転生蒸気機関技師-二部-

津名吉影

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3章 九龍城砦黒議会 指輪争奪戦

59「道化の狐仮面」

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 ビショップの先導により別々の学舎へ辿り着いたクラックヘッドとシルヴァルト、手負いのリリス。四名は二手に分かれて【レンウィルの捜索】と【レコードの回収】に当たった。

 ビショップはシルヴァルトが戦線に復帰するまでの間、学舎の回廊に徘徊する餓鬼骸がきむくろの浮浪者を二双の特殊包丁で切り裂いていく。その間、シルヴァルトは術式増幅鉱石が内蔵されたタリスマンの力を借り続け、タクティカルベストに備えられていた回復液注入器を首元に射ち、治癒魔術を駆使して体力の回復に徹していた。
 
「シルヴァルト様。レンウィル様が装備したアームウォーマーの反応と機甲手首ハンズマンの位置は?」
「それなら今さっき確認したところだ。俺のアームウォーマーに映された学舎内の立体地図によると、レンウィルはこの学舎内の五階に居るらしい。もしかすると……泥濘ぬかるみの浮浪者の術式によって拘束されているのかもしれない」

「了解しました。では、私たちはレンウィル様を迎えに行きましょう。この事は私がクラックヘッドに連絡をしておきます。作戦を遂行するには情報を共有するのが必須ですからね」
「ビショップ。お前は本当に優秀な機甲骸ボットだな。とてもじゃないが……アクセルが作った人工知能だとは思えないほどの傑作だよ」

「帝国錬金術師は御世辞の訓練もされているのですね。私はアクセル様に作っていただいた機甲骸ボットでしかありません。便利屋ハンドマンには私よりも優秀な機甲骸ボットが数体ほど存在していますよ」
「笑えるな。お前のユーモアの設定レベルは幾つなんだ? 冗談まで言えるなんて本当に最高の機甲骸ボットだよ。お前とはもっと話がしてみたい。機会があればオイルでも奢ってやるよ……」

 レンウィルがそう告げると、ビショップは「では、最高級の自然由来オイルでお願いします」と言い残して、再び餓鬼骸がきむくろの浮浪者を切り倒すべく廊下を駆け抜けた。

 ビショップが告げた内容の半分は冗談であり、もう半分は事実でもある。ビショップという機甲骸ボットはアクセルが信頼する優秀な存在だが、彼が【制限解放リミットレス】を行っても歯が立たない機甲骸ボットが便利屋ハンドマンには存在していた。

 それからある程度の治癒を終えたシルヴァルトは、ビショップの足を引っ張らないよう、戦線に復帰して環境を利用した錬金術を次々と発動しながら策を考え始める。

 シルヴァルトは八芒星のタリスマンを頼らずに錬成術を行い、廊下の通路に幾百もの棘柱とげばしらを作り上げる。それらは突進してきた餓鬼骸がきむくろの体を串刺しにしていき、押し寄せる数百体もの浮浪者の軍団の進行を止めた。

(餓鬼骸がきむくろの浮浪者は【音に反応する浮浪者】だ。そして爆音や強烈な音に怯むことは、ガーガーチキンの叫び声で証明されている。浮浪者についての情報欄に記載されてあったが、餓鬼骸がきむくろの浮浪者には視覚というものが存在しない。だとすると、奴らは音を頼りに俺たちを狙って襲いかかってきているに違いない――)

 等と考えながら掌を合わせて錬金術の力を循環させる。シルヴァルトはタクティカルベストに忍び込ませていた、因子の封印器と呼ばれる二つの試験管を引き抜いた。
 
 彼が引き抜いた因子の封印器には、錬金術によって精製した濃縮された塩素ガスが含まれている。そして彼が引き抜いたもう一つの封印器には、水上都市メッシーナ帝国の海水から抽出した水素が保存されていた。

「ビショップ! 餓鬼骸がきむくろを無力化できる有効な策を思いついた! これから二つの容器を空中に投げる。その中に含まれた物質は一種の爆薬の様な物だと思え! お前は容器に向けてエネルギー弾を放つ事だけを考えろ!」
「了解しました、シルヴァルト様。サポートは任せてください」

