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2章 霊術師 九龍城砦黒議会編
32「200種類」
しおりを挟む技巧工房ブラザーフッドの皆さんをエレベーターまで見送った後、僕はエイダさんと一緒に改造蒸気機関義手の制作に取り組む。
今日の予定は、来月に九龍城砦で行われる黒議会に同行する部下の選抜や打ち合わせ、技巧工房との会合だったのだが、マクスウェルさんが店に来てくれたので予定よりも早く事が済んだ。
マーサさんやアリソンさん、ビショップとクラックヘッドには、五番街に存在するスラムへ物資を届け終えた後、そのままオブリビオン神学校の校舎を建て直すのを手伝うよう言ってある。
「エイダさん……」
「は、はい! アクセル先輩どうしましたか!?」
僕はイザベラ師匠の作業台に備えられた丸椅子に座り、ソファに座るエイダさんに視線を送る。僕が魔術学校や依頼で店に居ないことが多いため、イザベラ師匠が使っていたソファと作業台は、店長を務めてくれていたエイダさんに使って貰っていた。
「この改造蒸気機関義手のことだけど、エイダさんに任せてみたいんだ」
「わ、わた私にですか!?」
「うん。この義手を使うのは女性だし錬金術師だからね。エイダさんなら錬金術も使えるし細かいところに気付くと思うから」
「確かに私の方が錬金術には詳しいですけど……それではアクセル先輩が作った事にはなりませんよ?」
「文句を言われた時は僕が責任を被ってあげる。逆に気に入ってくれたらエイダさんが作ってくれたことにするよ」
「え!? それって本当ですか!?」
エイダさんは膝に拳を乗せて、緊張を隠すように体を右へ左へと動かしている。
「うん。正直な話、エイダさんは僕よりも錬金術について圧倒的に詳しい。つまり適材適所って奴だ。それより少し休憩しない? 紅茶でも飲む?」
「は、はい!」
エイダさんはポンコツホムンクルスだが、錬金術という分野においては右に出る者がいない優秀な錬金術師だ。
初めて会ったあの日、僕は彼女に蒸気機関義手の修理を再錬成してもらったのだが、あれは本当に神が成せる業だった。
事実、ここ最近の簡単な蒸気機関義手の整備や修理は、エイダさんの再錬成修理に頼りっぱなしだ。
等と考えながら、一階に繋がる緩やかな階段を静かに降りて、僕はカウンター付近の扉に目を凝らす。するとその直後、扉に備え付けられたベルが鳴って、段ボールを抱えた業者が『便利屋ハンドマンさんにお届け物でーす!』と言ってきた。
「はーい。お届け物ですね」
「結構たくさんあるので、手伝ってもらえると助かります!」
業者の人はそう言って廊下に戻り、ジャンジャン段ボールを抱えて僕に渡してきた。
これはもしや――。
僕が待ち望んでいた例のブツの新作かな?
だとしたら、エイダさんやジェイミーさんが気に入ってくれるかもしれない。
等と考えながら、僕は二階に居たエイダさんに声を掛けて、玄関に置かれた段ボールの山を店内に運ぶのを手伝うよう頼んだ。
それから三十分ほど、僕とエイダさんは業者と協力して店内に段ボールを運び入れる。一階の一ヶ所が丸ごと新品の段ボールで山積みになった頃、業者の人は『ありがとうございました!』と言って次の配達先へと向かっていった。
「しかしアクセル先輩。随分と何かを運び続けましたが、中身は一体何なんですか?」
「スラムに届ける新しい食べ物だよ。休憩ついでだし中身を開けて食べてみよっか」
僕がそう言うと、エイダさんはガッツポーズをしてはしゃぎ回っていた。
彼女に手伝ってもらい、僕は段ボールを開封して中身を取り出す。箱の中には『携帯固形食料』と『魚の缶詰』、『溶き卵と野菜のスープを固形状に乾燥させてパックに封入』した物などが幾つも入っていた。
「魚の缶詰は期待できそうですね。携帯固形食料と野菜スープは不味そうなので要りません」
「おいポンコツホムンクルス。今回のレーションに関してはひと味違うぞ。それに野菜スープはスラムの住人にとって栄養価が高い代物だ」
「えーでも、レーションってあの不味いレーションですよ?」
「まあ、騙されたと思って食べてみろよ。飛ぶぞ?」
