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第三話
第七十一節 汚れた記憶
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親の顔は、覚えてない。ただ、自分の親は金欲しさに自分たちを売り飛ばしたのだと、知らされた。どうやら高値で買われたらしい。マナを豊富に取り入れることができていたからだ、と。
物心ついた時から「家族」というものは、周りにはなかった。だから母親の優しさも、父親の厳しさも、何も知らない。わからない。
白で囲まれた四角い部屋で、自分たちは育てられた。白い服を着た大人たちが、一応の世話はしてくれてはいた。でも、白い服を着た大人たちは嫌いだ。
自分たちを変な椅子に座らせて電気を流したり、硬いベッドの上に磔にして、見たことのない液体を体に刺していたから。それを見てある時は怒鳴りつけ、時にはニヤニヤ笑っていたりした。
何回も何回も、"実験"は続いた。"失敗"すると、鞭で血が出るまで叩かれた。大人たちはボールを蹴るように、自分を蹴りつけもした。何回も殴られて骨が折れたこともあったし、鎖で首を絞められたこともあった。背中なんて、何度も打たれて肉が抉れたこともある。その傷が癒えない内に同じように打つから、今でも背中は歪だ。
みんな同じことをさせられてたけど、自分は特に酷かった。中でも一番苦しかったことがある。
"大失敗"したら、着ていた服をボロボロにされた。逃げ出さないようにと、両手に枷を嵌められて、大きなベッドの柵に鎖で繋がれる。生まれた姿のままの大人数の大人たちが、その状態の自分を襲ってきた。
嫌だと泣いても聞いてくれなかった。
やめてと言っても止めてくれなかった。
痛かった、怖かった苦しかった。
でも、誰も、
たス──なかった……。
月日は流れる。白い部屋から解放された自分は、世界で一番の力を持つ場所で訓練を受けていた。強くなるために。──ために。自分の力で──ために。
訓練の日々の中で、あるグループに所属することになった。そのグループのまとめ役の人間が、嫌いだった。だって彼らが着ている服や顔は違っても、白い服を着た大人たちと本質が同じだったから。
一週間に何回も、グループのリーダーから部屋に来るように命令されていた。リーダーは所謂、上官というやつで。グループ内の全部の決定権を持っていた。
自分はまだ見習いだから、逆らえなかった。自分の唯一の友達が酷い目に遭うと脅されていたのだ。自分のせいで、また彼が傷付くのは嫌だった。
あの時と同じように、縛られて。服はボロボロにはされなかったけど、やっぱり同じようにされて。あの時よりも強い力で、自分は真っ白になるまで襲われた。
苦しいと言っても笑うだけだった。
痛いと叫んでも殴られるだけだった。
どうして、なんで自分が。
この時も、やっぱり誰も、
──ケてくれなかった……。
ある時、夢を見た。
自分のことを何でも知っていると言った。女の人だった。
自分は聞いた、どうして自分ばかりがこんな目に遭うのかと。自分は何か悪いことでもしたのかと。
女の人は首を振る。
じゃあなんで。
ただ生きていたいだけなのにと。
女の人は言った。
「それが、あなたの運命だから」
「あなたは運命の女神の力を継ぐ者、女神の巫女」
「運命からは、逃げられない」
……絶望した。
今まで受けてきた数々の痛みも苦しみも嘆きも怒りも、全部決められていたことだったというのだろうか。残酷な人生を歩ませられたことを、仕方ないと諦めろと言うのか。
女の人は首を振る。
「そうではないのです。あなたは──」
煩い五月蠅い五月蝿いうるさいウルサイ。
この女に何がわかるというのか。何が自分のすべてを知っているだ。惑わされたりしない。耳を傾けなんかしない。頼ったりなどしない。
ああでも、この感情も定められているというのだろうか。この思いも、涙も、なにもかも。作り物で仕組まれたもの?
わからない、もう何も。
何を信じていたのだろう。何に縋ろうとしていたのだろう。わからない。
教えて──……。
──……?
