夜空の軌跡

スイートポテト

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第一章

さようなら、ママ−5ー

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 幼稚園に着くと、姉は佐野くんの手を取られて歩いて行った。私は2人の後ろを追った。流星は私の手を握ると、静止した。

「舞ちゃん何するつもり?」

 私は流星を見ると、もう講義を始めた。

「決まってるじゃん。私、お姉ちゃんを助けるの」

 流星は険しい顔で私を見た。首を横に振って私の手を強く握りしめた。

「だめ」

「星野くんには関係ないでしょ!ほっといて!」

 私は初めて声を荒げて怒った。昨日の出来事から神経質になっていたのと、私自体が彼に心をひらき始めたからだろう。きつい口調で当たり散らした。そんな私のことも流星は受け入れてくれた。流星は私の手を引くと、抱きしめた。

「大丈夫…1人じゃないよ…言ったでしょ?悩みがあれば相談してって…僕も力になるから、1人で行くのはダメ」

 私は流星の真剣な眼差しに、吸い寄せられた。肩の力を下ろして、流星に頷く。

「なら私お姉ちゃんの変装して、佐野くんに近づきたいの。助けて?」

 流星は私の話を聞くと口角を上げて頷いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  私と流星は佐野くんと姉を追いかけた。佐野くんは姉の手を引いて校庭に向かった。校庭には遊具が沢山あり、一角に砂山があった。佐野くんは砂山に姉を連れていくと、楽しげに話し始めた。

「香織、覚えてるか?3歳の時2人で山で山菜取りしただろ?」

 姉はキョトンとした顔をした。当たり前だ。姉の名前は夏川優希。香織という名前ではない。姉は訳もわからず顔を顰めた。

「私香織ちゃんじゃないよ!夏川優希。人違いだよ」

「違わないよ」

 姉の言葉に被さる様に佐野くんは否定した。姉は佐野くんの顔を見て強張った。

「君は…あの日僕が失った香織なんだよ。だって覚えてるはずなんだ!僕と香織しか知らない約束を!」

「そんなの知らない!私貴方にあったのは今日が初めてだよ!嘘いっぱいつく事はダメなんだよ!」

 姉が佐野くんの手を振り払おうとした瞬間、佐野くんは大きな声で否定した。

「香織!俺はお前に前世で誓ったんだ!来世で君を見つけて、また君を愛するって…!あの夏の日、貝殻探しの日に結婚の約束をした様に!」

 私は思わず声が出そうになった。わからない…結婚の約束?貝殻探し?そんな事姉の口から聞いたこともない。ましてや双子で生きてきて海に一度も行ったことがないのに、何故貝殻の話が出るのか…考えれば考えるほど謎は深まる。佐野くんは胸ポケットから赤い琉球糸芭蕉で潜り付けられた貝殻を見せた。

「結婚…して欲しい。前世であの日誓った様に、今世でも…」

 私は佐野くんの行動に異常性を感じた。これはサイコパスだ。他人の感情も知らずに自分の感情だけを相手に押し付ける…姉は知らないと言っていた。それが事実なのだ。なのにも関わらずこんなにもしつこく人違いした相手に自分の感情をぶつけるのか…私は佐野くんの行動が気持ち悪く見えた。姉も流石にこの行動には、不気味さを感じるだろう。
そう思っていた。思っていたはずなのだが、様子がおかしい。姉は胸を激しく握りつぶすとその場に膝をついた。呼吸を荒げ、目が泳いでいる。

「い、一郎…?」

 私は双子の勘が騒いだ。多分佐野くんの言ってる事が事実なのだと。そして姉は香織としての記憶に体が拒否反応を起こしているのだと。私は足を踏み出そうとした瞬間、流星が私の足を止めた。そして私に向き直し、小声で話しかけた。

「僕が舞ちゃんのお姉ちゃんを安全な場所に連れていく。だから舞ちゃんはその間お姉ちゃんになりきってて?」

 流星は震える拳を握りしめて外へと出た。そして流星は佐野くんと姉の所まで行き、叫んだ。

「先生ー!優希ちゃんがしんどいみたい!」

 流星がそう叫ぶと、園長先生が走ってきた。園長先生は姉の顔色を見るとすぐさま医務室へと連れていった。佐野くんも後を追おうとした時、流星が冷たい声で言葉を放った。

「ねぇ、佐野くん。君お部屋に戻りなよ。そんな格好でお庭で遊んじゃいけないんだよ」

 佐野くんはそれに負けじと流星を睨みつけた。

「邪魔するな…俺はお前をいつでも潰せるんだからな。星野空…いや、星野財閥次期総帥…流星…!」

 それだけを言い残すと佐野くんは姉を追い歩き始めた。私は姉のカツラをつけ、姉の全身を思い浮かべてトレースした。身なりから行動に至るまで全てを思い出した。佐野くんが職員室の前へ向かうのを見て、先回りした。自然と溶け込む様に職員室のドアに手を添えて佐野くんをまっていると、彼は私の姿を見て、柔らかい表情で笑いかけた。

「香織…」

 私は普段使わない頬の筋肉を最大限に引き伸ばし、笑いかけた。

「一郎!」

 髪は風に靡く。私は手を後ろに組んだ。佐野くんの視線が私だけに吸いついた。私は足を近づけると笑みをこぼした。

「思い出したのか…?香織…!」

 感激する佐野くんに私は少し眉を下げた。

「一郎…ごめんね。私まだ名前しか思い出せてないんだ…だから教えて?どうして一郎はこの幼稚園にきたの?」

 私がそういうと、一郎は嬉しそうに笑い、自分の鞄から手帳を取り出した。紙が茶色くなり、全ページギッシリ詰められたその手帳を私に渡した。

「俺は香織を探す為に全世界を回ってた。それであの絵画を見たんだ。あの海岸は今では誰でも入れるけど、昔は俺と香織だけの秘密の場所だった。なのに愛知に住んでる少女がそれを描いたって聞いて、もしかしたらと思ったんだ…まさか本当に香織だったなんて思わなかったよ」

 私はそこまで話を聞いて手帳を開いた。中は日記になっており、ボールペンの字が滲み出ていた。私は一行読んで目を疑った。この手帳…私…読んだ事がある…!私は読めないはずの漢字がふりがなを振った様に難なく読めた。そこには香織という女性と幼少期過ごしたこと。結婚して翔子という子供が産まれたこと。第二次世界大戦の話…子供が理解できる内容なんて一つもなかった。なのにまるで実体験がある様にその手帳に心当たりがある。私はその時思い出した。昨日の母を連れ去った男の言葉を…

「佐野家があんたのピンク髪の娘を欲しがってる」

 全ての辻褄が合った。佐野家が姉を欲しがる理由。佐野は目の前にいる子どもの皮を被った者の正体…そして一郎の謎…私は閉じた手帳を手にしたままかつらをとった。目の前にいる佐野くんが先程までの優しい表情を消し、死んだ目で見つめてきた。

「お前俺を騙したな…香織のフリをして俺に近づいて何を…」

「ねぇ、貴方…前世のお父様だよね?」


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