Fragment-memory of future-

黒乃

文字の大きさ
132 / 137
第四話

第百十六節 取り戻した日常

しおりを挟む
 エイリークが別人格の己に宣言した翌日の早朝。その日も、いまだ目を覚まさないケルスの見舞いに来ていた。相変わらず、彼は何本もの管で繋がれている。シーツの上に出ていた手が目に入ったエイリークは、その手を優しく握った。どうか目を覚ましますようにと、願いながら。

 そんな神頼みが通じたのだろうか。ケルスに変化が現れる。
 まず最初に手を握られたことに反応したのか、指がピクリと動いた。エイリークもそのことに気付き、思わずケルスを見やる。

「ケルス……?」

 彼の名を呼ぶ。その言葉が届いたのか、睫毛がふるりと震えた。時間をかけて、ゆっくりと瞼が持ち上がる。日向に照らされた草原の瞳が、光を取り戻す。
 もう一度彼の名を呼んだエイリークを、ケルスは捉える。次にケルスは、満ち足りた笑顔をこちらに向けた。その笑顔に自分も、彼に負けない笑顔を精一杯作る。

 ナースコールを押して、担当医であるリゲルを呼ぶ。急変かとリゲルは血相を変えて飛んできた。しかし目が覚めたケルスを確認すると、一安心していた。
 その後は一応検査するということで、ケルスは集中治療室から連れていかれる。検査が終わるまで、診察室の前に座って待つことにした。

「エイリーク?」

 呼びかけられた方へ振り向けば、そこにはレイとソワンがいた。彼らを見るや否や、思わず走ってレイに飛びつく。自分のその行動に、二人は最悪の結末を予感したらしい。まさかと声が震えていたが、自分の歓喜溢れる声に多少動揺したようだ。

「え、エイリーク?」
「助かった……!」
「え?」

 レイから離れ、事の真相を告げた。

「ケルスの意識が戻ったんだ!助かったんだ!!」

 レイとソワンはこの言葉を理解するまでに、数秒要したらしい。徐々に内容が頭に入ったのか、やがて彼らにも笑顔が表れる。

「本当か!?」
「うん!偶然なんかじゃなくて、本当のことだよ!」
「やったねエイリーク!本当に良かった!」

 涙ぐむソワンに、自分のことのように笑うレイ。エイリークはその喜びを、再び噛み締めた。ソワンはすぐにヤクとスグリに報告すると、病院を後にする。ソワンを見送ったレイが、一つ息を吐く。

「よかった、本当に」
「そうだね、本当に……。助かって、良かった」
「それだけじゃなくて、俺はエイリークも元に戻ってよかったって思ってる」
「え、俺……?」

 エレイに疑問の眼差しを向ける。それに対しレイは苦笑してから、胸の内にあった不安を伝えてきた。
 レイは、エイリークが自らの意識を消滅させてしまう未来を、予見していたとのこと。彼自身としては本当なら引き留めたかったらしいが、それでは結論を先延ばしにするだけだとも理解していたらしい。そうならないように、願うしかなかったと。
 実際問題、意気消沈していた自分にどんな言葉をかけても、きっと反応はできなかっただろう。

「だからこうしてエイリークのままでいてくれて、俺は嬉しいよ」
「ごめんね、心配かけて」
「そこは、ごめんじゃないだろ?」

 悪戯っぽく笑うレイに、微笑み返す。

「そうだね、ありがとう!」

 青空の下、笑いあった。

 ケルスは診察の後、個室に移動することとなった。傷が完全に塞がっていないので完治まで入院することになるが、命に別状はないとのこと。ひとまずは絶対安静でいるようにと、説明を受けていた。
 病室には仲間たちが全員集合していた。ケルスの病室の前には、ミズガルーズ国家防衛軍から、警備の者を出しているとのこと。

「ケルス国王。まずは無事にお目覚めになり、なによりです」
「ありがとうございます。貴方方にも、感謝の言葉が尽きません。本当に、今回の件では本当にご迷惑をおかけしました」
「滅相もございません。……それで、ケルス国王。我々には船があります。もし望まれるのであれば、本国へお送りすることも可能です。いかがなされますか?」

 ヤクの言葉に、ケルスが一瞬表情を曇らせた。彼の記憶の中では、アウスガールズはいまだカーサの支配から逃れていない。帰りたくても、そのことが頭に引っ掛かっているのだろう。そう吐露すると、スグリが返答する。

「そのことなのですが、今現在アウスガールズは、ミズガルーズ国家防衛軍が保護しております」
「保護……?カーサから、解放されたのですか!?」

 そう、聞いた時は自分も驚いたのだが、アウスガールズは理解しがたい状況になっていた。時は遡ること、約一ヶ月前。ちょうど、ヤクをヴァダースから取り戻した時期だ。
 アウスガールズの村に巣食っていた世界保護施設の実験施設。その全壊を確認した頃と同じくして、カーサは拠点としていたアウスガールズから撤退していたそうだ。まるでミズガルーズ国家防衛軍に、国を明け渡すかのように。
 判断を下すことに躊躇いはあったらしいが、世界保護施設に乗っ取られるわけにはいかない。残存勢力がいないと確認したスグリが、警備兵として兵を置いたのだとのこと。

