海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第一章

第七一話 叔母さんの説教

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 穂積は目覚めた――。

 隣には眠り姫。恋人の寝顔を眺め、顔にかかった髪をそっと梳いて流す。

 虚空を睨み、遥かな過去に失われたものを思う。

 イソラから聞かされた大災厄の真実。

 異常な進化を遂げた『レギオン』も恐ろしいが、真に嫌悪すべきは悪辣極まるその用途。

(ラクナウ神国。暴走因子。プリンケス・ゼナトゥス)

 太古の昔に終わったこと。犯人を知ったところで後の祭りに過ぎる。

 その男が何を考えていたのか。その後、どう生き、どう死んだのかは、イソラにも分からない。

 イソラは泣いていた。穂積に分かるのはそれだけだ。

 その男の所業によって母は消え、父はソレを抱えて逝き、娘は願いを託されて永劫の時を引き篭もった。

(どうにかならないか。これじゃあ、あんまりだ)

 イソラは母の思いを、父の願いを捨てられない。

 しかし、既に時計の針を進めてしまった。

 穂積との出会いが、彼女の揺蕩う虚ろな時間を叩き壊した。

(俺との繋がり……か。それが、時空結界を無意味なものにした)

 イソラは待っている。穂積が訪ねて来るのを心待ちにしている。『待つ』ことを自覚した彼女が背負うものは、途轍もなく重い。

「一緒にいてやることくらいなのか。ちくしょう……」

 答えは出なかった。今となっては、穂積にはどうする事も出来ない問題。容赦なく進む時間の流れが、それを許さなかった。

 腕時計を見ると、時刻は午前五時――。

「うわっ!?」

(悩んでる場合じゃねぇだろっ! 海賊は!? 夜襲は!? 『バリスタ』は~!?)

 ビクトリアのベッドがふかふか過ぎたのか、完全に寝過ごした穂積は船橋に走る。もうすぐ夜明けだ。

(焦るな。落ち着け。寝ちまったもんは仕方ない。こういう失敗をしたときは、サラッと流す!)

 覚悟を決めて船橋に入る。

(こういう時は可愛げが大切だ。愛嬌があれば、許してやろうという気になるもんだ)

「おはよーうございまーす! すみませんでしたぁ~。あははっ」
「…………」

 船橋は薄暗い。ビクトリアと同じ瞳がギロリとこちらを向いた。セーラだ。

「あー。えーと。すみません。魔女の眠りに誘われてしまって……」
「…………」

(めっちゃ睨んでる。セーラさん怖い。ビクトリアより怖いかも)

「ごめんなさい」
「はぁ――――」

 長い溜息を吐かれた。操船中のセーラが厳しいのは知っていたが、やはり賊の襲撃前に寝てしまったのはいただけない。緊張感に欠けると思われても仕方ないだろう。

「このまま距離を維持! 怪しまれない程度に食い付かせ続けな! 四隻の船影! 絶対に見逃すな!」
「「「アイアイ・マァ~ム! (ざまぁ~!)」」」

(くっ! 副音声が聞こえるぅ~!)

「ホヅミ。そこに座んな」
「えっ? ここに? あのぉ、そういうのはパワハラ……」
「座れ」
「イエス・マム」

 船橋の床に正座する穂積の前に立つセーラ。薄暗くてよく見えないが、船橋配置の面々が満面の笑みでこちらを見ているのが分かる。

(ちっ! 前見とけや! 航海士っ!)

「ホヅミぃ」
「はいっ!」
「アンタってやつは――」

 それから長い長い説教が始まった。すべてがおっしゃる通りの内容ばかり。足が痺れ、耳にタコができる。乗組員から偶に聞こえる「ぷっ」と噴き出す音が神経を逆撫でする。

(こういう叱り方は良くない。結局、なんにも覚えてないパターン。部下のモチベーションが下がるだけ)

 偉そうに脳内でセーラの指導方法を批評する穂積。反省していない訳ではないのだが、どうにも納得できない。

 だが、ここで反論したり、不貞腐れたり、逆ギレしたりしてはいけない。

 この手の上司は腐るほど見てきた。特になんちゃって治外法権の船上ではパワハラなんか当たり前だ。

 最近は過剰に『ハラスメントはダメ絶対』な風潮があるのでマシになってきているが、それでも長年の癖になっている人は治らない。船に乗ると性格が変わる人もいる。

(基本はヨイショと太鼓持ち。相手の言いたいことを把握して、気持ちよく怒ってもらおう)

