2 / 60
第一話
第二節 調和を重んじる
しおりを挟む
ドルチェとの湯浴みを終え、その後アニマートも旅の疲れを癒した頃。夕食の準備が整え終わったとマエストンから伝えられたヴァダース。実に半年振りとなる親子水入らずの夕食の時間のため、リビングへと向かった。片手には、ヴァイオリンケースを持って。
両親が帰ってきたときには、成長した自分を見せるためにヴァダースは毎回、ヴァイオリンで一曲披露するのだ。そこで受ける両親からの評価を楽しみに、ヴァダースはヴァイオリンを練習しているといっても過言はない。それが称賛でも批評でも構わないのだ。称賛なら自信に変わり、批評なら自分のヴァイオリンに何が足りないのかがわかる。そこから学ぶことで次に両親と会えた時には、以前よりもさらに良い曲を披露できる。それがたまらなく楽しいのだ。
そして夕食後、ヴァダースは両親やマエストンたちに見守られながらヴァイオリンで一曲披露する。最後の旋律を弾き終えて一礼すると、今回は両親から拍手をもらうことができた。その拍手に、思わず笑顔が綻ぶ。
まずはアニマートが、喜ぶ彼に曲全体の感想を伝えた。
「ああ、とても良い旋律だった。お前の優しい気持ちが曲の端々から伝わってきていて、なおかつ曲そのものの良さも引き出せている。練習は毎日欠かさず取り組んでいるようで、私は嬉しいぞ」
「ありがとうございます、お父様っ!」
「ええ、旦那様の仰る通りですわ。聞いていてとても温かい気持ちになれました。素敵な演奏をありがとう、ヴァダース」
「こちらこそ、ありがとうございます。お母様!」
「ただし、ここで満足してはならんぞ。これからも存分に励みなさい」
アニマートがそう制しながらも、ヴァダースの頭を撫でる。その言葉に対しヴァダースも元気に返事を返す。その後、夕食後の談話の中でふと、アニマートがあることを話し始めた。
「そういえばな、帰ってくる前に妻とも話していたのだが……。今回の休暇中に、チャリティーコンサートを開こうと話していたのだ」
「チャリティーコンサートを、ですか?」
「そうです。ここのところ、この近くで魔物の被害が増加していると聞きました。お庭を荒らされてしまった、とも。その修繕費を寄付しましょうと話していたのですわ」
しかしただ寄付するだけでは味気ないと考えたアニマートとドルチェ。何かないかと考え、ならばチャリティーコンサートを開くことで住民たちを活気づけようと考えた、とのこと。これについては事前に楽団にも相談済みであり、コンサートを開く許可は得ている、と。
そして二人は、そのコンサートにヴァダースも参加させたいと伝えてきた。
「僕も、ですか!?」
「ああ。先程私たちに聞かせてくれた音色を、みなに聞かせたいと私は感じた。それに値するレベルだと、確信したのだよ」
「旦那様は当日は登壇されませんが、わたくしとの共演という形で、貴方のヴァイオリンを披露させたいと話していたのですよ」
「僕が、お母様とセッションを……!」
その提案は、ヴァダースにとって願ってもみなかったチャンスだった。なにしろ彼がヴァイオリンを始めたきっかけは、いつか両親と同じ楽団に所属し、家族で演奏を披露することなのだから。その夢の先駆けが、こんな形で舞い込んでくるとは思いもしていなかったのだ。
「どうだヴァダース?やってみる気はないか?」
「もちろん……やりたいです!ぜひやらせてください!」
彼の返答に満足そうに頷いた両親は、ならばさっそく話し合いを始めなければならないと、実に楽しそうに会話を弾ませる。
「うふふ、そうこなくては。では日程を調整しなくてはなりませんね」
「そうだな。マエストン、あとで空いているホールをリストアップしておいてくれないか。それと、当日の流れについても」
「承知いたしました」
「ヴァダースには、妻と演奏してもらうための譜面をあとで渡そう。あまり練習できる期間は少ないが、できるか?」
「はい、やります!」
「それでこそ、私たちの自慢の息子だ。期待しているぞ」
それから、ダクター家によるチャリティーコンサートについての準備期間が始まった。今回の両親の滞在期間に合わせて、コンサートまでの予定が組み込まれることになった。アニマートとドルチェの滞在期間は、一ヶ月間。今はヴァダースの学園も長期休暇ではなく、一日自由時間として開けられる休学日は4日間。それまでに練習やセッティング等もあるため、チャリティーコンサートは期間中最後の休学日に開かれることとなった。