「よかった……!」

 ケルスはその報告に、涙ぐんで喜ぶ。しかしすぐに涙を拭い、伝えた。

「まだ、本国には帰りません。それよりも僕は、ミズガルーズ国王に僕の無事と、今回の件についての感謝を直接お伝えしたいのです。世界巡礼後で構いませんが、僕をミズガルーズまで連れてくださいませんか?」
「貴方様がそう仰るのであれば、我々は全力でサポートさせていただきます」
「ありがとうございます」

 ヤクとスグリは一礼すると、個室を後にする。個室に残ったレイが、ケルスに自己紹介した。

「改めて、エイリークの仲間のレイ・アルマだ。こう見えても一応、女神の巫女ヴォルヴァなんだ。よろしくな」
「はい、レイさん!よろしくお願いします」
「ちょっとレイ!ケルス国王にそんな馴れ馴れしく……!」

 ソワンが注意するが、ケルスはレイの態度は寧ろ好ましいと説得する。狼狽えるソワンだが、ケルスがそう言うのならばと特段注意することもなくなった。
 しばし談笑していたが、ソワンとレイは先に軍艦に戻ると、席を立つ。彼ら二人を見送るために、自分も一度個室から退出した。
 入り口まで二人を見送り、自分が帰るくらいの時間を伝える。その後病室に戻ると、ケルスとグリムが何やら話していたらしい。

「あれ、なんだよ二人して話してたんだ?」
「はい、色々話していました」
「どんな話?」
「貴様には関係のないことだ」
「え、ちょっと酷いよグリム!それはなくないかな!?」

 エイリークが慌てる。それを鼻で笑うグリムと、くすくすと控えめに笑うケルス。エイリークにとって懐かしい仲間たちとの、いつ振りかの日常的な会話。ちなみに、グリムとケルスも今はミズガルーズ国家防衛軍の保護下となっていた。
 しばらくの間そんな軽口を交わしていたが、グリムが席を立つ。先に軍艦に戻るとだけ告げられ、こちらの返事も聞かずに部屋を後にしてしまった。

 しん、と静まる個室。外は夕焼けで、部屋の中を暖かい色に染める。先に口を開いたのは、ケルスだった。

「エイリークさん。僕を助けてくれて、ありがとうございます」
「お礼なんてそんな!俺の方こそ、ケルスには感謝してもしきれないよ!」

 それに、と言葉を続ける。

「俺、ケルスがせっかく"俺"のこと助けてくれたのにさ……。俺なんてって消えようとしたんだ。ごめん」
「謝らないでください!エイリークさんをそんな風に思い詰めさせてしまった、僕のせいですから……!」
「でも、俺は決めたんだ」

 ケルスの手を握り、彼の眼を見て話し始める。

「弱いまま消えたら、俺はケルスの気持ちも踏みにじることになるって気付かされたんだ。俺はキミを、もう泣かせたくない。まだ弱くて頼りないかもしれないけどさ……もう一度、俺にケルスを守らせるチャンスをちょうだい」
「はい……。はい……!」

 花のようにふわりと笑うケルス。その笑顔を見て、ようやく安心感を覚えた。己の光を、取り戻せたのだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

縫剣のセネカ

藤花スイ
ファンタジー
「ぬいけんのせねか」と読みます。 -- コルドバ村のセネカは英雄に憧れるお転婆娘だ。 幼馴染のルキウスと共に穏やかな日々を過ごしていた。 ある日、セネカとルキウスの両親は村を守るために戦いに向かった。 訳も分からず見送ったその後、二人は孤児となった。 その経験から、大切なものを守るためには強さが必要だとセネカは思い知った。 二人は力をつけて英雄になるのだと誓った。 しかし、セネカが十歳の時に授かったのは【縫う】という非戦闘系のスキルだった。 一方、ルキウスは破格のスキル【神聖魔法】を得て、王都の教会へと旅立ってゆく。 二人の道は分かれてしまった。 残されたセネカは、ルキウスとの約束を胸に問い続ける。 どうやって戦っていくのか。希望はどこにあるのか⋯⋯。 セネカは剣士で、膨大な魔力を持っている。 でも【縫う】と剣をどう合わせたら良いのか分からなかった。 答えは簡単に出ないけれど、セネカは諦めなかった。 創意を続ければいつしか全ての力が繋がる時が来ると信じていた。 セネカは誰よりも早く冒険者の道を駆け上がる。 天才剣士のルキウスに置いていかれないようにとひた向きに力を磨いていく。 遠い地でルキウスもまた自分の道を歩み始めた。 セネカとの大切な約束を守るために。 そして二人は巻き込まれていく。 あの日、月が瞬いた理由を知ることもなく⋯⋯。 これは、一人の少女が針と糸を使って世界と繋がる物語 (旧題:スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...