転生蒸気機関技師-二部-

津名吉影

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第二部 1章 青年期 魔術学校編

1「パンプキン」

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 浮遊する改造蒸気型自動車ホバーバイクから降りた後、僕は車庫から店に通じる鉄の扉を開けて『便利屋ハンドマン』の店内に入る。
 店内には暖房や給湯を兼ねた蒸気ボイラーや機械仕掛けのバルブやパイプ等が、壁に沿って繋がれていた。

 僕は自分の作業台と化したジャックオー師匠の作業台に近づき、寝心地の良いソファに腰を下ろす。
 作業台の上には、師匠が僕の為に残した『変形機工式機械鞄』や『人語を話すボール型の機械』、僕が新たに改良を加えた複数匹の『機甲手首ハンズマン』が並べられていた。

 ボール型の機械に指先を当てながら「音声認識、起動しろ『パンプキン』」と呟くと、ボール型の機械は機械的に展開して『カボチャ型の防護マスク』へと変化していく。
 顔をくり貫いたカボチャに変化させていく防護マスクは、悪魔的な笑みを浮かべて、「おはようございます、アクセル様。今日も良い一日をお過ごしください」と喋り始めた。

 カボチャ型の防護マスクの姿をしたAI。彼女はジャックオー師匠が愛用していた人工知能だった。

 ここ数週間で得た彼女との対話によると、彼女は『パンプキン』と呼ばれる完全に孤立した単体人工知能であるらしく、適度に情報をアップデートしなければ、最新の情報を知り得る事が出来ない仕組みである事が分かった。

 それだけだと、ただのポンコツAIだと思えるようなシロモノであるが、実はそうではなかった。
 パンプキンには『ジャックオーの名を受け継いだ者』が生きた時代の情報や知り得た知識、その他諸々などの記録が多く残されていた。

 要するに『パンプキン』というカボチャ型の防護マスクは、超古代文明が残したオーパーツの様なモノだった。

 僕はパンプキンに挨拶をした後、作業台に並べられていた『機甲手首ハンズマン』に向けて、手のひらを叩いて「音声認識。起きろ『寝坊助たちハンズマン』」と呟く。しかし彼らはパンプキンの様に起動する事はなかった。

 今日も成功しなかった。音声だけで起動できれば、何かの役に立つはずなのに――。

 等と考えながら僕は作業台に手のひらを置き、そのまま手のひらを介して電流を作業台に流し込む。すると作業台に流れた電流が機甲手首ハンズマンの指先から内蔵バッテリーに流れ込み、彼らは勢い良く飛び上がって作業台の上を歩き始めた。

「おはよう。『ビショップ』『クラリス』『アッシュ』『クラックヘッド』」

 僕は四匹の機甲手首ハンズマンとハイタッチやハンドシェイク、サムズアップやフィグ・サインを送り合う。彼らとの始業前のコミュニケーションは、僕の日課となっていた。

 新しく『中毒者クラックヘッド』と名付けたハンズマンに限っては、下ネタの手○マンを彷彿とさせる卑猥な動きをしながら、嫌がる素振りを見せる『捜査官クラリス』に迫ってくる。

 彼らと戯れながらも、僕は『パンプキン』に次のジャックオーとしての記録を残そうと思い、今の状況や心境などを語った。

「ビショップは本当に優秀なAIに進化した。殺しの任務の際には必ず防護型のマスクに擬態化して同行させているんだ」
「私から見ても彼は優秀な人工知能です。彼らに肉体を与えるつもりはないんですか?」

「実行中だよ。今、僕はビショップの為に蒸気機甲骸スチームボット魔導骸アーカムのパーツを組み合わせた、新たなボットを一から制作している」
「なるほど。そのボットにビショップの人工知能を搭載するつもりなのですね?」


 僕はパンプキンの質問に小さく頷き、作業台を動き回るビショップに向けて指を弾く。するとビショップは指を弾き返して、手話を用いて『ありがとう』と返事をしてくれた。
 先週、マーサさんと一緒に地下水道都市へ行ったのだが、その時彼が居なければ僕は危うく従業員である彼女に手を出すところだった。勿論、それは暴力的な意味な話ではない。性的な意味だ。

 地下水道都市へ向かったその日。僕は『ハンニバル』という名の複合型ハンズマンのアップデートをするために、地下水道都市へと潜行した。
 同行者は地下水道都市への物資運搬依頼が重なったマーサさんだった。彼女の姉であるアリソンさんも同行する予定であったのだが、私用が重なってしまったため僕と彼女だけで潜行する事になった。
 その事をパンプキンに説明すると、彼女は「話が長くなりそうですね。お話の続きは屋敷に戻ってからにして下さい」と言って、勝手にボール型の機械へと姿を戻した。
 僕が彼女に「お前が記録しろって言ったんだろ!」と叫んだ直後、車庫に浮遊型蒸気自動車が入庫する。それから少しした後、マーサさんやアリソンさんが店にやってきた。