 八芒星のタリスマンによって増幅された錬金術の構築術式は、二つの封印器の中に閉じ込められた気体の濃度を更に濃い気体へと変化させていった。
 
 シルヴァルトは再錬成を終えた封印器を餓鬼骸がきむくろの集団の上空へと投げつけ、ビショップは変形機構式機械鞄をバスターガンに変化させて封印器を撃ち抜く。すると撃ち抜かれた封印器は、餓鬼骸がきむくろの集団の上部に黄色いガスを漂わせていき、バスターガンの火力によって点火した黄色いガスは塩素爆鳴気という連鎖反応を起こして周囲に爆音を轟かせた。

「コイツらは音に反応する浮浪者だ。聴覚が他の浮浪者よりも何十倍も優れていた。つまり――」
「つまり、強烈な爆音を轟かせて浮浪者達を無力化させたのですね。流石は帝国錬金術師です。これと似た方法を続けてレンウィル様を迎えに行きましょう」

 餓鬼骸がきむくろの浮浪者は音に反応する浮浪者であり、視覚というものが存在しない代わりに聴覚が何十倍も発達した怪異モドキでもある。そんな彼らはシルヴァルトが行った錬成攻撃により戦線に復帰することができず、ただただ二人を回廊の先へと見送ることしかできなかった。

✩︎✩︎✩︎

 一方、蓄音機の浮浪者が纏う拡張操術を剥がすためにレコードを捜索していた、クラックヘッドと手負いのリリス。クラックヘッドはビショップとは異なり、手負いのリリスを背負いながら学舎の回廊を歩いていた。
 
 二人が歩き続けていた学舎の回廊の二階には、餓鬼骸がきむくろの浮浪者との戦闘を終えた試合参加者たちが壁に寄りかかっている。体力に余裕のある者は身に纏っていたパワードスーツの損傷箇所を確認しており、戦闘で疲れ果てた者たちは治癒魔術で傷の回復を行う。
 
 しかし装備に余裕のある者たちは、携帯していたモルヒネ等の液体が含まれていた回復注入器を取り出し首元に射って、再び餓鬼骸がきむくろの浮浪者や泥濘ぬかるみの浮浪者が襲撃するのを待っていた。

「なあ、リリス嬢。そんなに暴れるなよ。あんたにぶっ倒れられたら俺がビショップに叱られるんだ。だからあんたは黙って俺におぶられてろ。今は戦う時じゃねえ。治癒魔術と体力の回復に専念する時だ」
「ほんの少し強い機甲骸ボットだからって人間の心配なんかしてんじゃないわよ。これでも私は水上都市メッシーナ帝国の帝国錬金術師の資格を持つ存在なのよ? これぐらいの痛みなんてっ……痛ッ――」

 リリスは必死に彼の背中から降りようとしたが、クラックヘッドはそれを許さなかった。彼はリリスがレンウィルの様に回復注入器を所持していない事を知っており、その他の治癒魔術や錬金術を駆使して傷の回復に専念できるよう、最大限のサポートに徹していた。

 ビショップとクラックヘッド、リリスを含めた三人は学舎の回廊に到着するまでの間、数回に渡って指輪の呪具の機能を発動して呪術転移を繰り返していた。そのお陰もあってか、三人はその間に転移した先で二つの芻霊スウレイを手に入れる事ができた。

 三人は着実に芻霊スウレイを手に入れた上で、他の仲間と合流する為に呪術転移を繰り返していく。その後、ビショップを含めたリリスとクラックヘッドの三人は、回廊を埋め尽くす程の巨大な魔獣を倒してしまった、マクスウェル・フッド・スレッジとエイダ・ダルク・ハンドマン、更にその三人の元に合流したジェイミー・フッド・ストーンという白人の巨漢と遭遇した。

 クラックヘッドとビショップは、魔獣クラーケンについての情報を僅かながら知っている。それはライオネル社が開発した幼児向けのボードゲームに、魔獣クラーケンの凶暴性と恐ろしさを記録していたからだった。

