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第三話
第六十節 私を忘れないで
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自分がまだ幼かった頃、とある戦が村の近くで起きた。その戦に赴いた父は戦いのさなかで大怪我を負い、それまでの気力を失っていた。それでも稽古を頼めば見てくれたし、自分には元気な姿を見せていた。村人もそんな父を頼りにしていた。
あれは遠い春のこと。雨の日だった。
あの日、いつもの竹林で剣の修行をしようとしていた。父は屋内での稽古を勧めたが、その日は何故か、どうしても外に出たかった記憶がある。周りの制止も聞かず、豆鉄砲のように飛び出した。
いつもの竹林で剣を抜こうとして、それを見つけたんだ。ボロボロの、彼を。
その姿があまりにも痛々しくて、彼を救うことに躊躇いはなかった。屋敷まで連れて帰り、父と共に彼の世話をしていた。そんなときに知った。彼は、とある組織の被害者だったと。身も心もめちゃくちゃにされて、いつも何かに怯えて震える毎日を過ごしていた。だから命がけで守ろうとした。
そんな彼には仲間がいて、その仲間を救うために逃げてきたと聞いた。彼の仲間を救うため、共に彼が元居た施設に戻った。だけど救えず、その上に父も騒動に巻き込まれて命を落とした。でも、それは彼のせいではないと分かっている。
だから──。
******
「ん……」
目を開ける。土壁と梁が見える。……俺は、寝かされていたのか。
起き上がろうとして、視界の中にとある人物が入り込んできた。見覚えのある二人の少年。
「スグリ!」
「スグリさん!」
ひどく安心したようなエイリークとレイが、ハッキリと見える。ぼやけていた視界も開けて、状況を確認しようと脳が働き始めた。
「レイ……エイリーク……」
「よかった、目が覚めて」
「……俺は……」
起き上がろうとして、右肩に激痛が走る。動かそうとすると、骨まで響くような痛みが襲う。無理に動かそうとした影響か、暫く右肩から右手までが痺れる。
慌てたレイたちが近付き、自分の背中に手を回す。支えになってくれた。それでどうにか起き上がる。
「無理するなよ!その右肩、まだ治ってないんだから!」
その言葉で、ようやく今までのことを思い出した。カーサの四天王、シャサールに自分は敗北してしまったのだと。痛みが引いたころ、改めて右腕を見る。
包帯で右肩は固定されているようだ。三角巾で包まれているところをみると、どうやら怪我は右肩だけでは済んでいなかったらしい。手当してくれたであろう二人に感謝しなければ。
「二人とも、すまないな。手当もしてくれたのか?」
その言葉に、二人は顔を見合わせて言い淀む。まずいことでも聞いたのだろうか。そんな態度に質問しようとして、部屋に入ってきた人物を見て目を見開く。
「おお、若様。お目覚めになりましたか」
「……爺……」
何故、爺──ヤナギがここにいる。いや、待て。ここは何処だ。辺りを見れば、見覚えのある部屋だということに、今更ながら気付く。どうして、俺の家にいるんだ。
「その、あとでしっかり説明するんだけど、倒れていた師匠とスグリを助けるために、ヤナギさんが協力してくれたんだ」
「傷の手当ても、ヤナギさんがしてくれたんです。あの戦闘から三日経っています」
「三日、も……」
そんなにも気を失っていたというのか。……情けない。この二人の子供に、俺はどれだけの心配をかけてしまっていたんだ。
「何はともあれ、無事に目覚めて一安心ですぞ、若様」
「その呼び方はやめてくれ。俺は……家を捨てた身だ。もうこの家の次期領主でもない」
「いいえ。たとえ家督を捨て去ろうが、某にとって若様は若様にござります」
「……」
「何か、腹に入れた方が良いですな。粥でも作ってまいりましょう」
それだけ言うと、ヤナギは部屋から立ち去った。しばらく沈黙が続く。
今のやり取りを不安そうに見ていた二人に、すまなかったと謝罪する。
「悪かったな、二人とも」
「大丈夫、だけど……。スグリって、領主の息子だったんだな」
「元、だがな。今の俺は、ミズガルーズ国家防衛軍の部隊長の一人だ。それ以外の何者でもない」
「うん……」
