Fragment-memory of future-

黒乃

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第四話

第百五節  仲間を探して

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 突然の衝撃音に、眼前の敵よりもそちらの方に意識が持っていかれた。とはいえ呆けている場合ではない。視界が悪いうちにと立ち上がり、構えを直す。破壊された壁の位置はスグリとシャサールの、ちょうど間の場所だ。

 土煙が収まっていく。視界に入ってきたのは、大鷲だ。何故こんな場所にと思うより前に、聞き慣れた声が耳に届く。

「スグリ!」
「その声、レイか!?」

 上を見上げる。大鷲の背には、レイが乗っていた。レイはといえば、こちらの状態を認識するや否や、シャサールに向かって杖を向け術を放った。

「この野郎!"荒れ狂う大気"トゥルブレンツ!!」

 レイは集めた風のマナを、フリスビーを投げるように振るった。杖の核から放射状に放たれたらしい乱気流のような風のマナが、シャサールへ向かう。それを彼女は迎撃しようと構えていた。

"燃え盛る衝撃"ブレンネンショック!!」

 乱気流のマナに、炎熱のマナが衝突する。最初こそ力は拮抗していたが、じりじりと押され──。

「吹っ飛べ!!」

 威力を増したレイの術の前に、シャサールの術は掻き消される。そのまま今度はシャサールが壁に激突する。体が痺れたのだろうか、動きが鈍い。レイはそこに追撃を加えようと杖を掲げ、詠唱を唱えた。

「行くぜ!"瞬け天上のシュテルネン──」
「待てレイ!!」

 そこに待ったをかける。レイは突然の制止の声に、戸惑いながらも従ってくれた。核に集まっていたマナを解除して、大鷲から地面に降り立つ。

「スグリ!?なんで……!」

 動揺を見せるレイに対して一つ溜め息を吐き、納刀する。先程シャサールから受けた死の宣告とやらは、いつの間にか解除されたらしい。歩いて彼女に近付く。
 そしてトドメを刺すでもなく、ある術を発動させた。

"風よ汝を戒めよ"ヴィントブロカーデ

 風のマナで編み出した鎖で、シャサールの手足を拘束する。殺さずに生かそうとしている自分に、シャサールが恨み節を吐く。

「ふざけないで!情けをかける気?アタシはアンタを捕獲するために……!」
「情けじゃない。ミズガルーズ国家防衛軍としてお前を逮捕する、それが今の俺の任務だ。だがお前にばかり、かまけてる時間はない。だから妥協策だ」
「馬鹿にしないで!アンタなんか──!」
「実力は認めている。だがそれを世界征服のために使うのは許さん。この戦いは引き分け。……それでいいだろ」

 もはや何も言うまい。シャサールに背を向けて歩く。そのまま、様子を見守っていたレイの所まで戻った。

「……ヤクは?」
「あ……師匠は、俺を逃すためにまだ戦ってる……。リエレンって奴と」
「そうか。……それで、その大鷲は?」

 自分の倍以上はある大鷲を見上げる。大鷲は挨拶をするように、こうべを垂れた。その仕草はまるで人間のようだ。

『お初にお目にかかる、現在を司る女神の巫女ヴォルヴァ。我が名はフレスベルグ。我が王ケルスの眷属なり』
「ケルス国王の……そうか、召喚獣か」
『さぁ、乗られよ。我が王のマナが、この先より強く感じられる』
「けど、お前怪我して──」

 レイがフレスベルグの右翼を見ながら話そうとして、言葉を失っていた。どうやら大怪我を負っていたらしい。だが今はそうとは思えない程、怪我をしていたらしき部分は綺麗に消えてしまっていたようだ。
 レイは知らなかったのだろうが、召喚獣は人間やヒトと違い、治癒能力が高いのだ。

「わかった。じゃあお願い」
「すまんな」

 レイと共に大鷲に乗り、その場から飛び去った。

 ******

 その場に一人残されたシャサールは呆然としていたが、やがて諦めたように笑う。

「……ふふ、なーにが引き分けなんだか。アタシたち四天王は負けが許されない。それが例え、引き分けでもね」

 崩れた壁の瓦礫に背をもたれる。乾いた笑いが切なく響いた。

「ごめんなさいねヴァダース……。アタシ、負けちゃったわ」

 最後に大鷲が飛び去った方角に視線を向けて、呟いた。

「それにしても、影を使うアタシに対して"無影刃"だなんて。……スグリ・ベンダバル、ね……。今度会ったら、その時は決着つけたいわ」

 ******

 道中でレイから、ヤクから告げられたという作戦の内容を伝えていた。託されたという爆弾も見せられ、説明を受ける。あいつの考えそうなことだ。それに自分も、もし道具があるなら同じことを考えただろう。

「そうか……。それにしても見た目より広いんだな、ここは」
「みたいだね。エイリークもまだ見つけられてないし……」
「いや、エイリークは俺と同じ場所に落ちたんだ。だが槍を持っていた男が、エイリークと決着をつけるとか言っていてな」
「槍……?決着って、まさか……」

