海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第一章

第四三話 本領

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「「安全第一! ご安全に!」」

 朝から元気に安全スローガンを叫ぶと居住区を出ていく。

「「何それ?」」

 クリスを迎えに来たデリーとロブが呆気に取られていた。

 出口で別れ、クリスは船首楼へ。穂積は司厨部との打ち合わせのため厨房へと向かう。

 停船しており行き足が無いため、うねりの影響で多少気持ちの悪い揺れ方をしていた。

(早いとこ慣れなきゃな。変針点ほど酔ってないけど)

 あの海域の揺れは穂積にはキツかった。その上、トビウオとクジラの襲来だ。トラウマになりそうだった。

「おはよう。ホヅミちゃん」
「グランマさん。おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「アラ? これからずっとでしょ?」
「どうでしょう。なんとかなるかも。まだ、わかりません」

 確信があった。これだけ様々な魔堰があるのに高がポンプが無いはずがない。おそらく見つかってはいても解読が出来ないのだ。何故かはわからないが。

「それじゃあ、手順は打ち合わせ通りでお願いします。朝食前に準備は整えておきますので」
「おけー」
「任せときな」
「ガンガン汲むよ!」

 司厨部と打ち合わせた手順。人員を確保できるなら、作業はより効率的にブラッシュアップすることが可能だ。この水汲みも然り。

 司厨部は全部で四人。司厨長グランマを筆頭に、ボリス、ベイカー、チェスカ。これに穂積を加えた五人での作業となる。

「えーと。水桶五つ。内、ロープ付きのが三つ。聚雨方しゅううかたタライ二つ」

 海水の移送経路は、海、甲板、食堂屋上、踊り場となる。

 配置は甲板二人、屋上二人、踊り場一人。男性三人を各階層に一名置いて、海水の汲み上げを担当。女性と漢女は甲板と屋上に別れて、汲み上げた海水をタライから次の水桶に移す役割。

 穂積は道具一式を船尾楼から出してきて、舷側、屋上、踊り場の手摺りに長さを調節しながらロープ付き水桶を結び付けていく。大型タライを舷側と屋上の結び目近くに置いて準備完了。

「これでよしっと。試しに一通りやってみるか」

 いつものように海に水桶を放り込んでは汲み上げ、足元のタライに溜めていく。ある程度のところで、普通の水桶でタライから汲んだ海水を屋上から吊り下がった水桶に注ぎ込む。屋上に上がってロープを引き上げて、という具合に踊り場のプールまで移送はできたが、

「これ絶対、甲板の二人が忙しいな。特に甲板上の移送係。舷側から食堂までの距離がネックか」

 グランマかチェスカ。おそらくチェスカが押し付けられる。彼女は『追い回し』で修行中の身。夢はおかのレストランで働くこと。下っ端がしんどいのはどこの世界も一緒だ。

「舷側の汲み上げは俺がやるか。あと、全員に手袋を着けてもらいたいけど」

 そろそろ朝食。食堂に向かう甲板部と合流した。

「クリス君。お疲れ様。甲板部はどう?」
「ホヅミさん……! はい……。みんな優しいです……。ジョジョさんも優しい……」
「あったりまえだぁ。補水方から借りてんだぞぉ。それに治ったと言っても、クリスは病み上がりだしなぁ」
「よろしくお願いしますね。怪我しないように見てあげてください」
「飯の後から現場だぁ。クリス。さっき注意したこと覚えとけぇ。でもよぉ、なんで頭の手拭いと革手袋を外さねえんだぁ?」
「安全第一! 保護具の着用は……あたりまえ……です……」

 スキンヘッドが穂積を振り返り「なるほどねぇ」と納得してクリスの頭をポンポン撫でる。

「ジョジョさん。手袋くれません?」
「おぅ。後でロブに持って来させるぅ。ホヅミのもんほど上等じゃねぇがなぁ」
「助かります。俺の軍手もだいぶ草臥くたびれてきてたんで。司厨部と合わせて五組お願いします」