準備期間中、ヴァダースは過密なスケジュールを送ることになった。通常の学業はもちろんのこと、毎日帰宅してからの勉学等も送り、そのうえでコンサートの課題曲も練習しなければならない。寝る間も惜しんでとはこのことではあるが、ヴァダースはそれをどこか楽しんでもいた。家族みんなで一つのことへ取り組むということが、こんなにも嬉しく楽しいことだと。両親と中々会えないヴァダースだからこそ、余計にその思いは強かった。
準備期間中のある日の夕食時、ヴァダースはコンサートにはこの屋敷に仕えているみんなも招待したいと両親に告げた。彼の提案に、アニマートもドルチェも喜んで賛成する。
「それは良いな。私たちや、何より大切な我が子を見てくれている者たちに、感謝の恩を伝えるには良い機会だ」
「ええ、とても素敵な考えねヴァダース。みなにも、わたくしたちの演奏をぜひ聴いていただきたいですわ」
「ありがとうございますお父様、お母様。そういうことだから、楽しみにしていてねマエストン」
「しかし……よろしいのですか?我々が屋敷から離れてしまっては、不都合も起きてしまうのでは……」
マエストンはそう言って心配の声を上げる。しかし彼の杞憂を、アニマートが些事だと告げた。このような機会はあまりないのだから、楽しんでほしいと。それが一家の総意であると彼が伝えれば、マエストンも納得してくれたのだろう。一礼してから、メイドや従者たちに連絡しておくと答えた。
楽しい夕食も終わり、夜が更けたころ。ヴァダースは就寝前の挨拶をしようと、アニマートの執務室へ向かっていた。部屋へと向かう途中、目的の部屋から光が漏れ出ていることに気付く。どうやら扉が閉まり切っていなかったらしい。ノックをしようとして、中から聞こえてきたアニマートの声に動きが止まった。
「なるほど……カーサ、か」
「はい。ここのところ頻繁にその名が話題に出ています。魔物を使役し、世界征服を企む恐ろしい集団だと。実際に、被害にあった街もあるそうで」
「なんと……。コンサートまでに被害が及ばなければ良いのだが」
「念のため、ミズガルーズ国家防衛軍に要請は出しております。当日までは、何があろうともお守りくださると、言伝も預かっております」
「すまないマエストン。その手の類は私よりもお前の方が詳しい。任せきりになってしまう」
「御心配には及びますまい。旦那様たちに降りかかる火の粉を払うのが、私の務めなのですから」
彼らの会話に思わず不安が駆け巡り、ヴァダースはノックも忘れてそのまま部屋に入ってしまう。突然の訪問に驚く二人だったが、それを気にするよりも前に不安そうな子供の姿に、口を閉ざす。
「ヴァダース……起きていたのか」
「あの……お父様、マエストン。今の話って……」
「お坊ちゃま、まさか聞いてしまわれたのですか?」
「ご、ごめんなさい。寝る前にお父様に挨拶をしようと思ったのですが、聞いてしまいました……」
ヴァダースの言葉に、一瞬息が詰まったような表情になるアニマート。額に指を添えため息をつくも、何かを理解したかのように静かに口を開いた。
「……そう、か。……わかった、ならばお前にも教えねばならんな」
「旦那様、しかし……」
「どのみち、学園にいる間は私たちから離れてしまうのだ。その間にもしものことがあってはいかん。事前に知っておいてもよいだろう。知ることができれば、対策を立てられる。この子も12になるのだ、物事を理解できる頭は持っていよう」
それだけ告げるとアニマートはまず、部屋に置かれていたソファに座るようヴァダースに指示する。おとなしく彼の指示に従ったヴァダース。向かいのソファに座ったアニマートに、不安な眼差しを送る。その視線を受けながら、アニマートはゆっくりと語り始めた。
魔物を使役し世界征服を企む、カーサという恐ろしい集団のこと。最近起こっていた魔物からの被害は、実はそのカーサという集団が先導しているということ。そのためにヴァダースの住んでいる国を治めている、ミズガルーズ国家防衛軍に救護用精を出したこと。そして彼らに、この付近にたむろしているであろうカーサを一斉検挙してもらうために、チャリティコンサートを開くということ。それらを正確にアニマートはヴァダースに語る。