******
「ん……」
ゆっくりと視界が広がる。薄暗い部屋だ。意識が徐々に覚醒する。それにつれて、視界がより輪郭をはっきりと映し出す。肌に刺さる空気は若干冷たい。鼻腔を擽った、雨が降った後の石畳から感じるような湿った臭い。ぼんやりと部屋を照らすのは、壁に刺さっている数本の松明のみ。考えるに、ここは何処かの地下牢か。
足は拘束されてはいないが、手は頭上で縛り上げられている。枷は鎖で天井まで繋がっているようだ。術で枷を破壊して脱出を試みたが、術が発動できない。マナの結合がうまくいかない。無理矢理抑えられているような感覚だ。気持ちが悪い。
覚えているのは、背中に強い衝撃を受けて気を失ったこと。そして自分の腕の中で守ろうとした、キルシュの──。
「キルシュ……!?」
泣きそうな表情をしていた。あのあと、彼は無事に逃げ切れたのだろうか。それとも。マナを結合できなければ、誰かのマナを感じる事すら、ままならない。これではまるで、何の力も持たない人間のようではないか。悔しさに歯軋りする。
こんな無力な、魔術を使えない只の人間の自分なんて……!
奥の方から、扉のようなものが開く音が聞こえた。コツコツと石畳に響く靴音。一人分のものではない。複数人だ。誰かが自分に近付いて来ている。カーサであることは間違いないだろう。自分の前まで来た人物が、松明の明かりに照らされる。
その顔を見て、血の気が引いた。記憶よりもだいぶ変わってはいるが、見間違えるはずもない。相手も自分が誰か、わかっていたのだろう。卑しい笑みを隠そうともせず、ニタニタと見下す視線でこちらを見る男。
「久しいなぁノーチェ。何年振りだぁ?」
数年前、自分の上司だった男。身に纏う服はミズガルーズ国家防衛軍のものから、カーサにそれに変わっている。まさか生きているとは思わなかった。
その男は数年前、研修という名目で自分を凌辱していた人物たちの筆頭だ。ある時そのことがバレて、大陸追放の刑に処された。卑しく、自分の欲のためならどんな手を使うことも厭わない男。
どこかで生き延びてしまっていると思っていたが、まさかカーサに成り下がっていたとは。そしてこのような状態で再会するとは、思わなかった。できることなら、二度と顔を見たくなかった。
「ハイトさん、こいつが……?」
「ああ、俺の元部下だ」
男──ハイトは相変わらず笑みを浮かべたままこちらに近付き、顎を掴まれる。品定めするような、この視線。嫌な記憶が蘇りそうになる。
「あの時の小僧が、まさか部隊長になるとはなぁ。俺も鼻が高いってもんだ。ああそれともあれか?お得意の誑し込みで役職に就いたかぁ?」
「下衆が」
「ああそうさね、俺は下衆野郎さ。それにしても、一段とイイ身体になりやがってまぁ。軍を辞めて男娼にでもなった方がいいんじゃねぇの?」
あまりにも品のない発言に、返す言葉もないとはこのこと。
「教養のない人間だとは思ったが、いよいよ知性も地に落ちたか」
「言うようになりやがって。まさか今の自分の状況がどうなっているか、わからねぇわけねぇよな……?」
その言葉の直後、鳩尾辺りに強烈な拳が入る。受け身を取れるはずもなく、息が一瞬詰まった。鎖で繋がれているせいで、崩れ落ちることもできない。顎を再び掴まれ、顔を無理矢理上げさせられる。
「今お前はカーサに捕まっている、いわば捕虜のようなものだ。しかも今は魔術が使えないように、魔力を封印しているときた」
纏っていた軍服を、ハイトがナイフで切り刻んだ。下卑た笑みをこれでもかと見せつけながら、子供のイタズラのように楽しげに。
呆気なく衣服はボロボロになり、石畳の上に散らばる。下に穿いていたものも同じようにされ、鎧以外の身ぐるみが剥がされた状態になってしまう。地下独特のひんやりとした空気が、直接肌を撫でる。ハイトの後ろに控えている男たちが、生唾を飲み込む音が耳に届く。
……あの時と、同じ……。
満足そうに笑い、ハイトに腿を撫で上げられる。気持ち悪さとともに、頭の奥へ追いやったはずの記憶が、甦る。
