海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

文字の大きさ
24 / 463
第一章

第二四話 幕間 クリスの愉悦

しおりを挟む
 見たこともない黒髪の人だった。

 大人の男の人。怖い……とは思えない。その人は弱り切っていたから。

 遭難しているところをビクトリア号に救助された人。ボクも先生のお手伝いをしていたからよく覚えている。ジョジョさんが抱えてきたときは死体だと思った。

 医務室に運ぶ最中に何度も口から空気を吹き込んで、先生は必死だった。医務室についてからはボクも『人工呼吸』を手伝わされた。別になんとも思わない。口と口がくっつくだけだし。

(気にしてたらやってられないよね)

 変な服装をしていたけれど、それもボクには関係がない。

(それよりも早く精製しないと)

 先生は翌朝に戻れって言ってたから夜は時間がある。遅れを取り戻さないといけない。ボクは朝方まで精製魔法を使い続けて、魔力を使い切ってから寝た。

(だって勿体ないもんね)

 夜が明けて目が覚める。寝坊することなんてない。あの時から、うまく寝ることには慣れている。

(そうじゃないと……突然は怖いから)

 食堂に行ってグランマさんに朝食をもらって食べた。グランマさんは優しいから好き。男の人のはずだけど、そうじゃないんだって。

(変なの……)

 医務室に入ったら先生が裸だった。妙にエッチな感じがして慌ててしまったけど、アレは違うと思う。

(なんか違う……)

 救助された男の人は助かったみたい。先生と二人で排泄物を掃除したけど、それよりも先生が気持ち悪かった。

(なんかニヤニヤしてるんだもん……)

 死んじゃったら可哀想だし、よかったと思う。死にかけてた時の顔色や唇の冷たさは嫌だった。いつか自分にも来るんだろうと、そういう感じがしちゃう。

 その人は二日間眠り続けた。先生と交代で番をして、合間に精製魔法を使っておく。日が沈んだ頃に先生と交代して見ていると、突然その人が目を覚まして驚いてしまった。

(どうしよう。よりによって、ボクが番してる時に)

『――っ』

 その人は声も出せずに泣いていた。目から涙が溢れているし、鼻水もいっぱい出して泣き続けていた。大人なのに、男の人なのに、子供みたいに泣いている。

(全然怖くない)

 あまりにも泣くので心配になったけど、どうすればいいのか分からないから、とりあえず涙と鼻水を拭ってみた。キレイになったと思ったら、また泣き出してぐしゃぐしゃになった。

(やり方が悪かったかな?)

『ぁりが、ゴホゴホっ』

 何か言おうとして、ひどく咳き込んでしまって苦しそう。先生に言われたとおりに水を飲ませてあげる。

『ゆっくり飲んでください……』というと素直に従ってくれた。コクコク飲んで少し落ち着いてきたみたい。

『……ありがとう』
『いえ、ボクの役目ですから……』

 お礼を言われても困ってしまう。奴隷のボクには何も受け取れない。それから、その人は他にも誰かいなかったかと聞いてくる。誰かと一緒に遭難していたんだろうか。ボクはこの人しか見てないけど、正確なことは分からないし言えない。

『すみません。ボクにはわかりません……』

 そう言って逃げた。黒い瞳がじっとボクを見てくるので目を逸らす。いつものことだ。ボクの気持ち悪い赤い瞳を見ると、大概の人は嫌な顔になるか、悲しそうな顔になる。そうじゃなかったのは、船長や先生、ジョジョさんとグランマさんくらいのものだ。

(アレ?)

 ボクが思ってたのと違う反応をしてる。他の誰とも違う。

(これはなんだろう?)
 