 水面に浮かぶ魔獣クラーケンの幼体がエイダによって倒されたものだと思い、クラックヘッドはエイダの元に駆け寄る。しかしエイダは「違うわよ、クラックヘッド。あの凶暴な魔獣を倒したのは私じゃない。ティキの術式の力を完全に使いこなしたマクスウェルさんです」と言い放ち、手負いのリリスの治療に当たり始めた。

 クラックヘッドは紙袋に目の穴を開けたマスクからクラーケンを覗き込み、愛用するホームランバットでクラーケンの体を叩き付ける。が、エイダが言っていた通りにクラーケンは既に死んでおり、ビクともしなかった。

(マクスウェルの旦那がクラーケンを一人で倒したって言うのか? そんなの絶対に有り得ねえ。俺の脳内CPUに残された情報によると、クラーケンは幼体であっても強力なで、時には海を渡る船さえ沈没させる事のある化け物のはずだ。もしかすると、クラーケンは俺やビショップ、ハンニバルが纏めて戦っても勝てない相手なのかもしれない。そんなクラーケンを……マクスウェルの旦那が一人で倒したって言うのか!?)

 その後、クラックヘッドは魔獣クラーケンと戦闘を繰り広げた、マクスウェルの元へと近づいて行く。だが、それを邪魔する様に彼の部下であるジェイミーが芻霊スウレイを持って、マクスウェルの元へと駆け寄った。

「マクスウェルの旦那……少しだけ聞きたい事がある」
「ああ、クラックヘッドか。申し訳ないな。今は少しだけ疲れていて、マトモに話せそうにない。クラーケンを倒せた理由や強さの秘訣が知りたいのなら……巫蠱の牢獄が終わってからでも構わないか?」

「まあ……確かにそうっすよね。疲れているのに申し訳ないです」
「いや……申し訳ないのは俺の方だ。俺は……エイダ・ダルク・ハンドマンがこの回廊に辿り着かなければ、確実にクラーケンを倒すことができなかった。クラーケンを倒せたのはあの女のお陰だ。俺たち技巧工房は、これから呪術転移を繰り返しながら仲間を探して、アクセルの捜索に当たろうと思う」

 マクスウェルの予想外の言葉に驚き、クラックヘッドはどう反応して良いのか分からなかった。

「技巧工房がアクセル様の捜索をですか?」
「ああ。俺たちがだ。今回、リウ峻宇ジュンユが開催した黒議会の予選通過試合の事だが、あまりにも危険すぎると俺は判断した。だから、俺は技巧工房のメンバーを捜索し終えて安否を確認した後、俺だけが本戦試合に出場する事に決めた。それにお前ら……未だにアクセルとは合流が出来ていないんだろ?」

(確かにマクスウェルの旦那の言う通りだ。俺やビショップ、リリス嬢はアクセル様と合流できていなければ、ユズハさんやレンウィル様、シルヴァルト様や峻強ジュンチャン様とも合流できていない。この回廊でエイダ姐さんと合流できたのが奇跡だと感じるぐらいだ)

「確かにそうですね、マクスウェルの旦那」
「この九龍城砦に回廊が幾つ存在するのか把握できていない以上、俺たちは何チームかに別れてアクセルを探し出すべきだ……なんせ俺たちは五三同盟を組んだ仲だからな」

 クラックヘッドはマクスウェルの意見を受け入れ、それをビショップや手負いのリリス、エイダへと報告しに行く。三人の内、二人はクラックヘッドの意見に賛成的であったが、エイダだけは否定的であった。

「クラックヘッド、ビショップ。それとリリスさん。私はこのまま単独で動いてアクセル先輩を捜索し続けます」
「何でですか、エイダ姐さん。チームを組んで捜索し続けた方が――」

 と、クラックヘッドが言いかけた瞬間、エイダが彼の話を遮った。

「別にあなた達の力を否定する訳じゃない。だけど、私は一人で居る方がアクセル先輩を探し出せやすいと思ったの。それに今の私は無傷で指輪の鉱石に溜められた力の量も三十人分以上は残っている。最後に……私は本戦に出場するつもりはない。だから……あなた達と一緒に芻霊スウレイを手に入れながら呪術転移を繰り返すつもりはない。私はアクセル先輩と合流する事が目的なの。ごめんね……クラックヘッド、ビショップ。リリスさんの事はあなた達に任せるわ」

