転生蒸気機関技師-二部-

津名吉影

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3章 九龍城砦黒議会 指輪争奪戦

67「掌握者の逆襲」

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 エイダとグレースを含めた五番街のアクセルの勢力、ジェイミー・フッド・ストーンやナディア・ストームを含めた三番街のマクスウェルの勢力、そしてグレースが溜め込んでいた数十個の指輪で魔力回復注入液と注入器を転移召喚した後、自身の首筋に打ち込んで魔力を最大限まで回復させたセリナと彼女の部下を含めた最後の勢力。

 三人の掌握者と掌握者に従う十数名は幾つか作戦を出し合ったが、その中でも知略に長けた才能を持つセリナの作戦がバックパックを効率よく回収できると判断した結果、各々はそれに納得して準備を始めた。

 しかし、一人だけ彼女の作戦に納得できない人物がいた。

「セリナさん。この作戦に関してひとつだけ質問をしてもいいですか?」
「良かろう。五番街の掌握者ジャックオー。この作戦の何が気に入らないのじゃ?」

 アクセルがセリナに質問を投げ掛けたのは、彼女が計画した作戦の内容に自身の具体的な役割が記されていないからであった。
 碧血衛へきけつえいが背負ったバックパックの中に爆発物が仕込まれた状況の中、それを効率よく回収していく最善な計画の中に自身の名前が含まれていない事に納得がいかない彼は息を巻いて話を続ける。

「セリナさんが計画した『バックパック回収作戦』には、僕の役割が具体的に提示されていません。これはどうしてですか?」
「……仕方ないな。こんな事を言いたくないがハッキリと言わせてもらおう。ジャックオー。恐らくだが、今のお主はわらわやマクスウェルを超えた存在だ。誇っても良い事だ。だが、調子に乗るでないぞ」

(今の僕がセリナさんやマクスウェルさんより強い? そんな事は絶対にあり得ない……と思う。セリナさんの強さはどれぐらいか分からないけど……たった一人で部下たちを守りながら、後天性個性を操る壱番街の勢力と戦ってきたエルフ族の女性だ。あの場で僕が駆け付けたのが必然だったとしても、恐らくセリナさんはウォーカー氏に対して引き分けに持ち込めたかもしれない。それにマクスウェルさんに関してもそうだ。エイダさんの話によると、彼はカイレンが召喚した『魔獣クラーケン』という存在を一人っきりで倒した人物へと覚醒したらしい。僕なんかでは足元にも及ばない人物に成長したはずだ――)

 等と考えながら、アクセルは自分の強さに自信が持てず気分がふさいだ。しかし、それを見たマクスウェルは彼の肩を叩いて「お前が何を考えているのか手に取るように分かる。だが謙遜するな、ジャックオー。お前は俺と同じぐらいには強くなった。それ程の存在だ」と背中を後押しする。

「本当でしょうか……僕はお二人の本当の強さを知りませんし、自分がどれほど本気で戦えるのかも分かりません」
「あーうだうだしやがって! しっかりしろよジャックオー! お前はこの回廊まで辿り着いてきた掌握者なんだ! お前が自信を持てなきゃ部下も胸を張れねえだろうが!」
「残念だがマクスウェルの言う通りだ。掌握者という人物は存在を示すだけで部下の士気を高められる。お主が弱気でばかりいると自分の部下の士気まで下がってしまう。ジャックオー、周りをよく見てみろ」

 掌握者同士で話し合っていたアクセルは、遠巻きでこちらを見ていた自分たちの部下達に視線を送る。すると彼はエイダとグレースやマクスウェルの部下、セリナの部下たちの表情に圧倒的な違いを感じ取れた。

(二人の言う通りだ。マクスウェルさんとセリナさんの部下たちは作戦を話し合い続けて士気を高め合っている。それに対してグレースとエイダさんは、僕の方を何度も見ていて不安そうにしている。これは多分、僕が自分の力に自信が持てないのを見抜かれているからに違いない)

 その後、アクセルは鼻と口を覆っていた防護マスクを首元に下げて、喝を入れるために自身の両頬を手のひらで何度か叩く。

「僕が間違ってました。二人は僕にとって掌握者の先輩です。僕は掌握者としての振る舞い方や立ち姿をイザベラ師匠から何も教えられてきませんでした。僕の部下に不安を抱かせないためにも、掌握者としての立ち振る舞いを教えてください!」
「任せろ! そういうのは得意だ! 主従関係っていうのは大事だからな!」
「主従関係……はさておき。掌握者の後継者というのは本来、何年も掛けて育てていく存在だ。わらわたちも協力はしてやるが最後までは教えてやれん。イザベラも決してお主に何も教えなかった訳ではあるまい。イザベラの言動や行動を思い出せ。ヤツは日頃から部下のお前に対して何かをしていたはずじゃ」