 よく分からないけど俯いて前髪で目を隠した。髪の隙間から覗き見ると、ボクの髪を見て生暖かい顔をしている。大分、白髪が増えてきたし気持ち悪がっているのかとも思ったけど。

(……やっぱり、なんか違う)

 若干、優しい感じで見られてる気がする。

 突然、その人の目が大きく見開かれてびっくりした。視線はボクの隷属魔堰に向いているけど、奴隷なのはすぐに分かるはずだし、何を驚いているのかわからない。

 やがて納得したような顔をすると、優しい落ち着いた声で話しかけられた。

『その……、本当にありがとう。助かったよ。俺は新高穂積って言います。君の名前は?』

 この人はニイタカ・ホヅミという名前らしい。なんでボクに敬語で名乗ったりするのか。しかも家名まで。その上、ボクの名前を聞いてなんの意味があるのか。さっぱりわからないけど。

(なんか怖くない)

 偉い人なのかもしれないし、聞かれた通りに名乗った。

『クリス君か。いい名前だね。どこの出身なの?』

 名前を褒められた。本名じゃないのに褒められても。

(でも、嫌な感じがしないのが不思議)

 本名なんて、二度と名乗ることもないんだろう。出身も聞かれたので正直に答えた。奴隷になる人も多い、貧乏で辺鄙へんぴな所だ。

(二度と帰ることもないし。アレ? 首をかしげてるけど……まぁ、いいか。先生、呼んで来よう)

 先生は随分と嬉しそうにホヅミさんに話しかけている。浮かれているみたい。いつもは新しく来た人を怖い目で何日も見つめているのに。ホヅミさんも戸惑っている。

(そりゃそうかも)

 ボクから見ても、先生はおかしい。

『はぁ。はい。しぇしーしゃん――っ』

 ホヅミさんが先生の名前を噛んだ。笑いをこらえるのが大変。

(アレ?)

 男の人がいるのに笑いそうになった。ボクもおかしいのかも。先生は輪をかけておかしいけど。なんで突然シャツのボタンを外し出したんだろう。先生はそういう感じじゃないはずだけどな。

(先生。止めといた方がいいよ。ホヅミさんが引いちゃってるよ?)

『クリス君も座ったら? 椅子もあるみたいだし』

 本当に驚いた。勘違いした貴族が他人の奴隷に命令するような感じじゃない。どこまでも普通に気を使ってくれたみたいに思えて、逆に焦ってしまう。

(やっぱり、この人はなんか違う)

 先生も座れというので従っておく。

(すごく居心地が悪いな。早く精製しに行きたいんだけど……)

『すみません。意味がわかりません』

 ボクも意味がわからなかった。どうやらホヅミさんは魔法を忘れているみたい。というか、知らないように感じる。やっぱり根っこのところで何かが違う気がする。

 先生がいやらしい質問を繰り返している。ボクの方をチラリと見て『年下は好き?』ってホヅミさんに聞いちゃうんだから、止めてほしい。男の人の前でこんな話をされて。

(アレ? なんで気持ち悪くならないんだろう?)

『――クリス、厨房に行って重湯をもらってきて。ホヅミンの食事の世話をしたら、身体を拭いて、服を着替えさせておいてちょうだい。体力が回復するまでは二、三日かかると思うから、その間、あなたはここで寝起きしてもらうことになるわ』

 先生に命じられて頷いた。先生の指示はわかりやすくて助かる。そんなに無茶なことは言わないし。たまに変になるけど、頼りになる人だと思う。

『俺の他に救助された人はいませんでしたか? ……あるいはご遺体とか』

 さっきもボクに聞いていたことだ。やっぱり他に誰かいたのかな。

(大切な人とか……にしては少し違うよね?)

 それなら『ご遺体』なんて言い方しないと思うし、ボクは死体を『ご遺体』と言う人を見たことがなかった。ホヅミさんはどう見てもおかしい。

(けど、不思議と嫌な感じがしないんだよね……)

 ホヅミさんの着替えを用意して身体を拭いた。背中を拭いて、前を、と思ったら固辞された。奴隷に世話をさせるのが嫌なんだろうか?