(指輪に留められた錬成鉱石の力を使って呪術転移をするには、最低でも十人分の力を消費しなければならない。そんな状態の中、ビショップとクラックヘッド、リリスさんと行動を共にしていれば、アクセル先輩と合流するのに更に時間が掛かってしまう。それにこの回廊までに到着するまでの道中、回廊の至る所にで傷つけられた試合参加者が気絶していた。もしそれがの仕業だとしたら……これからの回廊での戦いはより過酷な物になる。それにもしもアクセル先輩がと戦う事になってしまえば……アクセル先輩に勝機はない――)
 
 等と考えながら、エイダはリリスに最低限の治癒魔術と錬金術による治癒を施した後、指輪が留められた手のひらを壁に押し付ける。

 その後、エイダは三人に向けて「アクセル先輩と合流できたら、ずっとその回廊に留まっていてください。私が必ず駆け付けます」と言い残して、指輪の呪具に備えられた呪術転移の機能を発動して別の回廊へと転移した。

 以上の事を思い出しつつも、クラックヘッドは手負いのリリスを背負いながら学舎の回廊を歩き続ける。彼とリリスは学舎内に存在する教室を調べ周り、レコードの捜索や浮浪者に対して有効な呪具や霊具が保管されていないか確かめていた。

「ねえ、クラックヘッド。あのエイダってホムンクルスの事だけど……一緒にアクセルを探しに行かなくても良かったの?」
「ああ。エイダ姐さんの事ですか。大丈夫ですよ。姐さんは俺とビショップ、それと便利屋ハンドマンで留守番中のハンニバルっていう、チート機甲骸ボットと協力しても勝てない強さですから」

「やっぱり。そうだと思ったわ。私って地上からアンクルシティに来たじゃない? だから、その……アンクルシティの真上にあるベアリング王都の事情も少しは知ってるの」
「あーなんか嫌な予感がしますね。もしかしてエイダ姐さんの悪い噂でも知ってるんですか?」

 リリスを背負いながら回廊を歩き続け、クラックヘッドは学舎内の教室を順々と調べ回る。すると彼は教室の端に置かれた清掃ロッカーの扉を開き、ロッカーの中から二本のサイリウムと狐の面を見つけ出した。

「別に悪い噂って訳じゃないわ。ただ、私が知ってるエイダ・バベッジっていうホムンクルスは、貴方たちが知っている感情の豊かな優しい女性じゃなかったはずなの。とても冷徹で無慈悲で……例えてしまうなら――」
っすか? そうだったんすね。まあ、別にエイダ姐さんの過去がどうであろうと構いませんよ。だって……エイダ姐さんと一緒に居る時のアクセル様って……凄く楽しそうにしてるんですよ。俺はそれが凄く嬉しいんです。たとえ、この感情や思考、発言がプログラムが弾き出した答えだったとしても……俺はそれを自分の考えだと信じています。なんせ俺は……あのジャックオー様が作ってくれた機甲骸ボットですからね!」

 クラックヘッドは、本物の人間であるリリスでさえも疑ってしまう程の感情の豊かな機甲骸ボットであった。

 人間であるリリスは自分以上に感情が豊かなクラックヘッドにある種の嫌悪感を覚える。それは彼女がこれまで戦ってきた魔導骸アーカムという存在、水上都市メッシーナ帝国に存在する、感情のないロボットという存在を真っ向から否定していたからだった。

 リリスはクラックヘッドの背中から飛び降りた後、清掃ロッカーに入れられていた【閃光のサイリウム】を拾い上げる。クラックヘッドは彼女の身を案じて「無理はしない方がいいっすよ」と言いながら歩み寄ったが、リリスは「もう平気よ。後はタリスマンに内臓された僅かな術式増幅鉱石の力を借りて、錬金術で肉体の細胞を活性化させるだけだから」と返事をして後退あとずさりした。