(イザベラ師匠が日頃から僕に行っていた行動か。あの師匠が僕にしていた行動といえば――)

 何かを思い出したアクセル。彼は不安そうな瞳で自身を見つめるエイダとグレースの元へと近づき、二人の頭を交互にそっと撫で始めた。

 彼はイザベラから頭をよく撫でられた事を思い出し、その行動自体がエイダとグレースの不安を拭い去るのではないかと信じ始めていた。

「エイダさん。グレース。僕はセリナさんが計画した作戦通りに動く。勿論、それは二人の強さを信じているからだ。それに二人とも僕より強いからね。仕事を頼んでも良いかい?」
「も、勿論です! 任せてください! アクセル先輩!」
「アクセルさん! 私は幸運のホムンクルスです! バックパックの護衛は私たちに任せてください!」

 アクセルが行った行動は僅かであったが、彼女たちが抱えていた不安を拭い去り、二人の士気を高めるキッカケに繋がった。

 その後、戦闘の準備を終えて、魔力や呪力の回復を転移召喚アイテムで補った各々は、『バックパックの護衛班』と『バックパックの回収班』『回廊に徘徊する怪異化した魔物と流体型機甲骸リキッド・ボットとの戦闘班』に別れ、ショッピングモールの回廊から別の回廊へと出発した。

 そしてアクセルが任された役割は、『自身の機動力を活かして他の班のバックアップ』を行うことと『ウォーカー氏の勢力との戦闘』だった。

 バックパックの護衛班であるエイダとグレース、ジェイミーをショッピングモールに残したまま、アクセルはセリナとマクスウェルと並走してウォーカー氏の勢力の元へと進み続ける。
 マクスウェルはティキの術式で身体機能を高めて走る速度を高め、アクセルは聖力核と化した副腎から化学物質を放出させ、そこから更に機械鎧に備わった浮遊装置と飛行装置の機能を起動させて回廊を駆け抜ける。
 しかし魔力を全快まで回復したセリナに限っては、体内に存在する魔力核から魔力を練り、空中を飛び回る『浮遊術式』を発動して空中を駆け抜けた。

 目的地へと向かっている道中、三人の掌握者は回廊を徘徊する怪異化した僵尸キョンシー吸血鬼の王ノーライフキング、蓄音機の浮浪者や流体型機甲骸リキッド・ボットを相手に真正面から立ち向かう。

「パンプキン! 太極図の術式を詠唱破棄で発動する! 術式にナバリの霊操術を併用させろ! セリナさんとマクスウェルさんに霊力を付与させるな!」
「セリナ! 特大の水魔術を発動しろ! ティキの術式を発動してカナロアの力を借りて雑魚どもを一掃してやる!」
「ジャックオー! マクスウェル! お主らは術式の出力を加減するな! わらわも付与術式を最大出力にさせて援護してやる!」

 ガントレットと化したパンプキンに指示を送ったアクセルは、その場で掌印や指印を組んで太極図の詠唱を破棄して術式を発動する。すると彼のサポートに回ったパンプキンが太極図の術式に『対象に霊力を宿す効果がある下位霊術・隠れ蓑』を併用させ、同じく援護に回ったセリナがアクセルとマクスウェルに対して『身体機能を高める高等上位拡張魔術』を施した。
 
 アクセルがフロアにガントレットを押し付けた直後、隠れ蓑の効果が加わった太極図の術式が彼を中心にして広がり始める。そして広がり続ける太極図の術式は、霊力核を持たない『吸血鬼の王ノーライフキング流体型機甲骸リキッド・ボット』を飲み込んでいき、彼らの体内に僅かな霊力核を生み出した。

「ジャックオー様。貴方さまを中心とした半径50メートル以内の敵を知覚する『太極図による知覚結界』及び『知覚した対象に霊力を付与する結界』が完成しました」
「分かった! あのイラつく音楽を流す魔物を先に叩く! パンプキン・コアを放つのはその後だ!」

 アクセルは二人の掌握者に『吸血鬼の王ノーライフキング流体型機甲骸リキッド・ボットに霊力を付与しました! 魔術や呪術が効くはずです!』と言い残して、蓄音機の浮浪者の元へと駆け抜ける。その直後、その言葉を受け取ったセリナは女性型の流体型機甲骸リキッド・ボット睨みつけ、ボットに対して禍々しい魔力を帯びた両手を向けた。