等と言いながら、僕はレーションの包装を破ってエイダさん差し出す。すると彼女は鼻をヒクヒクと動かし、『な、なな、何ですか!? この美味しそうな匂いは!?』と叫び、あんぐりと口を開けてレーションを頬張り始めた。
エイダさんの叫び声や新品のレーションの匂いに誘われたのかは分からないが、僕の足元にはいつの間にか『ファーザー』と名乗るネズミとその家族が集まっていた。
「ステイ、ファーザー。ストップだ、ファーザー!」
「ですが、救世主様!」
僕は覚えたての『獣人語』を用いて、ファーザーにストップをかける。が、ファーザーの身内の一匹は既に新作のレーションを食べ終えていた。
「ちっ……間に合わなかったか」
「救世主様。我が子が言っております。『このレーションは今まで食べてきた食べ物の中でも最高の味』であると!」
「まあな。取り合えず、ファーザーとファーザーの家族は今までのレーションを食べていてくれ。一応、段ボールひと箱分の新作レーションはくれてやるから、それで我慢しろよ」
「感謝いたします。我らが救世主様!」
等と言い、ファーザーを含めた一家は力を合わせて、新作のレーションがパンパンに詰まった段ボールを別の場所へと運んでいった。
僕は再びエイダさんに視線を送る。すると彼女はジェイミーさんを彷彿させる様に、両頬をパンパンにしてハムスターの如くレーションを貪り食っていた。
「お前もかよ!」
「だって、この携帯固形食料。チョコレートの味がして凄く美味しいんですよ!」
彼女が口にしている新作のレーションは、従来の無味無臭なレーションを改良した結果、チョコレートの味がつくようになった。
チョコレート味にプラスして、これまで以上に覚醒物質を抑制する効果がある優れものだ。
壱番街の反政府組織が活動を再開したという事は、覚醒物質を含んだレーションが再び無料や低価格でスラムや街で配られることになるだろう。
しかし、そうなったとしても、僕が提案したこのレーションが街に出回れば、スラムの住人は覚醒物質を含んだレーションを食べても依存することないはず。
「エイダさん。口にチョコレートが着いてるよ」
「すみません。美味しくてつい――」
僕はナポレオンジャケットの内側からハンカチを引き抜き、彼女の口に着いたチョコレートの汚れを拭う。すると彼女は、「ロータスさんやリベットさんが貴方を好きな理由が分かってきました」と、頬を赤く染めながら呟いた。
「理由? なにそれ」
「アクセル先輩って、変態なのに意外と”心に余裕がある人”なんです」
「心に余裕ね……」
「はい。貴方はジャックオー先生が急に居なくなっても、難なく店を回し続けています。それどころか、学校に通いながら五番街の復興や三番街と同盟も結びました。それに来月には九龍城砦で黒会議があります。怖かったり緊張したりしないんですか?」
エイダさんがそう尋ねてきたが、僕は小さく微笑み返した。
段ボールにもたれ掛かり、優しい口調で彼女の質問に答える。
「怖くないよ。僕には守るものがたくさんある。便利屋ハンドマンっていうお店も守らないといけないし、五番街の住人を守るのが『ジャックオー』としての役目だからね」
「……そうですよね。アクセル先輩は『ジャックオー』でもありますし、たくさんの人を守らないといけませんよね……」
エイダさんはどこか寂しげな表情をしながら、ハンカチを返してきた。
僕は差し出してきたハンカチではなく、彼女の手のひらを握って気持ちを伝える。
「でも、僕が一番守りたいのはエイダさんやロータスさん、リベットや自分の家族だよ。僕がこうして心に余裕を保てるのは、皆んなが僕を支えてくれているからだと、僕は思っているけどね」
「……そう言われると恥ずかしいです。でも……貴方の彼女で良かった気がします」
その後、ちょっとの間だけエイダさんと僕は恋人としての時間を過ごした。
ヤることはヤらなかったが、段ボールで囲まれた部屋の隅っこで手を繋いだり、ありとあやゆるキスをした。
エイダさんの話によるとキスには200種類以上あるとのこと。
応援ありがとうございます!
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