「あの時のように、身体に直接教え込んでやる。俺のモノ上手に咥えこんでみせろよ?」
ハイトが控えていた男たちも呼ぶ。
待ってましたと言わんばかりに、ハイエナのように一気に群がってくる男たち。
嗚呼……気持ち悪い……。
いくつもの手が、際限なく自分の体の上を這いずり回り始めた。
物心ついた時から「家族」というものは、周りにはなかった。だから母親の優しさも、父親の厳しさも、何も知らない。わからない。
白で囲まれた四角い部屋で、自分たちは育てられた。白い服を着た大人たちが、一応の世話はしてくれてはいた。でも、白い服を着た大人たちは嫌いだ。
自分たちを変な椅子に座らせて電気を流したり、硬いベッドの上に磔にして、見たことのない液体を体に刺していたから。それを見てある時は怒鳴りつけ、時にはニヤニヤ笑っていたりした。
何回も何回も、"実験"は続いた。"失敗"すると、鞭で血が出るまで叩かれた。大人たちはボールを蹴るように、自分を蹴りつけもした。何回も殴られて骨が折れたこともあったし、鎖で首を絞められたこともあった。背中なんて、何度も打たれて肉が抉れたこともある。その傷が癒えない内に同じように打つから、今でも背中は歪だ。
みんな同じことをさせられてたけど、自分は特に酷かった。中でも一番苦しかったことがある。
"大失敗"したら、着ていた服をボロボロにされた。逃げ出さないようにと、両手に枷を嵌められて、大きなベッドの柵に鎖で繋がれる。生まれた姿のままの大人数の大人たちが、その状態の自分を襲ってきた。
嫌だと泣いても聞いてくれなかった。
やめてと言っても止めてくれなかった。
痛かった、怖かった苦しかった。
でも、誰も、
たス──なかった……。
月日は流れる。白い部屋から解放された自分は、世界で一番の力を持つ場所で訓練を受けていた。強くなるために。──ために。自分の力で──ために。
訓練の日々の中で、あるグループに所属することになった。そのグループのまとめ役の人間が、嫌いだった。だって彼らが着ている服や顔は違っても、白い服を着た大人たちと本質が同じだったから。
一週間に何回も、グループのリーダーから部屋に来るように命令されていた。リーダーは所謂、上官というやつで。グループ内の全部の決定権を持っていた。
自分はまだ見習いだから、逆らえなかった。自分の唯一の友達が酷い目に遭うと脅されていたのだ。自分のせいで、また彼が傷付くのは嫌だった。
あの時と同じように、縛られて。服はボロボロにはされなかったけど、やっぱり同じようにされて。あの時よりも強い力で、自分は真っ白になるまで襲われた。
苦しいと言っても笑うだけだった。
痛いと叫んでも殴られるだけだった。
どうして、なんで自分が。
この時も、やっぱり誰も、
──ケてくれなかった……。
ある時、夢を見た。
自分のことを何でも知っていると言った。女の人だった。
自分は聞いた、どうして自分ばかりがこんな目に遭うのかと。自分は何か悪いことでもしたのかと。
女の人は首を振る。
じゃあなんで。
ただ生きていたいだけなのにと。
女の人は言った。
「それが、あなたの運命だから」
「あなたは運命の女神の力を継ぐ者、女神の巫女」
「運命からは、逃げられない」
……絶望した。
今まで受けてきた数々の痛みも苦しみも嘆きも怒りも、全部決められていたことだったというのだろうか。残酷な人生を歩ませられたことを、仕方ないと諦めろと言うのか。
女の人は首を振る。
「そうではないのです。あなたは──」
煩い五月蠅い五月蝿いうるさいウルサイ。
この女に何がわかるというのか。何が自分のすべてを知っているだ。惑わされたりしない。耳を傾けなんかしない。頼ったりなどしない。
ああでも、この感情も定められているというのだろうか。この思いも、涙も、なにもかも。作り物で仕組まれたもの?
わからない、もう何も。
何を信じていたのだろう。何に縋ろうとしていたのだろう。わからない。
教えて──……。
──……?
