Fragment-memory of future-

黒乃

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第三話

第八十一節 狂い回る歯車

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 その日、執務室に沈痛な言葉が沈んだ。

「そんな、そんなのって……!!」

 動揺を隠せないと言わんばかりに、エイリークが声を漏らす。

 ******

 それはスグリの決意を聞いた翌日のこと。
 レイ、エイリーク、ソワンの三人は再び、彼の執務室に呼ばれた。ヤクの、大凡の居場所を掴めたという話を聞くために。
 執務室に入ると、思っていた雰囲気とは正反対の空気が漂っていた。ヤクの居場所を掴めたのなら安心できるはずなのに、何処と無く重い。スグリの表情も暗い。何か問題があるのだろうか。

「……ヤクの、大体の居場所を推測できた」
「本当!?」
「……ああ」

 答えるスグリには、何処か悲痛な面持ちが窺える。それだけではなく、憤りにも悔恨にも似た感情を感じた。彼のこんな表情は、レイは初めて目にした。
 いつもの、頼りになるスグリ・ベンダバルの姿は、目の前の彼にはない。軍の一部隊部隊長とは思えない程だ。あまりのやつれ具合に、思わず声をかけずにはいられなかった。

「スグリ……大丈夫……?」
「ああ……。すまない、大丈夫だ」

 彼が一つ息を吐く。
 スグリは机の上に、何か印が付けられている地図を広げた。説明を聞くに、この印が付けられている場所は、何者かに襲撃された村だという。ブルメンガルテンを中心に被害が広がっていて、恐らくまだそれは続くと。

「くそ、カーサの奴ら……!」

 エイリークは怒りの気持ちを抑えられないようで、唸るように呟く。自分もソワンも彼と同じように、カーサの仕業だと信じて疑わない。村を丸ごと壊滅させるなんて、非道にもほどがある。握りしめた拳に、思う以上に力が入った。
 そんな自分たちに、スグリは静かに告げた。

「……これは、カーサの仕業じゃない」

 その言葉に、狐につままれたような反応を示してしまう。開いた口が塞がらないとはこのこと。頭が真っ白になる。
 そんな自分たちに、スグリは立て続けに一石を投じてきた。

「カーサの対抗勢力は、ミズガルーズ国家防衛軍の他にもあと一つある」
「世界保護施設……?」
「ああ。そして襲撃を受けた村には、大なり小なり世界保護施設の実験施設があるといった、共通点がある」

 ブルメンガルテンでの惨劇を知っている自分たちなら、実験というものがどれ程のものか想像に難くない。スグリに言われ、ヤナギから聞いた話を思い出す。
 非人道的な実験、虐待、村ぐるみでの凌辱。そんな日常を過ごせば普通は精神を病むか、耐えられずに命を落としているだろう。とはいえ、生存者がいないというわけではないとスグリが話す。

「世界保護施設を敵視している人間は多い。俺は勿論、カーサのヴァダースとかな。ただな……憎んでいる人物も、いる。数は少ないが、確実に」
「え……?」
「俺は……そんな人物たちのうち一人が、襲撃犯だと睨んでいる」
「それって……誰ですか?」
「……その人物は、世界保護施設で実験動物のような扱いを受けていた。その中で凌辱される日々も送った。そしてある時……力が暴走し、一つの村を殺してしまった」

 そこまで聞けば、レイたちにもその人物が分かった。衝撃が走る。

 そもそもの話、魔物の痕跡がなかったことに違和感を覚えてしかるべきだったと、スグリは悔恨の表情を隠さずに言葉を漏らす。

 確かにカーサは、小さな村になら魔物をけしかければ済む話だ。アウスガールズの僻地は、マナの濃度が極端に薄い。もっと言うなら、カーサに対抗しうる力を、村の住人たちは持ち合わせていないのだ。
 仮にカーサが村を襲撃したとして、地面には魔物の足跡ぐらいの痕跡は残るはず。その報告が一切ないということは、まず選択肢からカーサが外れると。

 次に世界保護施設の実験施設がある村を、世界保護施設がわざわざ襲撃する必要性はない。身内切りとも考えた。だとするなら何故、被験者たちの死体がないのか。
 襲撃を受けた実験施設の状態は、文字通り壊滅している。研究者たちは惨殺され、誰一人として生存者はいかなった。被験者たちを幽閉していたであろう部屋も破壊されていたが、その部屋には血痕の一つもなかったらしい。何より、子供の死体はどこにもなかったと報告を受けていたとのこと。

 さらに実験施設周辺の足跡そくせきを調査した結果、実験施設から村へと残されていたものは全て、子供のものだということが判明したというのだ。大人のものは一つだけ残されていた。しかもそれは、村から実験施設へと入っていった人物のものと同じ。このことから十中八九、襲撃犯が施設を襲撃後、被験者たちを逃がしたと考えられる。
 世界保護施設が、施設は破壊しておいて被験者をみすみす逃すわけがない。もし施設を破壊するのなら、それこそ大人数でけしかけるはず。実際の状況と噛み合わなくなる。
 そんな中で、考えたくなかった答えに辿り着いてしまったと。

「……今のヤクなら、ブルメンガルテン付近の村を一人で襲撃することは、なんら造作もない。それに、あいつが襲撃犯なら……全ての状況に辻褄が合うんだ──」

 ヤクは今でも、世界保護施設を……あの時のことを恨んでいた。
 世界保護施設のことは勿論、その実験に加担していた村の住人のことも憎んでいてもおかしくはない。何がきっかけになってしまったかはわからないが、今まで抑え込んでいたであろう復讐の念が、今のこの状況を作り出しているのだとしたら。

「全ては俺の責任だ」

 自責の念に捉えられたような表情で、スグリが苦々しく吐露した。

 ******

 そして冒頭のエイリークの言葉に戻る。
 今までのスグリの話を聞いて、脳裏に甦る光景が蘇った。

 いつの日か見た、あの夢。
 話を聞いた今なら、夢の全貌がようやく理解できた。あの夢で自分が同調していた人物は、ヤクだったのだ。さらに燃えていた施設は、世界保護施設の実験施設なのだろう。そして、これから起きてしまうであろう、あの出来事も。

「スグリ……キルシュってさ、ハイマート村から逃げてきたんだよね」
「ああ、そう聞いたな」
「……その村、まだ襲撃に遭ってない?」

 心臓の音が耳に木霊する。嫌な予感がして堪らない。

「その村の報告は、まだだな」
「じゃあ、急いでその村に行かなきゃ!じゃないと取り返しがつかなくなる、後戻りできなくなるかもしれない!!」

 机に身を乗り出さんばかりの勢いでスグリに迫る。慌ててエイリークに肩を掴まれ、落ち着くよう諭される。急な自分の態度に、思うところがあったのだろう。スグリが理由を尋ねてきた。
 一度深呼吸をして、崩れそうになる膝に力を入れる。一言一句言い間違えないよう、話し始めた。

「ガッセ村にいたとき……夢を視たんだ。俺はその村のこと、最初は全然わからなかったけど……その時の夢で、誰かと同調していたみたいで。その人が見ている光景を見させられているって、感覚でさ」

 燃えている村を見ているその人物の感情が、流れ込んでくるような感覚だった。一度生唾を飲み込み、一番重要なことを語る。

「その村で、小さくてボロボロの男の子が隣に座り込んでいて。その子のこと、助けてあげたかったって感じたんだ」
「助けてあげたかった……?助けてあげたい、じゃなくて?」
「うん。その子、なんか泣き腫らしたような顔で、でも希望を持っているような顔でもなくて。その子……今ならわかる。あの子は、キルシュだった」
「キルシュ!?そんな、キルシュは……!」

 エイリークとソワンに動揺が走ったようだ。

「そのキルシュが、笑いながら言ったんだ。"お願い、殺して"って……」
「待て、お前が同調していた人物ってまさか……!」

 スグリもどうやら気付いたようだ。一つ頷き、答える。

「うん。キルシュは、師匠に……自分を殺してって、お願いしてた……」

 そのあとのことは、夢が途切れて視ることができなかった。しかしスグリの話を聞いた今では、思ってしまう。
 ヤクが、キルシュを殺してしまうのではないかと。だって最後に見た光景は、炎と血飛沫なのだから。最悪の結果を予感した。

「だからお願い!キルシュのいた村……ハイマート村に行かせてほしいんだ!何もなければそれでいいけど、でも俺……!」
「落ち着けレイ」

 スグリが頭に手を乗せてくれる。

「不確定事項だから、そんなに人数は割けない。幸いにもハイマート村までは、ここからそんなにかからない。だからここにいる四人で、確認に行く。それでいいな?」

 落ち着いた声で、子供をあやすように諭される。自然と落ち着くことができた。

「うん……ありがとう」

 すぐに出立することになり、準備を始める。スグリは部下に、自分が軍艦から離れることを伝えていた。さらに万が一を考え、ガッセ村に使いを送るよう指示もした。
 そして軍艦に乗せていた任務用高機動車に乗り、彼らはハイマート村へ急いだ。
 一抹の不安を、胸に抱きながら。
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