「ビクトリアの伴侶になろうって男がこの体たらくでどうするさね!」
「はい! まったくおっしゃる通りです! 自分が情けない限りぃ! 何故にあそこで寝てしまったのかぁ……。悔やんでも悔やみ切れません……。なんとしてでも、ビクトリアとの関係をセーラさんに認めていただくためにぃ! 此度の失敗を猛省しぃ! 粉骨砕身っ! 努力して参ります!」
「そうさねっ! まったく情けない!」
「はい~! 無い無い尽くしの浅学非才の身なれどもぉ! ビクトリアを愛しぃ! 慈しむ気持ちは誰にも負けてまてん! どうかぁ! どうか今後ともぉ、セーラさんには、ご指導ぅ! ご鞭撻のほどぉ! 何卒、宜しくお頼み申し上げますぅ~!」
「まぁ、アンタにその気があるなら、考えてやるわさ」

(よし。許す流れに乗った。ここで言われて嬉しいであろう部分を褒める)

「セーラさん……。なんてぇ、なんて寛大なお言葉ぁ~! セーラさんの優しさがぁ! ビクトリアやゼクシィを、あんなに素晴らしい女性に育てたんですねぇ~! ありがとうございますぅ~!」
「あの子らが立派なのは、本人たちの努力の賜物さねぇ~」

(よし。トーンダウンしてきた。後はこちらも過度に卑下せず、されど反省した風を出しつつ、穏やかに話を逸らす)

「いえ。いいえぇ~。セーラさんがいらっしゃらなければ、今の二人は無かったことでしょう。セーラさんの思いが、二人に通じているんです。なんて愛の深さでしょうか。まぁ、俺も二人への愛なら、負けるつもりはありませんがぁ」
「そうかね。あの子らの背負っているものは重いが、その覚悟はあるのかい?」
「俺はまだ一般常識程度しかトティアスを知りません。ですから、いい加減な安請け合いはできません。しかし、二人を手放すつもりもありません」
「そうだったさね。アンタは何も知らないんだわさ」

(よし。語らせよう。後は相槌を入れながら、聞きておけば終了だ)

「教えてください。トティアスのこと。二人の背負っているもののこと。なんでも聞かせてください」
「いいさね。良くお聞き――」

 セーラの異世界講釈が始まった。長い長い長い説話だ。

 要所で「ウンウン」と相槌を入れ、偶に驚いた風に「えっ!?」と顔芸を挟み、質問されたら考えた結果としての「わかりません……」、何かの答えを教えてもらったら「なるほどですねぇ~!」と感心してやる。

(ノリノリだなぁ。気持ち良さそうに喋ってくれてる。この説教は楽な方だな。セーラさんって意外と素直な人なのかも)

 セーラは身振り手振りで知識をひけらかし、含蓄のありそうな言葉を謳い、武勇伝を語り出す。

「――特に前回の諸侯会議の席でのアレは傑作だったさね! 精製魔法適性者の乗船規定を航路毎に細分化し、更に締め付けを厳しくしようと提起したサザーランド卿に、ビクトリアが食ってかかったんだわさ! 両者まったく譲らず平行線を辿り、覇気の応酬まで始まる始末! 最後にはトティアニクス・ゼト・ムーアが――」

「――『ゼト』だとぉ!?」

 大人しく話を聞いていた穂積が突然、大声で叫んだ。何事かと船橋がざわつき、セーラも狼狽えている。

「き、急に、な、何さね?」

 穂積の顔芸が唐突に終わり、阿修羅になっていた。

「『ゼト』ってヤツ! 何処《どこ》の何奴どいつだぁ!?」
「ホ、ホヅミ。アンタは何を言ってんだい。びっくりするだろぉ……」
「……うおっほん。すみません。セーラさん。突然、敵の『あだ名』が出てきて驚いてしまっただけです。それで、それはどちらの『ゼト』です?」

 セーラは意味不明と言いたげに、そして、穂積の台詞の不穏さにたじろぎながら、

「アタシが言ってるのは、神聖ムーア帝国の当代皇帝のことさね。皇帝は代々、即位と共に襲名するわさ。その皇帝の名前が『トティアニクス・ゼト・ムーア』だわさ」

(帝国の皇帝か。襲名……ということは、プリンケツ本人では無いな。だが、名を継ぐということは――)

「つまり皇帝は俺の敵ってことですねっ!」
「なっ!? 何を言ってんだ! 冗談でも馬鹿なこと言うんじゃないさねっ!」
「プリンケツは俺の敵だ!」
「プリン……? 誰だソレ?」
「皇帝の先祖はクソ野郎だぁ~!」
「やめろぉ! 死にたいのかぁ~!」

 セーラによると、歴代皇帝は世界のために尽力してきた偉人ばかりだと言う。時代を揺るがすような事態に対しての対応が異常に早く、すべての危機を最小限の被害で抑えてきたらしい。