 どうやらレイには心当たりがあるらしい。もしかしてと話してくれた。
 その人物とは、二度ほど会ったことがあるとのこと。最初に出会った時はただの吟遊詩人だっが、ブルメンガルテン付近の洞窟で再会したときには、カーサに協力していると告げられたらしい。そのうえその人物はケルスの許婚であるらしく、彼を救うためにカーサに協力していると。
 その情報から、スグリも一人の人物が浮かび上がる。ヴァラスキャルヴの王子、カウト・リュボーフだ。確かヴァラスキャルヴはアウスガールズ本国の同盟国だ。なるほど、己の婚約者の危機に単身飛び出してしまったというわけか。
 彼については噂で聞いたこともある。王子という立場に胡坐をかかず訓練を積み、槍の名手としてその名を轟かせていると。一筋縄では倒せない人物だ。
 だがレイはそれらを踏まえた上で、エイリークのことを信じると自分に告げた。それには同意見だ。

 何事もなく進んでいたが、ある角を曲がったところでフレスベルグに制止を呼び掛けた。

「なんだよスグリ?」
「……その角を曲がれば、地下牢がある。だがそこに、数人の下っ端どもがいるみたいでな。このまま突っ込めば、反撃に遭う」
『それは誠か?』

 フレスベルグからの問いに、嘘はないと断言する。
 発動させている女神の巫女ヴォルヴァの力で、ほんの少し先の未来予知が見えた。そう説明すれば、彼らも納得してくれた。
 しかしそうなると──。

「フレスベルグ、お前はレイの持っている触媒とやらに戻ってくれ。ここから先は、お前がいると的になってしまう」
『しかし……!』
「大丈夫だよフレスベルグ。俺たちが必ず、ケルスのこと助け出すから。信じて」

 レイがフレスベルグを撫でる。大鷲は悔しそうにしていたが、承諾してくれたようだ。一つ頷くと、体が光の粒子となって消えていった。

 地面に降り立ち、地下牢のある通路の角まで走る。中の状況が見れないかと、顔を半分だけ出して様子を窺った。
 地下牢の手前には、二人の下っ端。その奥に大きな鉄格子があり、その奥に複数の牢がある。下っ端をここで屠ることは簡単だ。ただし応援を呼ばれ、挟み撃ちになるような状況に陥ることは避けたい。いかにして穏便に彼らを欺けるか。
 自分は元々、強力な魔術は使えない。さらにシャサールとの戦闘で受けたダメージも、まだ抜けきっていない。対してレイにはスグリには使えない魔術がある。だがここで、余計なマナの消費は抑えたいところ。さてどうするかと思考を巡らせていたところに、レイに天啓が降ってきたらしい。

「いいこと思いついた」

 にやりと人の悪い笑みを浮かべたレイに、ある魔術をかけてもらうことになった。

 その後、真正面から地下牢の入口へ向かう。下っ端はこちらを迎撃するどころか、自分たちを受け入れている姿勢を見せてきた。
 レイとスグリが入口の前まで歩く。下っ端が質問を投げてきた。

「待て。お前たち、ここに何の用だ?」
「俺たちはヴァダース様から命令を受けて、ここに来たんだ」
「命令?」
「ああ。例の捕獲した二人を連れてくるようにってな」

 嘘も方便。あくまで下っ端として振る舞う自分とレイである。見た目はレイの変装の術で、見事にカーサの下っ端に変化している。そうとは知らない本物のカーサの下っ端たちは、こちらの嘘を見抜けなかったようだ。

「ヴァダース様が?……まぁいい。今この塔は侵入者たちによって、破壊されつつあるからな。捕獲対象を安全な場所に移すのは、当然だったな」
「お前らも気を付けろよ。奴らはこの地下に落としたらしいから、見つかったら戦闘は免れない。まぁ相手が誰であれ、我々が負けることはないがな」

 なんとも暢気な。カーサの下っ端たちは入口のカギを開け、スグリたちを中に入れる。出てくるまで、カギはそのままにしておくとご丁寧な説明も受けた。効率よく地下牢に潜入できたため、そのままグリムとケルスを探すことに。

 入口からの角を曲がったところで、変装の術を解除してもらう。二人の姿はカーサの下っ端から、いつもの姿に戻る。

「まいどありっと」
「へっへっへっ、ちょろいもんだな」
「しかしまぁ、よくこんな術を会得していたな」
「いやぁ、師匠の修行からさぼるために練習してたらいつの間にか」
「お前な……」

 雑談もそこそこに、捜索を始める。地下牢は迷路のように入り組んでいる。簡単に見つけられそうにはない。

「それにしても、本当に全然バレなかったな。ちょっと意外というか」
「あの程度の実力なら、下っ端なのも頷ける」
「まぁ確かに。これだったら防衛軍の兵士たちのほうが断然強いじゃん」
「そもそも、俺とヤクが指導しているんだ。あれくらい見抜けない訳ないだろう」

 はは、と多少死んだ目で前を見る。レイはヤクの修行を経験しているからか、その内容の数倍は壮絶である訓練を想像したのだろう。あー、なんてぼやきながらつい、と顔を逸らした。

 とある角を曲がったところで、足が止まる。眼前に複数の陣が見えたのだ。
 それが爆破の陣であると理解し、思わず声を荒げた。

「レイ、伏せろ!!」

 直後、耳をつんざくような爆発音が地下牢に響いた。
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