(本当にアクセルって何者なのかしら。それに、このクラックヘッドやビショップ、彼の周囲に集まるホムンクルスやボット、スチームボットは皆んな、機械だとは思えないほど感情が豊かで、知的で人間性のある者ばかりだ。これじゃあまるで、私の方が感情のとぼしいロボットに見られちゃうじゃん。冗談はさておき。もしも、アクセルが魔導王イヴ側の咎人とがびとや協力者になってしまえば、魔導王イヴが操る魔導骸アーカムは更にパワーアップして、聖大陸を一気に滅ぼすだろう。そうなってしまえば……このクラックヘッドやビショップも……とても危険な存在だと判断できる)

 クラックヘッドを含めた機甲骸ボットの脳内CPUは常に進化し続けている。その進化はライオネル社が開発した幼児向けのボードゲームに搭載された人工知能のバグではなく、アクセルの機甲骸ボットへの熱い想いと、エンジニアとしての経験が成した答えが実りつつあったからだった。

 その後、清掃ロッカーの中から狐の仮面を拾い上げたクラックヘッドは、「これも何かの呪具や霊具なんですかね?」と言いながらリリス差し伸べる。しかしまたしてもリリスは、クラックヘッドの姿を感情の無い『な機械の塊』の姿と重ねて警戒してしまい、再び後退あとずさりしながら狐の仮面を受け取った。

「仕方ないわね、ちょっと調べさせてちょうだい」
「頼みましたよ、リリス嬢。俺は廊下の様子を見てきます……リリス嬢を守るのが俺の役目っすからね!」

 彼はリリスが『ボットやスチームボット、機械人形』に対して警戒心を抱いている事を直感的に感じ取り、人間であり保護の対象であるリリスに精神的な不安を抱かせないためにも、その場から立ち去った。

 クラックヘッドが廊下の様子を見に行った際、リリスは首からぶら下げた六芒星のタリスマンを起動させて、「要注意人物リストの更新。名前はアクセル・ダルク・ハンドマン。別名・アンクルシティの五番街の掌握者ジャックオー」と記録する。
 
 彼女は水上都市メッシーナ帝国を代表する帝国錬金術師であったが、骸の教団の人格破綻者という派閥に属する下級管理者でもある。そのため、聖大陸の脅威に成りかねない存在を判断する立場にあり、彼女はアクセルや彼が作った七つの機甲骸セブンス・ボットという存在に危機感を感じていた。

 その後、タリスマンに記録を残したリリスは、指輪の機能を発動して呪具や霊具に関する項目を壁に映し出す。するとリリスは、クラックヘッドが見つけ出した狐の仮面を壁に映し出された映像と何度も見比べた後、廊下の様子を見ているクラックヘッドの元へと駆け抜け背後から抱きしめた。

「クラックヘッド! 貴方! 最高の機甲骸ボットよ! これで私たちはレコードを簡単に見つけ出せるわ!」
「リリス嬢。ビックリさせないでくださいよ! そんなに喜んで良いことでもあったんですか?」

 リリスは彼が見つけ出した狐の仮面を顔に覆いながら、『我は浮浪者なり』と呟く。するとリリスの体から複数の赤い炎の球体が現れ、彼女の周囲を漂い始めた。

「リリス嬢。その炎の球体は何すか?」
「この炎の球体は【灯籠の浮浪者】が石造りの灯籠で作り出す、呪力の炎と同じ呪力の物質なの! この狐の仮面は……仮面を着けた者を『浮浪者』だと敵に誤認識させる【道化の狐仮面】っていう霊具らしいのよ! 本当なら指輪の呪具でも転移召喚できるアイテムなんだけど、転移召喚に必要な錬成鉱石の力の量は三十人分も必要な強力なアイテムってワケ!」

 リリスの発言に間違いはない。彼女が顔を覆った【道化の狐仮面】には、浮浪者同士が発する特殊な呪力と霊力と共鳴する効果が込められている。
 
 クラックヘッドが清掃ロッカーから見つけた狐の仮面は、錬成鉱石の力を三十人も消費する、学舎の回廊では唯一無二のチートアイテムであった。しかし道化の狐仮面が周囲に漂わせていた炎の球体には、仮面を被った者から体力を徐々に奪う効果が付与されている。