改めて謝罪して、今までの概要を尋ねた。
そこでエイリークの仲間に救われたことや、ここに来るまでの事情を知る。不安の中行動してくれたエイリークとレイの勇気に、救われた。
ただ一つ、気になることが。
「ヤクは?どこにいる?」
その質問に、二人が視線を自分の後ろに移す。その視線を追うように振り向けば、未だ目を覚まさないヤクがそこにいた。
大量にマナを使用した場合、大抵の場合ならここまで昏睡することは、まずない。それにヤクは優れた魔術師だ。自分の中のマナを上手く使える。
ただ魔術師は、戦闘中に甚大なダメージを受けたままで長期戦を行うと、稀に身体への負担で倒れることがある。これはカウニスに存在する魔術師全員に共通して言えることであり、ある事象をおいてほかに例外はないのだという。これは、ヤク自身から聞かされたことだ。
「師匠、全然目を覚まさないんだ……。呼吸は安定してるし、怪我も俺の治癒術で癒したはずなのに……」
「大丈夫だ。きっと体内のマナが、廻られてないだけさ。そのうち目を覚ます」
「そう、ですよね」
(……もっとも、目覚めてからの方がヤクにとっては苦しいかもしれないがな)
「それにしても、こんな大きな屋敷に住んでいたなんて。全然知らなかった」
「黙っていて悪かったな。隠そうとしていたわけではないんだ。ただ……二度と帰ってくるつもりも、なかったからな」
「ごめん……」
「お前たちのせいじゃない。言わなかったのは俺の方だったからな」
苦笑しつつ彼らを慰める。そして軽くだが、この村について自分の知っていることを説明した。
まずここは、アウスガールズでも僻地の方にある村ということ。村の名はガッセ。見ての通り、農作業で生計を立てている家庭が多い。緑豊かではあるが、マナが豊富というわけではない。ごく平均的な量であり、またその多くを農作物を作ることに利用するため、魔術師がいない。
その代わり、災厄から身を守るために剣術が広がった。実際この屋敷にいる付き人たちも、それなりに腕を磨いているらしい。この"らしい"は、俺がこの村を捨てた後で、それが変わっているかもしれないからだ。
そしてこの屋敷の裏側には、剣術を鍛えるための道場があることも伝える。
「そうだったんだ。じゃあ、スグリも?」
「まぁな。俺の剣術は、この付近一帯の地域独特のものだ」
「じゃあ、スグリさんみたいな強い人もいるんですね」
「もっとも、今もその道場が使われているかは、俺にもわからんがな」
「そっか……」
談話をしていると、ヤナギが盆を持って戻ってくる。
……昔、よく食べた雑穀と松の実を使った薬膳が乗せられていた。
「道場は今も我らの修行の場として、使用されておりますぞ」
「本当ですか?」
「左様。気になるのであれば、見学してくると良い」
その言葉に、エイリークとレイが互いを見る。不安もあるが、その表情には興味の言葉がちらちらと見え隠れしていた。思わず笑い、見てくるように提案する。
「いいの?」
「どのみち俺はこのザマだ。あまり動くわけにもいかないからな」
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ、行ってこい」
立ち上がり、後でまた来るとだけ言ってから、二人は部屋を後にした。
二人の気配が完全に消えてから、表情を変える。
「……謀ったな」
「滅相もない。某は彼の者たちに、提案しただけにございます」
お熱いうちに、と目の前に出された盆。いざという時のために、左手を使う練習をしていてよかった。
一口食べる。昔と変わらない、ほんのり甘い雑穀の味わい。風邪をひいた時も、滋養をつけるためにとヤナギが作ってくれていた。遠い、昔の記憶。
「心優しい、良い子供たちですな。昔の若様とそっくりにございます」
「言っただろ爺、俺は……」
「今更呼び方を変えることはできませぬ。若様も、某への呼び方が変わらないではありませんか」
「っ……」
正確な指摘なだけに、反論が出来ない。気を紛らわそうと粥を口に運ぶ。
こうなれば、ままよ。気になることを尋ねる。
「……父上の墓は……」
「ご安心召されよ。我らが今も変わらず、花を添えております」
「恩に着る……」
帰ってくるつもりはなかった。それは本当だ。ある理由があったから。ただ唯一心残りだったのが、亡き父の墓についてだった。
