが、やがてそのまま何処か、開けた空間に放り出される。
まるでゴミ箱にゴミを放るように投げ出され、まともに受け身が取れずにベシャ、と地面に身体を打つ。痛い。確かに修行はサボっていた時もあったが、そんなに運動神経は悪くないはずなのに。打ち付けた部分をさすりながら起き上がり、辺りを見回す。
目の前に広がっていた光景は、今までの何処よりも異質だった。確かにこの中は古城のはずなのに、まるで実験室のような空間。マッサージ機のような椅子に、巨大なモニター、多くのキーボード。周りの柱代わりの巨大な水槽には、何かの生物らしき物体が浮かんでいる。
「なんだ、ここ……」
それくらいの陳腐な感想しか思い浮かばなかった。そもそも理解が追いつかない。
「ようやく来たな、女神の巫女疑惑の少年」
突如聞こえてきた声。咄嗟に杖を構えて警戒する。
空間の奥からコツコツと、こちらに向かってくる靴音が聞こえる。出てきたのは男性だ。カーサの制服の上から白衣を着ている。先程出会ったルビィよりも、おどろおどろしい雰囲気を感じた。ぐちゃぐちゃに混ぜたヘドロのような、雨上がりの土砂と川の水がごったまぜになったような、不快なもの。一度自分にこびり付いたら暫くは洗っても落とせないような、そんな感覚。
牽制に一発攻撃をお見舞いしてやろうか。そうは思うが、あまりの不気味さに近寄りたくないという感情の方が先に出てくる。下手に動いたら底なし沼に引き込まれそうだ。
「誰だお前」
「ああ、会うのは初めてだったか。僕はキゴニス・マキナ。カーサ四天王の一人」
「四天王……?」
初めて聞く言葉だ。この間のヴァダースは確か、自分のことをカーサの幹部と言っていた。となると、目の前の男は彼の手下ということだろうか。四天王ということは、文字通りの意味で考えるならばこのキゴニス以外にも、残り三人いることになる。残りの人物は、一体誰なのだろうか。
「僕のことは構わないだろう。それより、どうだねこの機械。人体実験のために作り上げたが、中々の出来なのだよ」
「人体実験?」
「彼から聞かされなかったか?アウスガールズ国、現国王のケルス・クォーツの第一楽章……」
楽しそうに語るキゴニスの面影に、嫌な予感が掠めて冷汗が一筋流れる。
先日聞いた、ケルスの悲鳴。まさかそれは、この場所で録られたのだろうか。いやそもそも、本来ここにいるはずのケルスは、何処にいるのか。
「ケルスは何処にいるんだ!?」
「そう吠えられてもねぇ。彼がまだ、ここにいるわけないだろう?」
「ふざけやがって……!」
「彼のことはどうでもいいじゃないか!僕が興味があるのは、お前なのだからねぇ!」
怒りのままに叫ぶが、キゴニスには届いていないようだった。彼の目が、新しい玩具を見つけた子供のようにキラキラと輝いている。そのことから、自分は目を逸らしたかったのかもしれない。
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