******
「ん……」
ゆっくりと視界が広がる。薄暗い部屋だ。意識が徐々に覚醒する。それにつれて、視界がより輪郭をはっきりと映し出す。肌に刺さる空気は若干冷たい。鼻腔を擽った、雨が降った後の石畳から感じるような湿った臭い。ぼんやりと部屋を照らすのは、壁に刺さっている数本の松明のみ。考えるに、ここは何処かの地下牢か。
足は拘束されてはいないが、手は頭上で縛り上げられている。枷は鎖で天井まで繋がっているようだ。術で枷を破壊して脱出を試みたが、術が発動できない。マナの結合がうまくいかない。無理矢理抑えられているような感覚だ。気持ちが悪い。
覚えているのは、背中に強い衝撃を受けて気を失ったこと。そして自分の腕の中で守ろうとした、キルシュの──。
「キルシュ……!?」
泣きそうな表情をしていた。あのあと、彼は無事に逃げ切れたのだろうか。それとも。マナを結合できなければ、誰かのマナを感じる事すら、ままならない。これではまるで、何の力も持たない人間のようではないか。悔しさに歯軋りする。
こんな無力な、魔術を使えない只の人間の自分なんて……!
奥の方から、扉のようなものが開く音が聞こえた。コツコツと石畳に響く靴音。一人分のものではない。複数人だ。誰かが自分に近付いて来ている。カーサであることは間違いないだろう。自分の前まで来た人物が、松明の明かりに照らされる。
その顔を見て、血の気が引いた。記憶よりもだいぶ変わってはいるが、見間違えるはずもない。相手も自分が誰か、わかっていたのだろう。卑しい笑みを隠そうともせず、ニタニタと見下す視線でこちらを見る男。
「久しいなぁノーチェ。何年振りだぁ?」
数年前、自分の上司だった男。身に纏う服はミズガルーズ国家防衛軍のものから、カーサにそれに変わっている。まさか生きているとは思わなかった。
その男は数年前、研修という名目で自分を凌辱していた人物たちの筆頭だ。ある時そのことがバレて、大陸追放の刑に処された。卑しく、自分の欲のためならどんな手を使うことも厭わない男。
どこかで生き延びてしまっていると思っていたが、まさかカーサに成り下がっていたとは。そしてこのような状態で再会するとは、思わなかった。できることなら、二度と顔を見たくなかった。
「ハイトさん、こいつが……?」
「ああ、俺の元部下だ」
男──ハイトは相変わらず笑みを浮かべたままこちらに近付き、顎を掴まれる。品定めするような、この視線。嫌な記憶が蘇りそうになる。
「あの時の小僧が、まさか部隊長になるとはなぁ。俺も鼻が高いってもんだ。ああそれともあれか?お得意の誑し込みで役職に就いたかぁ?」
「下衆が」
「ああそうさね、俺は下衆野郎さ。それにしても、一段とイイ身体になりやがってまぁ。軍を辞めて男娼にでもなった方がいいんじゃねぇの?」
あまりにも品のない発言に、返す言葉もないとはこのこと。
「教養のない人間だとは思ったが、いよいよ知性も地に落ちたか」
「言うようになりやがって。まさか今の自分の状況がどうなっているか、わからねぇわけねぇよな……?」
その言葉の直後、鳩尾辺りに強烈な拳が入る。受け身を取れるはずもなく、息が一瞬詰まった。鎖で繋がれているせいで、崩れ落ちることもできない。顎を再び掴まれ、顔を無理矢理上げさせられる。
「今お前はカーサに捕まっている、いわば捕虜のようなものだ。しかも今は魔術が使えないように、魔力を封印しているときた」
纏っていた軍服を、ハイトがナイフで切り刻んだ。下卑た笑みをこれでもかと見せつけながら、子供のイタズラのように楽しげに。
呆気なく衣服はボロボロになり、石畳の上に散らばる。下に穿いていたものも同じようにされ、鎧以外の身ぐるみが剥がされた状態になってしまう。地下独特のひんやりとした空気が、直接肌を撫でる。ハイトの後ろに控えている男たちが、生唾を飲み込む音が耳に届く。
……あの時と、同じ……。
満足そうに笑い、ハイトに腿を撫で上げられる。気持ち悪さとともに、頭の奥へ追いやったはずの記憶が、甦る。
「あの時のように、身体に直接教え込んでやる。俺のモノ上手に咥えこんでみせろよ?」
ハイトが控えていた男たちも呼ぶ。
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