いつか、墓参りをしなければならない。
そうは思うがまだ先のことだと、懐かしい粥を食べながら思った。
あれは遠い春のこと。雨の日だった。
あの日、いつもの竹林で剣の修行をしようとしていた。父は屋内での稽古を勧めたが、その日は何故か、どうしても外に出たかった記憶がある。周りの制止も聞かず、豆鉄砲のように飛び出した。
いつもの竹林で剣を抜こうとして、それを見つけたんだ。ボロボロの、彼を。
その姿があまりにも痛々しくて、彼を救うことに躊躇いはなかった。屋敷まで連れて帰り、父と共に彼の世話をしていた。そんなときに知った。彼は、とある組織の被害者だったと。身も心もめちゃくちゃにされて、いつも何かに怯えて震える毎日を過ごしていた。だから命がけで守ろうとした。
そんな彼には仲間がいて、その仲間を救うために逃げてきたと聞いた。彼の仲間を救うため、共に彼が元居た施設に戻った。だけど救えず、その上に父も騒動に巻き込まれて命を落とした。でも、それは彼のせいではないと分かっている。
だから──。
******
「ん……」
目を開ける。土壁と梁が見える。……俺は、寝かされていたのか。
起き上がろうとして、視界の中にとある人物が入り込んできた。見覚えのある二人の少年。
「スグリ!」
「スグリさん!」
ひどく安心したようなエイリークとレイが、ハッキリと見える。ぼやけていた視界も開けて、状況を確認しようと脳が働き始めた。
「レイ……エイリーク……」
「よかった、目が覚めて」
「……俺は……」
起き上がろうとして、右肩に激痛が走る。動かそうとすると、骨まで響くような痛みが襲う。無理に動かそうとした影響か、暫く右肩から右手までが痺れる。
慌てたレイたちが近付き、自分の背中に手を回す。支えになってくれた。それでどうにか起き上がる。
「無理するなよ!その右肩、まだ治ってないんだから!」
その言葉で、ようやく今までのことを思い出した。カーサの四天王、シャサールに自分は敗北してしまったのだと。痛みが引いたころ、改めて右腕を見る。
包帯で右肩は固定されているようだ。三角巾で包まれているところをみると、どうやら怪我は右肩だけでは済んでいなかったらしい。手当してくれたであろう二人に感謝しなければ。
「二人とも、すまないな。手当もしてくれたのか?」
その言葉に、二人は顔を見合わせて言い淀む。まずいことでも聞いたのだろうか。そんな態度に質問しようとして、部屋に入ってきた人物を見て目を見開く。
「おお、若様。お目覚めになりましたか」
「……爺……」
何故、爺──ヤナギがここにいる。いや、待て。ここは何処だ。辺りを見れば、見覚えのある部屋だということに、今更ながら気付く。どうして、俺の家にいるんだ。
「その、あとでしっかり説明するんだけど、倒れていた師匠とスグリを助けるために、ヤナギさんが協力してくれたんだ」
「傷の手当ても、ヤナギさんがしてくれたんです。あの戦闘から三日経っています」
「三日、も……」
そんなにも気を失っていたというのか。……情けない。この二人の子供に、俺はどれだけの心配をかけてしまっていたんだ。
「何はともあれ、無事に目覚めて一安心ですぞ、若様」
「その呼び方はやめてくれ。俺は……家を捨てた身だ。もうこの家の次期領主でもない」
「いいえ。たとえ家督を捨て去ろうが、某にとって若様は若様にござります」
「……」
「何か、腹に入れた方が良いですな。粥でも作ってまいりましょう」
それだけ言うと、ヤナギは部屋から立ち去った。しばらく沈黙が続く。
今のやり取りを不安そうに見ていた二人に、すまなかったと謝罪する。
「悪かったな、二人とも」
「大丈夫、だけど……。スグリって、領主の息子だったんだな」
「元、だがな。今の俺は、ミズガルーズ国家防衛軍の部隊長の一人だ。それ以外の何者でもない」
「うん……」
改めて謝罪して、今までの概要を尋ねた。
そこでエイリークの仲間に救われたことや、ここに来るまでの事情を知る。不安の中行動してくれたエイリークとレイの勇気に、救われた。
ただ一つ、気になることが。
「ヤクは?どこにいる?」
その質問に、二人が視線を自分の後ろに移す。その視線を追うように振り向けば、未だ目を覚まさないヤクがそこにいた。