「さっきはよくもわらわもてあそんでくれたな。一度試してみたかったんじゃ……機械とやらにわらわの下位魔術が耐えられるかどうか――」

 セリナはマクスウェルと一緒にアクセルを探している最中、魔術が一切効かない流体型機甲骸リキッド・ボットに対して激しい憎悪を抱いていた。そして彼女が流体型機甲骸リキッド・ボットに向けた掌から浮かび出た魔術陣は、彼女が『水の魔術師』と呼ばれる以前に用いていた炎の下位術式を空に描き始める。
 
 最大出力まで魔力を溜められた炎下位魔術は、流体型機甲骸リキッド・ボットの再生力を上回る速度でボットの体を何千度という炎で焼き尽くした。

「ふんっ……お主の敗因は相手が水の魔術師セリナであったことじゃ!」
「いや、セリナ。お前、水魔術どころか炎魔術しか使ってねえじゃねえか」

「黙れ、マクスウェル! 流体型機甲骸リキッド・ボットの相手はわらわが全て引き受けてやろう! お主こそ呪術師の本懐とやらを魅せる時ではないのか?」
「……んなことぐらい、言われなくても分かってら! お前らに見せてやるよ! 俺が魔獣クラーケンを倒した最強の呪術師シャーマンだって事と……俺の血に流れる『マウイの本当の力』をな!」

 アクセルが機械鎧に装着した小型化されたバスターガンや特殊包丁を用いながら、蓄音機の浮浪者が張る拡張操術の謎を解く中、セリナは浮遊術式で宙を舞いながら目に入った流体型機甲骸リキッド・ボットを焼き払い続ける。
 その間、マクスウェルは腕から肩、胸から背中にかけて彫られたペアと呼ばれるタトゥーに呪力を込めながら、吸血鬼の王ノーライフキング僵尸キョンシーを相手に素手で戦っていた。

 先天性個性の【異常念動力サイコキネシス】が使える数体の吸血鬼の王ノーライフキングと後天性個性を持った死体を基に生み出された数体の僵尸キョンシーは、素手で攻撃を捌き続けるマクスウェルに対して【異常念動力サイコキネシス】と【真空波】を発動した。するとマクスウェルの体が強引に壁へと押し飛ばされた後、僵尸キョンシーが放った複数の【真空波】が彼の体と壁を深く傷付け、壁が崩れて煙が立ち込めた。

 互いに頷きあった吸血鬼の王ノーライフキング僵尸キョンシーたちは、マクスウェルの死体を確認するために煙の中へと潜り込む。その直後、呪力を帯びた水の衝撃波が煙を払い除け、煙の中へと潜り込んだ吸血鬼の王ノーライフキング僵尸キョンシーは何者かに首をへし折られていた。

「ちょっとは心配したか!? ジャックオー!?」
「マクスウェルさん! 何か喋りましたか!? この蓄音機の魔物がホーンから流す音楽が妙にイラつくんです! もう少しで拡張結界を破れそうなんで話があるなら後にしてください!」

 吸血鬼の王ノーライフキング僵尸キョンシーの首をへし折ったのは、自身の精神と肉体に特殊な呪縛を課すことで半神半人と化したマクスウェルであった。

「……マクスウェル。お主は『神の血を継ぐ呪術師シャーマン』だったのか。呪力量や身体機能といい……通常の聖人族が自身の肉体に付与できる術式は限られているが、お主が神の血を継ぐ半神半人であるのならリウ峻宇ジュンユしのぐ呪力量や身体機能の高さもこれで納得がいくな」
「悪いな、セリナ。俺の一族は皆、呪術師としての才能がなかったからティキの術式が使いこなせなかった。いや……『マウイ』に嫌われていただけだ。だが、俺は違う――」

 空中を漂いマクスウェルの元へと駆け寄ったセリナは、彼の周囲を取り囲んでいた吸血鬼の王ノーライフキング僵尸キョンシーへと人差し指を向ける。その瞬間、彼女の指先から炎の下位魔術が解き放たれて、怪異化した魔物たちは焼き払われて一瞬のうちに炭化した。

「おい、セリナ。話が違うじゃねえか。お前の相手は流体型機甲骸リキッド・ボットだろ?」
「こっちは既に片付けておいた。獲物を取られたのはチンタラしているお主が悪いのじゃぞ」

「ったく……これだから欲張りな魔術師は嫌いなんだよ。奴らは俺の獲物だ。さっきそう言っただろ?」
「悪いな。わらわは若く見られがちだし乳も大きい。お主がチラチラと見るほどにな。だが、これでも意外と年寄りなんじゃ。お主が言っていた話など既に忘れてもうたわ!」
 
 高笑いするセリナの背後に向けて僵尸キョンシーが放った【真空波】が迫ってくるが、マクスウェルはアクセルを超えた超人的な速さでセリナの背後に回り込み、僵尸キョンシーが放った【真空波】を片腕で弾き飛ばす。