チャリティコンサートは、囮であるのだ。この付近に住む住民を一ヵ所に集めることでカーサからの襲撃を防ぐと同時に、外で待機しているミズガルーズ国家防衛軍に彼らを検挙してもらうための時間稼ぎなのだ、と。
「そう、だったのですね……」
「そうだ。私たちが、住民の安全を確保していれば、軍も安心してカーサの検挙に動くことができる。そうすれば、この付近の不安要素を取り除くことができ、また安全な暮らしを送ることができる。わかるな?」
「はい」
「私や妻は、いつでもお前のそばにいられるというわけではない。だからこそ、これからの未来を生きるお前を、妻を、みなを、私は守りたいのだ。不安もあろう、だがこのコンサートを、やめるわけにはいかん。それも……わかってくれるか?」
アニマートの言葉に俯くヴァダース。頭もよく要領よく物事をこなすヴァダースだが、彼はまだ子供だ。不安や恐怖もあるだろう。彼はそれらをぐっと堪えたような表情をして、それでもしっかりとアニマートに視線を向けた。
「わかりました。それで、みんなを守ることができるのなら。僕は僕のできることを、精一杯やります。お父様とお母様に分も、頑張ります!」
ヴァダースのその言葉に、アニマートに去来した感情はいったい何だったのだろうか。ひどく優しい目つきに変わった彼は、ヴァダースの頭に手を置き笑う。
「本当に、お前はいい子に育ってくれた。こんなに立派に育ってくれて、私は嬉しいぞヴァダース」
「お父様……」
「私たちのコンサート、必ず成功させよう。大丈夫だ、今のお前がいてくれるのなら百人力だ。……さあ、もう遅い。もう寝なさい、ヴァダース」
「はい。……おやすみなさい、お父様」
「ああ、おやすみヴァダース」
最後にもう一度、ぽんと頭を軽く叩かれたヴァダース。たったそれだけのことだったが、心のうちに広がりそうになっていた不安が消えていたことに気付く。アニマートたちに一礼した彼は、そのまま自分の寝室へと向かうのであった。
両親が帰ってきたときには、成長した自分を見せるためにヴァダースは毎回、ヴァイオリンで一曲披露するのだ。そこで受ける両親からの評価を楽しみに、ヴァダースはヴァイオリンを練習しているといっても過言はない。それが称賛でも批評でも構わないのだ。称賛なら自信に変わり、批評なら自分のヴァイオリンに何が足りないのかがわかる。そこから学ぶことで次に両親と会えた時には、以前よりもさらに良い曲を披露できる。それがたまらなく楽しいのだ。
そして夕食後、ヴァダースは両親やマエストンたちに見守られながらヴァイオリンで一曲披露する。最後の旋律を弾き終えて一礼すると、今回は両親から拍手をもらうことができた。その拍手に、思わず笑顔が綻ぶ。
まずはアニマートが、喜ぶ彼に曲全体の感想を伝えた。
「ああ、とても良い旋律だった。お前の優しい気持ちが曲の端々から伝わってきていて、なおかつ曲そのものの良さも引き出せている。練習は毎日欠かさず取り組んでいるようで、私は嬉しいぞ」
「ありがとうございます、お父様っ!」
「ええ、旦那様の仰る通りですわ。聞いていてとても温かい気持ちになれました。素敵な演奏をありがとう、ヴァダース」
「こちらこそ、ありがとうございます。お母様!」
「ただし、ここで満足してはならんぞ。これからも存分に励みなさい」
アニマートがそう制しながらも、ヴァダースの頭を撫でる。その言葉に対しヴァダースも元気に返事を返す。その後、夕食後の談話の中でふと、アニマートがあることを話し始めた。
「そういえばな、帰ってくる前に妻とも話していたのだが……。今回の休暇中に、チャリティーコンサートを開こうと話していたのだ」
「チャリティーコンサートを、ですか?」
「そうです。ここのところ、この近くで魔物の被害が増加していると聞きました。お庭を荒らされてしまった、とも。その修繕費を寄付しましょうと話していたのですわ」
しかしただ寄付するだけでは味気ないと考えたアニマートとドルチェ。何かないかと考え、ならばチャリティーコンサートを開くことで住民たちを活気づけようと考えた、とのこと。これについては事前に楽団にも相談済みであり、コンサートを開く許可は得ている、と。