(……違う気がする。たぶん遠慮してるよね?)

 なんで奴隷に遠慮するのかわからなかったけど。

(もしかして、ボクを奴隷として見てない?)

 流石にそれはない。本当に分からない人だ。育ちは良さそうなのに偉ぶらない。優しくて穏やかだし、嫌な感じが全然しない。不思議な人だ。

 翌朝、簡易ベッドで目が覚めて愕然としてしまった。夜の精製をしていない。しかも、男の人と一緒の部屋でぐっすり眠ってしまった。一体どうしたのだろう。ボクはやっぱりおかしい。真水を精製できなきゃこの船にはいられない。

(もし、船から下ろされたら…………絶対に嫌だ。二度と嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌! ……精製しなきゃ……真水を……もっともっと! じゃないと……また……)

 仕事に行こうとしたら先生が来てしまった。船長がホヅミさんと面会するそうだ。身支度の世話を命じられてしまった。時間がないけど命令なら従うしかない。後で取り戻すしかないけど。

(……大丈夫かな)

『あ、おはようございます。ゼクシィ先生。クリス君も、おはよう』

 ホヅミさん。この人はきっと優しい人なんだろう。穏やかで不自由のない幸せな人生を送ってきたに違いない。だから余裕があって、ボクみたいなのにも気遣ってくれる。

 それにボクのことを男だと思っている。この人と一緒にいて気持ち悪くならないのも、そう信じ切ってくれているからだ。

(……随分と能天気な人だね)

 能天気といえば先生もだ。

(まったく、ボクの気も知らないで……。早く精製に行きたい)

 身支度を整えてもらうために真水を作って持ってきた。海水を汲み上げて精製して、すぐに持ってきたので少しだけ大変だった。遅くなって船長を待たせるより全然いいけど。

『大丈夫か? 重かっただろう』

 このくらいはいつもに比べれば大したことないけど、本気で心配してくれているのがわかる。少しだけ嬉しい。

(……ってアレ? 怒ってる?)

『労働基準法違反だ!』

 突然、意味のわからない言葉を叫ぶと、ズンズン近づいてきて水桶を奪われてしまった。

 船長がホヅミさんをどうするつもりか解らないけど、奴隷が家名持ちの男の人を怒らせたら理由なんて関係ない。

(なんとか許しを請わないと……)

 必死にどうしようか考えていたら、ホヅミさんは優しい顔をして近づいてくる。

(……ん? 怒ってない?)

 と思ったら抱き締められた。

 怖気が走った。身体が硬直する。

(離れなきゃ。早く)

 身を捩る。

(離れ、放、放してよぅ)

『クリス君。今まで辛かっただろう。すぐに当局に事態を通報して保護してもらおう』

 身体を包む力は強くはなかった。何を言っているのかわからない。

『大丈夫だ。君は何も心配しなくていい』

 優しい声音。髪を優しく撫でられる。わからない。身体の力が抜けていく。 

『今までよくがんばったなぁ。強い子だ!』

 がんばったって褒められた。ボクは強くなんてない。痛くないのに涙が勝手に出てくる。

 先生が帰ってきた。泣いてたら変に思われる。何か誤解を受けているみたい。

(ホヅミさんから離れないと)

 動けない。身体が言うことを聞いてくれなかった。

(でも、全然怖くない)

 髪を撫でられてると落ち着く。男の人に触られてるのに、全然、嫌な感じじゃない。

 ふと、気付いた。ホヅミさんも泣いてる。

(なんで? 大人なのに、男の人なのに)

 先生がわけわかんないこと言ってる。ホヅミさんの顔がどんどん怖くなっていく。

(でも、怖くない。男の人が怖い顔をしているのに……なんで安心するんだろう?)