「危ないところだったな、セリナ。その大きな胸を覆った服が破れるところだったぞ?」
「くっ……黙れ! 胸の一つや二つ見せる事になったとしてもわらわのプライドを傷つける事にはならんぞ!」

 マクスウェルが自身に課した呪縛は、自身の呪力の一部をマウイと呼ばれる神に捧げる呪縛術式。神の血を継いだ彼の一族にしか発動できない術式であり、ティキと呼ばれる四大神に祈りを捧げ続けた者にしか発動できなかった術式でもあった。

「……だろうな。セリナ婆さん。ジャックオーが何かしようとしている。結界を張るか魔力を纏う準備をした方が良いぞ。じゃないと……その魅力的な胸を披露する事になるからな」
わらわを婆さん呼ばわりするでない! 純エルフ族の平均寿命は千年じゃぞ!? わらわは二百五十歳じゃぞ!」

 夫婦喧嘩を彷彿とさせる会話を続けるセリナとマクスウェルと打って変わり、アクセルは蓄音機の浮浪者が自身に施した『三つの拡張結界』の謎を順々に解いていく。
 彼は小型化された特殊包丁とバスターガンを両手に持ち、それらを交互に使いながら結界へダメージを与え続け、蓄音機の浮浪者が張る結界の『まことことわり』を脳内で整理していった。

(この魔物は三層の結界を張っている。どれもまことことわりが付与された特殊な結界だ。一層目の結界はバスターガンの弾丸を弾き飛ばす結界。そして二層目の結界は特殊包丁の斬撃を弾く結界。そして三層目の結界は――)

 等と考えながら、アクセルは右手に溜め込んだ霊力を拡散させるために、一層目と二層目の結界を破壊した直後に三層目の結界に向けて【霊爆術】を放つ。が、霊爆術を受けた三層目の結界は、小さな亀裂を生むだけで再生していき、彼の拳を弾き飛ばすように二層目と一層目の結界を再び復活させた。

「おい、! 俺たちの助けが必要か?」
流体型機甲骸リキッド・ボットはお主が発動した『隠れ蓑』のお陰で焼き払えた。後は雑魚を狩るだけだ。何をモタモタしておるのだ……」

 セリナとマクスウェルが彼を『アクセル』と呼んだ直後、彼は「今はジャックオーって呼んでくださいよ!」と言い、蓄音機の浮浪者が張る一層目の拡張結界を特殊包丁で破壊した後、バスターガンの出力を最大限に高めて二層目の拡張結界を撃破する。
 二層の拡張結界が破壊されて三層目の結界が現れた瞬間、彼は霊力を溜め込んだ掌を三層目の結界に押し当てて叫んだ。

「この距離なら結界は張れないな! 【掻き乱せグッドトリップ】&【ゼロ距離パンプキン・コア】!」

 アクセルの磁力操作によって磁力を付与された蓄音機浮浪者は、彼の磁力操作の一部である【斥力】によって強引に彼の掌に引き寄せられた。その後、蓄音機の浮浪者が三層目の結界から吐き出されてしまった瞬間、アクセルはガントレットから溢れ出た【パンプキン・コア】の術式をゼロ距離で押し当てる。

「三層目の結界の『まことことわり』は【衝撃そのものを打ち消す結界】みたいだな。耐久性度は幾らかあるんだろうけど……結界の内側に居なきゃ効果は発揮できないよ」

 彼がそう告げた直後、蓄音機の浮浪者の体は内側から破裂してカボチャ型の霊力の塊を作り上げた。その後、霊力の粒子で作られたカボチャ型の塊は、発動者であるアクセルや結界を張ったセリナ、その内側に居たマクスウェルを巻き込みながら、霊力の拡散爆発を幾度となく繰り返す。

「なかなかの強敵でしたが……奥の手を使うまでの相手じゃありませんでした。お二人とも怪我はないですか?」
「大丈夫だ。それにしても結構な威力の爆弾だな……」
「今のが【パンプキン・コア】だな? わらわの師匠が言っていたよりも威力が高いな。お陰で魔物は全滅したが術式の使い方には注意しておけ。爆発の距離が近ければ近いほど、お主の身も危険だからな」

(確かにマクスウェルさんやセリナさんの言う通りだ。パンプキン・コアをゼロ距離で放つのは危険すぎたかもしれない。お陰で変形機構式機械鎧に傷がついた。これはイザベラ師匠が残してくれた最後の贈り物だ。大切に扱わないといけない)

 アクセルは「次は気をつけます」と言った後、続けて「ウォーカー氏や劉翔リウシャンが居る回廊は近いです。碧血衛へきけつえいを捜索しながら彼らの元へと向かいましょう」と告げ、再び浮遊装置や飛行装置を起動させた。
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