そして二人は、そのコンサートにヴァダースも参加させたいと伝えてきた。
「僕も、ですか!?」
「ああ。先程私たちに聞かせてくれた音色を、みなに聞かせたいと私は感じた。それに値するレベルだと、確信したのだよ」
「旦那様は当日は登壇されませんが、わたくしとの共演という形で、貴方のヴァイオリンを披露させたいと話していたのですよ」
「僕が、お母様とセッションを……!」
その提案は、ヴァダースにとって願ってもみなかったチャンスだった。なにしろ彼がヴァイオリンを始めたきっかけは、いつか両親と同じ楽団に所属し、家族で演奏を披露することなのだから。その夢の先駆けが、こんな形で舞い込んでくるとは思いもしていなかったのだ。
「どうだヴァダース?やってみる気はないか?」
「もちろん……やりたいです!ぜひやらせてください!」
彼の返答に満足そうに頷いた両親は、ならばさっそく話し合いを始めなければならないと、実に楽しそうに会話を弾ませる。
「うふふ、そうこなくては。では日程を調整しなくてはなりませんね」
「そうだな。マエストン、あとで空いているホールをリストアップしておいてくれないか。それと、当日の流れについても」
「承知いたしました」
「ヴァダースには、妻と演奏してもらうための譜面をあとで渡そう。あまり練習できる期間は少ないが、できるか?」
「はい、やります!」
「それでこそ、私たちの自慢の息子だ。期待しているぞ」
それから、ダクター家によるチャリティーコンサートについての準備期間が始まった。今回の両親の滞在期間に合わせて、コンサートまでの予定が組み込まれることになった。アニマートとドルチェの滞在期間は、一ヶ月間。今はヴァダースの学園も長期休暇ではなく、一日自由時間として開けられる休学日は4日間。それまでに練習やセッティング等もあるため、チャリティーコンサートは期間中最後の休学日に開かれることとなった。
準備期間中、ヴァダースは過密なスケジュールを送ることになった。通常の学業はもちろんのこと、毎日帰宅してからの勉学等も送り、そのうえでコンサートの課題曲も練習しなければならない。寝る間も惜しんでとはこのことではあるが、ヴァダースはそれをどこか楽しんでもいた。家族みんなで一つのことへ取り組むということが、こんなにも嬉しく楽しいことだと。両親と中々会えないヴァダースだからこそ、余計にその思いは強かった。
準備期間中のある日の夕食時、ヴァダースはコンサートにはこの屋敷に仕えているみんなも招待したいと両親に告げた。彼の提案に、アニマートもドルチェも喜んで賛成する。
「それは良いな。私たちや、何より大切な我が子を見てくれている者たちに、感謝の恩を伝えるには良い機会だ」
「ええ、とても素敵な考えねヴァダース。みなにも、わたくしたちの演奏をぜひ聴いていただきたいですわ」
「ありがとうございますお父様、お母様。そういうことだから、楽しみにしていてねマエストン」
「しかし……よろしいのですか?我々が屋敷から離れてしまっては、不都合も起きてしまうのでは……」
マエストンはそう言って心配の声を上げる。しかし彼の杞憂を、アニマートが些事だと告げた。このような機会はあまりないのだから、楽しんでほしいと。それが一家の総意であると彼が伝えれば、マエストンも納得してくれたのだろう。一礼してから、メイドや従者たちに連絡しておくと答えた。
楽しい夕食も終わり、夜が更けたころ。ヴァダースは就寝前の挨拶をしようと、アニマートの執務室へ向かっていた。部屋へと向かう途中、目的の部屋から光が漏れ出ていることに気付く。どうやら扉が閉まり切っていなかったらしい。ノックをしようとして、中から聞こえてきたアニマートの声に動きが止まった。
「なるほど……カーサ、か」
「はい。ここのところ頻繁にその名が話題に出ています。魔物を使役し、世界征服を企む恐ろしい集団だと。実際に、被害にあった街もあるそうで」
「なんと……。コンサートまでに被害が及ばなければ良いのだが」
「念のため、ミズガルーズ国家防衛軍に要請は出しております。当日までは、何があろうともお守りくださると、言伝も預かっております」