 パンプキンは恐ろしく勘のイイAIだ。あのケモ耳姉妹が出勤する時間を予測して、僕の話を強制的に切り上げたのだろう。

 アリソンさんは僕が使っていた作業台に近づき、店の金で買った新たなソファでくつろいでいる。作業台は二人分のスペースがある為、彼女の妹であるマーサさんもアリソンさんと同じ作業台を使用していた。
 
 それから少しした後、エイダさんも店にやって来た。
 全員が店に集まったのを確認した後、僕は始業開始の朝礼と共に用意していた給料袋を作業台の上から手に取る。すると彼女たちは、ニマニマとした笑顔を浮かべて期待しながら給料を受け取るのを待ち望んでいた。

「じゃあ、まずはエイダ・ダルク・ハンドマンさん。先月分の給料です。中身を見ても驚かないでくださいね」
「アクセル先輩から初めてもらう給料なので、凄くドキドキしてます。それにこんなにパンパンな麻袋なんて初めて目にしました」

 喜びに舞い踊るエイダさんを放置した後、僕はアリソンさんに二つの麻袋を渡す。
 両方とも金貨がたんまり入っていて、金額にしてしまえば50枚を超える数だった。

 日本円にすると五百万円。それが僕がアリソンさんに見いだした価値だった。

「これがアリソンさんの分の給料ね」
「なあアクセル……」

「やっぱりちょっと足りないかい?」
「いや、その逆だ。私は『便利屋ハンドマン』に入店してから、まともに依頼を受けたのは地下水道都市への物資運搬や『曲芸女団』のミナトに食料の配達をしたぐらいだ。それなのにこんな大金を貰っていいのか?」

「良いんだよ。キミには僕が給料を払う分だけの存在価値があるんだ。居てくれるだけで良いのに、仕事もしてくれるんだから、僕にとっては物凄く嬉しいんだよ」
「そうなのか。実はジャックオーさんが『便利屋ハンドマン』を去ったと知った時、私はこの店を辞めようと思った。でも、これぐらいの厚待遇を受けるぐらいなら暫くは御世話になるとするよ」

 僕はそう言った後、同じようにマーサさんへと給料を渡した。
 彼女も同様に同じ質問を投げ掛けて来たのだが、僕は「マーサさんは事務作業が得意な従業員だ。錬金術が使えるのも凄いけど、今の『便利屋ハンドマン』には事務作業を淡々とこなす人材が欲しいところなんだ。キミが居てくれて本当に良かったよ」と言い、頭を撫でてあげた。
 
 それから僕は皆に喝を入れる為に「今日も一日、『便利屋ハンドマン』の未熟なオーナーの為に頑張ってください」と大声で叫び、自分自身を鼓舞する為にも気持ちを切り替えた。
 するとエイダさんが「作業台に置かれた箱の中身は何なんですか?」と訊ねてきた。

「中身はプロトタイプのアームウォーマーだよ。機甲手首ハンズマンに指示を送ったり、電波による通信が可能な優れものだ。店からの支給品だから装備するのも自由にしていいよ」
「そうなんですね。とても有りがたいです」
「アクセル店長。こんな物、本当にタダで貰って良いのか?」
「そうだよ、アクセル様。高級そうな素材で作られていそうですし、値が張るんじゃないんですか?」

 三人が渋ってきたので、僕は「大丈夫だよ。ジャックオー師匠が残してくれた莫大な財産には、シティの五番街を丸々所有できる並みのタンス預金があるから」と三人に伝える。すると三人は目を丸くして呆然としながら、「莫大な財産」「国家予算」「タンス預金」とモゴモゴと呟いた後、給料を上げるよう申してきた。

 僕は彼女たちの戯れ言を適当にあしらい、再び作業台に体を向けて「ハイハイ。考えておくよ」と言い、少しは期待を持たせる。ジャックオー師匠には出来なかった事を成し遂げたい一心で新たな事に挑戦しようと、僕は躍起になった。
 
 それからというもの、僕は三人に「信頼できる人物が入れば雇ってあげるから、面接に来させて」と言い、魔術学校へ行く準備を始めた。なぜなら今日が学校の転校初日だったからだ。転校初日といってもほんの少し顔を出すだけで、後は店に戻る予定だ。
 僕には学校に通う事よりも師匠が残してくれた『便利屋ハンドマン』を次の世代に残したい気持ちが勝っていた。
 等と考えながら、僕は黄色いコートを羽織って機甲手首ハンズマンで出来た防護マスクを被る。ボール型の機械を特殊な首輪に変化させた後、浮遊する改造蒸気自動車ホバーバイクに跨がって魔術学校へと走り出した。
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