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第四話
第百二十節 彼の見る夢
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レイは商店街を走っていた。今日から三日間は、世界巡礼から帰還したミズガルーズ国家防衛軍へ、その労りと感謝を伝えるために祭が開催されるのだ。これは毎年恒例のものであり、いつもは学園の仲間たちと一緒に食べ歩きなどを楽しんでいた。
今年はそれを、新しく仲間となったエイリークたちと楽しもうと考えていた。彼らが何処にいるかと尋ね、今は迎えのために走っているのであった。
今年は、レイにとって大きな年となった。新しい仲間が増え、世界を知り、そして己の存在についても知ることができた。月日が経つのは早いというもので、ウィズダムの期限である一年間が、あと数日で終わろうとしていた。来月には、学園の卒業生となるための一年が始まる。今考えると、濃密な一年間だったと思う。
奇妙な夢を見て旅を始めた結果が、今のような結末になると誰が予想できたであろうか。一年前と同じ街の同じ商店街を走っているのに、何処か変わったように感じる。それは成長したからか、それとも。
「ん?」
ある露店の先に、見覚えのある弓を背負っている人物を見つける。驚かせてやろうと、その人物の背中を背後から勢いよく叩く。
「ラーント!」
「ぅお!?」
期待していた通りの反応をしたラントに笑う。振り返ったラントの口元には、いか串焼きのソースが付いていた。ラントは自分に気付くと、くしゃりと笑う。
「レイ、驚かせんなよ」
「悪い悪い。ミズガルーズに来てたんだな」
「まぁな。世界巡礼から帰還して、三日間祭が開催されるって聞いたからさ。これは立ち寄らない選択肢はないだろってな」
「ラントらしいな」
ほらついてる、と口元を指でトントンと叩く。ラントは持っていた手拭いで口元を拭った。その場でしばし談笑する。話の内容は、お互いのこれからのことについて、という題目に変わる。
ラントはこれからも考古学者として世界を転々としながら、世界の歴史について調べていくらしい。ゆくゆくは超有名学者になる、なんて高らかに宣言してきた。
「お前はこれからどうするんだ?」
「俺はまず学園を卒業しないとだなぁ。なんたってまだ学生だし」
「あー、ウィズダムってやつだっけ?」
「そう。来月からは、また学生に戻るって感じかな」
近くのベンチに座って語り合う。ラントがそれはそれとしてと、あることを訊ねてきた。
「じゃあ、卒業後は?もう決めてあったりするんか?」
「んー、まぁな」
「ほう、聞かせろよー?」
「えぇー……。笑うなよ?」
「笑わねぇよ」
「絶対だぞ?」
「わかってるって」
しつこいくらいに念を押して、己の目標をラントに教える。彼は自分の話を、忠告通り笑わずに黙って聞いてくれた。全て話し終わった後、とある事実を告げる。
「実はこれ、師匠にすらまだ話してなかったんだぞ」
「じゃあ俺が一番に聞いたのか、役得だな」
「それ使い方違わないか?」
「細かいことは気にしなさんな!でもまぁ、いい目標じゃないか。応援してるぜ」
「ありがとな、そう言ってくれて。自信ついてきた」
目標を言葉にすることで、改めてそれが心の中にストンと落ちた。その後も会話を続けていたが、当初の目的──エイリークたちを迎えに行く──を思い出す。
「やべ、俺もう行かないと」
「そっか。また遊びに来るさ」
「ああ、そん時はオススメの店紹介するぜ」
じゃあな、と爽やかに別れの挨拶を交わす。そのまま立ち上がり、再び宿の方角へ走っていった。
******
「うわこれ美味しい!」
「だろー?」
レイはエイリークとケルスと共に、祭の屋台が並んでいる街の大通りを歩いていた。グリムはこういった人間が溢れかえる空間は嫌いらしく、祭に誘っても見向きもしなかった。仕方なしに三人で歩いているわけである。レイは片手に焼きトウモロコシを持ち、エイリークは牛肉の串焼きを、ケルスはサイダーを持って歩いていた。
すっかり陽は落ち、お祭よろしくカラフルな街灯で街は彩られていた。夜には祝いの花火が上がる予定である。この祭はエイリークたちと楽しみたいと、ミズガルーズに帰ってきてからずっと考えていた。
理由は二つある。一つは単純に、仲間に己の育った街を紹介したかったから。
