Fragment-memory of future-

黒乃

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第三話

第九十五節 響き渡る泣き言

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 業腹だがスグリの計算はほぼ正しかった。
 彼の言う通り、ヤク自身も初めの頃にマナの枯渇する時期の大体の予想が出来ていた──使用する術と、その術を発動させるために必要なマナを計算しながら。それに全ての村を同じように破壊し、同じような惨状を作り上げていたのだから。
 大気中のマナからの補給を加えたとして、それはごく僅かな差でしかない。そしてその計算上、最後になる村を襲撃したら、体内に貯蓄していたマナも全て尽きてしまうという結果を出していた。
 それが森の村フォルストだろうが何処であろうが、実際のところ関係がなかった。同じように村を破壊するのであれば、いずれにしろ尽きることに変わりはない。
 ただそれでもスグリに対して、これだけ術を展開することはできた。自分がこの村を襲撃するより前に襲われていたことが、幸か不幸かこの状況を作り出していた。

「はぁ……は……」

 事実、術を放つごとに肩で息をし始めている。マナが回復しきっていない。体力も限界に近い。それでも立っていられるのは、気力以外に他ならない。

 スグリに、人間に負ける訳にはいかない。

 憎悪や憤怒ではなく、最早意地だった。負けたくない、負けるわけにはいかない。その思いだけで自分を奮い立たせている。それこそ、憎んでいる女神の力で負けるなんて。屈辱もいいところだ。

 そんな力はないと、認めないと叫ぶはずなのに。
 その力に自分が劣っていると感じている。

「この……!!」

 何度目かの凍結の魔術を展開するも、スグリに途端に斬り伏せられる。
 足元がふらつく。それでもこの膝は、絶対に折るわけにはいかない。

「わからないか?術を使うたびにお前は不利になっていく。それこそ続けていたら、お前は自分の大嫌いな"何の力も持たない人間"になるぞ」
「うるさい!!」

 氷の牙が宙を舞う。

「ああそれこそ、そうなったらお前は戦える術がなくなるか?それならこれ、貸してやるよ」

 そう言って、スグリは差していた小刀をヤクの目の前に放り投げた。トサリ、と地面に落ちた小刀。
 それならマナが使えなくても、ただ突き出すだけで人を殺せると煽られる。
 彼の言葉は、魔術師である自分にとって最大限の侮辱の言葉だった。

「ふざ、けるなぁあっ!!」

 残りのマナを総動員させる。

 もういい。この男スグリだけは、許さない。

 無数の氷の槍を放っていく。感情が静脈に乗って逆流しそうだ。
 何も知らないくせに、知ろうとしなかったくせに。

「貴様に……貴様に何がわかる!普通の家庭に生まれ、家族に愛され、幸せに生きれる人生を選べた貴様に!!」

 怒りも悲しみも、全てが混ざり合う。過去の記憶が走馬灯のように駆け巡る。
 自分が繰り出す攻撃を、スグリは何も言わずにただ一刀に両断していく。

「私は何も知らなかった!誰も教えてくれなかった!愛することも信じることも幸せを感じることも!!ただ人よりマナが扱える、ただそれだけで実験台にされて無理矢理体を弄り倒されて!!」

 痛かった辛かった苦しかった。
 何度もやめてと叫んだ。
 何度も許してと頼んだ。
 それこそ喉が潰れても。
 血反吐を吐きながらも。

 牙が鋭さが増していく。

「私を助けてくれた彼を、お前たち人間は奪ったじゃないか!自分たちの好奇心と欲望ために!手を差し伸べてくれた人だって、私の前から消えていく!!なんでだ、なんで私ばかりがこんな目に遭わねばならない!?私だって、ただ普通に生きていたかっただけなのに!!」

 慟哭が木霊する。
 どうして、なんで。
 自分が受けた苦しみを、女神は仕方のないことだと切り捨てた。残酷な人生を送るのは運命だから諦めろと。感じた痛みも苦しみも、嘆きも怒りでさえ。全部決められていたことなのか?

「私には何一つ『私』なんてものはないと思えと、人形のようにただ敷かれたレールの上を女神に思うようにただ歩けと!?そんなの認められるか!信じるものか!私からこれ以上『私』を奪って、まだ足りないのか!?」

 時間は決して逆戻りしない。取り返しがつかない。
 だからこそ送らせられた人生を、運命を、強く憎み呪った。こんな人生送りたくなかった。こんな人生を送るせいになった全ての原因を、許さない。

「貴様だって私から逃げたじゃないか!!私の恨みを怒りを知っていて、放置したのは貴様だ!私を助けたつもりで、自分が助かりたいだけなんだろう!?村を出る時も、今も!自分が他人に良く見られたいだけで、貴様も私を利用しようとしているだけじゃないか!貴様の父親を私が殺してしまったから!」

 ブルメンガルテンが死に村となった、あの十二年前の事件。その事件に、スグリの父親は巻き込まれて命を落とした。彼の父親が死んだ原因は、自分だった。自分の力の暴走が引き金だったと。それに気付いたとき、何度も己を殺そうとした。死のうなんて思ったことは毎日だった。
 私は自分に関わった人物を全員、殺してしまう。そう考えいざ首に刃を這わせても、心臓を一刺ししようとしても、自分が奪ってきた命を考えると死ねなかった。

「でも自分の憎しみを消し去るなんてできない!!人間を許すなんてできない!そんな苦しみをわかろうとしなかった貴様に、私の一体何を理解できたと言うんだ!!」

 ひと際鋭い槍を投擲する。
 スグリは、やはりそれも同じように斬り伏せた。
 そして──。

 「知るか、そんなこと」

 自身の愛刀の切れ味と同じように、鋭い言葉を吐き捨てた。
 彼の容赦のない言葉に、思わず面食らう。

「自分は人間たちのせいで、女神のせいで、生きたかった人生を送れなかった。死のうとしても怖かった。死ねなかった死にたくなかった。それは自分のせいじゃなくて、全部周りのせいだ。そう言いたいなら、ごちゃごちゃと御託並べ立てるより、ハッキリそう言えばいいじゃないか」

 自分は悲劇のヒロインだ、とでも言いたいのかと。
 スグリは一切の同情を、決してこちらに向けなかった。
 全て、たらればじゃないかと。

「き、さま……!」
「それともあれか?俺の父上はお前のせいで死んだって責めればよかったのか?そう言ってくれれば、自分は贖罪の気持ちを感じて生きることができるからって?冗談じゃない。それこそ、お前は俺の父上の死を利用しようとした」
「違う!私は──」
「違わない。結局お前は自分が弱いってことを認めたくなくて、全部を周りのせいにしているだけだ。自分は悪くない、自分の考えは正しい、間違ってなんかいないと。呆れた話だ。それって、お前が忌み嫌っている人間と同じ思考じゃないか」

 力を持たない、人間と。
 スグリの言葉に、言葉が詰まる。

「な……」
「喜べよ、晴れてお前も意地汚い人間たちの仲間入りだ」

 ようこそ、とスグリがこちらに手を差し出す。

「ついでに言っておく。俺は、お前のせいで父上が死んだなんてこれっぽっちも思っていない。あれは事故だった。父上も覚悟のうえで、お前を生かしたんだ」

 はっきりと断言され、反論の言葉が思い浮かばない。

「確かに俺はお前から逃げた。お前が苦しんでいるとわかっていても、お前自身なら乗り越えてくれるだろうと甘えてしまった。それは俺の落ち度だ。でもな、だからこそもう逃げないと決めたし、過去は振り返らないと誓った。受け入れて前へ進まなきゃ、成長しないんだよ」

 スグリは冷静に言葉を並べていく。

「否定ばかりしたって、何も変わらない。過去の自分が救われたいからって、そればかり見つめて必死に守ろうとして。そんな生き方俺はまっぴらだし、そんなのは生きているんじゃない。ただ生かされているだけだ」

 彼のその言葉は、これまでの自分を全否定するのもだった。

「あとな、何も言わないくせにわかってくれなんて、傲慢なんだよ。そんなに構っていられるほど、時間なんてないんだ大馬鹿野郎」

 吐き出される言葉の羅列に、感情がドロドロに混ざり合う。
 この男は、いつもそうやって。
 綺麗なままで、凛として。

「っ……」

 マナは確かに限界だ。もう術は展開できそうにない。
 でも──。

「どうした。ここまで言われて悔しいか?たかが人間に馬鹿にされて、相当頭にきてるだろう?」

 この、男だけは。

「術が使えないなら、ほら。その小刀貸してやるって言っただろ。ただそうなったら、俺とて容赦しないがな」

 もう、ここで、殺してやる。

 目の前に落ちている小刀を拾う。鞘から刃を抜く。
 きらりと、美しく輝きを放っている。

「……だったのに……」

 ぐ、と柄を握った。
 一つの思いが、心の中に落ちる。

 ●●だったのに。

「それを……お前は……!」

 感情の鬩ぎあいで、表情が定まらない。
 何かと決別するように、駆け出した。

「あぁああ──!!」

 スグリも構えたようだったが、最早知ったものか。
 氷の空間に、鮮血が舞った。
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