 やっぱりボクはおかしいみたい。

『では、行きましょうか。クリス君もついておいで』

 船長に会いに行くことになったけど、ボクもついてくるように言われた。船長室なんて行ったことないし、行く理由があるとも思えない。ホヅミさんの有無を言わせない雰囲気に先生が怖がってる。こんな先生は見たことがない。

(精製に行かなきゃいけないのに、どうしよう)

 でも、先生が折れちゃってるから、ボクにはどうしようもない。

 ボクの部屋は医務室と同じデッキフロアにあるから、あまり上には行ったことがない。掃除の時に階段を登るのが大変だったことを覚えている。

 ホヅミさんが引っ張り上げてくれた。大きな手でしっかりと握られると安心する。

(……え? 男の人に手を掴まれて安心してる?)

 ホヅミさんは階段を登り切っても手を離さない。ボクもなんとなく離したくなかった。船長に会うのは緊張する。

 船長は部屋の真ん中で仁王立ちしてた。相変わらずものすごい覇気だ。この人は優しくはないけど、怖くもない。ボクを助けてくれたこともわかってる。いい人なんだろうけど、やっぱり緊張する。ホヅミさんの様子がおかしい。

(どうしたんだろう?)

 しどろもどろになって挨拶してる。

 ホヅミさんは船長とボクについての話をしたいらしい。

(なんのこと?)

 船長と何を話すつもりだろう。

(止めてほしいな。船長を怒らせて船から下ろされたりしたら、どうしよう)

 手を引かれて椅子に座らされた。

(医務室でもそうだったけど、奴隷を座らせるのはどうして?)

 普通は座ったら怒られるのに。

『……感謝を』

 船長に何度もお礼を言っている。とても礼儀正しい。どうやら喧嘩にはならないみたいで良かった。先生の調子も戻ったし、和やかな空気で話が進んでる。

(早く終わんないかな。精製しないといけないのに)

 ホヅミさんが船長にいろいろ話してる。

(チンプンカンプンだね)

 先生もわかってないみたい。

(船長はわかってるのかな?)

 ボクにはさっぱりわからない。

『予め申し上げておきますが、俺には、あなた方の国の法をどうこう言う意図はありません』

 いよいよボクの話が始まったみたい。だけど、やっぱり何の話かわからない。船長が驚いた顔をしてる。

(何にびっくりしてるんだろう?)

『一つだけ教えてください。なぜ本船では子供が働いているのですか?』

(子供ってボクの事?)

『そうです。それに彼は異常に痩せている。危険な船の現場で、重労働を課すのは酷ではありませんか?』

(確かにボクは瘦せっぽちだけど、働かないとダメだよ。船を下ろされちゃう)

『俺の国では子供は保護される対象です。クリス君の年齢は知りませんが、彼の体格から見ても軽易な作業に限るべきです』

(ボクが子供で身体が小さいから、簡単な仕事をさせるべき?)

『もう少し、クリス君の労働環境を改善できませんか? ……水汲みのような重労働はやめさせて、食事をしっかりと与えてください』

 すごく真剣な顔で、少し怖い声でホヅミさんは言った。あの、船長に向かって。

(もしかして、ボクのために言ってる? 船長を怒らせたんじゃ……どうすれば)

 船長にボクが何であるか言えって命じられたので、船長の奴隷だって答えたら、ホヅミさんは一瞬ポカンとして……それから、見たことないくらい怖い顔で船長を睨みつけた。あの、船長を。

(どうしてそんなことができるの? どうしてそんなに怒ってるの? ボクのために、本気で怒ってる?)