「調べたところによると、この炎の球体には体力を奪う効果があるみたいね」
「リリス嬢。その道化の狐仮面はチートアイテムですが、リリス嬢の体力を徐々に奪っていきます。今のお嬢は体力が万全ではないっす。持ち運ぶのは良いですが、仮面を装着するのはタイミングを見計らった方がいいっすよ」

「それぐらい分かってるわよ。それよりレコードを探しに行きましょう! 貴方が私を背負いながら廊下を歩き続けても、私が【道化の狐仮面】を被っていれば浮浪者に遭遇したとしても見逃してくれる可能性があるから!」
「そんなに都合がいいアイテムなんですかねー。まあ……試してみる価値はあるかもしれないっすね」

 その後、再びリリスを背負いながら廊下を歩き始めたクラックヘッドだったが案の定、廊下の先から餓鬼骸の浮浪者や泥濘の浮浪者が現れ、彼らの元へと迫ってきた。

 クラックヘッドは攻撃体勢に入ってホームランバットを構えるが、リリスが「私を信じなさい。クラックヘッド。チートアイテムの底力を思い知らせてやるわ!」と叫ぶので、彼は仕方なくバッドを構え直して、廊下を歩き続けた。すると彼らの元へと迫ってきた浮浪者たちは、二人を避けるようにして通路を駆け抜けていく。
 
 リリスが言っていた通り、浮浪者たちは【道化の狐仮面】が発する共鳴効果に呼応して二人を味方だと誤認識しており、浮浪者たちはリリスを背負ったクラックヘッドも攻撃の対象として見ていなかった。

「どう!? これが水上都市メッシーナ帝国の帝国錬金術師の力よ!」
「いや、浮浪者が俺たちを避けたのはチートアイテムの力っす。シルヴァルト様が持っているレコードは二枚です。蓄音機の浮浪者が張る拡張操術を剥がすには、最低でも四枚は必要かもしれません。残りの二枚をさっさと探しにいきますよ」

 それから程なくして、リリスとクラックヘッドは浮浪者たちと遭遇しながらも、学舎内に存在する音楽室から一枚のレコードを回収した。二人が回収したレコードには、『第二層の拡張操術』というラベルが貼られており、ラベルには『四分の一』という文字が書かれていた。

「まあ、レコードと言えば音楽室よね、クラックヘッド」
「そうっすか? 俺にはとても安直すぎて捜索範囲からは外しておいたぐらいっすよーー」

 と、クラックヘッドが告げた瞬間、彼の脳内CPUにビショップからのメッセージが伝わる。メッセージはとても端的な内容であったが、クラックヘッドはそれが『ビショップがそれほど敵に対して苦戦している状況』であると一瞬で理解した。

「悪いがリリス嬢。そのレコードはすぐに放送室に持っていきます」
「え? だって……蓄音機の浮浪者の拡張操術を全て剥がすには、四枚のレコードが必要なんじゃないの?」

「確かに四枚のレコードが必要でした。ですが……その内の一枚は『蓄音機の浮浪者自身が回収した』ようです。今現在、レンウィル様と合流したシルヴァルト様が俺たちの居る学舎の一階にある放送室へと向かっています。もうじき……蓄音機の浮浪者が張る二枚の拡張操術が剥がれる予定です」
「ちょっと待って、クラックヘッド。レンウィルとシルヴァルトが合流できたのは良いけど、ビショップはどうしたの?」

 クラックヘッドはリリスに道化の狐仮面を強引に被らせ、そのまましゃがみ込む。するとリリスが彼の背中に飛び乗った。

「ビショップは今現在、四つの拡張操術を張った『蓄音機の浮浪者』や加勢した『灯籠の浮浪者』、『餓鬼骸の浮浪者』を相手に一人で応戦中っす。ビショップは確かに強い機甲骸ボットですが、敵さんが随分と多いので俺の加勢を待ってくれているんすよ」
「分かったわ。それなら……すぐに放送室へ向かいましょう!」
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