 ビクトリア号の安全意識はトティアスでは抜群に高いらしい。少々の怪我がクリスの『レギオン』を活性化させる可能性を考慮して、ビクトリアが乗組員全員の意識改革を行った結果だ。船長が保護具を支給する船など他には無いとか。

(クリス一人のために変革も辞さずか……益々、……俺にとってもラッキーだったな)

 朝食後、司厨部の片付けを手伝ったのちに、食堂屋上に五人が集まっていた。

「……と、このように甲板の二人が大変になると予想してます。海からの汲み上げ作業は危険ですし慣れている俺がやりますが、甲板上の移送は……」
「「「チェスカで」」」
「やっぱりね! 気張りますよ!」
「では、水タンクの余積分、二トン! 水桶にして一〇〇杯! 頑張って上げましょう! ご安全に!」
「「「「ご安全に~!」」」」

 その後、やはりというか、思った通りになった。

「チェスカ! おせーおせー」
「すみません!」
「チェスカ! もっと早くならんかい?」
「只今!」
「チェスカ! アンタ朝飯食ったの?」
「いただきました!」

「「「チェスカ!」」」
「はい~! はいはい!」

 そんなチェスカの活躍により、なんとかお茶休憩までに作業を終えた。

「「「「ありがとうございました!」」」」
「あ、ありがとう、ござい、ましたぁ」

「これは、なんとかしないと」
「ホヅミさん。マジで、なんとかして。私死んじゃう」
「……だよね」

 休憩しようと厨房への道すがら。船尾楼から出て休憩に向かう甲板部と遭遇した。クリスがトコトコ歩いて踊り場へ向かう。

「ホヅミさーん……! 何個ぉ……?」
「四つに分けて~!」
「はーい……!」

 パッと真紅の光。あっという間に真水精製を終えた。こちらに手を振ってデリーに付いていくクリスを見送り、

「……終わったみたいね」
「昼食の支度あるんで」
「おれも、夜の焼き物の仕込みが」

「「「チェスカ。やっといて」」」
「……はーい」

 タンクへの補水をチェスカに任せた料理人たちは本来の職務へ戻って行った。

「ホヅミさーん。私って、こんなんばっかだよね」
「チェスカさん。聚雨方で使うホースの短めのってある?」
「あったと思うけど」
「それって真水を通しても大丈夫? 清潔?」
「だいじょぶ。キレイなやつ。なんかに使うの?」
「うん。よろしく」
「はーい。持ってきますよ」

 それから暫くのち、穂積とチェスカはボーっと空を眺めて休んでいた。

「サボってたの、内緒ですよ?」
「サボりじゃないよ。補水を監視してるんだ」
「ひっひ。確かにその通り」

 ホースを使い、サイフォン現象を利用して移送中。司厨部にはやり方を言わなかっただけである。

「ホヅミさん。よくこんなの知ってたね?」
「昨日は塩結晶に驚き過ぎて思いつかなかった。失敗したよ」
「あれはびっくり。売るの?」
「流石にあのサイズは売れるかなぁ? もう調味料じゃなくてオブジェだよ」
「ひひひっ! 確かに!」
「いつか陸上のレストランに就職する時に持って行ったら? オーナーとシェフの度肝を抜けるよ」
「それいい! そうしよ! クリスに頼んで取り置きしてもらおっと」