 信じられない。涙が溢れてきた。

『そんなことはわかってる。なぜ、こうも瘦せている? なぜ、水汲みなんてやらせている?』

 ホヅミさんが怒ってる。すごく怒って厳しい声を上げている。あの、船長に向かって。

(止めなきゃ。きっとボクのせいだ)

 必死に袖を摘まんで、船長は悪くないって説明したけど、わかってもらえない。

 船長が魔法を使って右手に炎を吹き上げた。突然、何をするのかと驚いたけど、ホヅミさんはそれどころじゃないくらい驚いている。そして船長のこの言葉。

『ホヅミ。ここはお前さんの言うところの、『世界』か?』

 ホヅミさんはこの世界の人じゃなかったらしい。だから、魔法を知らなかったし、ボクを奴隷と気付かなかったみたい。

(一人だけ、知らない世界に放り出されたってこと? かわいそうな人。とても辛いし、寂しいことだよね……ん?)

 なんか冷静に船長に質問してるし、受け答えもはっきりしてる。今日から働きたいって言い出した。すごい人。ボクならきっと耐えられない。

 ホヅミさんの仕事はボクの水汲みを手伝うことに決まった。仕事が無くなるかと思って焦ったけど、魔法が使えないんじゃ何もできない。重たい水桶を運ぶのは疲れるし、もしかしたら今日の遅れも取り戻せるかもしれない。

(ホヅミさんなら怖くないし、安心できるし、ちょうどいいよね)

 とか、調子のいい事を考えてたら、ホヅミさんがテーブルに突っ伏して呻いている。大丈夫なはずがない。異世界にたった一人。魔法も使えないし、知らないことばかり。思い出すのはベッドに寝ていた弱々しい姿。目が覚めてオイオイ泣いてた。

(ホヅミさんは変わってるけど普通の人。魔法が使えないんだから、ボクよりひどいかも。やっぱりかわいそうな人だよね)

 先生が背中を撫でてあげてる。背中がとっても小さく見えて自然と手が出た。ホヅミさんはまた泣いてる。男の人がこんなに泣くのを見たことがない。優しい気持ちになってくる。

『ビクトリア船長。先ほどの説明にあった港町までは、どの程度かかるのでしょうか?』

 しばらく泣いて泣き止んだと思ったら、また唐突な質問を始めた。

(何でそんなこと? 聞いても意味ないよね?)

 ホヅミさんは海図を見ながら指をトントンし始めた。

(何やってるんだろう?)

 気になる。海図を見つめる眼差しは、さっきまで泣いてた人とは思えないくらい冷静だった。

『ここはショートカット出来ないんですか?』

 海図の一点を指差している。

(もしかして、わかるの? さっき船長が言ってたことの意味も、海図の読み方も? 異世界なのに?)

 何も知らない世界で、普通の人は知らないことを知ってる人。本当に不思議な人。

 船長と先生がわからない話をしている最中に、ホヅミさんは海図の見方を教えてくれた。難しかったけど、真剣に優しく根気よく。すごい知識を何でもないことのように。

(ボクは奴隷で魔法も碌に使えないのに、どうしてそこまで?)

 わからない。けど、海図のことを教えてもらえて楽しかった。

(……ん? 楽しい?)

 何年ぶりだろう。楽しいって思えるのは。

 船長にホヅミさんの世話役を命じられた。役目が増えるのはいい。船に残れる可能性が増えるかも。真水の精製も二人でやれば捗るし、ホヅミさんなら二人きりでも怖くない。

『じゃあ、行きましょうか。クリス君、案内してくれる?』

(もうお昼だ。早く精製しないと)

 そう思ってたらお昼に誘われちゃった。船長も一緒。今の時間は一番混んでるし、みんなに見られるのは恥ずかしい。真水も足りてないのに。

 船長も『こいつはそういう奴なんだ』って言うし、断れない感じ。

(でも、ホヅミさんと一緒にご飯を食べるのはいいかも。ちょっと嬉しい)

 そんなことを考えてたら、ジョジョさんの隙間を通って先に食堂に行けって。ジョジョさんは顔が怖いから苦手なのに。でも、世話役だし、がんばらないと。

 グランマさんにシチューの取り置きをお願いして席に座って待つ。

(周りの視線がつらいなぁ。ホヅミさん、早く来ないかな。あっ。やっと来た)