「それにしても、驚いたよ。俺が普通に街を歩いていても、誰も俺のことをバルドル族だからって迫害したりしないんだね」
「僕も驚きました。時々噂では聞いていましたが、こんなに大きな国なのに、誰も差別意識がないというか……そもその概念がない、みたいな」
「ビックリした?この国の自慢なんだ」
二つ目の理由は、二人にこの国の状態を知ってもらいたかったからだ。人種差別のないこの国を、レイは心から好いている。
何故こんなにも多くの人々が、誰一人として人種差別の意識がないのか。それはひとえに、シグの国政によるものだった。この国で育つ人類には、最初にその意識について矯正される。非人道的ではなく、倫理に基づいて一つ一つ意識を変えていくのだ。親から子へ受け継がれるように、国王から国民へと。そのための法もある。
人種差別が軋轢を生み出し、それが成長していくことで大きな災厄になる。それを熟知しているであろうシグだからこそ、考えられる法律なのだろう。
そう説明すると、ケルスが目を輝かせる。アウスガールズも、ゆくゆくはこの国のような平和な国にしたい、と話してくれた。
歩いているうちにやがて、大通りからは少し離れた高台に辿り着く。閑静な場所であり、今日に限っては街灯が消えている。街を一望できるその場所はお気に入りの場所
でもあり、祭の花火が綺麗に見える隠れスポットなのだ。
手摺りを掴んで街を見下ろす。さらりと頬を撫でる夜風が心地良く、祭で思いのほか昂っていた感情が落ち着いてくる。エイリークとケルスも自分に倣い、手摺りを掴んで高台から街を見下ろす。
「二人はさ、これからも旅を続けるんだ?」
不意に訊ねる。それは訊ねる、というより確認に近い。どことなく感じていたのだ。エイリークは仲間を救出した後、この地に留まることはないだろうと。なにせ自分と出会う以前から、旅を続けていたのだから。
「うん。そうだね」
「はい」
「そっかぁ、やっぱりな」
言い訳をするでもなく、肯定するエイリークたち。
「その、ごめ──」
「謝んなくていいからな?なんとなく分かってたし、そっちの方がエイリークたちっぽいから」
「レイ……」
「いいんだよ。寧ろ謝れる方が嫌だ」
「……そっか。ならもう、謝らないよ」
そう言って笑いあう。勿論多少の寂しさも感じるが、それ以上に嬉しく感じている自分がいた。それに、納得している自分がいるのだ。彼らは旅をしている方がらしいと。
「旅って、グリムもか?」
「はい。エイリークさんとグリムさんと僕の三人で、また旅をします」
「国に帰らなくても大丈夫なんだ?」
「あんまり、よくないとは思いますが……。国の復興のために、色んな国を訪れて勉強したいと思ったんです」
「偉いな……さすが国王様」
「国王って言っても、僕はまだ若輩者ですから……」
苦笑するケルス。それでも、先のことを見据えて行動しようとしていることは凄い。純粋に尊敬の意を感じる。感嘆のため息を吐くと、ふとエイリークから訊ねられる。
「レイは?この先の目標とか決めてるの?」
「あー、一応は」
「わぁ、ぜひ聞きたいです!」
「んー、笑うなよ?」
「笑わないよ」
期待の眼差しを向けてくるエイリークとケルス。レイは一度街を眺め、思い出を語るように話し始めた。
「俺は、学園を卒業したらユグドラシル教団に所属しようかなって。この一年でエイリークと出会って、師匠たちとなんだかんだ世界を巡って、色々学んだんだ。その中でヒトがどれだけ、不安や苦しみを抱えながら生きているのかってのも」
旅を始めたての頃に、エイリークと出会って。人間による種族差別を、目の当たりにして。それに対して自分は怒りを感じていたのに、諦めていたエイリークの様子を思い返す。当時も今も、そのことは悔しく感じている。彼は何も悪いことしていないのに、と。
カーサという集団との戦いが始まって、彼らが世界を支配しようとしていることに、衝撃を受けて。戦いではいつも自分は負けていて、力不足を痛感させられていた。人間と対立することで起きる殺人への恐怖というのも、初めて体験した。
ヘルヘームでの一件とアウスガールズで起きた事件。それらの中で、世界保護施設という機関の非情な行動と、その犠牲となった人たち。人間が人間をモノのようにしか使わないヒトたちがいる、そのことにショックを受けた。何より自分に近しい人物が抱えていた闇を知ってしまった。自分がどれだけ守られていたか、救われていたかを実感した。感謝してもしきれない。