 チェスカと少しズルをして、まったりした時間を過ごし補水を終えた。ちょうどいい頃合いに昼食を食べに戻る。

 司厨部の先輩たちからよく頑張ったと労われ、チェスカは少しバツが悪そうに笑っていた。


**********


 船尾楼下段、五番船倉。船尾隔壁にはトビウオによる損傷箇所が応急修理そのままに残されて、被害の傷痕を晒している。

「助かるわ。ホヅミさん。とてもじゃないけど、一人じゃ終わんないとこだった」

 積み荷の在庫管理はマリーの職掌だが、クジラの津波による衝撃で商品はバラバラ。保管場所から転がり出したり、浸水で水没したりと、被害を受けた魔堰が多数あった。

 品質管理のためにも棚卸しと再整理、目録の更新が必要だった。忙しいマリーの補佐が穂積に与えられた本日午後の仕事だ。

「トムさんたちが全滅ですからね。まずはビルジの排水が優先だったでしょうし」
「そうなの! 水損で商品価値が下がると困るって事務長からせっつかれちゃって、もう、たいへーん」
「パッサーさんの立場なら気になるでしょう。予想外の海獣被害で数航海分の儲けがパァになるかもしれないんですから」

 マリーが手招きしている。内密の話だろうか。小麦色の谷間が目に毒で近付くことははばかられるが。

「建前上、こっそりやってることになってるんだ」
「ん? 何を?」
「それがね。クリスがすっごいの」
「まさか……」
「――伝説級の精製魔法。本領発揮よ」

 甲板部が見つけた船殻のクラックを片っ端から直しているらしい。既にクラック調査の方が追いつかなくなっているとか。

「補水方と同じ状況ですね」
「あの子、本当はすごかったのね。何より魔力が尽きないのよ」
「魔力が尽きない?」
「そうそう。あの魔法がどんなものなのかは誰にも分かんないけど、普通なら乱発すれば魔力切れするもんよ」
「へー。『レギオン』はどんだけ大飯食らいなんだか」
「あの子が言うには『ぶんし?』って言うのの結合を弄るだけだから、大して魔力は要らないらしいわ」
「すごいこと、なんですけどね」

(そっち方面でも天才か)

「へへっ。あの子、甲板部員から大人気よ。先生と違って年配のオヤジたちが可愛がっちゃって。ウチの子にならないかって」
「ははっ。そうですか」
「でもねー。『ボクはホヅミさんの……』の一言で振られてるわ。ヨッ! 色男!」
「はははっ。そーですかー。いやぁ、参ったな」
「真面目な話、夜道には気を付けた方がいい……」

 船に夜道があるのか。しかし、地球でも大昔の船では気に入らない士官を夜中に海にレッコ (Let go)するようなのもいたという。

「……なーんて! 冗談よ! さっ。仕事仕事~。はいコレ」

 手渡されたのは意味の分からない表が書かれた紙だった。

 読める。読めるが、コレに何の意味があるのか。

「マリーさん。何ですか? この表は?」
「それはね、古代文字の対照表だよ。この欄の右に書かれてるのが古代ラクナウ語」
「はあ」
「そっちにまとめて置いてあるのが、所定の保管場所から出ちゃった魔堰。こっちのが水没したやつ」
「ふむ」
「マリーちゃんは水没してたのを転写魔堰で状態確認。ホヅミさんはそれ以外のを保管場所に戻していってちょーだい」
「ほう」
「各々の魔堰には転写紙がタグ付けしてあるから、その名称を対照表使って確認しつつ進めてね。転写紙は古代文字で書かれてるから、慣れるまでは時間かかると思うけどガンバって!」
「わかりました。あの棚に書いてある順に戻せばいいんですよね?」
「そ! よろしくね~!」

 表の意味が分かった。同じ文字列が二列に並んでるだけの表の意味が。

(うん。転写紙の記載事項も普通に読める。なんかこれ取説みたいだな)

 タグとして使われている転写紙は、その魔堰の名称、用途、性能など、一般的な機械の取扱説明書と同様のものだった。

「マリーさん。終わりました」
「早くない!?」

 クリスは伝説級精製魔法の本領を遺憾なく発揮した。

 穂積は機関士としての本領をちょこっとだけ発揮した。

「いやぁ~、在庫整理は得意なんですよぉ」

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