『俺の救助にご尽力いただき、ありがとうございました! 新高穂積と申します! しばらく本船でお世話になりますので、よろしくお願いします!』

 食堂にいた全員に向かっていきなりの挨拶。やっぱり変な人だ。

(結局、歓迎されてるし、すごい人でもあるんだけどね)

 肉の件で船長に説教しているホヅミさん。

(やっぱりすごい)


『クリス君。水汲みの指導、よろしくお願いします』

 午後から二人で真水を精製しに行った。

 ホヅミさんのすごいところをたくさん知って、そのくせ弱いところを見せられて、慰めてあげて、いろんな話をして浮かれて、褒められて嬉しくなって。

 自分のダメなところを忘れてた。一度も忘れたことのない、忘れられるはずもないことをきれいさっぱり。

(何を調子に乗っていたんだろう。すごいのはホヅミさんで、ボクじゃないのに)

 自分が嫌で嫌で仕方がない。元気がなくて、みんなに迷惑かけて、小っちゃくて、弱くて……汚い。本当に嫌になる。

 満月に見下ろされながら、薄明りを頼りに海水を汲み、魔法を使う。ため息が出る。どうしても思っちゃう。


(――死んじゃいたい)


『クリス君』

 声を掛けられるまで気付かなかった。踊り場にホヅミさんがいた。

『ダメじゃないか。誰にも言わずに夜中に一人で外に出たら。不意に転落することだってあるんだ』

 叱られた。

(もうちょっと優しくしてくれてもいいのに)

 少し不貞腐れてしまう。わかってる。これはボクの甘えだって。

『まだご飯食べてないだろ? おにぎり持ってきた』

 ホヅミさんはそれ以上叱らなかった。食べ物を持って来てくれた。枕元に置いてあったけど、食べていいのかわからなかったから。

『食べなさい』と言われてようやく口を付けた。

(おいしい……。お肉がいっぱい入ってる)

 涙が出てきて止まらない。食べるのを止められない。ホヅミさんは何も言わないけど、見守ってくれてるってわかる。

 これは内緒だけど、昼間の精製では一緒に居られなくて心細かった。今まで一人でやってたのに、不思議だけど、ホヅミさんが水桶を持って帰ってくるのが待ち遠しかった。

『昨日は申し訳なかった。クリス君に無理をさせてしまった』

 ホヅミさんは悪くない。ボクが調子に乗ってたからだ。

 いろいろな事を聞かれた。今までどうやってたのか。魔力のことも。

(あのこと、ホヅミさんは知っちゃったのかな? それは…………嫌だなぁ)

『心配いらない。夜が明けたら、また二人で始めよう』

(あれ? 変わってない?)

 ホヅミさんの態度は変わらない。

(知らないの? そういえば、クリス君って……)

『クリス君。俺を信じて任せてみないか?』

 ホヅミさんは自信ありげに言う。

『昨日みたいには絶対しないと約束する』

(一人にしないってこと? 一緒にいてくれる?)

『俺たち二人でこの仕事をやり遂げる。必ずだ。だから俺を信じてくれ』

 必ず、やり遂げる。そんな風に考えたことなかった。

(そっか……ボクはいつの間にか、諦めていたんだね……)

 ホヅミさんは信じてくれと頭を下げてるけど、ボクにそんな資格は無い。

(でも、ホヅミさんと一緒なら夢じゃないのかも)

 いつか誰にも遠慮せずに胸を張って笑い合える。そんな日が来たなら……。

(ホヅミさんと、見張り台に登ってみたいな)

 ホヅミさんを信じよう。

(この人を信じないで、ボクは誰を信じるの? 他の誰かなんていないよ)

『クリス君。よろしく頼む』
『ホヅミさん。こちらこそ……』

 『握手』をした。これはボクにとっての誓いだ。結果がどうなっても悔いは無い。こんなボクが誰かを信じられた。今この瞬間が、あり得ないほどの幸福なんだから。

(――忘れちゃダメだよ、クリスティナ)