そして自分の本当の正体と、なしていくべきことを知って。自分の持っている力をどのようにして使っていくか、考えたのだ。
それが、ユグドラシル教団に所属すること。教団に入り、己の女神の巫女の力で世界の平和を築く手伝いをしたいと感じた。自分の両手で救える人たちを、助けていきたい。目の前で泣いてるヒトを救いたい、そんな人間になりたいと告げた。
「……おかしいか?」
「全然!凄いよレイ、応援する!」
「そうですよ!僕も応援しますよ!」
二人の声援に気恥ずかしいものを感じるが、ありがとうと礼を述べる。
ふと、眼前から大きな爆音が聞こえた。視線を前方に向けると、綺麗な打ち上げ花火が上がっていた。色取り取りの花火が、ミズガルーズの街を色彩に染める。何故だかそれが、自分たちへのエールのように感じたのであった。
翌日、早朝。
眩しい朝日と澄み渡る青空が、自分たちを見守っている。ミズガルーズの水門の前で、レイたちは最後の別れの挨拶を交わしていた。エイリークたちの見送りに、ヤクやスグリ、ソワンも駆けつけてくれた。
「じゃあ、またね」
「ああ。手紙書くからな、エイリークたちも頑張れよ」
「はい。皆さんも、お元気で」
グリムは少し離れた位置で、こちらを見守っていた。どうやら言葉を交わす気は、彼女にはなかったらしい。らしいといえばらしいけど、とエイリークは苦笑する。
「また、遊びに来るといい」
「お前たちも、元気でな」
「また会いに来てね!いつでも待ってるから!」
自分たちの間に涙はなく、笑顔でエイリークたちを見送ろうとしていた。
最後に、エイリークに手を差し出す。彼もその意図を分かってくれたのだろう、笑顔で手を握ってくれた。
「離れてても、俺たちは仲間だからな」
「もちろんだよ!」
互いに笑って、どちらからともなく手を放す。エイリークたちがレイたちに背を向けたところで、最後に言葉をかけた。
「いってらっしゃい!」
その言葉に、振り返ったエイリークが満面の笑みで返してくれた。
「いってきます!」
そうしてエイリークとケルスとグリムの三人は、ミズガルーズから旅立つ。レイは彼らの背中を見守る。朝日の光に包まれる。まだ見ぬ旅路の行方を、これから待ち受ける未来を、優しく抱きしめるように。
どうか彼らの行く末に、幸多からんことを。祈るような誰かの声が、空から世界に届いた気がした。
第四話 END
Fragment-memory of future- Fin
今年はそれを、新しく仲間となったエイリークたちと楽しもうと考えていた。彼らが何処にいるかと尋ね、今は迎えのために走っているのであった。
今年は、レイにとって大きな年となった。新しい仲間が増え、世界を知り、そして己の存在についても知ることができた。月日が経つのは早いというもので、ウィズダムの期限である一年間が、あと数日で終わろうとしていた。来月には、学園の卒業生となるための一年が始まる。今考えると、濃密な一年間だったと思う。
奇妙な夢を見て旅を始めた結果が、今のような結末になると誰が予想できたであろうか。一年前と同じ街の同じ商店街を走っているのに、何処か変わったように感じる。それは成長したからか、それとも。
「ん?」
ある露店の先に、見覚えのある弓を背負っている人物を見つける。驚かせてやろうと、その人物の背中を背後から勢いよく叩く。
「ラーント!」
「ぅお!?」
期待していた通りの反応をしたラントに笑う。振り返ったラントの口元には、いか串焼きのソースが付いていた。ラントは自分に気付くと、くしゃりと笑う。
「レイ、驚かせんなよ」
「悪い悪い。ミズガルーズに来てたんだな」
「まぁな。世界巡礼から帰還して、三日間祭が開催されるって聞いたからさ。これは立ち寄らない選択肢はないだろってな」
「ラントらしいな」
ほらついてる、と口元を指でトントンと叩く。ラントは持っていた手拭いで口元を拭った。その場でしばし談笑する。話の内容は、お互いのこれからのことについて、という題目に変わる。
ラントはこれからも考古学者として世界を転々としながら、世界の歴史について調べていくらしい。ゆくゆくは超有名学者になる、なんて高らかに宣言してきた。
「お前はこれからどうするんだ?」
「俺はまず学園を卒業しないとだなぁ。なんたってまだ学生だし」
「あー、ウィズダムってやつだっけ?」
「そう。来月からは、また学生に戻るって感じかな」
近くのベンチに座って語り合う。ラントがそれはそれとしてと、あることを訊ねてきた。
