転生蒸気機関技師-二部-

津名吉影

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2章 霊術師 九龍城砦黒議会編

26「無頼屋vs便利屋1」

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 その日、アクセルが小銭稼ぎのタクシー業務を終えて店に戻ると、彼は自身の目を疑う現場に出会した。

 食器棚が入れられた棚には血飛沫の痕。
 床には食器や機関義手が散乱している。
 重量のある物に衝突したのか、頑丈なはずのボイラーは歪んでいて、蒸気が噴出していた。
 シンクには赤い水溜まりが貯められており、鏡には何者かの手のひらの跡がある。

 アクセルは車庫から店内に入った瞬間、同業者から報復を受けたのだと思った。
 彼はブーツの中から二丁の改造デリンジャーを引き抜き、未だに制御のままならないアドレナリンを副腎と脳から放出させる。

「僕です、アクセルです! ジャックオー先生! 居ませんか? 居るんでしたら返事をしてください! 居ないんでしたら返事はしなくて構いません!」

(あれ……待てよ。居なかったら返事は出来ないのが当然だよな……)

 ガラスの破片やバラバラになった機関義手に視線を落とすアクセル。彼は店内に襲撃者が残っているのではないかと予測し、壁に背をつけながら安全確認を行う。しかし彼はその最中、黒く濁った廃オイルに足を滑らせた。
 同時に彼はデリンジャーの引き金を引いてしまう。その直後、作業台のある二階から何者かの呻き声が聞こえてきた。

(誰かが二階に居る。この廃オイル。やけに赤く濁っていると思ったら、血が混ざってやがるな。だとしたら、二階に居るのは襲撃者かジャックオー先生かもしれない!)

 黒いサルエルパンツと白いTシャツを赤黒く染めながら、アクセルは二階に続く階段を上っていく。
 彼が二階に頭頂部を出した瞬間、ショットガンの弾が彼の頭上を駆け抜けた。
 
「ああ、アクセル……キミだったのか――」
「ジャックオー先生……何があったんですか!?」

 カボチャ型の防護マスクを被ったイザベラの体には、複数の刺し傷と切り傷があった。
 回転式荷物棚や天井、床一面には黒く汚れた廃オイルと彼女の血液、襲撃者の血痕が残されている。

「アクセル。電話が通じるのならドクタートゥエルブに連絡を入れろ……」
「分かりました!」

 それからすぐにアクセルはトゥエルブ診療所に電話をして、救急車を便利屋ハンドマンに寄越すよう伝えた。その後、彼は救急隊が駆け付けるまで、自身が知る限りの応急処置をイザベラに施し続ける。

(ジャックオー先生は右腕を切り落とされて死にかけている。まずは出血を抑えないとダメだ。クソッ……こういう時に治癒魔術や錬金術が発動できれば応急処置が簡単にできるのに)

 この時のアクセルは、既にジャックオー・イザベラ・ハンドマンから『キミには錬金術や魔術の才能がない』と宣告された後。
 それ故に彼は、自身の化学物質を操る能力や霊術にしか希望を見いだせず、魔術や錬金術の習熟度は五歳児と同等の境地であり、魔力を感じ取ることすらできなかった。
 
 腰に巻き付けていたベルトを外し、彼はイザベラの切断された腕のつけ根を締め固める。するとイザベラは、腕に走った激痛に耐えきれず体を捻った。
 激痛によって感情が高まるイザベラに、アクセルは声を掛け続ける。

「ジャックオー先生! こういう時は『ラマーズ呼吸』をするんです。僕に続いて息を吐いてください――」
「こんな時まで私にツッコませるな! ラマーズ法は妊婦が陣痛を耐えるための呼吸法だ!」

 カボチャ型の防護マスクから吐血をしながらも、イザベラはアクセルのボケにツッコミを入れる。

「救急車のサイレンの音が聴こえてきました。襲撃者に腕を切り落とされたようですが、腕はどこにいったんですか?」
「私の腕はボイラーの中で燃やされている真っ最中だ。腕のことはどうでもいい。アクセル。キミは命の恩人だ」

(ジャックオー先生の利き腕を切断するほどの強力な襲撃者か。だとしたら相手は限られてくるな……)
 
「ジャックオー先生。先生がこんなに酷い傷を負う相手って誰なんですか?」
「キミは気にしなくていい。これは私が犯した間違いなんだ」
 
 それから少しした後、店の脇に救急車が停車しジャックオー・イザベラ・ハンドマンは、診療所トゥエルブへと救急搬送された。
 救急車が店を去った直後、騒ぎを聞き付けた治安維持部隊や軍人等が店内に侵入する。

「こんにちは、ロータスさん」
「挨拶より状況を教えて、アクセル」

 駆け付けた治安維持部隊員の中には、ロータス・キャンベルがいた。彼女の顔には火傷の痕があり、昨年ロータスはアクセルに命を救われていた。
 ロータスは店内の凄惨な現場に目を配りながら、イザベラが襲われた原因に心当たりがないか彼に尋ねる。
 
「心当たりですか?」
「うん。誰かから恨みを買ったりとか――」

(ジャックオー先生が恨みを買う? そんなの……)

「誤解しているようだから言っておきますけど、心当たりしかありませんよ! だって僕らは裏家業人で殺しの仕事も――」
「ハイハイ……ちょっとお口を閉じましょうね!」

 大声で反論するアクセルの頭をぶっ叩き、ロータスは彼の頭を胸と腕で拘束して場所を移す。
 車庫に移動したロータスは彼を解放した後、「殺人未遂の現場で何てことを言ってんのよ……」と呟き、腰のベルトに装備していた、【嘔吐棒】と呼ばれる特殊な警棒に手を伸ばした。

「冗談です……その警棒でお尻を叩くのだけは勘弁してください」
「やっぱり怖いわよね? 上半身を叩けば上から色々な物が出でくるし下半身を叩けば――」

(あの警棒だけはマジでヤバい。ダストのとっつぁん……なんて物騒な武器を作りやがったんだ)

「正直に話します。ベネディクトさんが二番街に【無頼屋ディアボロ】を出店して以降、確かに何度か盗みには入られました。彼が店に居ないと客から舐められるようなんです」
「やっぱり心当たりがあるじゃない。それで、被害届とかは出してるんでしょ?」

 ロータスの質問に対して、アクセルは首を横に振った。
 彼の様子に呆れたロータスは、嘔吐棒の電源を入れて警棒の先端を壁に押し当てる。すると壁に押し当てられた嘔吐棒は、『バチッバチッ』と音を鳴らして、バイブを彷彿させる不快な音を車庫に響かせた。

「いや、本当に勘弁してください。ジャックオー先生の話だと、盗難被害は大した物じゃなくて被害届を出すレベルじゃないって言ってたんで……」
か好きな方を自分で選ばせてあげるわ。どっちがお好み?」

 不敵な笑みを浮かべながら距離を縮めるロータスに対して、アクセルは覚悟の準備を行い「上等だ! 懸かってこい! 僕はジャックオー先生の二番弟子、アクセル・ダルク・ハンドマンだぞ!」と叫び、続けて「やっぱりできれば上半身でお願いします!」と泣き叫んだ。
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