 そんな風に思って覚悟を決めたのに――。

 二人で星空を見て感動して、寝転がって星を探して、顔がすぐ近くまで迫ってきて、二人だけの星座を決めて。

(……ああ)

 嬉しくて幸せで、胸が高鳴るし、勝手に笑い声が漏れちゃう。

(……あああ)

 男の人相手にこんな素敵な気持ちになれるなんて。

(……ああああ)

 さっき感じた幸福がどんどん塗りつぶされて。

(……あああああ)

(落ち着いて。ダメだよ、クリスティナ)

(ボクはクリスだよ。元気がなくて、みんなに迷惑かけて、小っちゃくて、弱くて……汚い)

(ホヅミさんを汚しちゃいけないよ)

(……でも、一緒に寝るくらいなら、いいよね?)

 信じられないくらいよく眠れた。あの時から今までで、一番の深い眠りだったと思う。寝付くまでは心臓がバクバクうるさくて、気付かれたらどうしようって。

 翌朝。しっかり、涎で汚しちゃってた。

(……あれ? でも、なんか嬉しいな)

(ホヅミさんの匂いを嗅いでたら、すぐ寝ちゃった。男の人の匂いで寝付けるなんて……あり得ないよね?)

 ボクはおかしくなったみたい。

(落ち着いてクリスティナ。ボクはクリス。先生とは違う。変な人になったらホヅミさんに引かれちゃう)


 ホヅミさんが張り切っている。すごく頼もしい。だけど、やっぱり変わってる。

 『安全第一』、『ホウレンソウ』、『つーるぼっくすみーてぃんぐ』、『りすくあせすめんと』とか、知らない知識がどんどん出てきて、ボクに叩き込まれていく。ついていくのに必死だ。

 たぶん、こういうことを言う人は世界中にホヅミさん一人だけだと思う。そんなホヅミさんのやり方に、ボクは染まっていく。

(……なんだろう? すごく嬉しい)

 ホヅミさんのことを理解して、吞み込んで、自分のものにできた時、とっても興奮する。

(これが成長するってこと? なんか違う気もするけど。嬉しいんだから……いいことだよね?)

 ホヅミさんの言うこと、やることには、なんでも意味があって面白い。一つ一つ、自分のものにしていくと心の奥が熱くなる。ホヅミさんは本当にすごい人だ。

(頑張って、どこまでもついて行ったら、いつか全部理解できるかな? そしたら、ボクもホヅミさんと同じになれる?)

(がんばろう、クリスティナ。ホヅミさんを信じてついて行こう。そうすれば、いつか……)


(――ホヅミさんの全部をボクのものにできるかな?)

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

クラスの陰キャボッチは現代最強の陰陽師!?~長らく継承者のいなかった神器を継承出来た僕はお姉ちゃんを治すために陰陽師界の頂点を目指していたら

リヒト
ファンタジー
 現代日本。人々が平和な日常を享受するその世界の裏側では、常に陰陽師と人類の敵である妖魔による激しい戦いが繰り広げられていた。  そんな世界において、クラスで友達のいない冴えない陰キャの少年である有馬優斗は、その陰陽師としての絶大な才能を持っていた。陰陽師としてのセンスはもちろん。特別な神具を振るう適性まであり、彼は現代最強の陰陽師に成れるだけの才能を有していた。  その少年が願うのはただ一つ。病気で寝たきりのお姉ちゃんを回復させること。  お姉ちゃんを病気から救うのに必要なのは陰陽師の中でも本当にトップにならなくては扱えない特別な道具を使うこと。    ならば、有馬優斗は望む。己が最強になることを。    お姉ちゃんの為に最強を目指す有馬優斗の周りには気づけば、何故か各名門の陰陽師家のご令嬢の姿があって……っ!?

処理中です...