「じゃあ、卒業後は?もう決めてあったりするんか?」
「んー、まぁな」
「ほう、聞かせろよー?」
「えぇー……。笑うなよ?」
「笑わねぇよ」
「絶対だぞ?」
「わかってるって」
しつこいくらいに念を押して、己の目標をラントに教える。彼は自分の話を、忠告通り笑わずに黙って聞いてくれた。全て話し終わった後、とある事実を告げる。
「実はこれ、師匠にすらまだ話してなかったんだぞ」
「じゃあ俺が一番に聞いたのか、役得だな」
「それ使い方違わないか?」
「細かいことは気にしなさんな!でもまぁ、いい目標じゃないか。応援してるぜ」
「ありがとな、そう言ってくれて。自信ついてきた」
目標を言葉にすることで、改めてそれが心の中にストンと落ちた。その後も会話を続けていたが、当初の目的──エイリークたちを迎えに行く──を思い出す。
「やべ、俺もう行かないと」
「そっか。また遊びに来るさ」
「ああ、そん時はオススメの店紹介するぜ」
じゃあな、と爽やかに別れの挨拶を交わす。そのまま立ち上がり、再び宿の方角へ走っていった。
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「うわこれ美味しい!」
「だろー?」
レイはエイリークとケルスと共に、祭の屋台が並んでいる街の大通りを歩いていた。グリムはこういった人間が溢れかえる空間は嫌いらしく、祭に誘っても見向きもしなかった。仕方なしに三人で歩いているわけである。レイは片手に焼きトウモロコシを持ち、エイリークは牛肉の串焼きを、ケルスはサイダーを持って歩いていた。
すっかり陽は落ち、お祭よろしくカラフルな街灯で街は彩られていた。夜には祝いの花火が上がる予定である。この祭はエイリークたちと楽しみたいと、ミズガルーズに帰ってきてからずっと考えていた。
理由は二つある。一つは単純に、仲間に己の育った街を紹介したかったから。
「それにしても、驚いたよ。俺が普通に街を歩いていても、誰も俺のことをバルドル族だからって迫害したりしないんだね」
「僕も驚きました。時々噂では聞いていましたが、こんなに大きな国なのに、誰も差別意識がないというか……そもその概念がない、みたいな」
「ビックリした?この国の自慢なんだ」
二つ目の理由は、二人にこの国の状態を知ってもらいたかったからだ。人種差別のないこの国を、レイは心から好いている。
何故こんなにも多くの人々が、誰一人として人種差別の意識がないのか。それはひとえに、シグの国政によるものだった。この国で育つ人類には、最初にその意識について矯正される。非人道的ではなく、倫理に基づいて一つ一つ意識を変えていくのだ。親から子へ受け継がれるように、国王から国民へと。そのための法もある。
人種差別が軋轢を生み出し、それが成長していくことで大きな災厄になる。それを熟知しているであろうシグだからこそ、考えられる法律なのだろう。
そう説明すると、ケルスが目を輝かせる。アウスガールズも、ゆくゆくはこの国のような平和な国にしたい、と話してくれた。
歩いているうちにやがて、大通りからは少し離れた高台に辿り着く。閑静な場所であり、今日に限っては街灯が消えている。街を一望できるその場所はお気に入りの場所
でもあり、祭の花火が綺麗に見える隠れスポットなのだ。
手摺りを掴んで街を見下ろす。さらりと頬を撫でる夜風が心地良く、祭で思いのほか昂っていた感情が落ち着いてくる。エイリークとケルスも自分に倣い、手摺りを掴んで高台から街を見下ろす。
「二人はさ、これからも旅を続けるんだ?」
不意に訊ねる。それは訊ねる、というより確認に近い。どことなく感じていたのだ。エイリークは仲間を救出した後、この地に留まることはないだろうと。なにせ自分と出会う以前から、旅を続けていたのだから。
「うん。そうだね」
「はい」
「そっかぁ、やっぱりな」
言い訳をするでもなく、肯定するエイリークたち。
「その、ごめ──」
「謝んなくていいからな?なんとなく分かってたし、そっちの方がエイリークたちっぽいから」
「レイ……」
「いいんだよ。寧ろ謝れる方が嫌だ」
「……そっか。ならもう、謝らないよ」
そう言って笑いあう。勿論多少の寂しさも感じるが、それ以上に嬉しく感じている自分がいた。それに、納得している自分がいるのだ。彼らは旅をしている方がらしいと。
「旅って、グリムもか?」
「はい。エイリークさんとグリムさんと僕の三人で、また旅をします」