大量にマナを使用した場合、大抵の場合ならここまで昏睡することは、まずない。それにヤクは優れた魔術師だ。自分の中のマナを上手く使える。
ただ魔術師は、戦闘中に甚大なダメージを受けたままで長期戦を行うと、稀に身体への負担で倒れることがある。これはカウニスに存在する魔術師全員に共通して言えることであり、ある事象をおいてほかに例外はないのだという。これは、ヤク自身から聞かされたことだ。
「師匠、全然目を覚まさないんだ……。呼吸は安定してるし、怪我も俺の治癒術で癒したはずなのに……」
「大丈夫だ。きっと体内のマナが、廻られてないだけさ。そのうち目を覚ます」
「そう、ですよね」
(……もっとも、目覚めてからの方がヤクにとっては苦しいかもしれないがな)
「それにしても、こんな大きな屋敷に住んでいたなんて。全然知らなかった」
「黙っていて悪かったな。隠そうとしていたわけではないんだ。ただ……二度と帰ってくるつもりも、なかったからな」
「ごめん……」
「お前たちのせいじゃない。言わなかったのは俺の方だったからな」
苦笑しつつ彼らを慰める。そして軽くだが、この村について自分の知っていることを説明した。
まずここは、アウスガールズでも僻地の方にある村ということ。村の名はガッセ。見ての通り、農作業で生計を立てている家庭が多い。緑豊かではあるが、マナが豊富というわけではない。ごく平均的な量であり、またその多くを農作物を作ることに利用するため、魔術師がいない。
その代わり、災厄から身を守るために剣術が広がった。実際この屋敷にいる付き人たちも、それなりに腕を磨いているらしい。この"らしい"は、俺がこの村を捨てた後で、それが変わっているかもしれないからだ。
そしてこの屋敷の裏側には、剣術を鍛えるための道場があることも伝える。
「そうだったんだ。じゃあ、スグリも?」
「まぁな。俺の剣術は、この付近一帯の地域独特のものだ」
「じゃあ、スグリさんみたいな強い人もいるんですね」
「もっとも、今もその道場が使われているかは、俺にもわからんがな」
「そっか……」
談話をしていると、ヤナギが盆を持って戻ってくる。
……昔、よく食べた雑穀と松の実を使った薬膳が乗せられていた。
「道場は今も我らの修行の場として、使用されておりますぞ」
「本当ですか?」
「左様。気になるのであれば、見学してくると良い」
その言葉に、エイリークとレイが互いを見る。不安もあるが、その表情には興味の言葉がちらちらと見え隠れしていた。思わず笑い、見てくるように提案する。
「いいの?」
「どのみち俺はこのザマだ。あまり動くわけにもいかないからな」
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ、行ってこい」
立ち上がり、後でまた来るとだけ言ってから、二人は部屋を後にした。
二人の気配が完全に消えてから、表情を変える。
「……謀ったな」
「滅相もない。某は彼の者たちに、提案しただけにございます」
お熱いうちに、と目の前に出された盆。いざという時のために、左手を使う練習をしていてよかった。
一口食べる。昔と変わらない、ほんのり甘い雑穀の味わい。風邪をひいた時も、滋養をつけるためにとヤナギが作ってくれていた。遠い、昔の記憶。
「心優しい、良い子供たちですな。昔の若様とそっくりにございます」
「言っただろ爺、俺は……」
「今更呼び方を変えることはできませぬ。若様も、某への呼び方が変わらないではありませんか」
「っ……」
正確な指摘なだけに、反論が出来ない。気を紛らわそうと粥を口に運ぶ。
こうなれば、ままよ。気になることを尋ねる。
「……父上の墓は……」
「ご安心召されよ。我らが今も変わらず、花を添えております」
「恩に着る……」
帰ってくるつもりはなかった。それは本当だ。ある理由があったから。ただ唯一心残りだったのが、亡き父の墓についてだった。
いつか、墓参りをしなければならない。
そうは思うがまだ先のことだと、懐かしい粥を食べながら思った。
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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