 当代皇帝も自ら積極的に動くことは無いものの、並み居る貴族をまとめ上げて安定した治世を築いているとのこと。

「そうですかぁ? そうですか。そうなんですねぇ……」

 穂積としては皇帝も敵認定したかったが、相手が大きすぎることは分かる。不信感をムンムンと漂わせつつ、結論を保留することにした。

「じゃあ、イーシュタルだったらいいですか? 敵ってことで」
「――っ! ホ、ホヅミ、アンタなんで知ってんだい?」
「メリッサから聞きました。クソシュタルは俺の敵です」(クリスの無念! 恨み晴らさでおくべきか!)
「アンタって奴は……。そのためにイーシュタルを敵に回すと、自分で決めたのかい?」(ビクトリアのために、大貴族を敵と定めたのか)
「当然です。裏ルートは潰さなければなりません」(違法奴隷のな)
「なんて男だい……。あの子の無念をそこまで分かっているとは」(デッチの海賊を支援してきた裏ルートを潰して遺恨を断つと!)

 セーラは勘違いしているのだが、目指す結果に齟齬は無い。イーシュタルが手広く裏ルートに根を張っている故のことだった。

「ホヅミぃ! 姪っ子たちのことはアンタに任せた! 必ず幸せにしておやりぃ!」
「はい! お任せください!」
「あの子らもいい年だわさ! とっとと孕ませな!」
「アイアイ・マ~ム!」

 船橋各所から歯軋はぎしりが聞こえる。セーラに認められた穂積を止められる者はいないのだ。

(あー。いい音だぁ~。航海士諸君。まぁ、励みたまえ。わはははっ)

「にいさん! 自分もいます! 自分にもお願いします!」
「「――っ」」

 いつの間にか至近距離まで寄ってきていたメリッサ。薄暗くて気づかなかった。

「でかい声出すなってんだわさ!」
「エロッサ! 耳元では止めろ!」

 見張り台で後方監視の任に就いていたメリッサ。セーラに向かってビシッと直立する。

「報告します! 現在、海賊艦隊は本船後方、約二マイルを追走中! 散開する様は認められません!」
「よーしよし。ちゃんと着いてきてるさね。ボチボチ夜明けだ。ちょいと距離を取るだわさ。――増速! 第四戦速!」
「増速! アイ! 第四戦そぉく!」

(なるほど。海賊船から逃げてる……いや、釣り出してる最中なのか。『バリスタ』の出番は近いなぁ~。しかも――)

「メリッサ。海賊艦隊って言った?」
「はい。にいさん。四隻の海賊船に追われています」
「四隻ね。ほうほう。見えさえすれば『バリスタ』の餌食だな!」
「はい! ついに! にいさんの巨砲が火を噴くのですね!」
「噴くのは水だがな!」
「はい! 液体には違いありません!」
「黙れエロッサ!」
「はい! 黙ります!」

 穂積とメリッサの仲良さげ、というか少々卑猥なやり取りに船橋の航海士たちが瞠目して、まさかの可能性に思い至る。

「まさか……メリッサまで?」
「あのメリッサを、――エロッサだとっ!?」
「し、しかも、メリッサが従順に……にいさん?」
「航海部の紅一点を毒牙に!?」
「ゆ、許せんっ! 俺たちの大事なメリッサを!」
「そんなに、きょ、巨砲なのか?」
「メリッサが壊れちまうっ!」
「今、紅一点って言ったやつ。出てくるさね。アタシのことを忘れたわさ? そうに違いないわさぁ~」
「ひぃ! ノー・マム! ノー! の、のの、ノォ~っ! ぶへぇ――っ!」

 口の滑った航海士が一人いたが、概ね穂積への悪感情が滲む。航海部には所帯持ちが多く、メリッサを娘のように可愛がっているのだ。メリッサが犯されたと思い込んだ者も少なくなかった。

「「「メリッサは渡さん!」」」
「やめてください! 頼んでません! 自分はにいさんの女となり巨砲に乗るのです!」
「やめろ! ホヅミだぞ? あの女垂らしだぞ?」
貧乳せんちょう爆乳せんせい幼乳クリスまで! あらゆるおんなに手を出すような奴にお前は渡せん!」
「メリッサ! 考え直せ。それとも、もう遅いのか?」
「もう、ガバガバにされちまったのかぁ~?」
「う、うううああぁぁ~。メリッサぁ~」
「か、可哀想に……。痛かっただろう……」
「ホヅミぃ。少しはいたわってやってくれんか? あんまりだぁ~」

 まだ、何もしていないのに、航海部の中で穂積はメリッサをキズモノにしたスケコマシになった。

「「「このクズがぁ!」」」
「……なんで?」
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