「国に帰らなくても大丈夫なんだ?」
「あんまり、よくないとは思いますが……。国の復興のために、色んな国を訪れて勉強したいと思ったんです」
「偉いな……さすが国王様」
「国王って言っても、僕はまだ若輩者ですから……」
苦笑するケルス。それでも、先のことを見据えて行動しようとしていることは凄い。純粋に尊敬の意を感じる。感嘆のため息を吐くと、ふとエイリークから訊ねられる。
「レイは?この先の目標とか決めてるの?」
「あー、一応は」
「わぁ、ぜひ聞きたいです!」
「んー、笑うなよ?」
「笑わないよ」
期待の眼差しを向けてくるエイリークとケルス。レイは一度街を眺め、思い出を語るように話し始めた。
「俺は、学園を卒業したらユグドラシル教団に所属しようかなって。この一年でエイリークと出会って、師匠たちとなんだかんだ世界を巡って、色々学んだんだ。その中でヒトがどれだけ、不安や苦しみを抱えながら生きているのかってのも」
旅を始めたての頃に、エイリークと出会って。人間による種族差別を、目の当たりにして。それに対して自分は怒りを感じていたのに、諦めていたエイリークの様子を思い返す。当時も今も、そのことは悔しく感じている。彼は何も悪いことしていないのに、と。
カーサという集団との戦いが始まって、彼らが世界を支配しようとしていることに、衝撃を受けて。戦いではいつも自分は負けていて、力不足を痛感させられていた。人間と対立することで起きる殺人への恐怖というのも、初めて体験した。
ヘルヘームでの一件とアウスガールズで起きた事件。それらの中で、世界保護施設という機関の非情な行動と、その犠牲となった人たち。人間が人間をモノのようにしか使わないヒトたちがいる、そのことにショックを受けた。何より自分に近しい人物が抱えていた闇を知ってしまった。自分がどれだけ守られていたか、救われていたかを実感した。感謝してもしきれない。
そして自分の本当の正体と、なしていくべきことを知って。自分の持っている力をどのようにして使っていくか、考えたのだ。
それが、ユグドラシル教団に所属すること。教団に入り、己の女神の巫女の力で世界の平和を築く手伝いをしたいと感じた。自分の両手で救える人たちを、助けていきたい。目の前で泣いてるヒトを救いたい、そんな人間になりたいと告げた。
「……おかしいか?」
「全然!凄いよレイ、応援する!」
「そうですよ!僕も応援しますよ!」
二人の声援に気恥ずかしいものを感じるが、ありがとうと礼を述べる。
ふと、眼前から大きな爆音が聞こえた。視線を前方に向けると、綺麗な打ち上げ花火が上がっていた。色取り取りの花火が、ミズガルーズの街を色彩に染める。何故だかそれが、自分たちへのエールのように感じたのであった。
翌日、早朝。
眩しい朝日と澄み渡る青空が、自分たちを見守っている。ミズガルーズの水門の前で、レイたちは最後の別れの挨拶を交わしていた。エイリークたちの見送りに、ヤクやスグリ、ソワンも駆けつけてくれた。
「じゃあ、またね」
「ああ。手紙書くからな、エイリークたちも頑張れよ」
「はい。皆さんも、お元気で」
グリムは少し離れた位置で、こちらを見守っていた。どうやら言葉を交わす気は、彼女にはなかったらしい。らしいといえばらしいけど、とエイリークは苦笑する。
「また、遊びに来るといい」
「お前たちも、元気でな」
「また会いに来てね!いつでも待ってるから!」
自分たちの間に涙はなく、笑顔でエイリークたちを見送ろうとしていた。
最後に、エイリークに手を差し出す。彼もその意図を分かってくれたのだろう、笑顔で手を握ってくれた。
「離れてても、俺たちは仲間だからな」
「もちろんだよ!」
互いに笑って、どちらからともなく手を放す。エイリークたちがレイたちに背を向けたところで、最後に言葉をかけた。
「いってらっしゃい!」
その言葉に、振り返ったエイリークが満面の笑みで返してくれた。
「いってきます!」
そうしてエイリークとケルスとグリムの三人は、ミズガルーズから旅立つ。レイは彼らの背中を見守る。朝日の光に包まれる。まだ見ぬ旅路の行方を、これから待ち受ける未来を、優しく抱きしめるように。
どうか彼らの行く末に、幸多からんことを。祈るような誰かの声が、空から世界に届いた気がした。
第四話 END
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