「すまないマエストン。その手の類は私よりもお前の方が詳しい。任せきりになってしまう」
「御心配には及びますまい。旦那様たちに降りかかる火の粉を払うのが、私の務めなのですから」
彼らの会話に思わず不安が駆け巡り、ヴァダースはノックも忘れてそのまま部屋に入ってしまう。突然の訪問に驚く二人だったが、それを気にするよりも前に不安そうな子供の姿に、口を閉ざす。
「ヴァダース……起きていたのか」
「あの……お父様、マエストン。今の話って……」
「お坊ちゃま、まさか聞いてしまわれたのですか?」
「ご、ごめんなさい。寝る前にお父様に挨拶をしようと思ったのですが、聞いてしまいました……」
ヴァダースの言葉に、一瞬息が詰まったような表情になるアニマート。額に指を添えため息をつくも、何かを理解したかのように静かに口を開いた。
「……そう、か。……わかった、ならばお前にも教えねばならんな」
「旦那様、しかし……」
「どのみち、学園にいる間は私たちから離れてしまうのだ。その間にもしものことがあってはいかん。事前に知っておいてもよいだろう。知ることができれば、対策を立てられる。この子も12になるのだ、物事を理解できる頭は持っていよう」
それだけ告げるとアニマートはまず、部屋に置かれていたソファに座るようヴァダースに指示する。おとなしく彼の指示に従ったヴァダース。向かいのソファに座ったアニマートに、不安な眼差しを送る。その視線を受けながら、アニマートはゆっくりと語り始めた。
魔物を使役し世界征服を企む、カーサという恐ろしい集団のこと。最近起こっていた魔物からの被害は、実はそのカーサという集団が先導しているということ。そのためにヴァダースの住んでいる国を治めている、ミズガルーズ国家防衛軍に救護用精を出したこと。そして彼らに、この付近にたむろしているであろうカーサを一斉検挙してもらうために、チャリティコンサートを開くということ。それらを正確にアニマートはヴァダースに語る。
チャリティコンサートは、囮であるのだ。この付近に住む住民を一ヵ所に集めることでカーサからの襲撃を防ぐと同時に、外で待機しているミズガルーズ国家防衛軍に彼らを検挙してもらうための時間稼ぎなのだ、と。
「そう、だったのですね……」
「そうだ。私たちが、住民の安全を確保していれば、軍も安心してカーサの検挙に動くことができる。そうすれば、この付近の不安要素を取り除くことができ、また安全な暮らしを送ることができる。わかるな?」
「はい」
「私や妻は、いつでもお前のそばにいられるというわけではない。だからこそ、これからの未来を生きるお前を、妻を、みなを、私は守りたいのだ。不安もあろう、だがこのコンサートを、やめるわけにはいかん。それも……わかってくれるか?」
アニマートの言葉に俯くヴァダース。頭もよく要領よく物事をこなすヴァダースだが、彼はまだ子供だ。不安や恐怖もあるだろう。彼はそれらをぐっと堪えたような表情をして、それでもしっかりとアニマートに視線を向けた。
「わかりました。それで、みんなを守ることができるのなら。僕は僕のできることを、精一杯やります。お父様とお母様に分も、頑張ります!」
ヴァダースのその言葉に、アニマートに去来した感情はいったい何だったのだろうか。ひどく優しい目つきに変わった彼は、ヴァダースの頭に手を置き笑う。
「本当に、お前はいい子に育ってくれた。こんなに立派に育ってくれて、私は嬉しいぞヴァダース」
「お父様……」
「私たちのコンサート、必ず成功させよう。大丈夫だ、今のお前がいてくれるのなら百人力だ。……さあ、もう遅い。もう寝なさい、ヴァダース」
「はい。……おやすみなさい、お父様」
「ああ、おやすみヴァダース」
最後にもう一度、ぽんと頭を軽く叩かれたヴァダース。たったそれだけのことだったが、心のうちに広がりそうになっていた不安が消えていたことに気付く。アニマートたちに一礼した彼は、そのまま自分の寝室へと向かうのであった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新するかもです。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる