転生蒸気機関技師-二部-

津名吉影

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2章 霊術師 九龍城砦黒議会編

39「律儀な人」

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 それから紆余曲折を経て黒議会は二日目を迎えた。

 僕は誰よりも早く目を覚まして、ベッドから起き上がる。僕の左隣にはエイダさんが居て、彼女は意外にも体を赤ちゃんの様に丸めて指をしゃぶりながら寝ていた。

「……可愛すぎかよ」

 と一言だけ呟き、膝まで捲れた彼女の毛布を元の位置に戻して、寝惚け眼のままリビングへと向かった。
 黒髪美人から貸し出された指輪をポケットから取り出し、指に嵌めて壁に手のひらを押し当てる。すると真っ白な壁にメニュー画面が映し出された。

「昨日は散々な一日だったな。まさか機械技術の共有や自由行動で何の成果も得られないとは思いもしなかった」

 指輪を嵌めた右手を壁に着けながら、左手でメニュー画面が映し出された壁に指先を押し込む。するとメニュー画面が切り替わって【1日目】のスケジュール内容が壁に映し出された。

 昨日、僕はに別れて別々に行動した。
 黒議会に出席する班と九龍城砦の状況を調べ回る班だ。

 もちろん、僕は黒議会に出席する班にいた。
 ついでに言うと、黒議会に出席した班のメンバーは、エイダさんとビショップを含めた三名。
 二人は便利屋ハンドマンを支える最高の錬金術師と最高の人工知能を持ったボット。彼等を同行させずに黒議会を遣り過ごすなんて不可能だった。
 
 もしかしたらだけど、彼らが居なくても黒議会は何とかなったはずだ。と言いたいところだが、現実はそんなに甘くなかった。

 五番街を掌握するジャックオーとして、初めての技術の共有の場で僕は当然の如く緊張してしまいヘマをやらかした。
 エイダさんとビショップが傍に居たことで、便利屋ハンドマンが抱える蒸気機関義手の秘匿技術や魔導骸アーカムの秘匿情報の守り抜くことができたが、議会が終了した後、僕は二人からこっ酷く怒られてしまった。

 僕は情けないオーナーだ。
 自分が開発した機甲骸ボットの技術を自慢したくて、ついつい彼らの秘密をバラしそうになってしまった。

「起きたのですね、アクセル様」
「ああ、ビショップ。おはよう。それと昨日は本当に助かった。あの場でお前が僕を気絶させてくれなければ、僕は魔導骸アーカムの情報を漏らすところだったよ。本当にごめん」

 どうやらビショップは先に起きていたようだ。というか彼には睡眠は必要ないので、そもそも寝ていると思い込んでいた僕の方がおかしかった。
 等と考えながら着ている物を脱ぎ捨て、全身全霊の謝罪を込めてトランクス一枚の姿で土下座を行う。

「この通りだ。お前が居なかったら、僕はビショップの体の秘密をベラベラと喋ったと思う。本当にごめんなさい」
「謝るのは私の方です。突然殴ってしまい申し訳ございませんでした」

 等と言って彼は立ち上がり、裸土下座をキメた僕に手を差し伸べてくれた。
 
 ありがとうビショップ。
 お前は本当に優秀で人格者なボットだ。
 僕よりも人間らしい性格をしているボットでもあるし、彼は他のボットとは違って人間に一番近い組織で構成されたボットでもある。

 そんな彼の手のひらを握って立ち上がってソファに座った後、僕はビショップと同様に起きていたクラックヘッドへ声を掛けた。

「なあ、クラックヘッド」
「おはようございます、アクセル様。どうしたんすか?」

「いや昨日、二班に別れて行動したじゃん。そっちの方で何か手掛かりがあったか聞きたくてさ」
「残念ながら昨日報告した通り、得られた手掛かりは”カイレン”という男が九龍城砦の何処かにいるということだけです」

「そうか。それじゃあ手掛かりは無しかー」
「でも、それで分かったことがあります……」

 クラックヘッドは顔を覆っていた紙袋を剥ぎ取り、紙袋の中から何かを取り出そうとしている。

「何をしているんだ?」
「俺の相棒【丸太小屋】を探しているんです。でもどこにも見当たらないんですよね……」

 彼の紙袋には、ルミエルさんが施してくれた”空間魔術”の術式が付与されている。そのため彼の手のひらは、空間魔術の術式を利用して屋敷の倉庫に保管された【丸太小屋】を握るはずなのだが、彼はそれができないと言っていた。

 彼の空間魔術に異変が起こっている事態にもしやと思い、僕はガントレットの機能を再確認する。

「ビショップ、クラックヘッド。僕が今からガントレットで通信連絡を取るから、着信がきたら腕を上げて」

 二人は小さく頷き、僕がガントレットを操作するのを待った。が、ガントレットの通信連絡を発信した直後、彼らは即座に腕を挙げてくれた。

「ガントレットには問題がないみたいだな。じゃあ、問題があるのはクラックヘッドの空間魔術だけか……」
「アクセル様。さっき言い忘れたことがあるので、話の続きをしても構いませんか?」

「そういえば話の腰を折っちゃったね。ごめんよ、クラックヘッド」
「いいっすよ。それでこちらの班で分かった情報を纏めた結果、ある結論に達しました」

 クラックヘッドは持っていた紙袋を再び被り直し、僕の瞳をじっと見つめてため息を吐く。

「この九龍城砦では”空間魔術”や”転移魔術”等といった移動系の術式に、かなりの制限があるようです。恐らく城砦に張り巡らされた多重結界、城砦内に漂う強力な呪力が関係しているのかもしれません」
「なるほど。だからクラックヘッドの空間魔術が使えないのか。それとカイレンが何の関係があるの?」

「アクセル様。これは俺たちにとっては絶好の機会です。そしてユズハ先生や神の祈り子の復讐にとっても十分なモノだとも思えます。俺たちは今、空間魔術が使えません。それはユズハ先生も一緒です。ということは……」
「つまり、カイレンも空間魔術が使えないから、逃げられないってことか!」

 ごめんなクラックヘッド。先に言わせてもらったよ。
 案の定、クラックヘッドは雄叫びを上げながら放送禁止用語を馬鹿デカイ声で叫び始め、寝ていた人たちを起こし始めた。

「「うるさい!」」

 と声を上げたのは、ユズハ先生とデンパ君だった。
 ベッドからリビングへと向かってきた二人は、僕たちの話を途中から聞いていたらしい。
 しかし、エイダさんは未だに指をしゃぶって寝ているようだった。

「さっきからベラベラベラベラと喋りおって! カイレンは貴様が思っているほど軟弱な相手ではない!」
「そうなんですか?」

 僕がそう尋ねると、ユズハ先生は手のひらをベッドに向け、ベッドの上に置かれた宝刀を手のひらに引き寄せた。

「カイレンが持つ”七度返りの宝刀”は、余が持つ”七度返りの宝刀”とは全くの別物だ」
「そういえばユズハ先生とカイレンが持つ宝刀の銘って一緒なんですよね? この世に二つの銘があるっておかしくないですか?」

 宝刀という名を冠するほどの刀であれば、同じ名前の刀が同じ世界に二つあるのはおかしい。
 実物を見ていない以上、彼女の言葉を信じる他ないが、本当に全くの別物なのだろうか。

「込み入った話があるのでな。簡単に説明すると、カイレンの持つ宝刀はレプリカで余が持つ宝刀は本物ってことじゃ」
「なるほど。それなら簡単に理解できますね」

 レプリカか。それなら簡単に理解できる。
 それから少しした後、レンウィルとシルヴァルト、リリスも目覚めてカイレンの強さや彼の操る改造呪霊の強さの話になった。

「カイレンの強さは置いておいて、彼が操る”三面地蔵”はとても厄介は改造呪霊だ」

 リリスは義手の右腕の感覚を確かめながら、「不思議だな。生身の腕と何も変わらない。重さも変わらないのに、呪術や霊術、錬金術や魔術への耐性まで付いているなんてあり得ない」と言い、続けて僕の傍に近づいて頭を下げようとしていた。

「何か用なの?」
「蒸気路面機関車での無礼な態度や失言を謝りに来た。こうして生きていられるのはお前のお陰だ。本当に申し訳な――」

 面倒な女だな。感謝されたくて命を救った訳じゃないのに。

「良いってそんなの。その義手のベースは僕が作ったけど、術式に対する耐性を付与したのはベッドで指をしゃぶっているポンコツホムンクルスだよ。礼を言うなら、彼女に言ってあげな」
「そうなのか? 分かった。彼女にも礼を言っておくが、言わせて欲しい。助けてくれて本当にありがとう。義手の代金の事だが――」

 律儀な人だな。僕の嫌いなタイプだ。
 生真面目に生きていたって面白くもなんにもない。

「ああ、お金は要らない。その義手はタダであげるよ。メッシーナ帝国やむくろの教団にも整備士は居るだろうから、その人たちにも分かるように設計図も作っておいた。アームウォーマーを操作すると、設計図と義手の使い方が載ったホログラフィックが浮かび上がるから、分からなくなったらそれを見ると良いと思うよ」
「え?」

 恐らく年上であろうリリスに対して、「三度も言わないからね。代金は要らない」と宣告する。その直後、彼女は「私を貧乏人かなにかと勘違いしているのか?」と怒鳴ってきた。

 血の気の多い女だ。それに手を出すのも早い。
 レンウィルやシルヴァルトが口を出せない理由がなんとなく分かった気がする。

 躊躇いもせずに顔をぶん殴ろうとしてきたリリスの義手に掌を向けた後、僕は『深く揺らめけチルアウト』と呟き、続けて脳と副腎からアドレナリンを放出させる。
 後天性個性の【磁力操作】を発動して彼女の義手を操ろうと試みたが、失敗に終わった。

「あれ……?」
「貴様の個性は【物質の磁力】を操る能力だ。ならばこちらは義手を【磁力の無い物へと再錬成】すればいいだけだ!」

 なるほど。そういう方法で磁力操作を防ぐ手段もあるのか。
 これじゃあ、磁力操作の後天性個性も無敵な能力でも最強な能力でもないな。

 勉強になったよ。

 等と考えているうちに、僕は彼女の右ストレートをモロに顎に喰らって床に倒れ込んだ。
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